23話。必要に駆られて発生した遅滞戦②
第三者視点
「まずは一撃ッ!」
ドンッ!
120mm滑腔砲から重厚な音を響かせて放たれたのは、数多の魔物を吹き飛ばしてきた信頼と実績があるテルミット徹甲弾。その最高速度はマッハ2にも到達する。
喰らえば間違いなく弾け飛ぶ。そんな攻撃なのだが、驚くべきことにこれまで啓太が相対してきた魔物はこの攻撃に対して防御や回避といった反応を見せることはなかった。
魔物にそれを行うだけの知性がなかったのか、反撃を優先させようとしたのかは不明だが、少なくとも防御的な行動を取ることはなかった。
しかしそれも今日までのこと。
魔族を乗せたグリフォンは、自身に迫る砲弾を認識すると同時にそれを回避することを選んだ。
それもギリギリではなく、余裕を持って衝撃波などが届かない程度の距離を保って。
「やはり避けた、か」
国防軍の面々が見れば驚愕したかもしれないが、啓太としては、避けられたこと自体に驚きはなかった。
徹甲弾の最高速度がマッハ2に至るとはいえ、彼我の間には10㎞もの距離がある。
マッハ2は時速にして約2450キロ。秒速だと680m。つまり発射してから相手に当たるまで約15秒もの時間があるということだ。
それだけの時間があるのならば回避できて当然だろう。
まして今回は発射位置とタイミングまで確認されているのだ。
この状況下で回避しない方がおかしい。
そう考えている啓太にとって重要なのは攻撃が回避されたことではない。別のことだ。
即ち、この回避が魔物の意思によるものなのか、それとも魔族の指示によるものなのか、ということである。
前者であれば、魔物が認識できないところから攻撃をすれば当たるだろう。
後者であれば、最低でも三人の魔族が認識できないところから攻撃をしなくてはならない。
どちらの難易度が高いかなど、改めて語るまでもないだろう。
しかしその難易度は、あくまで啓太が敵を撃破しようとした場合に限る。
「今回の目的は時間稼ぎ。それなら魔族が砲撃を観測するために一箇所に留まってくれたほうがいい」
そう。啓太は三人の魔族を討伐できるとは考えていなかった。
むしろまともに戦えば一〇分も持たずに敗北すると考えている。
「遠距離砲撃は当たらず、近接戦闘に持ちこもうにも3対1ではな」
砲撃が避けられるのは今見た通り。
さらに此方の砲弾が有限であることを考えれば、砲撃戦で勝てるはずがない。
距離を詰めたらどうなるか。ランスチャージで隙を突けたとしても、それで倒せるのは一体だけ。
残った二体にタコ殴りにされるのは目に見えている。
死ぬつもりでやればもう一体くらいは仕留めることができるかもしれないが、それだって確証があるわけではない。
勝てないのであれば逃げるしかないのだが、あいにくとここで撤退を選んだところで無事に済むという保証はない。というか、間違いなく襲撃を受けるだろう。
そもそもそれを防ぐための殿なのだから、現時点で撤退は選択肢にすら入らない。
ならばどうするか。
「一定の距離を保ちつつ攻撃を繰り返して魔族をグリフォンの背中に拘束する。それで稼げるだけ時間を稼ぐ」
敵の指揮官である魔族を一分一秒でも長く拘束すれば、それだけこちらの本隊が戦いやすくなる。
自分が稼いだ時間を利用して第四師団と教導大隊による挟撃が叶えば、敵の本隊も長くは持たないだろう。そうして魔物が全滅したあとであれば、自分も引き上げることができる。
その後は、第四師団と合流して彼らが持つ火力を彼らが構築した陣地をフル活用して魔族にたたきつけてやればいい。
その準備が整うまでの時間稼ぎこそ、今の啓太に求められているものなのだ。
「もう少しこの状況を維持させてもらう。……と言いたいところだが、妙だな?」
危機的状況であることはかわらない。しかし自分がするべきことと、それを成した結果どうなるかを理解している啓太は焦らない。
狩人に求められるのは獲物を正面から殴り倒す武力ではない(もちろん武力があるに越したことはないのだが)。
一度で獲物を狩ることに成功するならそれでもいいが、狩りとは大半が空振りに終わるモノ。
故に狩人に求められるのは、獲物の情報を得ることと、その情報を持ち帰ることとなる。
ある日森の中で熊に出会ったら、お嬢さんは一目散に逃げるのだろう。もしくは固まっているところに向こうから「お逃げなさい」と言われて初めて行動に移すのかもしれない。
しかし、狩人は違う。
逃げるのは一緒でも、その前に得ようとする情報量は素人の比ではない。
簡単に言えば、熊の種類と体格を含む外見的な特徴、食性と行動範囲、可能であれば攻撃力やら防御力やら機動力の確認等々、様々な情報を得ようとするだろう。
そうして得た情報を次回以降の狩りに活かすのだ。
かように、ニンゲンの狩りとは狂気染みた執念によって成り立っているのである。
そして、啓太はただの狩人ではない。
彼の魂には、患者と呼ばれるレベルでとあるゲームの記憶が焼き付いている異端児だ。
啓太の魂に多大な影響を及ぼしたゲームとは違うものだが、同じメーカーが出したゲームに“死に覚え”と言われる概念があった。
