1話。冬休みの前に
年末年始は忙しいので更新が不定期になるかもしれません。
「来たな」
「はっ」
「では説明する。質問は適時受け付けるので、気になったら聞け」
「はっ」
もう少しで冬休みに入ろうかという12月の中旬。
この頃になってようやく文化祭の最中に発生したゴタゴタに対する各方面への処置が一段落ついたそうだ。
そこでその結果を教えるということでボスに呼び出しを受けた――正直言えば上層部のゴタゴタなんて聞きたくもないのだが、当然拒否権はなかった――わけだが、そこで聞かされた内容はあまりにも想定外のものであった。
「第一師団の上層部が遠征? それに自分が大尉? しかも教導大隊の大隊長、ですか?」
色々と飛ばしすぎじゃないですかねぇ。
「そうだ。大隊全体の指揮官は私。貴様は大隊長として所属する機士たちを教導し、指揮をする立場となる。これは貴様の尉官教育と佐官教育も兼ねた人事でもあると考えろ」
「それはまた、いきなりですね」
「急ぐ理由がある」
「ふむ」
平和ボケを治すために第一師団の上層部が遠征に行くのは、別に構わない。
むしろ是非逝って欲しいと思う。
そこで死ぬならそれまでだし、無事に帰ってきたならばそれなりに現場に優しくなるだろうからな。
……もしかしたらその原因を作ったということで俺が逆恨みされるかもしれないが、さすがに勅命に対して逆恨みはしないだろう。しないよな? しないと思いたい。
生きて帰って来れるかどうかすらわからない連中の感情を考えてもしょうがないので、彼らについてはこれ以上考えないことにするとして。問題は俺の立場である。
「いくつか確認したいことがあるのですが、質問よろしいでしょうか」
「内容によっては答えられんこともあるが、とりあえず言ってみろ」
でしょうね。とりあえずお言葉に甘えて聞かせていただきます。
「はい。まず、自分は大尉になっても良いんですか? 卒業後のこともそうですが、それ以前に自分が中尉になったのが九月ですよ? 一二月に大尉ってどうなんです?」
一年間に三回出世ってありえないだろう?
しかも文化祭のアレに至っては捨て駒を一匹倒しただけなんだが?
もしかして内々に『辞退させるように』という命令でも出ているのか?
そう思って正面から確認してみたのだが、結論から言えばそんなことはなかった。
「大丈夫だ。問題ない」
嘘だ。
「段階を追って説明しよう。まず最初。貴様が少尉になった件。これは第一次大攻勢の際に大量の魔物を仕留めたという実績故だ、故に問題ない」
「はぁ」
その前の特務少尉の段階でアレなんですけどね。
そこに関しては触れない方向でいくらしい。
「次いで中尉。これに関しても、同盟国の姫と数千の民間人を救ったという実績があるので問題はない」
「はぁ」
向こうで絶賛された上に騎士にまでされた以上、こちらでも評価しないと面目が立ちませんからね。
わかります。
「そして今回だ。確かに前の二つと比べれば実績としては弱いだろう」
「ですよね」
一騎討ちで勝ったと言えば凄そうな印象があるが、あんなの言い換えれば『その気になればみんなでタコ殴りにできたヤツを俺が代表して潰しただけ』でしかない。
成果だけで言えば、どれだけ目立っても討伐した魔物は一体のみ。働いた時間に至っては一〇分もない。それで昇進なんかさせていたら今頃軍は大変なことになるだろう。
「実績は弱い。だが印象という点では非常に強い」
「印象?」
俺としてはそう考えていたのだが、どうやらこれに関しては俺の視野が狭いだけらしい。
「来賓と民間人が見ている中での一騎討ち。そして勝利。首都で安穏と暮らしていた民間人や来賓に与えた影響は決して軽くない。これを広報任務と考えれば、昇進に足る価値がある」
「……そうきますか」
元々学園祭は広報の意味が強い催し物だった。
その催し物の中で『一騎討ちに応じた上で魔族を討伐した』という事実は、確かに宣伝材料としては十分だろう。それを成したのが英雄と持て囃されている俺であれば猶更だ。
「あぁ。なので今回の昇進は、前回同様周囲へのアピールという意味が強い。それと貴様に対する慰謝料も含まれている」
「なるほど」
信賞必罰は組織の要。それを考えれば、あそこまで大々的に一騎討ちをして見事に勝った俺には賞品の一つも必要だろうな。その賞品が昇進なのは軍人に対する褒美としてわかりやすいから、か?
