第126話 おっさんと娘たち2
俺は両手を広げ、肩をすくめた。
「ヴォル・ディル討伐で、使えなくなっちまったのさ」
「四角竜の剣でも、ネームドには通用しないんですね」
「ああ、そうだ。素晴らしい剣だったんだが、相手が悪かったよ」
「新しい剣を作るんですか?」
「そうなんだよ。実は作ってもらえることになったんだ」
「なんだ……。私に言ってくれれば、叔母さんに頼むのに……」
少し寂しそうな表情を浮かべるリーシュ。
俺は珈琲を口にした。
「お前の叔母さんって、神の金槌のローザだったんだな」
「はい。そうです」
「知らなかったよ」
「開発機関の局長が、現在の神の金槌って話は結構有名なんですよ?」
「ま、まあ、俺はあまりギルドのことを知らなかったからな。あっはっは」
「剣はどうするんですか? 叔母さんに打ってもらいますか? 聞いてみますよ?」
「いくらお前と仲が良くても、さすがにそれは頼めんよ。とはいえ、実はな……」
俺は新しい剣について説明した。
オルフェリアのはからいで、ヴォル・ディルの素材でローザが剣を打つ。
俺はすでに剣の仕様書を送っており、制作は開始されている。
「えー! 凄いです!」
リーシュが驚くと、眼鏡がずれた。
小さな顔に似つかわしくない、大きな丸い眼鏡だ。
眼鏡がずれたことで、新月に浮かぶ星空のような、美しい金糸雀色の瞳があらわになった。
「ただ、二ヶ月くらいかかるそうなんだよ」
「確かにヴォル・ディルの素材なら、それくらいかかるかもしれませんね」
眼鏡の位置を直すリーシュ。
大きく分厚いレンズで、瞳の色が少し隠れてしまった。
「だから、今日は剣を借りに来たんだ」
「分かりました。開発機関の貸出用の剣を出します。マルディンさんが使いやすいように調整するので、えーと、料金は二ヶ月で金貨二枚です」
「高いな。一枚だ」
「えー、調整代がかかるんです」
「誰が調整するんだ?」
「私です」
「お前、開発は凄いけど、鍛冶師じゃないだろ?」
「は、はい。今は勉強中です」
「じゃあ、金貨一枚だな」
「うー」
「これも社会勉強だ。あっはっは」
「社会は厳しいです」
「その分、鎧の調整でしっかり金を払うって。金貨三枚出すから、一週間で調整してくれ」
「え! いいんですか!」
「もちろんさ」
「やった! 儲かった!」
「良かったな。あっはっは」
俺たちは工房へ移動し、貸出用の剣について打ち合わせた。
高ランクのクエストには正直心もとないが、開発機関の剣はなかなかの性能だ。
Cランクくらいなら問題ないだろう。
しかし、Aランクになった俺がCランクのクエストへ行くと、パルマが怒る。
とはいえ、この田舎ではAランクのクエストなんてまず発生しない。
結局のところ、剣を借りても、クエストへ行く機会は少ないだろう。
「剣の調整は鎧と同時でいいぞ」
「分かりました! ありがとうございます!」
リーシュに鎧を預けて、俺は開発機関を出た。
――
青空を見上げると、太陽はすでに頭上を過ぎている。
「遅めの昼飯を食ってくか」
俺はギルドの食堂へ向かった。
カウンター越しのキッチンで、フェルリートが仕込みをしている。
「マルディン、いらっしゃい。今日は寒いねー」
「寒い? これが?」
「だって、もう秋が終わるんだよ。マルディンは寒くないの? まだ夏用のシャツを着てるけど、そんなのこの町ではマルディンとティアーヌさんだけだよ?」
「北国だと、これが夏の気温なんだよ」
「えー、本当?」
「ああ、本当さ。そして夏が終わると、気温は一気に下がって極寒の世界だ」
今日はもう用事がないので、俺は麦酒を注文した。
「それにな、冬になると昼がない日も続くんだ」
「え? 昼がない? ど、どういうこと?」
「一日中太陽が昇らない。極夜というんだ。寒いんだぞ」
「太陽が昇らないなんて……。し、信じられない」
