狐人族 一
魔都パンデモネイオスを出て、南の峠を越え、バッデル街道に入ってから数日。
アルダート・リリーの提案で途中、西に枝分かれする小道に入り、とある集落を尋ねることに。
野営を片付けた俺達は枝道を進みアルダート・リリーの言葉通りに進む。
『この先──森を抜けると狐人族の村があるんだよー』
全裸に見えるほどの半裸の幼女、アルダート・リリーという名の夢魔は俺の周りをくるくると回りながら言う。
彼女は幼く見えるが魔王ナイアの幹部の一人らしい。
俺の隣にちょこんと並んで歩幅を合わせて歩く彼女。
彼女は前世の妹みたいにぴょこぴょこ動いて懐かしい気持ちになった。
それにしても狐人族か……。
『狐人族ですか……』
『そ。ちょっとウチらみたいなところあるんだけどさ』
アルダート・リリーの〝ウチら〟とは何を意味するんだろうか。
続けて彼女は言う。
『ちょっと堅っ苦しいけど話は通じるし、変わった食材がたくさんあるからクウガくんには良いんじゃないかな』
『ちなみにどんな食材があるんですか?』
『んー、なんていったっけなー。ウチって食べ物そんなに食べないから思い出せないんだけど』
誤魔化し笑いするアルダート・リリー。
俺が作った料理も彼女は食べない。俺が淹れたお茶は飲むのに。
『狐人族の村には宿屋があるんだよー』
二週間弱のテント生活だったけど、今夜は宿に泊まれるそうだ。
これはありがたい。宿があるということは食事も当然出てくる。
慣れない長旅で疲れが見えるメル皇女やニム皇女の疲労回復にも良いだろう。
父さんや母さんを追う急ぎの旅だけど、ニコアやミローデ様と魔王城を目指した時と違って精神的に余裕があるからか、こうして横道に逸れて魔族の村に立ち寄ることに嫌気がない。
牛型の悪魔、モラクスの手綱を握る俺の少し後ろを歩くメル皇女とニム皇女に狐人族の村に立ち寄ることは知っているが、宿屋などがあることは知らない。
なので、アルダート・リリーに聞いたことを伝える。
「少し、聞こえてたわ」
「宿屋があるようなので、一晩、狐人族の村に泊まろうと思います」
「良いんじゃないかしら? 食事も取れるってリリーが仰ってたものね」
メル皇女はアルダート・リリーが喋る魔族の言語を少し覚えたようで会話の節々の単語を理解しているようだ。
どうやら〝食べ物〟などの簡単な言葉を拾ったらしい。
それはニム皇女も同様である程度は聞き取れているみたいだった。
彼女たちは素性が良いのか学習能力が高く物覚えが良い。
俺も物覚えには自信あるけど、彼女たちも引けを取らないくらいには覚えが早い。
料理もすぐに覚えて今では俺が一日に一度料理をするかしないかくらい。
俺が彼女たちの口に入るもので作るのはお茶だけということもあるほど。
皇族だけあって見た目も良くメル皇女に至ってはスタイルも抜群。見方によっては悪魔のような魅力を彼女は持っているとも言える。
だからなのか嫁ぎ先が纏まらないまま二十歳を超えてしまったそうだ。
ちなみにニム皇女は嫁ぎ先が決まっていたがクーデターで婚約者の父親が殺され、ニム皇女が異世界人たちに監禁され、慰み者になったことで婚約は消滅している。
そのニム皇女が俺に声をかけてきた。
「ねえ、クウガ」
「何でしょうか? ニムお……ではなく──二、ニム」
後ろを振り向いてニム皇女の顔を見たら少し頬を膨らませて「呼び捨てで良いし、気安い言葉で良いのに」と小さく口にすると隣のメル皇女がくすくすと笑う。
可愛くて綺麗、それでいて優雅。なのに見た目がエロいというこの皇女。
二週間弱一緒に過ごしてメル皇女が前世の世界の価値観において、最も魅力的に移る女性だった。
レイナもそうだけど、この世界の貴族は皆、美しい──だけど、ニム皇女や彼女の姉のメル皇女は胸がぺったんこに女性としての外見的な魅力に乏しい部分があったりする。
レイナのことを思い出すとやはり家族が恋しくなる。
「クウガ? どうしたの?」
物思いに耽っていたらニム皇女が俺の顔を下から覗き込んでた。
