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先代国王の後悔

司法改革によって、法治国家としての基盤を整えた祖父。

労働改革によって、労働者階級の地位を向上させた父。

偉大なる祖父と、偉大なる父。

その存在がプレッシャーとして私にのしかかるようになったのは、いつの頃からだったか。


私はどうすればよいのだ。


「今ある平和を次世代に繋ぐことも、立派なお仕事かと」

そう言う者も確かにいた。

しかし、国民の多くはそうは考えなかったようだ。

いつしかゴシップ誌には、祖父や父と比較して私を扱き下ろす文言が並ぶようになった。


現状維持ではいけないのだ。

国民は“わかりやすい成果”を求めているのだ。

私は次第に目に見える成果を出すことに躍起になった。


そんなときに、一人の使用人が城で働き始めた。

名前は忘れてしまったが、彼女の藤色の瞳はとても印象的だった。 

侍女ですらない彼女は、本来なら交流を持つような立場の相手ではなかった。


最初は遠くから眺めているだけだった。

しかし、何事にも全力で取り組み、周囲の人々からも可愛がられ、毎日生き生きと働く彼女に、私はいつしか恋をしていた。

いや、憧れと言うほうが正しいかもしれない。


彼女がいそうな場所に用もなく出向く日々が続いた。

普段はこちらからの一方的な声掛けで終わっていた関係だが、一度だけ彼女と話をしたことがある。

先代王の時代から大臣として登用されている重鎮が、父と比べて私を嘲笑う場面を目にした日だった。


「目に見えるものが全てではありません。目に見えないからこそ、一層大切にしなくてはならないものもあるはずです」

思わず弱音を吐いてしまった私に、彼女はそう言った。

そのような考えを持つ彼女に、私はますます執着するようになった。

幼子のような恋心だったものが、どろりとした欲望の塊に変わってしまった。


国王である私に無理矢理関係を迫られて、彼女に断る術などなかったことは火を見るよりも明らかだ。

初めて愛した女性に対して、力づくで行為に及んでしまったことに絶望で涙する私を、彼女は慰め続けた。

本当に泣きたいのは、彼女だったに違いない。


それからすぐに彼女の懐妊が発覚した。

なんとか彼女にそれなりの地位を与えたい。

生まれてくる子も、息子達と同じように王位継承権を持つ者として扱おう。

そう思っていたにも関わらず、身重の彼女はいつの間にか城から姿を消していた。


好きになった女性すらも守れなかった。

私はどうすればよいのだ。


その後王城で引き取ることになった娘は、まるで彼女の生き写しだった。

私に似ていなくてよかった。

彼女の生活が、憎むべき男(わたし)に似た子と共にあったのではなくてよかった。


しかし私はこの娘が恐ろしかった。

澄んだ娘の瞳には、私がどのように映っているのだろうか。

娘の姿が目に入るだけで、責められているような気持ちになった。

なるべく娘に会いたくない私は、彼女を自身の部屋から遠く離れた場所へと押し込んだ。


王妃が娘に冷たく当たっていることについても知っていた。

しかし私は何もしなかった。

見ないことで“無いもの”として扱ったのだ。

私は己の弱さから逃げ続けた。


しばらくして、幼い頃から家族同然に育ってきた王妃が精神を病んだ。

私との婚約が内定して以来、長きに渡って私を支え続けてくれた女性が。

私は一体どれだけの人間を不幸にするのだろうか。

私はどうすればよいのだ。


このままではいけない。

素晴らしい“人”にはなれそうもない。

ならばせめて素晴らしい“王”になろう。


誰が見ても明らかな功績を残さねばならない。

父や祖父ができなかったことをやり遂げねば。

その考えに支配されるようになった私が企てたのは、侵略による自国領土の拡大だった。


一度目は失敗に終わった。

娘は人質としてイグラファル王国に送られることになったが、だからなんだというのか。

歴史に名を残す王になるには、多少の犠牲も仕方あるまい。


最初は私の行動に口を挟んできた息子達も、軍部のトップも、いつしか何も言わなくなっていた。

彼らが何を考えているのか、そんなことには思いも至らなかった。

とにかく領土を。功績を。


最初の失敗から、五ヶ月近くが経過した。

今度こそやり遂げてみせよう。

戦争に勝利して、私が“偉大な王”であることを示してみせよう。


そう思って武力攻撃を指示したところ、軍部はなんの反応も示さなかった。

「王のお考えは変わりませんか」

軍部の最高責任者である司令官から返ってきたのは、その言葉だけだった。


いつの間にか、私の後ろに付いてきていると思っていた者達が、私の前に立ちはだかっていた。

先頭には私の息子である王太子が立っている。


「父上、私はあなたを殺したくはありません」

そう言う息子の声は少し震えていたが、その眼差しは鋭かった。

それなりの覚悟を持っての行動であることが見て取れた。


息子にこのような役割を押しつけることになるとは。

私はこのような結末を望んでいたのではない。

私はどうすればよかったのだ。


結局、息子の温情により私の罪は公にはされなかった。

小さな島で一生を終えることになりそうだが、私はこの暮らしが気に入っている。

誰にも見られることなく、誰とも比較されることのない、この生活が。


私に残ったのはなんなのだろうか。

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