前編
聖夜にちなんで24日までに完結したかったのですが、長くなってしまったので前編、中編、後編に分けました。完結はクリスマス過ぎちゃいます……
皆さま、メリークリスマス!
リンゴ―ン♪ リンゴ―ン♪
聖堂の鐘の音が響き渡る。
その聖堂の前広場に集う人々の楽し気な騒めきや笑い声を、広場を飾る魔道灯火の華やかな灯りを、少し離れた木立のベンチに座って僕は眺めていた。
今日は聖夜だ。
遠い昔、聖女様がこの国を魔の手からお救いになった記念日。今日ばかりは子供たちも夜更かしを許され、夕暮れと共に行われる聖堂でのお祈りを済ませた後は広場で繰り広げる大道芸や吟遊詩人の歌を楽しみ、屋台を廻ってご馳走を食べたり家に持ち帰ったりして聖女様に感謝をしながら幸せな眠りにつくのだ。
もちろんそれは庶民たちの楽しみで、僕の様な貴族の家はそれぞれの屋敷を飾り付け家族そろって聖女様に感謝の祈りをささげた後は特別なディナーをいただいてゆったりと過ごすのが習わしだ。
しかし王都にある貴族学院で過ごす三年間だけは僕たちも庶民の楽しみを少し味わうことが出来る。この学院は全寮制だが、事前に寮に申請を出しておけば今日だけは門限が深夜まで伸ばされるからだ。
もっとも僕の様な男子学生はともかく女生徒は侍女やメイドと護衛の付き添いが必須だし、外出届にその者たちの氏名も明記しなければならない。それでも数名の供と共に外出が許されるのはこの国が安定して治安がいいからだろう。
昔は夜の外出は全面的に禁止され、生徒たちは男女別れた寮で少し特別なディナーが供されるだけだったらしいが、寮を無断で抜け出す者たちが相次ぎ、生徒からの要望も多数寄せられた後、治安の安定と共に現在のように変化したらしい。
僕は良く知らないけれど。
僕が知っているのは今現在いる場所の言い伝えだ。
〝恋人たちの聖地〟 聖堂広場に隣接するこの木立は聖女様が時の王子様に愛を誓われた場所。聖夜にこの場所で聖堂の鐘の音を一緒に聞いた二人は幸せに結ばれるという言い伝えががある。
もちろんそっち方面に疎い僕が知っているくらいだからかなり有名な言い伝えだ。
ほら、あそこにもそこにも、少し離れた他のベンチも寄り添う二人のシルエットがいっぱいだ。
広場の灯りがほんのり届くくらいのこの木立はお互いの顔がはっきり見えるくらい明るくはないけれど鼻をつままれてもわからないほどの暗闇でもない。寄り添って愛を囁くには絶好の雰囲気だった。
そんな聖地のベンチを一人で占領している僕を許して欲しい。
僕にしては一世一代の勇気を振り絞った結果なのだから。
———きっと君は来ない———
それはもちろんわかっている。だけど君をこんなにも思っている男がいることを知って欲しい、君が愛されるに相応しい素晴らしい女性だと自信を持って欲しい、そして長く拗らせたこの想いに決着をつける為、僕は君をこの場所に誘ったんだ。
ーー♦♦♦ーー
彼女と知り合ったのはもう二年半以上前の事、偶々同じクラスの隣りの席になったことが切っ掛けだった。
「あの……もしかしてご気分が悪いのではございませんか?」
体調を崩し青い顔をしていた僕に優しく声を掛けてくれて救護室まで付き添ってくれたのはブルーグレーの髪に少しきつめに見える紫紺の瞳をした隣りの席の美少女だった。
僕は伯爵家の三男だけど魔力量が多く勉強にも自信があった。それに何より魔道具が好きだったから将来は王宮の魔道具研究所に入りたいと希望に燃えていた。魔道具とは魔力を介して様々な効果をもたらす道具の事だ。魔道灯火もその一つ。大昔には魔道具を介さずに火や水などを出せたりもっと凄いことが出来る人もいたようだけど、そんな存在は現在では伝説だ。そう、聖女様のように。人は誰でも魔力を持っているけれどそれを使うには魔道具の存在が欠かせない。様々な魔道具は生活を豊かにしてくれるし、新しい魔道具の開発はロマンだ。そんな訳で僕は魔道具研究所に入りたかったし、自分で研究もしていた。その時も確か研究に熱が入って連日の寝不足、風邪もひいていたらしい。それでも無理をして授業に出ていた僕の顔色に最初に気づいてくれたのが彼女だったのだ。