美少女の上目遣いって反則級。
俺は「大丈夫……」と答えた。
「クウガはその歳の平民だというのに並の貴族の子たちよりも礼儀ができてるけど、なかなか抜けきらないわね。セア家の方とご一緒だったからそのせいかしら?」
礼儀が備わっているかどうかは俺にはわからないからさておいて、メル皇女の言葉のとおり、俺の一挙手一投足にミローデ様が目を光らせていたことがあって、癖になっていたのかもしれない。
ミローデ様は母さんのことも快く思っていなかったようで──レイナはミローデ様が出戻りの女性に対して厳しく接することもあり、俺の家に入り浸っていたんだと改めて結論。
「そう──だね」
そうですね──と、言いそうになるけど、メル皇女も呼び捨てで気軽に話せと言うので言葉を間違わないように。
すると、メル皇女はわかっているからニヤニヤした意地悪な笑顔を見せてくる。
「こればっかりはクウガになれてもらわないとね。ニムもクウガが私たちに慣れてくれるまで待たなきゃダメよ」
メル皇女は意地悪だけどとても優しい。
意地悪な笑顔のちょくごに見せる慈愛に溢れる優しい微笑み。
それだけで胸の中が救われる思いに満たされる。
メル皇女の言葉に、ニム皇女は「はーい」と返して、
「クウガ、狐人族ってどんな種族なの?」
と、俺に訊く。
前世の知識で狐人族と言えば人間の姿をした狐のことだろうと推測できる。
けど、コレオ帝国の帝都近隣に狐は存在しないらしく、彼女たちは狐を知らない。
だから、アルダート・リリーが片言で
「狐人族は獣人に属する種族で、んー、ちょっとエッチだったかなー」
と、答えるに留まった。
俺よりも的確だ。
アルダート・リリーもまた、バレオン大陸の人間が話す言葉を理解しつつあった。
彼女は悪魔の系譜にある魔人──夢魔ということもあり言語理解が早いのだそうだ。
それからは人間の言葉と魔族の言葉を織り交ぜて狐人族についてのレクチャーを受けた。
狐人族は空狐、天狐といった種類があり、美男美女の姿をして他種族から精を奪って生きるという。
とはいえ、そうそう都合よく他種族の精にありつけるわけがなく、狐人族の村では独特の食文化を作り上げて、ほかとは一線を画する食生を送っている。
獣人族としては珍しい婚姻制度があり一夫一妻の家庭を築くそうだ。
そんな仲睦まじい種族だが他種族の異性が現れると豹変するのだとか。
彼らにとってそれは良質な獲物となりうる──のだが、アルダート・リリーが言うには、魔王ナイアの庇護下にある証明としてアルダート・リリーとモラクスがいるので俺たちの精は狙われることはないらしい。
それで〝ちょっとエッチ〟という言葉が出てきたのだとか。
これにはメル皇女とニム皇女が何かを思い出したようで顔が青褪めていたたまれない気持ちになった。
先程まで上機嫌な笑顔を見せていたというのに、嫌なことを思い出したようだ。
それからというもの、狐人族の村に着くまで、ふたりの皇女は俺を挟んで身を寄せ、俺の腕に縋りついた。
狐人族の村についたのは昼下がりの午後。
パラパラと粉雪が舞い降りて幻想的な村の街並みが印象的だった。
ところどころに提灯のようなものがぼんやりと光り、それが雪に反射して視界を彩る。
村の入口に差し掛かるとアルダート・リリーが先頭を歩き始めた。
モラクスの手綱は誰も握っていないがアルダート・リリーの隣をゆっくりと歩む。
『久し振りね。九尾はいる?』
アルダート・リリーは村の守衛の狐人族に獣人の言葉で話しかけた。
守衛は男。耳がピョコンと立っていてとても見た目が良い。
人間に近しい見た目だけど、尻尾と耳はまさに狐。
俺を挟むメル皇女とニム皇女も狐人族の男を目で追った。
「あれが狐人族……」
ふたりは小さくつぶやく。
アルダート・リリーに話しかけられた守衛は地べたに座り額を地面に擦り付けるように平伏。
『九尾様はご在宅でございます。どうぞ、お通りください』
顔を伏せて言った。
『顔を上げなよ。大丈夫だから』
