42.お茶会(3)
「どういう事ですか? これまでの通例なら支払い期限は10年でしょう。延長も支払いがきちんと成されていれば認められるのがほとんどです」
アランがフィリップに詰め寄る。
「そうなんだが、厳しい条件をつけるべきだという意見と、あと、いろいろな思惑がかみ合ってこうなったんだ。私だって、手を回そうとはしたが、力ずくで介入する訳にもいかない。お前も知ってるだろう?」
「そうですが……二年、二年は厳しいな」
アランの顔が曇る。シンシアも眉を寄せた。
アランは“厳しい”と言ったが、二年は現状では無理だ。
シンシアにもそれは分かる。
厳しい意見が出たのだろうが、それにしても二年は短い。なぜ、今回はそんなにも短いのだろう。
だが、いつまでもショックを受けていても仕方がない。王太子が二年と言うからには、二年なのだろう。
シンシアは気を取り直して気になった事を聞いた。
「先ほど殿下は、いろいろな思惑がかみ合った、と仰いましたよね? いろいろな思惑、とは何かお聞きしてもいいですか?」
「あー、これがなあ、その思惑の方が主に絡んで二年なんだよなあ…………ヨハンソン嬢、この決定には抜け道があるんです」
フィリップが非常に言いにくそうに口を開く。
「抜け道?」
「うん。会議では、“爵位を故ヨハンソン子爵の直系の血族が継ぐ場合、罰金が課せられる”という文言が入る」
「直系の血族」
それはつまり、シンシアとハリーの二人を指す。
「だからだな、成人している貴族の誰かを他所から持ってきて後継者に据えれば、罰金は課せられないんだ。相手が貴族であれば、少々面倒な手続きと審査を経れば爵位の譲渡は可能だ」
「…………」
「早い話が、あなたが他所から養子をもらうか、結婚して夫を迎え、養子か夫に爵位を譲れば罰金がチャラになる」
「なぜ、そんな話に?」
「ヨハンソン領に鉱山が出ているだろう? あれが余分だったんだ、貴族連中は、あわよくばそれを手に入れようと考えた。
タイミングも悪かったんだよなあ、アランが振られていたからな。運良く困ったあなたにつけ込めれば、公然と堂々と鉱山付きの子爵領を手に入れられる、と思った奴らが結構いたんだ。
そういう、ドロドロした思惑が絡んだ結果、二年だ」
苦いものを吐き出すようにフィリップが告げる。
「養子か夫……」
「うん、どうする? まあ別に今決めなくても、この二年で決めればいいんだが、ただ、だからこの二年は穏やかな二年とはいかないだろう。餓えたハイエナみたいな奴らが、たくさん涌いてくる。向こうはあなたを放っておかないからね。
私のお勧めとしては、さっさと結婚して夫に爵位を譲るのがいいかなあ、なんて思うんだよ、思うんだけど」
「そういう抜け道を使う気はありません」
シンシアはフィリップを見て、きっぱりと言い切った。
「そうだろうね。アランからあなたの人柄を聞いていたから、そう言うだろうな、と思ってはいた。だがなあ、二年は正直、難しいだろう」
「鉱山を数ヶ月で無理矢理軌道に乗せますか? 侯爵家で出資すれば、不可能ではないですが」
ここでアランがそのように提案してくれるが、シンシアは首を横に振る。
「数ヶ月で軌道に乗せるのは無理があります。軌道に乗ったとして、余程の当たりでない限り、期限内にお金を払うのは難しいでしょう。
それに利益が全て罰金に使われるのに、侯爵家から出資してもらう訳にはいきませんし、これ以上、お世話になる訳にもいきません」
「じゃあ二年、だらりと待つのか? 払えるとは思えない。結局、養子か夫に譲るなら早い方が楽だぞ……幸い、夫なら候補もいるんだし、割りきってだな」
フィリップがアランをちらりと見て、アランは顔をしかめた。
フィリップが言いたい事はすぐに察せられた。アランと結婚して、爵位をアランに譲る手続きをすればいいのだ。
シンシアにだって、それが一番楽な道だという事くらい分かる。アランとの仲がある今なら、さっさと結婚して爵位を譲ればいい。キリンジ侯爵家への恩も返せる。
全て丸く納まる。
合理的で現実的な手段だ。でも、
でも、とシンシアは思う。
それならシンシアの罪はどこに行くのだろう?
この手で、父の悪事を手伝っているのだ。
罰金を免れてしまえば、それは一生宙ぶらりんだ。
シンシアは自分を一生許せないだろう。
そんな生き方はしたくなかった。
アランを見ると、小さく首を横に振ってくれた。
先程は顔をしかめていたし、王太子の言うことを気にする必要はないということなのだろう。
融通の利かない自分の意見を尊重してくれているのだと分かる。
シンシアはアランが尊重してくれるなら、堂々と決めた道を進もうと思った。
「鉱山の採掘権を売ります」
シンシアは静かにそう言った。
「…………」
一瞬の沈黙の後、フィリップが口笛を鳴らす。
「思い切るなあ、売っちゃうの?」
「罰金を払えなければ、爵位に縋るつもりはありませんでした。それなら鉱山は取り上げられるものですから、同じ事です」
「でも、結婚するだけでいいんだぜ?」
「課された罰はきちんと受け止めたいんです。それに我が領には元々鉱山はありません。なのでヨハンソン家には採掘の技術も加工の技術もない、鉱山は時間をかけて開発出来るなら利になりますが、早急に事を進めるのは事故の元にもなるでしょう」
「もったいないとは思うけど」
「密輸のお金も償うなら、採掘権を売るしかないとも考えていたので、あまり惜しくはないんです」
「なるほどねえ、アランはそれでいいのか?」
「私が口を出すことではありません。思い切ったな、とは思いますが、良い考えかもしれないです。期限付きで権利を売り、地元での雇用の確保や採石場の近くでの加工を条件に出来れば結果的に領地は潤います」
アランが淡々と答える。
「いいのかぁ……。なあ、もったいないと思うのは私だけか? 結婚してアランに爵位を譲るだけで丸儲けだぜ? 私が小者すぎるのか?」
「殿下のお気持ちは嬉しいです。そしてあなたは国のトップに立つのですから、その考え方が正しいです」
「……ありがとう、アラン。慰めてくれて嬉しいよ」
フィリップは力なく、微笑んだ。
「あの、私も、この決断が一番正しい決断だとは思ってはいないんです。小者というなら、割り切れない私の方が小者です」
「ヨハンソン嬢まで、ありがとう……しかし、鉱山の権利を売る、かあ。提案されてしまえば、アランとあなたにとってはそれが一番いいかもな。私のこれは余計なお節介だったようだ」
よかった、よかったと頷くフィリップ。
シンシアはここで、フィリップがわざわざシンシアとの場を設けたのは、シンシアが何の解決策もないまま意固地になった時に、無理矢理に結婚を説得する役を担おうとしていたのでは、と気づいた。
罰金の支払い期限が短い事やその経緯は、アランもこの場で初めて聞いたようだった。
アランがシンシアに変な誤解をされないようにと、フィリップが隠していたのだろう。
「いろいろ配慮していただいたようで、すみません。殿下は最悪、私が気に病まないように結婚を強引に進めるおつもりだったのでは?」
「あー、そういうの言わないで、人知れず憎まれ役になろうとか思っていたから」
「あ、ごめんなさい」
「そこで謝らないでほしいなあ……まあ、とにかくもう口出しするのはやめておこう。足元を見られないように、採掘権をしっかり売りなさい」
フィリップが優しく笑う。
シンシアは「はい」と答えて、アランと共に城を後にした。




