20.騎士団での取り調べ(2)
騎士団呼び出しの初日は、イザークの言った通り昼前には解放され、シンシアはアランと帰りの馬車に揺られた。
「疲れたのではないですか?」
向かいのアランが聞いてくる。
「そうですね。疲れはしましたが、でも、お役に立てそうでほっとしています」
「次の予定は5日後です。ゆっくり休んでください」
「はい。あの、アラン様、今日は本当にありがとうございました。でも、こうして付き添っていただいてはアラン様のお仕事に障りがありますよね。次回からは一人で大丈夫です」
「あの野次馬の群れにあなたを放り込めと?」
アランの冷ややかな声。
「……次回は、その、人数は減っていると思いますし」
あの視線の中を一人で歩くのは難しそうだが、5日後は今日ほどではないはずだ。
「今日よりは減るでしょうが、ああいうのはしばらく続きます」
「ですが、あなたに迷惑をかけたくないんです。今日もこれからまた城に戻るのでしょう?私の為に午前中が潰れてしまったのでは?」
「迷惑ではありません。午前中が潰れたとも感じていません」
言い切るアランに、何て高潔な人なんだろうとシンシアは感心してしまう。
感心してしまうが、頼りきるつもりはないし、アランの事を考えると、今日みたいに張り付いてもらうのは申し訳無さすぎた。
でも、社交界デビューすらしていないシンシアは、ああいった注目は全く慣れていなくて、上手くこなせる自信はない。
シンシアはやり方を変えてみる事にする。
少しだけ頼ってみようと。
「あの、では」
シンシアはおずおずとアランを見上げた。
「騎士団への行き帰りだけ、付き添いをお願いしてもいいですか? イザークさんは話しやすい方でしたし騎士の方達は礼儀正しかったので、聞き取りの最中は一人でも平気です。ただ、建物までの道中はやっぱり怖かったので、今日みたいにリードしていただけると、その、嬉しいです」
必要に迫られて必死にお願いするのではなく、他人の厚意に甘えるようにお願いするのはとても久しぶりだ。
こんな伝え方でよかったのだろうか、と不安で瞳が揺れる。
シンシアのお願いにアランは呆けた表情になった。
それから、嬉しそうにじわりと口角が緩む。
「では……そうし、ます」
「ありがとうございます」
シンシアが礼を言うと、アランは「いえ」とだけ返して、片手で口元を覆って窓へと顔を向けた。
顔は背けられてしまったが嬉しそうにしていたし、伝え方は間違ってなかったようだ。
(野良猫になつかれた感じで嬉しいのかしら)
アランの嬉しそうな様子にふとそんな風に思う。毛を逆立てて威嚇こそしてなかったが、シンシアのアランへの態度は基本的に硬かったはずで、アランは気にしていたのかもしれない。
「…………」
そこからしばらくは、何となく無言で馬車に揺られる。
気詰まりという訳ではないが、当たり障りのない話題を振るべきかとシンシアが思っていると、アランが口を開いた。
「シンシア」
「はい」
シンシアがアランを見ると、アイスブルーの瞳が泳いだ。
(何かしら?)
アランは緊張しているようだ。
「その、まず伝えておきたいのは、侯爵家で小さなお子さんを預かっている以上、うちはその子の心身の健康に責任があるという事なんです」
「ハリーの事ですね。ええ、本当によくしていただいて、ありがとうございます。体重も増えたし、毎日とても楽しそうです」
「はい、そしてもちろん、お預かりする以上はハリーの教育の面でも責任があると思ってます」
「教育……」
「ケイティから、ハリーは4才にしては読み書きがしっかり出来ると聞きました。昆虫への興味も高く、知識欲は旺盛です。将来有望な若い芽を育てる事は大人の務めでもあります」
アランはそこで、シンシアを真っ直ぐ見つめる。
「侯爵邸にいる間、ハリーに家庭教師をつけませんか?家庭教師といっても、大袈裟なものではありません。ステラ女史が時間がある時は見てもいい、と言ってくれています。あの方は母の友人で母がしょっちゅう呼び出すので、そのついでにハリーの勉強を見てくれます。
あなたがこうして騎士団に行くようになると、ハリーも寂しいでしょうし、ちょうど良いと思うんですが、どうですか?」
(…………あ、これは)
シンシアには、アランがシンシアがこの申し出を負担に思わないように気を回しているのが分かった。
侯爵邸に来てからのシンシアは、与えられる厚意にずっと恐縮している。
ハリーに家庭教師を付けるなんて、恐縮したシンシアが必死に断るとアランは思っているのだろう。
アランの読み通り、最初にシンシアが思ったのは、それは過分だという事だった。
家庭教師は高くつく。相手がステラであっても無料な訳はなく、保護しているという理由だけで、血縁でも何でもないハリーに家庭教師まで付けるなんて破格の待遇だ。
自分達には過ぎる話で、断るべきだ。
でも、アランは純粋にハリーの為を思って提案してくれている。
そして、シンシアが受け入れやすいようにと、それらしい理由を述べ、ステラに頼んでくれたのだ。申し訳なさとありがたさが込み上げる。
この人はどうしてこんなに優しいのだろう。
シンシアは素直に感謝した。
何より、この機会を与えられているのはハリーだ。
ここで自分が意固地になるのは、違うと思った。
「私が断ると思っているんですね?」
「あなたはとても慎み深い方なので」
「あら、今日は頑固者だと仰らないんですね」
「言い方を変えると、そうなりますね」
「ふふ、いくら頑固でも、ハリーの教育の機会を断る程ではありません。これはあの子の幸運で、私が断るのも変な話です」
「家庭教師を付けてもいいんですね?」
「とても嬉しいお話です。同時にとても申し訳もないですが、お願いできるなら、こちらこそお願いしたいです」
シンシアは素直に気持ちを伝えた。
アランがほっと息を吐く。
「よかった……断られたら、あなたが留守の間にこっそりしようかとも考えていたんです」
「こっそりって、そんなに思い詰めてたんですか?」
シンシアが聞くと、アランは悪戯っぽく笑って言った。
「あなたは、とても慎み深いので」
言外に“頑固者なので”と聞こえてくるようなアランの笑顔。
楽しそうなその笑顔に、シンシアは胸がドキドキするのを感じた。




