3話。教導大隊についてのあれこれ②
「と、まぁこんな感じだな」
「あの馬鹿……」
此度私たちが申請した教導大隊の設立案が通り、晴れて担任兼上司となった久我中佐から録音して貰っていたアイツの考えを聞かせて貰ったんだけどさぁ。……正直もう、なんとも言えないわ。
「んー。彼らしいと言えば彼らしいんですけどねぇ」
「覚悟など不要、か」
「いや、不要どころか邪魔っていわれてるけどー?」
うん。機体操作についてあっさり情報をバラしたことに驚くのはわかる。わかるんだけどさ。
「それ以前に最初に心配するのがセクハラ冤罪ってなに!?」
「「「それな」」」
無駄とは言わないけど、最初に気にするところじゃないでしょ!?
まったく。あの馬鹿は人の覚悟をなんだと思っているのやら。
それもこれもアイツらしいと言えばそうなんだろうけど。
そう。元来、久我中佐が言われたように、私たちからすれば今回の件は大きな賭けだった。
それがどれほどのモノかと言えば、実家のお父様やお母様からも『本来得られるであろうポストを投げ捨てて量産型に賭けるなんて正気じゃない!』と呆れられ、考えを改めるよう何度も説得をされたくらい。
それは私だけじゃなく、他の三人もそうだろう。
でも最終的に私たちの意見は通った。それも久我中佐という、お目付け役にしては大物過ぎるくらいの大物が補佐に入る形で。
この時点で私たちは『海の物とも山の物ともつかないガラクタに現を抜かす小娘』ではなく『師団の将来を背負うテストパイロット』と見做されることとなった。
尤も、軍は私たちが名乗りを上げなくとも来年には教導大隊に近いモノを設立していたらしいけどね。
お父様がどう思っているのかは知らないけど、少なくとも第六師団の内部では量産型の配備が急がれている。
だけど配備されたところで満足に動かせないんじゃ意味がないのもまた事実。
そう考えたからこそ、軍は現在軍に所属している正規の機士の方々とは違う方向からのアプローチで量産型を扱えるようになることを目指した。
それが教導隊。私たちはそれに先んじた形になるのよね。
ちなみにこの構想を打ち明けたとき、他の三人は特に反対しなかったわ。
まぁ、自分たちが量産型を使えるようになれば師団の為にもなるし、何より現時点で軍にも量産型を扱える先駆者となる人間がいないからね。
だからこそ自分がそれに成ることができれば、自分にとっても各々の実家にとってもプラスになるってことが分かり切っていたんだから、元々実家の立場を補強するために派遣されてきた彼女らが反対しないのは当然の話。
それが、私たちが慣れ親しんだ草薙型から乗り換えることを決めた理由であり、今回の教導大隊設立に繋がる最初の一歩だった。
(……と、いうのが建前で、本音はもっと単純なこと)
私はアイツと魔族の戦いを見てこう思った。思ってしまった。
『死にたくない』と。
軍人としてはどうかと思うけど、そのこと自体を咎められる筋合いはない。
だって誰だって無駄死になんかしたくないでしょう?
少なくとも私は嫌。
それにお父様もお母様も認めてくれたわ。『もし私が草薙型に乗ってあの魔族と戦っていたら、間違いなく瞬殺されていた』ってね。
転がって回避? 隙を突いて32mmで潰す? 無理無理。
あのとき見た魔族はそんな小手先の技が通じる次元の相手じゃなかった。
そもそも草薙型では機動力も攻撃力も足りないもの。
勿論今の私が未熟だというのもあるでしょう。
だけどね。それを差し引いても魔族を相手に草薙型で戦えるというビジョンが見えない。
魔族なんて簡単に遭遇する相手じゃないというけど、逆に言えば遭遇する可能性が皆無というわけでもないわ。
その上、敵は魔族だけじゃない。多数の中型や大型の魔物がいる。これは必ず遭遇する相手よ。
そして前回の大規模攻勢でどれだけの機士の方々が殉職したのかを知っていれば、将来に不安を抱かず安穏と暮らすことなんてできるわけがない。
……自分が思っていた以上に厳しい現実と、重くのしかかる死の恐怖。それを一部でも払拭したのが、アイツとアイツが使う量産型だった。
アイツが普段乗りなれていない機体でも魔族と戦えた事実。
柿崎中尉が大型の魔物からの攻撃を回避して反撃を行い、結果として殉職するもそれまでに数体の魔物を仕留めた事実。
この2つの事実が、私に『量産型を使えるようになれば魔族とも戦える』『少なくとも無駄死ににはならない』という希望を与えてくれた。
だから私が率先して教導大隊の設立と参加を表明したのは、賭けというよりは希望に縋る形になるのだろう。
(それが賭けだと言われればその通り。だけど……)
私はこの選択こそが自分が一番死ぬ可能性が少ないことと、成功すれば一番武功を稼げることになる選択だと確信しているわ。
田口もそう思ったからこそ反対をしてこなかった。
まぁ、田口もアイツの強さを知っているからね。
量産型の使い方もそれなりに聞いていたし、この選択を賭けだとは思っていないでしょう。
橋本と綾瀬は……どうかしら?