これは、主人公が死んでもリスポーンするという特性を活かし、操作キャラが死ぬその瞬間まで敵の行動パターンやフィールドに用意されたギミックなどを観察して、徹底的に体に覚えさせるというものである。
この“死に覚え”は、患者と呼ばれるゲーマーの間では当たり前に受け入れられている概念であった。
もちろん、啓太もこの概念は継承している。
というか、啓太が嵌っていたゲームでも似たような概念はあった。
何故ならそのゲームにもたくさんの敗北要因が存在していたからだ。
敵と戦って負けたらミッション失敗なのは当然のこととして。
たとえば、ビルに設置された足場から落ちたらミッション失敗。
たとえば、工事現場にある隙間に落ちてもミッション失敗。
たとえば、ダムに造られた妙な足場から落ちてもミッション失敗。
たとえば、渓谷で一定の高さまでジャンプしたらミッション失敗。
たとえば、上から降って来るレーザーに焼かれたらミッション失敗。
たとえば、下からくるレーザーに当たってシールドが削られてもミッション失敗。
たとえば、時間経過でミッション失敗。
最初は負けイベントだと思って受け入れようとしても、その次の瞬間目に映るのは【mission failed】もしくは【game over】という無慈悲な文字列。
これを前にして「こんなんクリアできるかぁ!」と叫びながらコントローラーを投げた回数は数知れず。
それでも数分後にはコントローラーを手に取って不可能に立ち向かい、頑張って作戦を成功させた先にあるシナリオと各種設定を知って世界観やらなにやらの考察を止められなくなった者に与えられる称号の一つが【患者】なのだ。
患者にとって、それぞれのミッションの前にセーブをして、何度か失敗することを前提にしてミッションに挑み、その都度出来る限り情報を集め、最後に出撃前のデータをロードして一回目のクリアを目指すのは当たり前のことだった。
そしてそれは啓太にも当てはまる。
つまるところなにが言いたいのかというと、啓太クラスの患者にとって自身を限界まで酷使して敵の情報を集めることは常識の範疇から外れないということだ。
もちろんゲームと違って現実世界には死に戻りやデータのセーブやロードはないので、酷使できる度合いは違う。だが、少なくともミッション達成とその為に必要な情報を得るためであれば現在世界に一機しか存在しない希少な機体を犠牲にすることも厭わない程度には覚悟をキめていた。
そんな覚悟をキめた患者こと啓太は、出来る限り情報を集めようとしていたからこそ、とある違和感を抱くことになった。
その違和感とは……。
「連中、やる気がない?」
空には相も変わらずグリフォンとそれに乗る三体の魔族がいて、その下には沢山の中型や小型の魔物がいる。
こちらが飛びまわりつつ砲撃を加えていることもあってか、相手との距離は離れたままだ。
確かにこの距離では直射しかできない魔物が反撃できないだろう。
しかしそれなら距離を詰めようとしないのはおかしいのではないか?
「どういうことだ?」
人間、一度違和感を覚えれば、それを気にせずにはいられないものだ。
一瞬の隙が致命傷となる戦場において、失敗が許されないこの状況。
ならば、尚更違和感を捨ておくことはできない。
「距離を詰めたら危険だと考えている? それにしては消極的すぎるような……」
魔族にとって魔物がどのような扱いなのかはわからない。しかしながら大型の魔物を撃ち抜かれたときの反応を見れば、それほど重要視はしていないように見えた。
ならば空にいる自分たちが啓太を牽制し、中型の魔物を前に出して弾幕を張ろうとしないのは不自然なのではなかろうか?
もしそれで中型の魔物が減らされても、こちらの手札を晒すことを考えればマイナスになるとは思えない。
「なんだ? 何を企んでいる?」
もちろんこのまま時間を稼げるならそれに越したことはない。
しかし忘れることなかれ。啓太は患者と呼ばれるレベルで魂を汚染された男である。
患者の特徴は、秀でた観察力と妄想染みた考察力にある。
そして患者が擁する考察力は、自身が有利な状況になればなるほどその裏を疑うという面倒くささを内包していた。
短期決戦であれば問題はない。
時間制限がある場合もそれに集中すればいい。
だがことが無期限に近い時間稼ぎがメインとなると、敵の動きや狙いを考察をしないわけにはいかなくなる。
そんな中、考察廚が抱えている面倒くささが囁くのだ。
この状況はおかしい、と。
「伏兵か? それとも別動隊がいる? もしかして俺がここにいること自体が敵の狙い通りなのか?」
ことは当初の計画通り進んでいる。
順調なはずなのに、違和感を拭えない。
「わからん。わからんが、今はこの状況を維持するしかない。しかし……」
慎重さとも臆病さとも違うナニカの囁きは、少しずつではあるが確実に啓太を蝕んでいた。
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