「逆に、夏の間は太陽が沈まない白夜という日もあるがな」
「本当に? それって同じ世界なの?」
「そうだ。世界は広いってことだ。あっはっは」
「いいなあ。いつか見てみたいなあ」
フェルリートは小さい頃に親をなくしている。
一人で生きて来たため、旅行なんてできるはずもない。
いつか見せてやりたいと思う。
「マルディン、今日は何食べたい?」
「何でもいいぞ」
「もう! いつも言ってるじゃん! 何でもいいが一番困るって!」
フェルリートが頬を膨らませている。
「すまんすまん。じゃあ、秋もそろそろ終わるし、秋の食材のフルコースだ」
「ありゃ、ちょうどたくさんあるんだなあ。ふふ」
フェルリートが木箱から食材を取り出す。
「いっぱい食べるでしょ?」
「そうだな。今日は休みだから、飲んで食うか」
「今から作るね。麦酒飲んで待ってて」
フェルリートが調理を始めた。
野菜を切りながら、湯を沸かし、同時に肉と魚を焼き、生地をこね、パスタを茹でる。
その動きは、何人もの相手と同時に戦う剣士のようだ。
しばらくすると、カウンターテーブルに美味そうな料理が並んだ。
だが、その量が尋常ではない。
秋野菜のサラダ、旬の魚介を使ったカレー、黒森豚のスペアリブ、黒鱗鮭のバター焼き、大虹鱒の塩焼き、白雲茸のパスタ、水角牛のチーズを使ったピッツァだ。
「なあ……。さすがに……量が多くないか?」
「張り切っちゃった。へへ」
「ま、まあ、お前の飯は美味いからいいか……」
俺はシャツの袖をまくる。
「よし、食うぞ! 葡萄酒出してくれ!」
「はーい」
フェルリートが嬉しそうに、葡萄酒を注いでくれた。
左手にグラスを持ち、右手のフォークでサラダを頬張る。
そして、塩焼き、スペアリブ、パスタ、カレーに手をつける。
美味い。
これなら食い切れるかもしれない。
「うん。やっぱりお前の飯は美味いな」
「でしょー」
「フェルリートはいい嫁さんになるな。あっはっは」
「え?」
フェルリートが頬を紅く染めていた。
寒いとはいえ、これだけ調理すれば、キッチンの温度は上がるだろう。
「マルディン?」
突然、背後から肩を叩かれた。
「一人でパーティーですか?」
「おっさん、昼から何でそんなに豪華なご飯食べてんだよ!」
アリーシャとラミトワだ。
「いいところに来たな。お前たちも食ってけ」
「いいんですか?」
「もちろんだ」
アリーシャが俺の右隣に座る。
ラミトワは俺の左隣に座り、すでにスペアリブにかぶりついていた。
「うっめー! さすが、フェルリート! 毎日食べたいなあ。フェルリート、結婚しよう!」
「嫌だよ」
「何でだよ!」
怒河豚のように、頬をふくらませるラミトワ。
「でもいいや。私はアリーシャと結婚するもん」
ラミトワが身を乗り出し、俺の反対側にいるアリーシャに視線を向けた。
「嫌ですよ。フフフ」
「何でだよ! ったく。こんな美少女なのに」
ラミトワが呟きながら、俺の顔を見つめる。
「じゃあ、おっさんと結婚してやるか」
「間に合ってます」
「そこはありがとうだろ! で、私が断る流れだろ!」
「嫌なものは嫌です」
ラミトワが椅子から飛び降りた。
「わ、私だって!」
両手の拳を握り、少し前かがみになるラミトワ。
「冬なのに夏服着てるおっさんなんて、恥ずかしくて嫌だー!」
ラミトワが絶叫した。
「な、なんだと!」
「恥ずかしすぎるんだよ! 季節感出せよ! 暑がりおじさんかよ!」
「う、うう、うるせーな!」
フェルリートとアリーシャが腹を抱えて笑っている。
いつもの風景だった。
それにしても、未だに夏服は恥ずかしいのか。
知らなかった。
「冬服、買いに行こう……」
俺は冬服を買うと心に決めた。
夏服を着ているティアーヌにも教えてやらねば。
俺はティルコアに来て、初めての冬を迎える。




