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クラス転移に失敗して平民の子に転生しました  作者: ささくれ厨
閑話

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11/93

雪路を急ぐ

 その日、突然やってきた重厚な鎧を身に纏う剛健な貴族たち。


「銀級二階位・ラナを訪ねて参った」


 その中でも最も豪華な鎧の壮年の男が外で作業をしていたロインに声をかけてきた。

 男の声は家の中にいるラナにも聞こえたほど、ロインは平伏して頭を下げつつ、家の扉を開ける。


「ガレス様──」


 家の中のラナは息子のクウガと娘のリルムに読み書きを教えていたところ。

 家に入ってきた見慣れない姿に気が付くと、その男の名を声にした。

 従者と思しき騎士が睨みを利かせる中、ラナとガレスの話が進む。

 ロインは平服しながら周囲の異変を感じ取った。

 〝斥候(スカウト)〟という恩恵を持つロイン。冒険者の中で斥候の恩恵を有する者たちよりも索敵能力が秀でていて、それがこのファルタという田舎町で食べるのに困らない程度に役立っている。

 その優れた索敵能力がロインに警鐘を鳴らす。


──俺たちを監視してる〝目〟がもう一つある。


 不審な視線を向けられていると察知したロインは気配を消してそろりと家を離れ、その視線の元へと辿った。

 その者はロインに気付かれていることを知らず、ガレスとその一行をつけていた無頼漢。

 大きく湾曲した片手剣を背中に携え、右手には投げナイフを構えていた。


──邪魔になりそうな人間が居たら殺してやろう。


 とでも言いたげな不審な男の微細な殺気をロインは感じ取っている。

 視線を辿り、殺気の出処を探ると、ロインはすぐにその者を視界に捉えた。

 ロインは黒髪の異世界人を視認する。


──あれは勇者? いや、違う。あの馬車にいた別の異世界人か……。


 気配を殺し続けるロインは、その異世界人──大滝(おおたき)凌世(りょうせい)を、ファルタの冒険者組合(ギルド)に所属する冒険者の間で利用されてる手製の投擲武器が届くギリギリの距離まで詰め寄る。

