第113話 前例なき討伐試験1
冒険者の共通試験を受けてから、一週間以上が経過。
討伐試験の詳細はまだ不明だが、俺は体調や怪我を考えて、クエストへ行かず連絡を待っていた。
「今日辺り連絡があるかもしれんな」
そろそろイレヴス支部から連絡が来るかもしれないと思い、朝から冒険者ギルドに顔を出した。
「おはよう、ラーニャ。そんなところで、どうした?」
ロビーに立っているラーニャ。
珍しく、その表情は笑ってない。
それどころか、落ち着かず、うろたえているようだ。
「マルディン、待ってたのよ。大変なことになったわ」
「どうした?」
「討伐試験の詳細が決まったのよ」
「お、決まったか。何をやるんだ?」
「それがね……。部屋で話すわ」
俺はラーニャに案内され、支部長室へ向かった。
――
「なんだと!」
ソファーに座っていた俺は、思わず立ち上がった。
「ど、どうなってんだよ!」
「私も分からないのよ。でも、総本部の決定には従うしかないもの」
「そうかもしれないが……」
討伐試験の内容を聞いて驚いた。
いや、驚いたなんてものじゃない。
理解が追いつかない内容だった。
まず討伐試験の管轄が、イレヴス支部の人事機関ではなく、ギルドの総本部になっていた。
そして、試験の対象モンスターは一角虎だ。
通常、討伐試験に関しては、受験するランクよりも下位ランクのモンスターを狩猟し、試験官が技術などを採点する。
Aランクの試験であれば、Bランク以下のモンスターを狩猟する。
当たり前だ。
まだAランクになっていない状況で、Aランクモンスターを狩猟できるわけがない。
「Aランクの試験で、Aランクモンスターの討伐なんて前代未聞よ。しかもそれが『王のモンスター』だもの」
額に滲む汗をハンカチでそっと拭うラーニャ。
Aランクモンスターの中でも、それぞれの環境で食物連鎖の頂点に立つモンスターを『王のモンスター』と呼ぶ。
カーエンの森で遭遇した一角虎は『密林の王』の二つ名を持つ。
一角虎は以前、Bランクの大型モンスターである四角竜を、いとも簡単に狩猟したほどの危険極まりないモンスターだ。
俺は四角竜との戦闘で、重症を負ったというのに。
そして、試験官はウィルで、同行する解体師はギルドマスターだ。
アリーシャから聞いたが、ギルマスは世界最高の解体師と呼ばれている。
「本当に信じられないわね」
ラーニャが呟きながら立ち上がった。
珈琲カップを二つと、ポットを用意。
「ひとまず、落ち着こうかしらね」
「そうだな」
ラーニャが淹れてくれた珈琲を口に含み、テーブルの焼き菓子をつまむ。
状況を冷静に考えると、この判断も分からなくはない。
ギルド総本部としては、一角虎は放置できないが、この地域にはAランク冒険者がいないため、討伐パーティーの派遣を考えたはずだ。
そこへ偶然にも俺のAランク討伐試験が入った。
試験で一角虎討伐すれば『一矢で二羽の鳥を射る』ということわざ通りになる。
そしてウィルの試験官は、俺とのギルドハンター繋がりから指名されたのだろう。
とはいえ、ギルマスまで来ることは信じられない。
Aランクの解体師と運び屋を派遣すればいいはずだ。
それに、討伐試験は原則一人で行うものだ。
いくら共通試験が満点だったとはいえ、俺一人で一角虎を討伐できるとは思えない。
「なあ、討伐試験って一人でやるだろ? いくらなんでも、一角虎は厳しくないか?」
「そうね。だけど今回は試験官がウィル様だもの。もしかしたら、ウィル様も討伐に参加するのかしら」
「まあ、普通に考えたらそうだろうな。やはり、試験を兼ねて、ウィルと一緒に一角虎を討伐するってことだろう」
元騎士の俺は、ウィルの騎士団副団長に関しては知識がある。
だが、冒険者のウィルに関しては知らない。
「冒険者のウィルって実際どうなんだ? 現役のAランク冒険者なんだよな?」
「マルディン。冒険者ギルドにはね、Aランクの上にSランクが設けられているの。でもこれは試験を受けるようなものではなく、ギルド総本部と人事機関が決定するのよ。現在のSランクは三人。冒険者はラルシュ王国の両陛下。解体師はオルフェリア様よ」
もちろん知っている。
その三人はギルドの伝説だ。
「そして、ウィル様は最もSランクに近いと言われてるわ」
「つまり、Sランクに片足突っ込んでるってことか」
「そうよ」
頷きながら、珈琲カップに口をつけるラーニャ。
「なるほどね。ウィルも化け物の一人か」
「あなたも大概だけどね。ウィル様ですら、試験で満点を取れなかったのよ?」
「まあ、俺の場合は運だけどな。あっはっは」
「何言ってるのよ。まったく……」
ラーニャが呆れた表情で、俺の顔を見つめていた。
俺は円形状の焼き菓子をつまみ、半分噛み砕く。
この焼き菓子は、小麦粉と、森鶏の卵と、この地方の黒糖で作られているものだ。
珈琲を口に含み、そして残りの半分を口へ放り込む。
「で、ウィル様たちはいつ来るんだ?」
「それが……、今日の夕方には到着するようなの。パルマが急いで準備をしてるわ」
「なに! 今日来んのか?」
「ええ。飛空船で直接ここへ来るそうよ。簡易空港を作っておいて良かったわ」
「マジかよ。ほんといつも突然来るな……」
「え? どういうこと?」
「あ、なんだ。えーと、あいつは騎士団の副団長だろ。俺が騎士隊長時代に、会ったことがあるんだよ」
以前ウィルがここへ来たことは内密だった。
ギルドハンターに関しては、支部にも極秘事項だ。
騎士繋がりで、なんとかごまかした。
「それよりギルマスが来るんだろ?」
俺は話題を変える。
「ギルマスの宿泊や警護は大丈夫なのか?」
「特別対応は不要の旨の記載があったけど、ギルマスの来訪は初めてだから、パルマが張り切ってたわ」
「そりゃ、そうだろうな」
ギルマスが、田舎の支部に来訪するなんて大事件だ。
だが、ウィルがいれば大丈夫だろう。
いざとなれば、俺も警護する。
対モンスターの経験は少ないが、対人であれば問題ない。
「さて、じゃあ準備しておくか。また夕方に来るよ」
「ええ、オルフェリア様にお会いするのだから、それなりの格好をしてきてよ。あ、元騎士様だから大丈夫か。うふふ」
「ちっ。分かってるよ」
ラーニャの嫌味ったらしい笑顔を睨みながら、ソファーを立ち上がる。
すると同時に、支部長室の扉をノックする音が響いた。
「失礼するよー」
気の抜けた声が聞こえると同時に、入室してくる男。
「お前! ウィル!」
「あれ? マルディンじゃん。アンタ何やってんだ?」
「何って。お前こそ夕方に来るんじゃなかったのかよ!」
まだ朝方なのに、もうウィルは到着したようだ。
「いやー、聞いてくれよ。それがさ、オルフェリアさんの操縦が荒いのなんのって。『気流に乗せます』とか言って、すんごいスピードで来ちゃったんだよ。もう二度とごめんだね」
ウィルの後ろに、もう一人の人影が見えた。
二人の接近に、俺は全く気づかなかった。
気配を消していたのだろう。
「ウィル。勝手なことを言わないでください」
黒髪の女性が部屋に入ってきた。