私が作って田口が乗った流れに従ったと言えばその通りだけど、それだけでは実家を説得することはできないでしょうし。
あぁ、いや橋本に関しては元からアイツに興味があったんだもんね。
それを考えればアイツと同じ部隊に配属されるのは願ったりかなったりなのかしら?
(それで言えば綾瀬も同じ、か)
遠征軍である第五師団の橋本が得た情報と経験を第四師団でも活用したいと考えているのであれば、実家も反対はしないでしょう。
なにしろ『将来を期待されている有望株』とは言え、結局のところ賭けに出るのは一人だけ。
成功した際のリターンを考えれば、十分以上の価値があるものね。
それはそれとして。
「私としてはアイツが思った以上に真面目にやりそうなのが意外だったわ」
これは重要。だっておざなりに指導されて『操作できるようになりませんでした』なんて結果になったら目も当てられないもの。
でも要訣をあっさりと開示したことから、アイツも指導は真面目にやるみたい。これならたとえまともに操作できるようにならなくても『この方法では駄目だ』というデータが取れる。
……最悪じゃないってだけだけど、テストパイロットとしては悪くない。と思いたい。
「あぁ。彼にセクハラをする気が無いのも良いことですよねぇ」
それはそうなんだけどさ。でも私が言いたいのはそこじゃないの。
「そうだな。むしろ冤罪も防ぐための策を用意する周到さを買うべきかもな」
あぁ。そういう見方も有るか。うん。それは同意するわ。
「んー。純粋に体で迫って情報を買おうとする場合はどうなるのかなー?」
……それは純粋と言わないのでは? いや、でも、支払えるモノがない場合はそれも已む無し?
「貴様らの気持ちは理解できる。だが重要なのはセクハラやらハニトラに対する意見ではない。いや、それも重要ではあるがな」
「「「「……」」」」
綾瀬の言葉を訝しんでいたら久我中佐から突っ込みが入った。
そうね。今はHRではなくブリーフィングの最中だったわ。
切り替えましょう。
「聞いての通り川上は情報の漏洩を気にしていない。だが本来量産型に関わる情報は全て厳重に管理されなくてはならないものだ。その程度のことは貴様らならば当然理解しているな?」
「「「「はい」」」」
そう。アイツはさも当然のように口に出しているけど、量産型の情報は一つ一つが漏洩したら厳罰も免れない機密情報なのよね。アイツが軽いのは情報の重要性を理解していない……のではなく、おそらく量産型が自分の本当の乗機じゃないから。
多分だけど、アイツには『量産型の情報が漏洩しても自分は困らない』って考えがあるんでしょう。
もしかしたら『量産型の情報に踊らされればいい』とまで考えているかも。
確かにそれで本当に必要な情報を隠せているのだからアイツとしては問題ないのでしょう。
でも量産型に命を託すことになる私たちにとっては違う。文字通り命が懸かっているの。
だから私は、私たちは情報の漏洩なんて認めない。
「今のうちに言っておく。貴様らが教導大隊で得た情報は、私が許可を出すまで貴様らの中に留めておけ。無論各々の実家に報告することも禁ずる。いいな?」
「「「「はい」」」」
当然よね。下手に話したらどこから情報が洩れるかわからないし。軍が邪魔してくるとは思わないけど、政治家どもが国外の来賓に配慮して教える可能性があるからね。
現状でさえ軍の中で立場を失いつつある第三師団の連中とか、来賓と一緒に魔族を迎え入れた誰かさんとかがいるし。警戒はするべきでしょう。
「よろしい。それを踏まえた上で今後の訓練に関して通達がある」
「「「「……」」」」
「まず機体に関してだ。現状量産型の製造も急がれているが、全員分の機体を揃えるにはまだまだ時間が掛かる」
それは、そうでしょうね。今まで戦場を支えてきたことで名実共に主力兵器と認められている草薙型や八房型や与一型と比べたら、大型にも通用することを証明したものの乗り手を揃えられない量産型よりも前者を優先するのは当然のことだもの。
「よって暫くのあいだ貴様らの訓練にはシミュレータを使うことになる。わかるな?」
「「「「はっ」」」」
当たり前のこと過ぎて何も言えないわ。でも私たちが冷静でいられたのはここまでだった。
「しかし、何事にも例外が存在する」