 快晴の雪景色だが、ロインはスラムの家屋の物陰や木陰に潜んで大滝の索敵に引っ掛かることなく射程距離内に捉えた。

 大滝はあいも変わらず家に殺気を向けている。家族に危害を加えようとする異世界人にロインは容赦することはしない。

 ロインは音を立てずに棒手裏剣のようなものを大滝に向かって投げた。

 身体強化で威力と速度が高められた棒手裏剣だったが、大滝は自身に向かってくるそれに気が付き、さっと後退って難なく回避。


「誰だ!」


 大滝は小さく叫んだ。

 だが、周囲には何の気配もない。

 しかし、また、棒手裏剣が大滝を目掛けて飛んでくる。

 殺気も気配も感じられないが武器が飛んでくる方向だけはわかる。棒手裏剣の出処を探ったが雪に残った足跡だけで姿は既にない。


「何なんだよ!」


 避けても探っても気配なく飛んでくる棒手裏剣。


「クッソうぜぇッ!」


 棒手裏剣を手に取ると単なる先の尖った細い鉄の棒。

 貧しい田舎町だから投擲武器に貴重な鉄は贅沢に使えないし費用をかけられない。


「クソゴミが──!」


 避けても避けても飛んでくる棒手裏剣。

 誰が投げているのかも大滝は分からず、その気配を探ることすらできない。

 足跡はところどころにしか残っておらず、理解できない状況に苛立ちが募る大滝。


「マジでうぜぇ──クソが」


 このままじゃ埒が明かない。

 ここは諦めて撤退を選ぶ。

 大滝は棒手裏剣を避けながら家から離れて距離を置くことにした。


 ロインは深追いすることはしない。

 仕留めることは出来なかったが殺気は失せたし、大滝の間合いからも離れている。

 追いかける意味がなくなっていた。

 ロインは気配を消して家に戻り、再び貴族の騎士に向かって地べたに頭がつくほどの姿勢で平服。

 ガレスたちが家から離れるまでロインは平服を崩すことはなかった。


 昼下がりになり、クウガが外に遊びに出て、リルムは食欲が満たされて熟眠する時間。

 ロインはラナに異世界人を撃退したことを伝えた。


「家に殺気を向けていたから仕留めようとしたんだけど逃げられた」

「殺気って……なんで?」

「さあ、それは俺にもわからない」

「ガレス様が異世界人の誰かが私を所望してるとか言ってたからそれかなー」

「所望って……」

「ほんと、気色悪い……アイツだよね」


 ラナが脳裏に描こうとしたのは高野だったが思い浮かべる前にかき消した。

 思い出すのも腹立たしい──と、そう思ったからだ。


「異世界人はここにしばらく滞在するみたいだけど、今日みたいなのがまた来るんだよね?」


 ラナはうざったさそうに眉を顰める。


「また来るとしたら……異世界人が家に殺気を向けていたことを考えると今度は何があるかわからないね」

「そうだよね。そうだったら落ち着かないわ。異世界人は強力な恩恵を持ってるって言うし、そんなのから目をつけられたら家にいたって危ないってことでしょ? それに異世界人って皇族と変わらない身分ってことになってたよね?」


