第193話 呪いの絵2
俺は自宅を出て、ティルコアの馬車駅へ向かった。
今回は飛空船翠玉の翼を使用しない。
個人所有の飛空船なんて目立つだけだ。
調査には使えない。
ティルコアから馬車で隣町のイレヴスへ移動し、イレヴス空港から飛空船で州都レイベールへ渡った。
イレヴスからレイベールの移動は馬車だと五日だが、飛空船なら半日もかからない。
「ふう、着いたぞ。今朝はティルコアにいたのに、不思議な感覚だな」
早朝に自宅を出て、宵の口にレイベール空港に到着した。
マルソル内海に面した州都レイベール。
当然ながら、レイベール州最大の都市だ。
飛空船から一望した街並みは、ティルコアの数倍どころではない。
街を囲む城壁は地平線まで続くかのように長く、街の中心地の小高い山に、白亜の城がそびえる。
海沿いには大きな港があり、何隻もの大型帆船が停泊していた。
大きく栄えた美しい街だ。
「調査は明日からだな」
乗り合い馬車で市街地へ向かい、初日は繁華街の宿に宿泊した。
翌日、早朝から宿を出発し、ドルドグムの邸宅へ向かうため、乗合馬車に乗車。
繁華街から住宅街へ入ったところで馬車を降り、地図を片手に街道を歩く。
「地図上だと、ここら辺のはずだが」
ドルドグム邸は現在、中央局の管理下に置かれている。
そのため勝手に入ることができない。
「お、ここか」
俺の身長よりも高い石塀に囲まれているドルドグム邸。
塀越しに見える建物は石造りの三階建てで、外壁は精巧な彫刻が施されており、歴史を感じる豪邸といえよう。
鉄柵の門に到着すると、二人の兵士が立っていた。
「なんだ? ここは立入禁止だぞ」
「中央局の調査なんだ。責任者と話をしたい。いるかな?」
「中央局? 警備の責任者は私だが……」
俺は腰のポーチから階級章を取り出した。
この階級章は中央局の各室長と同格らしい。
つまりムルグスと同じだ。
「こ、これは! た、大変失礼いたしました! 私は皇軍レイベール五番地区小隊長のバルードと申します!」
俺よりも身長の高いバルードが、姿勢を正し敬礼した。
「新設された中央局特殊調査室のマルディンだ。よろしく、バルード小隊長」
「はっ!」
「大きいな」
「はっ! 身長は二メデルトございます!」
「そうか。力も強そうだな」
「と、とんでもないことでございます!」
皇軍と同列には語れないが、室長は将軍と同等の階級だそうだ。
小隊長から見たら雲上の存在だろう。
まあ、そんな階級の者が、自ら現地へ赴くのもおかしな話だが。
とりあえず、俺は揉めることなく調査ができればそれでいい。
バルードが背を丸めて、俺に視線を合わせようとしている。
「あの、マルディン様は、もしかして怒れる聖堂を壊滅させた……」
「ん? ああ、そうだよ。俺一人でやったわけじゃないけどな」
実際は一人でやったのだが、面倒なので適当に話を濁した。
「いつかお会いしたいと思っておりました! 光栄です! 私がご案内させていただきます! 何なりとお申し付けください!」
「ありがとう。よろしく頼むよ」
バルードが部下に指示を出し、門を開けてくれた。
庭の歩道を進み、二人で屋敷に入る。
吹き抜けのロビーは、個人の邸宅とは思えない広さだ。
「ドルドグムの部屋は三階になります」
「なあ、バルード小隊長。なぜこの屋敷は中央局が管理してるんだ?」
「ドルドグムの死が不審であったことと、相続が難航しているためです」
「家族はいないのか?」
「はい。妻は病死しており子供はいません。遺書などもないため、中央局が一時的に管理しております」
三階へ上がり、ドルドグムの部屋の前に立つ。
壁や扉に傷などの不審な点はない。
扉を開けると、葡萄酒と血の匂いが一気に襲いかかってきた。
「うっ。これは酷い匂いだな」
恐らく芳醇であっただろう葡萄酒の香りは跡形もなく、不快な酸っぱさを発生させていた。
匂いの発生源である床に目を向けると、高級な絨毯に赤いシミができている。
これは葡萄酒と血の両方だろう。
部屋を見渡すと、壁に一枚の絵画が飾られていた。
女性の肖像画だ。
笑顔を浮かべた女性の上半身で、腕を組み椅子に座っている。
「吸い込まれそうな美しい肖像画だな」
芸術のことは分からないが、そんな俺でも美しいと思う絵画だった。
女性の瞳が特徴的で、輝くような碧色は、まるで昨日乾いたかのような鮮やかな発色だ。
それが少し不気味でもある。
「死亡時の状況は?」
「はっ! それが……」
バルードから状況を聞くと、密室の状態でドルドグムは血を流して死んでいた。
発見者は執事だ。
朝になっても部屋から出てこなかったため、執事だけが持っている部屋の鍵を使用して入ったとのこと。
だが、この執事に不審な点は見られなかったということで、すでに釈放されている。
俺は全ての窓を確認した。
この部屋は三階だが、窓から侵入した形跡は一切ない。
続いて扉の内側を確認。
鍵穴を含め、こちらも一切の傷はなかった。
「侵入の痕跡が全くない。暗殺者でも、ここまで見事に侵入することは不可能じゃないか?」
手がかりなんて呼べるものはない。
俺はバルードに視線を向けた。
「ドルドグムの死体はどうしたんだ?」
「検死が行われ、すでに埋葬されています」
「検死の結果は?」
「失血死です。全身から血を流していたそうです」
「外傷は?」
「ありません」
「ドルドグムに持病はなかったのか?」
「執事や使用人から聴取したところ、病気は一切なかったそうです」
「ふむ。となると、考えられるのは毒殺か」
「毒は検出されませんでした」
「持病もなく、毒でもなく、全身から血が噴出か。他に何かこの部屋で発見されたものはあったか?」
「マルディン様。実はこの絵には妙な噂があるようで……」
バルードが壁の絵を指差した。