「あ……あの……昨日はありがとう、僕はルーファス・ウェーバーだ。あの……その……」
「あら、私も名乗りもせずに申し訳ございませんでした。ジョディ・シアーズと申しますわ。これからクラスメイトとしてよろしくお願いいたします」
次の日の授業が始まる直前、何度か躊躇い、意を決して話しかけた僕に明るくそう言って彼女は微笑んだ。僕の家、ウェーバー伯爵領とは王都を挟んで反対側にあるシアーズ伯爵家の一人娘、それが彼女だった。真顔ではきつめに見える彼女の顔立ちは微笑むとほんわりと花がほころぶように様相を変える。僕は授業が始まってもしばらくは彼女の微笑みが目の前をちらついて困った。
そうして朝や帰りの挨拶、時たまぽつりぽつりと言葉を交わすようになって数か月、僕は彼女の瞳が暗い事に気が付いた。
「シアーズ嬢、何か心配事でも?」
気が付いてから三日悩んで話しかけた僕に彼女はパチクリと目を見開いた後に微笑んだ。
「いいえ何もございませんわ」
嘘だ、と思う。その微笑みにいつものような輝きが無い……と思う。あてにならない勘だけど。
「その、僕はあまり頼りにならないかもしれないけれど、悩みがあるなら一緒に考えるよ」
「まあ、ありがとうございます。ウェーバー様にご心配をおかけしてしまうなんて私もまだまだ駄目ですね。いえ、本当に何もないのです」
僕はそれ以上聞き出すことは出来ず口を噤んだ。
けれど彼女の心配事が何なのかは程なく知ることになった。他の人達の噂話から。
二つ隣のクラスのある男女の距離が異常に近いと近頃噂になっている。本人たちは友達だと言い張るが、腕を組んで歩き、お互いを愛称で呼び合うその距離は他人から見れば恋人同士だ。女性は男爵家令嬢のシャノン・ピーノック、ピンクゴールドの髪に若草色の瞳、背が低いのに出るとこは出ているというコケティッシュな怪しからん女性だ。僕は好みではないけどね。男性はハドリー・ボードール、侯爵家の次男、こいつも金髪碧眼のキラキラしい容姿をしている男だ。そしてここが重要、奴は……ジョディ・シアーズの婚約者なんだ。
「その……シアーズ嬢、良かったらこれを受け取ってくれないか」
僕は授業の終わりにそっとラッピングされた小さな紙包みを差し出す。
「これは?」
「あ、いや、昨日の休みに友達と街に行ってね、この焼き菓子が美味しかったんで少々買い過ぎてしまったんだ。寮で一人で食べるのも飽きてしまって……その、貰ってくれると無駄にしないで助かるんだが、あ、もちろん君が甘いものが嫌いなら無理しなくても……その、あ、他に他意はないから。いやいや、他に他意はないって言い方はおかしいよな。えーと……なんて言ったらいいんだろ」
一人でまくしたてる僕を黙って見つめていた彼女は「ふふっ」と笑い「ありがとうございます。このお店の焼き菓子は私も大好きでメイドに時折買ってきてもらいますの」と受け取ってくれた。
今思うとあの言い訳は苦しかった。開けた形跡もなく店の名前入りの包装紙で綺麗にラッピングされたままの包みを差し出したのだから僕の嘘なんて彼女は直ぐにわかったに違いない。それでも微笑んで受け取ってくれたことに僕は安堵のため息を漏らした。
ずっと強張った顔つきだった最近の彼女が少しでも笑ってくれたことが嬉しかった。五日間悩んだ末にこんな些細な慰めしかあげられない僕は不甲斐なかったけれど、婚約者のいる彼女に無遠慮に近づくわけにはいかなかった。
それでも彼女の婚約者の方はそんな倫理観などどこかに忘れてきてしまったようで、噂の男爵令嬢とじゃれ合いながら歩いていたり、庭園のガゼボで寄り添っているのを僕でさえ数回見かけたことがある。
もちろん睨んでやったさ、僕の睨みなんて気づいてもいなかっただろうけど。