 異世界人は皇族が召喚したため、皇族と同等の身分とされていた。

 そのため、彼らの言うことは絶対だし、彼らが平民に手をかけてもそれは帝国の法で許される行為。

 そんなわけで異世界人に目をつけられているという状況は命の危険にさらされているのと同等。


「なら、もう、ここには居られなさそうだね。クウガとリルムのことを考えると、ファルタに住み続けることは心配ばかりだ」


 この状況で子どもたちをファルタに置いておけないと考えたロイン。


「──だったら、ファルタから出る? それもアリだと思うんだよね」


 ロインの言葉にラナは少し考えて、町を出るのが最善かもしれないと言葉にする。


「ファルタを出たとして、どこに行くんだい?」

「セルムはどう? セルムなら私が知ってる人がいるし、夜でもここよりは安心できそうだし」


 ラナはセルムの孤児院で育ったから、土地勘があり、古い縁がそれなりにあった。

 再会して嫌がられるような付き合いはしていないはずだから悪いようにはならないだろうという判断でセルムへの移住を提案。


「セルムか……ラナの頼りになる人がいるなら、そうしようか。じゃあ、今日の夜に出発しよう。雲行きからして雪が降りそうだし大雪なら行方を知られることがないからね」

「わかった。じゃあ、私はお世話になった人たちに挨拶してくるよ」

「頼んだ。俺は冒険者組合(ギルド)に脱退することを伝えてくる」


 ロインはラナの提案に賛成し、ふたりはすぐさま行動に移る。

 ラナも以前は冒険者として活躍をしていたから、決断したら行動は迅速。

 クウガを迎えに行くまでの間に出発の準備を整えた。

 一週間分の食事として、ロインが以前狩った肉と味をつけるための塩を持ち、ロインとラナは所持するお金を全て懐に仕舞い込み。

 夕空の下にひらひらと雪が舞い散り始めた頃に──。


「引っ越そうと思う」


 ロインはクウガにそう伝えた。

 既に準備は整っていて周囲には不審な気配がない。

 ラナはリルムを抱き、クウガはロインに手を引かれて住み慣れたファルタのスラム街を出ていった。


 クウガとリルムにラナが魔法で焼いた肉を食べさせて空腹が満たされたふたりの子どもはロインとラナの腕の中で眠っている。

 寒夜の下、街道から外れた道なき道を南下するロインとラナは滔々と舞う雪に耐えながら歩みを進めていた。


「凄い雪だけど方向大丈夫?」

「もちろん。星の位置と風の向きさえわかっていれば何とかなるものだよ。それに俺にも〝恩恵〟があるからね」

「ロインの恩恵はこういうときに頼りになるんだね」

「そうだよ」


 深い雪をぎゅうぎゅうと音を立てて踏みながら南を目指すふたり。


「ああ、それにしても、ロインと出会ったファルタを去るのは哀しいよ」

「ファルタを救ってくれた英雄が俺にそう思ってくれてるのは男冥利に尽きるね」

「あれはもう何年も前の話でしょー?」


 ケタケタとラナが笑う。


「こうして故郷を離れるというのは淋しいものだよ。ラナがセルムを離れたときもやっぱりこうだったのかい?」

「やー、私、シーサーペントを狩る気満々でセルムを出たからさ。そりゃあ、ちょっと淋しいって思ったけど、ウザ絡みするヤツもいたから晴れやかだったかなー」


 ロインとラナはお互いに思い出話に花を咲かせて思い入れが残るファルタを離れる淋しさを紛らわせる。

 その昔、ラナはファルタ川河口に出現したシーサーペントの討伐依頼を受けてファルタに訪れたときにロインと出会った。

 シーサーペントを狩ったラナは銀級三階位への昇格を断って冒険者を引退し、ロインを口説き落とすためにファルタに移住。

 ファルタにはロインとふたりの子どもと積み重ねたたくさんの思い出が残っている。


「私、異世界人が嫌いになったわ」

「嫌な奴だけじゃないとは思うけど、快くは思えないよね」


 大切な場所を追いやられたことで異世界人に対する印象が悪くなった。

 ラナとロインの目的は一致している。

 ふたりの間のふたりの子どもを少しでも安心できる環境で育てたい。

 本当は貧しくてもファルタのスラムで育っても良かった。


「確かにロインの言うとおりかもしれないけど、少なくとも異世界人の男は絶対にムリ」


 雪を踏む足に力が入りそうになるラナ。体重をかけすぎるとリルムごと雪に埋もれそうで自重した。

 ロインは話を変える。


「そう言えばラナとこうして旅をするのは初めてだけど、魔法って便利だね」


 冷たい空気で凍った肉がラナの魔法でアツアツに焼くことができる。

 ラナは火加減も上々で非常食としてに持ってきただけの肉だと言うのに美味しく食べることができた。

 クウガとリルムが文句を言わないのは良い肉が美味しく食べられたからというのもあっただろう。


「そもそもあの肉を取ったのはロインでしょ? 解体もロインがしたんだし、ロインの腕が良いからだよ」

「そう言ってもらえると嬉しいよ」

「うんうん。私だって褒められて嬉しいからね」


 お互いに褒め合って気分を上げる。

 そうでもなければ次々と雪が舞う寒い夜を越えることができないだろう。

 暗くて視界が悪くても眠くなるまで足を止めないロインとラナ。

 ふたりは会話が途切れないように延々となんてことないことを話し続けていた。


 眠くなったらラナが魔法でかまくらを作る。

 彼女は炎と水を自在に操る稀代の魔道士。辺り一面雪景色という環境は彼女の水属性魔法は扱いやすさが増す。

 詠唱のない魔法で水と火を器用に扱って四人が眠れる広さのかまくらをあっという間に作った。

 四人がぴったりとくっついて二枚の毛布に身を包み、夜明けを待つ。


 翌朝──。

 目が覚めてかまくらから出ると、残っていたはずの足跡は完全に消失していたことを確認。


「これなら追っ手は大丈夫そうね」


 雪がロインとラナたちの足跡を隠して行方を知るための手掛かりを消す。

 この季節は雪が多く人目につかない夜のうちに移動すれば追っ手が来ることはないだろう。

 だからロインは急いだ。


「だけど、何があるかわからないから、セルムまで急ぐよ」

「ん。わかった。じゃ、朝食をちゃちゃっと作ってクウガとリルムに食べさせちゃうね」


 クウガとリルムに食べ物を与えてから、家族は雪が降りしきる中、南東に向かう。

 ロインとラナは歩きながら肉を少しずつ食べて、休まず歩き続けた。

 そうして雪路を急ぎ、七度の寒夜を越えた昼下がり。

 クウガを抱えるロインと、リルムを背負うラナはセア辺境伯領の領都セルムに到着した。

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