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願わくば聖夜に君と———  作者: 一理。


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中編


 墓穴を掘ったと思ったけれど、この事件が切っ掛けで僕はジョディと更に仲良くなれた。ジョディの友人も紹介してくれて話すようになり一年半、二年生も半ばの今では彼らも交えて六人で仲良く昼食をとるのが日課になりつつある。

 六人というのは僕とジョディ、ジョディの幼馴染のエミリー・ボールドウィン伯爵令嬢———はきはきした明るい女性だ。その婚約者で一つ年上のロバート・ウィンバリー伯爵令息———伯爵家の嫡男で落ち着いた物腰。ジョディと寮の部屋が近くて仲良くなったルシア・ガーネット子爵令嬢———おっとりした少しふくよかな女性、そして僕の悪友? 腐れ縁? のマーヴィン・ハットン男爵令息———こいつだけは騎士コースで校舎が違うのに毎日嬉々としてやって来るんだよなあ。騎士コースは女性が滅茶苦茶少ないからお昼時だけでも麗しい女性たちを眺めて癒されたいんだそうだ。


「まあ! お二人は〝恋人たちの整地〟に行かれたんですの?」


 冬のある日の昼食時、いつものように六人で昼食をとっていると、ルシアが頬に手を当てながら弾んだ声を上げた。エミリーとロバート、仲睦まじい婚約者同士の二人はそろって照れたような笑みを浮かべている。


「ただの言い伝え(ジンクス)だってわかっているんだけどね、一度は行っておきたかったの」

「そうだな、それでも改めてお互いの気持ちを確かめられて僕は良かったよ」


 ロバートの言葉にエミリーはますます顔を赤くする。マーヴィンが「なんだかここだけ暑いぞ、今は冬なのにおかしいなあ」と二人を団扇で仰ぐ仕草をしてエミリーに睨まれると皆が一斉に吹き出した。


 僕は(ああ、そう言えば先週は聖夜だったなあ)と思い出しながらジョディを見る。彼女は皆と一緒に笑いながらも少し羨ましそうな顔をしている。


「シアーズ嬢は言い伝え(ジンクス)とか興味あるの?」


 僕の問いにジョディは恥ずかしそうに頷いた。


「迷信だってわかってはいるんですけど地方の伝承とかよくわからないしきたりとか好きなんです。聖女様の様々な逸話も」

「ああ、そう言えばジョディは小さい頃『ブドウの種を食べると頭のてっぺんから芽が出てくる』っていう迷信を信じて間違えて飲み込んじゃった時はずっと頭を押さえていたわよね」

「エミリー!」


 ジョディが慌ててエミリーの口を塞ごうとしたけれど時既に遅し、だった。なにそれ、可愛すぎる!!   皆で笑った後にエミリーがもう一度口を開く。


「興味があるならジョディも来年は行ってみたら? 〝恋人た……ち……の……〟……ゴメン、何でもない」


 エミリーが途中で口を噤む。ジョディの婚約者が誰なのかを思い出したからだった。





 ハドリー・ボードールとシャノン・ピーノックは一年半前のあの事件の直後はしばらく大人しくしていたようだ。しかし、一か月もすると元通り、いや、前にも増してベタベタとくっつくようになった。大半の紳士淑女はそれを眉を顰めて見ているが、それでも世の中の人の考えは千差万別だ、驚くことに二人と考えを同じくする輩もいるのである。数人の男子生徒はシャノンと名前で呼び合い、腕を組んだり肩を抱いたり親し気に振る舞いながら〝新しい友情の形〟などと悦に入っていた。腕にすがられて胸を押し付けられあざとく上目遣いで見られたら鼻の下を伸ばす馬鹿な男たちもいるんだよなあ。彼らは下位貴族の令息たちなので侯爵家のハドリーがいる時はハドリーを持ち上げ、シャノンとお似合いだなどとはやし立てるのでハドリーはますますいい気になっている。僕はこいつらを意図的に視界から締め出しているんだ。誰だって汚物はなるべく見たくないよな。