廊下を歩いていた時に空き教室から大きな声が聞こえて僕は足を止めた。
「ジョディ様、酷いです! 私はハディの仲のいい友人だって言っているじゃないですか! それなのにそんな言いがかりをつけるなんて! これは苛めだわ! ハディだってきっと怒るんだからっ!」
空き教室に近づくと中からひそやかな落ち着いた声音のジョディの声が聞こえてきた。
「いいえ、私は婚約者のいる男性とはもう少し距離を取って接するべきだと申し上げただけですわ、ピーノック様。ボードール様をお名前でましてや愛称で呼んだり腕を組んで歩いたりするのは友人の距離感ではありませんわ」
「あはは、嫉妬しているの? そうよね、ハディだっていつも『すましていて面白みのない女』って言っているもの。ハディに相手してもらえないから仲のいい私に嫉妬して———」
僕はバン!とドアを開けて教室に入っていった。頭の緩い女の暴言をこれ以上聞きたくなかったしジョディに聞かせたくなかった。
「……ウェーバー様?」
「あのっ、助けてください! 私、この人に脅されて!」
急に入ってきた僕にジョディは戸惑い、男爵家のバカ娘は咄嗟に瞳をウルウルと潤ませ僕を上目遣いに見つめる。
今にも縋りついてきそうなその腕を避けて僕は冷静に切り出した。
「僕はシアーズ嬢は至極まっとうな事を言っていると思うよ」
「……は?」
「君の下品な大声は廊下にまで響いていたよ。大体婚約者でもない男性をハディなんて愛称で呼ぶ方がどうかしてる。背筋がぞわぞわして鳥肌が立っちゃったよ。それで? 友人だって? 君はどんな山奥で教育を受けてきたの? 君のいたところは男性にベタベタくっついて歩く友人ばかりなんだ? それとも最低限の礼儀さえ覚えられないざる頭なのかな? 君は」
「な……な……何なの? 何なのよ! あんた!」
嘘泣き一転、本当の悔し涙を瞳にためてバカ娘が叫んだ途端、誰が知らせたのか教室に飛び込んできたのはハドリー・ボードール侯爵令息だった。
「シャニー! ジョディに苛められているんだって!? 大丈夫か?」
「ああハディ! 聞いて! 私はハディとはただの仲のいい友達だって説明したのよ。それなのにジョディ様は……私にあんなひどい言葉を……ううっ……グスン」
「よしよし怖かっただろう。私が来たからにはもう大丈夫だ」
ボードール侯爵令息はバカ娘の肩を抱いて慰めた後にキッとジョディを睨んだ。
僕はもう少しで「はあ?」と呆れた声を出すところだった。お前の婚約者は誰なんだ! どっちの味方をするんだ! あとシャニーって何だよ、シャノンでいいだろキモイな、と胸倉をつかんで揺さぶりたかった。僕にはその地位も腕力もないけれど。
「ジョディ・シアーズ、私をこれ以上失望させないでくれないか」
ボードール侯爵令息は冷ややかな蔑んだ視線をジョディに向けた。
「ボードール様、私は———」
「言い訳は結構だ。私は何度も説明した筈だ、シャニーは私の大切な友人だと。頭でっかちで面白みのない君と違ってシャニーは素晴らしい女性だよ。彼女は男を立てるという事を知っているからね。それに表情も話題も豊かで天真爛漫だ。彼女は面白みのない君と結婚しなくてはならない私に同情してくれているのだ。ああもちろん君と結婚はするよ、それが侯爵家に生まれた私の責務だからね。格下でつまらない君との結婚であっても。こんなに耐えている私なのに君は私の交友関係にまで口を出すのか? そのうえ優しいシャニーまで苛めるなんてどれだけ性根が腐っているんだ?」
ジョディは顔面蒼白で俯いたまま両手をぎゅっと握りしめている、爪が食い込んで血が滲むほどに。
もう無理だ、僕は少し前に出てジョディを斜め後ろに庇う位置に移動して口を開いた。婚約者同士の話に部外者の僕が口を挟むわけにはいかないとわかってはいるけれど無理だった。
「ボードール様、少々言葉が過ぎるのではないですか?」
「何だ君は? 関係ない奴は引っこんでくれないか」
