第152話 ようこそ冒険者ギルドへ5
「いや、気に入ったよ。ありがとうローザ」
「そうか。まあお前なら使いこなせるか」
「そうだな。頑張るよ。あっはっは」
「調整はどうする?」
俺は剣を軽く素振りした。
「握りをあと二ミデルト細く。柄頭を五ルク重くして、重心を少しだけ下げて欲しい」
「ふむ。了解した。お前の好みが分かったよ」
「さすがだな」
ローザがその場で調整を始めた。
俺はその作業を食い入るように見つめる。
ローザの調整を見られる機会なんて、そうそうないはずだ。
「これでどうだ?」
即座に調整した剣を持つ。
「凄いな。完璧だ。完全にフィットしたよ」
「そうか。良かった」
「ローザ、ありがとう。これは一生ものだ。大切にするよ」
俺は剣を鞘に納めた。
「待て待て。まだあるぞ」
「ん? 何がだ?」
「防具もあるに決まってるだろう」
「え? 防具も? 剣だけじゃないのか?」
「当然だろう。オーダーで作る剣と鎧は、基本的にセットだぞ」
ローザが鎧立てに被された布を取ると、軽鎧が展示されていた。
胴体、腕、足、ブーツの四部位フルセットだ。
「鎧のタイプは、見ての通り軽鎧だ。色は黒色にした。お前はギルドハンターでもあるから、暗闇に同化する必要があるだろう。艶を消しているから光の反射もない。ヴォル・ディルの角と骨の中で、最も強固な部分を使用しているぞ」
腕鎧を持つと、その軽さに驚いた。
「な、何だこれは。軽すぎんだろ」
「うむ。高い硬度を誇るが、重量は驚くほど軽い。ヴォル・ディルの動きの秘密だろうな」
ネームドのヴォル・ディルは、その巨体に似つかわしくないほど恐ろしく俊敏だった。
「可動域も広い。開発機関の特許か?」
「そうだ。さらに関節の部分には、消音加工を施している。潜入でも使えるぞ。ククク」
腕鎧を腕に装着し、各関節を動かしてみる。
「確かに音が発生しない。この技術は凄いな」
通常の鎧なら関節部分から動作音が鳴る。
そして、多少の抵抗を感じるのだが、この鎧の動きは非常に滑らかだ。
「ヴォル・ディルの僅かな皮下脂肪から、良質な潤滑油を作ったからな」
「なるほど。全てがヴォル・ディル製なのか」
「そうだ。革のベルト部分も全てヴォル・ディルの素材だ。この世に一点もの。名は宵虎鎧だ」
「宵虎鎧か」
その場で全ての鎧を装着した。
ローザが手際良く調整してくれる。
「キツくないか?」
「ああ、問題ない」
俺は肘を曲げたり屈伸をしてみる。
関節部に抵抗は全くなく、しかも完全な無音だ。
「ヤバいな。この宵虎鎧を使えば、さらに仕事が捗るよ」
「ギルドハンターの仕事か?」
「そうだ。もちろん、通常の狩猟でもこれまで以上の成果が出そうだ」
「それは良かった。この宵虎鎧の硬度は非常に高く、現行の鎧では竜種の素材に次ぐ硬度だ」
ローザが鎧の胸をノックするように叩いた。
鈍く乾いた音が鳴り響く。
「素材実験では、至近距離で弓を放っても傷が付かなかったほどだ」
「そりゃ凄いな」
「大抵の攻撃なら、まともに受けても問題ない。だが、過信は禁物だ。無理するなよ」
「分かった」
調整が終わり、鎧を外していく。
すると、ローザが鎧ケースを取り出し、各パーツを収納した。
「これが専用ケースだ」
「そういえば、開発機関では鎧をオーダーメイドすると、専用の鎧ケースも作るんだったな」
「そうだ。ケースは端材で作っているが、ヴォル・ディルの素材だ。超高級品だぞ。ククク」
長方形のケースには取っ手がついており、ヴォル・ディルの革が貼られている。
黄金色に黒い模様の部分だ。
鎧は軽い上に、ケース自体も軽いから、手持ちでも苦にならない。
「このケースもいいな」
「うむ。ケース作りは職人のこだわりが出る。私はシンプルで昔ながらの形状を好むのだ」
「うん、素晴らしいよ。使わない時は家に飾っておく」
いや、飾るだけではもったいない。
もう少し小さければ、普段も使用したいほどだ。
「そのまま持って帰っていいぞ。当然だが料金はいらぬ。オルフェリアが支払ったからな。ククク」
ローザの剣は金額も恐ろしい。
さらに鎧もある。
一体いくらになるのか見当もつかない。
とはいえ、今回はオルフェリアの好意によって作ってもらったから、金額は聞かないことにしよう。
「ローザ。本当にありがとう。この剣があれば、何でもできる気がするよ」
「ああ、お前の活躍を期待しているぞ。もし調整や修理などあったら、いつでも言え。対応する」
「ありがとう。助かる」
「応急処置ならリーシュにもやらせてもいいぞ。あの娘は恐らく……次世代の神の金槌だ」
「それほどなのか? 今はまだ勉強中と言っていたが」
「あの天才は、私なんてすぐに追い抜くだろう。ククク」
俺は腰のベルトに悪魔の爪を吊るした。
なんというか、昔から使っていたかのように違和感がない。
これは良い剣の証拠だ。
「そういえば、ティアーヌの重槌はどうしたんだ?」
「ああ、それはヴォル・ディルの角とレア鉱石で作ったよ。近日中に調査機関の支部長会議があるから、その時取りに来るそうだ」
「そうか。それは楽しみだな」
「ああ。あの娘も大概だからな。ククク」
「そうだな。ティアーヌは未だに底が見えんよ。あっはっは」
俺はローザにお礼を伝え、開発機関を出た。
「ヤバいな。何度も見てしまうよ」
腰の剣に目を向ける。
そのたびに顔が緩む。
剣士として長年の憧れだったローザの剣だ。
さらに洒落た鎧ケースも相まって、俺はいつになく高揚している。
だが、この後はオルフェリアと会う予定だ。
心を落ち着かせねばならない。
なぜならば、内容はヴォル・ディル討伐の報酬だからだ。
期待しているわけではないが、ネームド討伐は相当な報酬になるという。
どんな金額でも驚かないように、前もって心の準備をしておこう。