 ジョディはあの事件以来、二人に進言するのを止めたようだ。ようだ、というのはジョディが僕たちといる時にはハドリーの話題を一切出さないからだ。婚約者でありながらジョディとハドリーが二人で話しているところも見たことが無い。廊下や食堂でばったり会ってもジョディは小さく頭を下げて挨拶するだけだった。シャノンは勝ち誇ったように意地の悪い笑みを浮かべハドリーは尊大に頷き返すだけだ。胸くそ悪いので僕たちはジョディがなるべくハドリーに会わないように気を配っていた。


 それでも婚約解消という話は無いらしい。これはこっそりエミリーに聞いた。なんでもシアーズ伯爵は昔、ボードール侯爵に助けられたことがあるらしく、ボードール侯爵の不出来な次男の婿入り先に打診されて喜んで婚約を結んだそうだ。

『お父様に無理強いされたわけではないのよ、けれどあんなに婚約を喜んでいたお父様には相談しづらくて……』

 エミリーが『あんな不実な男との婚約なんてやめちゃいなさいよ』と言った時にジョディはそう答えたそうだ。そして『私もね、もう少し頑張ればボードール様が振り向いてくださるような気がするの。ボードール様が好きそうな話題を探してみたり、ボードール様が好む服装も研究しているの。学院では話しかけるなと言われているからあんまり実践には移せていないのだけれど、ボードール様は私を娶ってくださるのだから頑張らなくてはね』そう言って弱々しく微笑むジョディにエミリーは何も言えなくなったそうだ。

 ジョディは月に一度の婚約者同士の交流だけは死守している。大抵は週末、婿入り先のシアーズ伯爵家のタウンハウスで行われるそうだからハドリーも無下には出来ないらしい。




 そのお茶会だけは渋々ハドリーは続けているようだが、学院でジョディはハドリーの話題を全く出さないから僕たちもあの汚物たちの存在を普段は忘れがちだ。そんな状態で聖夜にハドリーを〝恋人たちの聖地〟に誘うなんてジョディには到底できないだろう。あ、僕は全然喜んでいないよ、ジョディがあの横柄な婚約者と仲良くなるのは見たくない、なんて思っていない。婚約者との仲が修復されてジョディの心からの笑顔が見られればそれで十分じゃないか。…………嘘です。本当はあんなクソヤローとはすぐにでも別れて欲しい。だからと言って代わりに僕が幸せにできるなんて思ってはいないけれど、ジョディは素敵な女性だからあんなクソヤローよりも僕よりももっともっと立派な男性が似合う筈だから。