「ええ、僕はシアーズ嬢の単なるクラスメイトで部外者ですが、シアーズ嬢とそこの……えーと男に媚を売る非常識な女性との会話を聞いていましたからね、シアーズ嬢が真っ当な事しか言っていないことはわかるんですよ。シアーズ嬢は貴方の婚約者ですよね、それなのにあなたはどうして友人だと言い張るそこの慎みの無い女性の肩を抱いているんですか? あなたと彼女の常識の基準は知りませんがそれを窘める方が非常識なんですか? 大体シアーズ嬢は面白みのない女性なんかじゃありませんよ。シアーズ嬢は誰にでも親切で慎み深く気配りが出来て話題も豊富で、ああ、あなたとは話が合わないんでしたっけ? それはあなたの話題がつまらな……っと、それは言わないでおきましょう」
「貴様!! この私に……ボードール侯爵家の私に……そのような暴言を吐いて無事に済むと思っているのか!? 王家の方々とも面識がある私だぞ、貴様の家など足元にも及ばない私に向かって!」
「そうですね、お父様のボードール侯爵はご立派な方だと聞き及んでおります。お兄様もあなたと違い学院ではトップクラスの成績だったそうで———ぐえっ」
もちろんわざと煽った自覚はある。
だから僕は激高したボードール侯爵令息に胸倉をつかまれた時に殴られる痛みを想像してぎゅっと目を閉じた。
———ん? 一向に振ってこない拳を疑問に感じて僕が薄目を開けると、ボードール侯爵令息の拳を押さえている人物が。
「アルバート殿下……」
「学院で暴力事件は穏やかじゃないなあ、何があったの?」
どうしてここにアルバート殿下が? と周りを見回すと教室のドアのところに鈴なりの人達が見えた。ここでの出来事はとっくに騒ぎになっていて一学年上のアルバート殿下が仲裁に来たのだろう。
アルバート殿下は第三王子で将来魔道具研究所の長になる事が内定している。騎士団を纏める第二王子殿下と魔道具関連を纏めるアルバート殿下で王太子である第一王子殿下を支えていくのだそうだ。王位継承争いなど全く無く結構なことだ。
「その、少々私も取り乱しましたが殿下のお手を煩わせるようなことではないのです。女生徒を苛めていた私の婚約者を窘めたところ、この無礼な男がしゃしゃり出てきましたので、少し懲らしめてやろうと。全て私の婚約者が至らないせいで、殿下のお手を煩わすことになって申し訳ございません、ここは私に免じて許してやってくださいませんか」
振り上げた拳をばつが悪そうに下げながらボードール侯爵令息が口を開いた。
ん? その物言いにいろいろ突っ込みたい気がしたけれど、僕はあえて口を噤んだ。
「君に免じて……って君は誰? 私はまだ君に名乗ってもらっていないけれど?」
「ぷ」
吹き出しそうになって僕は急いで後ろを向いた。ボードール侯爵令息はさっき王家の方々と面識があるって自慢していたもんな。
「あああの、失礼いたしました。ボードール侯爵家令息のハドリー・ボードールと申します。王妃殿下のお茶会で母と共にご挨拶させていただきました」
「……そう、ごめんね、私は興味ない事はなかなか覚えない質なんだ」
後ろを向いても肩が震えるのは許してくれ、だってボードール侯爵令息、自分で〝令息〟とか言っちゃうの、面白過ぎるじゃないか。それにアルバート殿下の素っとぼけも。
「ルーファスくーん、何を笑っているのかなあ?」
アルバート殿下に肩をガシッと掴まれた。見逃してくれなかったみたいだ。
「いいえ何も。お久し振りですアルバート殿下」
「お久し振りなのは君が私を訪ねてきてくれないからだろう」
僕が顔を取り繕って挨拶するとアルバート殿下は少し拗ねたような顔をした。ちぇ、顔がいいって得だよなあ、拗ねてもカッコイイや。
「アアアアルバート殿下? この男と知り合いで?」
焦ったような顔でボードール侯爵令息が割って入るとアルバート殿下が今度は少しうっとおしそうな顔をした。ダメでしょ、王子スマイルどこ行った?