それと勲章や位階じゃないのは、二か月前にも貰ったからだろうな。
重ねて贈ると価値が落ちると判断されたのであれば、やはり昇進が一番わかりやすい褒美になるわけだ。それは理解した。
慰謝料? これは別名口止め料だな。
具体的には『一騎討ちに至った経緯を口外するな』ってことだろう。
元々口外するつもりはないが、貰えるものは貰う主義なのでありがたく頂戴します。
では次。
「教導大隊の設立と、その大隊長への就任というのは?」
教導部隊を新設するのはいい。
量産型もそうだし、最上さんのところで造っている諸々の新兵器を扱うための部隊は作るべきだろうと思う。
だが俺をその隊長にするのはどうなんだ?
俺は機体を動かせるだけの学生だぞ。学校を辞めて教導大隊へ行けと?
「うむ。これについては中々に入り組んだ事情があってな」
「入り組んだ事情?」
「そうだ。まず新設される教導大隊のメインは機士見習い、つまりこの青梅軍学校に所属する生徒となる。これに各々が乗る機体を整備する者たちや、新型の強化外骨格を纏った兵士で構成される一個中隊を加えたモノとなる」
「は?」
整備士や直掩はともかく、実動員が学生で編成された部隊、だと?
それはつまり。
「学徒動員の前触れですか?」
「それに近いとも言えるな」
「……そうですか」
おいおい。それは戦争で負ける国がやるやつだぞ。
学生よりも先に、年寄りを前線に送るべきだろうに。
あぁいや、年寄りも遠征に送るんだったな。
働き盛りはとっくに動員されていて、年寄りも働かせる予定。
こうなると残るは学生を動員しないと兵士がいない。
うん。納得……できるわけがない。
(この国ってそこまで追い詰められているのか?)
確かに第三師団は消滅しているし、第二師団も半壊したらしいし、第六、第八師団も結構なダメージを受けたらしいし、首都に魔族を侵入させる程度にはボロボロだが……駄目じゃん。
師団同士で権力争いとかしているからまだまだ大丈夫だと思っていたけど、よくよく考えればこの国ってかなり切羽詰まってたわ。
(妹様を避難させるか? でもここよりも安全な場所に心当たりがないんだよなぁ)
「……貴様が何を考えているかは知らんが、まず私の話を聞け」
「はっ。失礼しました!」
おぉう。ヒュンってなったぞ。
魔族なんかよりもこの人のほうがよっぽど怖いわ。マジで。
「まだなにか不躾な……まぁいい。で、学徒動員の件だが、私は『それに近い』と言っただけで完全に肯定したわけではないぞ」
「む。確かに」
うん。思い返してみても確かにボスはそう言っていたな。
「貴様が懸念しているように、現時点でも学生である貴様らを動員する可能性はある。事実貴様に限って言えばすでに徴兵対象だしな」
「そうですね」
俺はな。これでも中尉、いや、大尉だしな。防衛戦に参加するのは当然だろう。
「ただし、動員されるにしてもその対象はすべての学生というわけではない。戦場に出るのは基本的に教導大隊に編入された生徒だけだ」
「ほほう?」
なるほどな。教導大隊に所属した機士見習いに経験を積ませるための処置か。
一刻も早く新兵器を使いこなせるようになるためには実戦での経験が必要不可欠だからな。
俺の場合は半ば無理やり特務少尉にされた上でのことだったが、今後はそういうのを飛び越して、普通の学生でも実地試験を行えるよう体裁を整えるつもりらしい。
この国にはまだその程度の余裕はあると考えてよさそうだ。
なら残る疑問は一つ、いや二つか。
「その教導大隊に編入される人員と、編入された人員に対する人事権は誰が持つのでしょうか?」
できれば普通に教導されてくれる人が良い。
無駄に偉そうなやつとか、武功に飢えて命令を聞かなそうな奴とかはいらん。