「例外、ですか? あぁ。もしかしたら教導大隊の設立に伴って実機をいくつか用意できたんでしょうか?」
久我中佐ならそれくらいのことはできそうよね。
軍部だってアイツに期待している部分はあるはずだし。
「「「!?」」」
「……あ」
私が呟いた一言に反応する他3人と、それを見てしくじったことを自覚した私の図である。
もし実機が全員分あればそれでいい。だがもし人数分なかったとしたら……。
「へ、へぇ。機体があるんですかぁ。で、それは私の専用機もある、と?」
田口……余裕がなくなってるわよ。
「ほ、ほうほう。もし実機があるのであれば『誰か』が独占するのではなく、皆で共有するべきだと思うんだがなぁ」
橋本……あぁ。そう言えばアンタは試合で田口に負けてたものね。
「だねー。やっぱり機体があるのと無いのだと意欲っていうかやる気が違うからねー」
綾瀬……まぁ誰にも負けていないけど誰にも勝ってないからね。マイナスはないけどプラスもないと考えれば共有してくれた方が良いわよね。
考えることは皆同じ、か。そりゃ数に限りがあるって言われたあとに『例外』がどうこう言われたら全員分の機体があるとは思えないわよね。
で、田口はそれを自分の専用にしたいと考えている。
他2人もその気持ちは同じなんだけど、同時に現状の評価で行けば私か田口に割り振られる可能性が高いと判断している。なのでなんとかして共有という形にしたいと考えているわけね。
私としては訓練ならシミュレーターで十分だと考えているけど……。
(いや、駄目ね。自分の気持ちは裏切れない。実機があるなら欲しいし、専用機ならなお欲しい)
一瞬にして『同じ部隊に所属する同僚』から『機体を争うライバル』に変貌したクラスメイトたち。
「……機士として貴様らの気持ちは理解できる。だが、まだ話は終わっていないぞ」
「「「「……」」」」
久我中佐は互いに牽制しあう私たちを見て溜息を吐きながら話の続きを口にする。
「教導大隊が用意できた機体は全部で三機だ」
「「「「さっっっ!?」」」」
三機? なら一人余る? いや、違うわね。
「その内の一機は私。残りを貴様らで共有する」
「なるほど」
「それは……」
「「よし!」」
確かに中佐の分は仕方が無い。残り二機とはいっても、アイツの分があるから実質一機。
それなら共有するしかないわね。
専用機を得られなかった田口は残念そうだけど、ある意味で平等な判断だからね。諦めて貰うしかない。
……そう思っていた時期が私にもあったわ。
「……と言いたいところなのだが」
「ん?」
「「「……なのだが?」」」
なに? なにか途轍もなく嫌な予感がするわ!
「五十谷には別に機体を用意してある。……最上重工業がな」
「はい?」
最上重工業? それってアイツと専属契約している工廠よね? それがなんで?
「「「……は?」」」
うわ! こいつら一気に敵を見る目に!
「……あぁ。そう言えば最初に私たちを誘ったのは五十谷さんでしたよねぇ」
「そうだな。うん。私もそう記憶している。つまり、なんだ?」
「私たちを踏み台にした、とか?」
そんなわけあるか! 確かに巻き添えにしようとかデータを取ろうとかは考えたけどさぁ!
「わ、私は知らないわよ! 抜け駆けしたわけじゃないからね!」
やってもいないことで恨みを買うなんて御免よ!
「……それにしては随分と手際がよろしいように感じますけど?」
「……さっきから余裕が有るようにもみえたな」
「……だねー。流石にこれで何もないって言うのは厳しいと思うなー」
「いや、本当に私は何もしてないから!」
「「「私は?」」」
「そこを深読みしないでっ!」
私も実家もなにもしてないから!
ナニカしてるとしたらおそらくアイツだから!
だから私は悪くないッ!
――この後、久我中佐が止めてくれるまで三人からの詰問が止むことはなかった。
というか中佐。状況を知っているのは貴女だけなんだから、連中を放置しないでさっさと止めて下さい。
これから正式な部下となる面子の性格を知るためのレクリエーションとか、後でいいじゃないですか。
それはそれとして。
なんとか本気の殺意を向けてきた三人から解放された私は『必ずやこの事態の元凶である【とある男】を殴り倒してやるっ!』と心に決めたのであった。
中佐? 殴れるわけないでしょう。
閲覧ありがとうございました。