「そうだよ、ルーファスは私の親しい友達なんだ、えーっと君、名前何だっけ?」
「ハドリー・ボードールです」
「ああごめんね、私は興味ない事はなかなか覚えない質なんだ」
ボードール侯爵令息が真っ赤になって拳を握りしめるのをしれっと見て、アルバート殿下が続けた。
「それで? 私の友人が君に何を言ったのかな?」
「……いえ、何でもありません。少し行き違いがあったようです。それでは私はこれで失礼いたします」
拳を震わせながらボードール侯爵令息がアルバート殿下に挨拶した。おおい、こっちは無視か? と思ったらつかつかとジョディに歩み寄り低い声で囁いた。
低い声でも隣にいた僕にはばっちり聞こえちゃったけどね。
「いい気になるなよ、お前の婚約者はこの私だ。性悪で面白みのないお前を貰ってやるのはこの私なんだ。私に感謝して今後私の行動に口を出すな。シャニーにも近づくなよ」
そうしてボードール侯爵令息はアルバート殿下に話しかけたそうな軽薄男爵令嬢の肩を抱いて出ていった。ここで肩を抱くのか? アルバート殿下の前で婚約者でもない女の肩を? と僕はある意味感心したけれどジョディは俯いて「……はい」と小さな声でボードール侯爵令息に返事をしたまま下を向いていた。
「じゃあ、私も行くよ、ルーファス、本当に偶には顔を出してよね」
ひらひらと手を振ってアルバート殿下が教室を出ていくのを礼をして見送って僕とジョディは同時にため息をついた。おっと、二人きりで部屋にいるのは良くないよな、ドアのところにはまだ見物人が何人かいるけどさ。
「僕らも教室に戻ろうか」
ジョディを促して教室に向かって歩き始める。
歩きながらジョディが小声でお礼を言ってくれた。僕は途端にしどろもどろになってしまう。
「え、あ、その、僕の方こそしゃしゃり出ちゃってごめん、その、君の婚約者に結構失礼なことも言っちゃったし」
「いいえ、庇っていただいて嬉しかったですわ」
「あーでも、さ、シアーズ嬢はいいの? ボードール侯爵令息はシアーズ嬢に対して随分失礼だと思うよ。その……」
婚約を解消した方がいいんじゃないかとは口に出せなかった。それこそ二人の問題だ。訂正すると二人と双方の家の問題だ、僕が口を挟めるものではなかった。
ごにょごにょと僕が言い淀むとジョディがポツリと呟く。
「昔は優しかったんです……言い方は少々横柄ですけれど彼なりに地味で堅物な私を変えようと色々工夫してくださって……」
僕は黙ったままだった。ジョディは地味でも堅物でもないしそのままで素晴らしい女性だと思うけれど、そんな事より〝昔は〟という言葉に二人の歴史の様なものを感じてしまって知り合ったばかりの僕がジョディを語るのは違うような気がしたからだ。
気まずい沈黙が流れると思ったが、不意にジョディが「ふふっ」と笑いを漏らした。
「ウェーバー様はびっくり箱みたいですね」
「うえっ? 僕が?」
「ふふ……ええ、アルバート殿下とお知り合いなのも驚きましたけれど……ふふ……ピーノック様やボードール様への怒涛の反論には……ふふ……ごめんなさい、普段のウェーバー様と違って意外でしたけれど、私スカッとしてしまいましたの。意地が悪いですわね、私」
「えええ、そんな、シアーズ嬢が意地が悪いなんて、そんなこと絶対に無いから。そんなこと言ったら僕なんて魔道具オタクなのに喋り出すと止まらなくて、でも上手く喋れなくて、特に君の前では、あ、違う、ちょっとテンパっちゃうだけで君自体は凄く話しやすいんだけど、僕が勝手に緊張するっていうか、あーもう何言っているかわからないや!」
僕は真っ赤な顔をしながら口を噤むことにした。これ以上口を開けば墓穴を掘るだけだ。