アルダート・リリーはそう声をかけるが恐れ多いと感じている狐人族は頭を上げる様子が全くなく。
『じゃあ、行くね』
と、アルダート・リリーは村の中へと入り、俺達は彼女の後ろ姿を追って村に入る。
村の道路は雪化粧ながらよく整備されていてモラクスも歩きやすそうだった。
九尾という狐人族の家に向かっているようだけど、狐人族が道路の両脇に対比してアルダート・リリーに向かって土下座する姿しか見ていない。
小一時間ほど、そんな様子の村内を進むとひときわ立派なお屋敷にたどり着いた。
門に人はおらず、アルダート・リリーは門を開けて庭に入ると、俺達についてくるように促す。
庭はよく手入れがされていて庭木には冬囲いが巻きつけられていた。
まるで前世の日本の雪国のよう。
モラクスは庭に入ったところで立ち止まったが、アルダート・リリーは『ついてきて』と俺とメル皇女とニム皇女に声をかけた。
アルダート・リリーの言葉に従って庭を進み玄関に。
『ダージャー。遊びに来たよー』
玄関は引き戸。
これもまるで和風とも中華風とも言える、そんなような作りで親近感が湧いた。
引き戸を開けてアルダート・リリーは敷居を跨ぎ大きな声で九尾という村長の名前を呼ぶ。
『はーい。お待ち下さい』
屋内からトタトタと可愛らしい足音が聞こえる。
廊下にやってきたのは何本もの尻尾が生えた美しい女性だった。
呉服のような服装で露出はほとんど無いというのに蠱惑的な姿に見える。
『アルちゃん、いらっしゃい……って、後ろの方は?』
アルダート・リリーをアルちゃん呼ばわりする彼女。
ダージャと言う名らしいが、彼女にアルダート・リリーは
『魔王ナイアの命令でこの子たちと一緒にニンゲンの街に向かう途中なの。紹介するね』
と言って、それぞれの名前を伝える。
メル皇女とニム皇女は慣れない獣人語で話すアルダート・リリーの身振り手振りで自分が紹介されているのだと知り、カーテシーを見せて頭を下げた。
『久し振りにカーテシーを見たわ。懐かしい』
と、何故かダージャという名の狐人族の女性は微笑んだ。
『俺はロインとラナの子のクウガと申します。どうぞよろしくおねがいします』
俺のときだけアルダート・リリーは身振りだけだったので、自らの言葉で名を名乗った。
『この子はニンゲンなのに獣人語が通じるんだね』
というダージャの言葉にアルダート・リリーは『クウガくんは魔人語も通じるんだよー』とダージャに返す。
『ニンゲンが魔人と獣人の言葉を理解するだなんて珍しいねぇ。私はダージャ。この村の村長──九尾の座を司る天狐なの。よろしくね』
ダージャの笑顔はとても妖艶で、思春期を迎えたばかりの俺の胸を撃ち抜く勢いだ。
前世では思春期半ばで死んでしまい、転生して今、思春期に差し掛かる。
性徴にある程度引っ張られる思考も年相応のものになりつつあった。
ダージャは俺から目を離さずに、
『さ、上がって。靴は脱いでね』
と、屋敷に上がるように招く。
まるで日本のよう。靴を脱いで家に上がるなんてクウガとしての人生では初めてのことだ。
「メルさん、ニム。家に上がるのに靴を脱いでって」
ふたりは獣人語が通じていないので靴を脱いで室内に入るように伝える。
「靴を脱ぐのはわかったけど、私の名を呼ぶのに〝さん〟はいらないわ。メルと呼んで」
メル皇女は不満そうだけど、ニム皇女は「わかった」と小上がりに腰を下ろして丁寧に靴を脱いで屋敷に上がった。
なお、幼女姿のアルダート・リリーは普段から全裸に近い半裸で足も当然のように素足。
魔法で綺麗にしたのだろう。
そのまま屋敷に上がった。
俺はメル皇女とニム皇女が屋敷に上がったのを確認してから靴を脱ぎ、メル皇女とニム皇女の靴と一緒に揃えて向きを直してから女性の後につく。
その様子を見たダージャは『クウガは行儀が良いのね。でも、家人が揃えるから良かったんだよ』と俺に言った。
前世の記憶が色濃く残ってるせいか、靴を脱いで家に上がるという行為が懐かしく思えて、つい、ウキウキして靴を揃えてしまった。