 僕たち六人に気まずい空気が流れた時に少し離れたテーブルから大きな声が聞こえた。


「ええ!? 二人で〝恋人たちの聖地〟にいったんですか!?」


 うわっ! 汚物たちだ。三つほど離れた席に陣取っていたとは気が付かなかった。僕たちの失態だ、ジョディはサッと顔を強張らせた。

 あちらは僕たちに気が付いていないのか周りの人たちが眉を顰めているのに大声で話を続けている。


「なんだ、ハドリー様とシャノンは結局恋人同士なんですね」

「うふふ違うわよう、ハディとは仲のいいト・モ・ダ・チ。〝恋人たちの聖地〟ってところに一度行ってみたくてハディにお願いしたのよ」

「そうだぞ、こんな公のところで私たちが恋人同士なんて言うなよ、どんなにお似合いに見えたとしてもな、なあシャニー」

「うふふ、そうねハディ」


 お互いの頬や腕を触ってじゃれ合いながらそんなことを抜かす汚物たちが不快すぎて、僕は少し椅子を動かしてジョディから汚物たちを遮る位置に移動した。

 あ、マーヴィン、お前は移動するなよ、その位置じゃ不自然過ぎるだろ、通路を塞いでいるじゃないか。


 でかい声の汚物たちの会話はまだ続いている。


「それで? どうだったんですか?」

「どうだったって? うーん、つまんなかったわ。寒いし、木とベンチしかないんだもん」

「だよなあ、あんなところに行く奴らの気がしれないな」

「もっと楽しいところは沢山あるわよねえ、ハディ」

「そうそう私たちも早々にもっと楽しいところに移動したよなシャニー」

「もっと楽しいところって?」

「えー、それはぁ……秘密」





「あー、あ、そう言えば先月から設置されている『みまもりくん』ってどう思う?」


 唐突に、明らかに不自然にロバートが喋り出した。でもわかるよ。僕も汚物たちの会話を聞いていたくないし、ジョディに聞かせたくない。


「わ、私はいいと思うわ。『みまもりくん』のおかげで盗難事件の犯人が捕まったそうよ」

「私もいいと思います。門にも裏口にも設置されているから不審者が入らなくて安心感がありますわ」


 エミリーとルシアが相次いで声を上げた。とにかくジョディの関心をあの汚物からそらせたい皆の連係プレーだ。

『みまもりくん』というのは新しく開発された魔道具で、その場所の映像と音声を記録する物である。まだほんの一部しか実用化されていないのだが、試験的に学院に設置された。現在は表、裏門、寮の出入り口や噴水広場など六カ所に設置されている。難点は装置が大きく幅を取ったり目立つことだった。


「俺はちょっと抵抗あるなあ」


 マーヴィンの言葉に僕は疑問を投げかける。


「どうしてだ?」

「だってなんか監視されているみたいだろう? 『みまもりくん』の前で欠伸したりおならしたらずっと残っちゃうんだぜ」

「あら、『みまもりくん』は公共の場所にしか設置されていないのよ、そもそもそんなところで恥ずかしいことをしなければいいのだわ」

「……はい」


 マーヴィンの意見はエミリーに一蹴されて皆が笑った。良かった、ジョディも少し強張っているけど笑顔を浮かべてくれた。









 あれから十か月、僕たちはもう最高学年で各々の進路に向かって日々忙しく暮らしている。

 エミリーは昨年卒業したロバートと卒業してすぐに結婚するらしい。週末ごとに外泊届を出してウィンバリー伯爵家に通っている。ルシアは王宮侍女の試験を受けると猛勉強中だ。マーヴィンも騎士団の入団試験に備え鍛錬に精を出している。昼食に僕たちの校舎の食堂に来ることも滅多になくなった。ジョディは……ジョディも結婚準備をしているのだろう、週末にシアーズ伯爵家に帰ることが多くなった。ちっとも幸せそうじゃないけどな。汚物どもは相変わらずで……いや、あれはもうデキていると言っていいだろう。こそこそと裏庭や人気のない場所に二人で入っていくのを僕は何度か目撃した。僕らと親しくない人々の中には汚物カップルが婚約者同士だと誤解している者もいる。

 

 まあ一応汚物カップルも人の目を気にしているようで二人で消える時は注意を払っている。ゆるゆるの注意だけどな。僕が二人の密会を目撃したのはある目的で校内や裏庭をよく歩き回っているからだ。僕も将来に向けて準備をしているのだ。



「ねえ、来月の舞踏会の準備もうしてる?」


 昼食時にエミリーが質問を投げ掛けた。

 来月の舞踏会とは三年生の行事、模擬舞踏会の事だ。僕たちはあと数か月で学院を卒業し、大人の仲間入りをする。社交界デビューだ。だからデビュタントに備え学院で練習のための模擬舞踏会を開催するのだ。模擬と言ってもかなり本格的だ。女生徒はドレスアップし男子生徒も正装に身を包みパートナーと共に入場し、国王陛下ならぬ学院長にそろって挨拶をする。そしてファーストダンスを踊るのだ。基本的には三年生だけの催しなのでパートナーも同じ学年になるが、婚約者が下の学年にいる者は特別に下級生も参加が許される。学院外の者は参加できないので残念ながらエミリーのように婚約者が卒業してしまっている者は学院内で臨時のパートナーを探すことになる。一応、パートナーが見つからない者がいたら教師が代役でパートナーを務めてくれるので一人で入場などという恥ずかしい事にはならないのだが、教師は圧倒的に男性が多いのであぶれる男子が多いと女生徒役の教師(多分おっさん)と腕を組んで入場しなくてはならないという僕の様な恋人も婚約者もいない者には過酷な催しだ。


「ええ、私はドレスが来週に届く予定ですわ。彼が選んでくださったので」


 頬を染めながら答えたのは半年前に僕たちのクラスの子爵令息と婚約を結んだルシアだ。ルシアは王宮侍女、彼は王宮文官を目指して猛勉強中に意気投合したらしい。


「私もドレスは決まっているのですけど」


 躊躇いがちにジョディも返事をする。僕も頷いた。男なんてありきたりの正装一着あれば事足りる。


「ああ、そうじゃなくて……ってジョディ、あのアホ婚約者はドレスを贈ったり……してないのね」


 エミリーの質問中にジョディが首を横に振ったのでエミリーは顔をしかめた。


「でもきっと本番のデビュタントの時には贈って下さると思うわ」


 ジョディは弱々しい笑みを浮かべた。

 僕が……僕だったら君にそんな寂しそうな顔をさせないのに……。久々にはらわたが煮えくり返りそうな感情を押し殺して僕は黙っていた。


「それよりもパートナーの事よ! あのアホはちゃんとジョディをエスコートするのよね?」


 エミリーの口がどんどん悪くなる。ロバートがいた時はロバートがやんわり窘めていたが、僕は窘めるつもりなんてさらさら無い。僕の方が腹の中ではハドリーたちの事を汚物と呼んでいるのだからエミリーの方が優しすぎるくらいだ。


「してくださる……と思うわ」


 ジョディは自信なさげに答えた。僕もさすがに模擬舞踏会ではハドリーはジョディをエスコートせざるを得ないと思っている。エスコートしなかったら対外的に婚約者ではないと言っているようなものだ。


「そうするとパートナーを探さなきゃいけないのは私だけよね、ウェーバー様(ルーファス)ハットン様(マーヴィン)にお願いしたいんだけど」

「あら、エミリーは何人かに申し込まれていなかった?」


 ジョディが聞くとエミリーは首を横に振った。


「全部お断りしたわ。ロバートがウェーバー様(ルーファス)ハットン様(マーヴィン)以外はダメだって言うんですもの」

「まあ! ウィンバリー様(ロバート)って結構やきもち焼きなのね」


 ジョディとルシアはクスクス笑った。エミリーが顔を赤くしながら反撃する。


「そういうジョディだって沢山申し込みがあったでしょ」


 そうなのだ、優しくてよく気が付くジョディは人気者なのだ。ジョディの事をよく知らない人は一見きつい顔立ちのジョディは冷たく見えるらしい。けれど僕たちのクラスメイトのようにジョディの人柄を知ると皆ジョディの事を好きになる。お昼を毎回一緒に食べる僕はそういう男どもから羨望の眼差しで見られてちょっといい気になっていた。もちろんわかっている、ジョディには婚約者がいて(クソだけど)僕は皆よりほんのちょっと親しいだけのクラスメイトなんだってことは。


「私の婚約はもう無くなったと思って同情してくださった方が何人かいらっしゃっただけよ。申し訳ないけどお断りさせていただいたわ」


 同情だけじゃないのはわかっているけれど僕は黙っていた。その代わりエミリーに向かって口を開いた。


ボールドウィン嬢(エミリー)、マーヴィンを誘ってやってくれないか? あいつ、騎士コースは女の子が少ないから絶対にあぶれるって焦っていたからさ。僕は先生に頼むからいいよ」

「それならそうさせていただくわ」


 僕はジョディ以外の女の子をエスコートしたくなかった。ジョディをエスコートするなんて夢のまた夢だってわかっているけれど。それよりエミリーの視線が気になる。その、うんうんわかっているよ、と言いたげな表情も。僕の気持ちはみんなにバレていない筈だ。きっと僕の思い過ごしだ。







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