あと、できたら俺にも罷免する権利とか欲しい。
ゲームみたいに、面倒なやつのメンタルケアをしながら訓練とか無理なんで。
いやまぁ『そういうのを鍛えたり矯正するのも教導の一環』と言われてしまえば反論はできないけど。
そういう意味で、敢えて面倒な人員を引っ張ってきて俺の教育に利用しようとされたら反対もできないんだけど。
でも実戦で戦うことを考えたら最初は素直な人が良いと思うんだ。
俺にとっても、教導をされる人にとっても。もちろんボスにとってもな。
「うむ。気になるのはわかる。まず人数に関してだが、機体を預かる機士は貴様を入れて五名となる予定だ。貴様を含めた人事権については私が持つ。現場での配置や戦闘中の指示については貴様の意見も聞くことはあるだろうが、基本的にすべての権利は私が保持していると思え。何か不満はあるか?」
「はい。いいえ。不満はありません」
不満もなにも、正直ありがたい。
俺は階級だけは大尉だが、大隊長としての覚悟も何も決まっていないからな。
そんな俺に権利を与えないのは当然のことだ。
なにせ権利には責任が付随するのだから。
さっきはすぐに罷免するために権限が欲しいとか思ったけど、罷免された後のことを考えれば、逆恨みされる可能性はない方がいいに決まっている。
実戦に至っては猶更だ。正直に言って今の俺に他人の命は背負えない。
もちろん軍だって教育が終わっていない学生にその責任を負わせるつもりはないのだろう。
だから今回はボスが俺の分も含めて全部抱えてくれるというわけだ。
……教育が終わったらどうなるかはしらんが、その時はその時だ。
未来の俺に期待する次第である。
「貴様が納得できたのであればそれでいい。部隊の発足は年明けからだ。大隊で行う任務や訓練の予定表などの資料は後で用意するのでしっかり読み込むように」
「了解で……え?」
資料はいい。前もってもらえるのであれば読み込もう。
でも、その前になにかおかしな単語が聞こえた気がするんだが?
「どうした?」
「いえ、そのですね」
「なんだ。疑問があるならさっさと言え」
気のせいだと思うんだよなぁ。
でも今のうちに聞いておかないとまずいことになる気もするんだよなぁ。
「その、新設される教導大隊は年明けに発足するんですか?」
「そうだ」
目に見えてイライラしてきたボスの圧力に負けて意を決して聞いてみたんだけど、どうやら気のせいじゃなかったらしい。
「……早すぎません?」
こういうのって四月からじゃないの?
「そうしなければならん理由がある」
「なる、ほど?」
そういえばさっきもそんなこと言ってましたね。
「細かいことは、まぁ貴様ならこの人員を見れば理解するだろう」
「拝見します。……はい?」
そう言いながら投げ渡された資料に目を通せば、そこには俺にとっても無関係とは言い切れない人たちの名前が書き連ねられていた。
「……五十谷さん。田口さん。橋本さん。綾瀬さん。これは本当に?」
「そうだ。その四人と貴様が初期の人員となる。四月にはあと数人増える予定だ」
あぁ。なるほど。うん。そりゃ部隊の発足を早めるわけだ。
「……クラスメイトと後期メンバーの進捗が一緒だと五十谷さんたちの立場がありませんからね」
「そうだな」
またクラスメイトであれば訓練のスケジュールを合わせやすいし、何より新部隊がどうこう言っても、やることがこれまでと大して変わらない。これなら発足が早いのも当然だ。
むしろこのメンバーで部隊の発足に何か月もかけていたら、上から『何をしている?』とお叱りを受けるまである。
問題があるとすれば、名目上とはいえ俺が彼女たちの上司になることだ。
「自分の記憶に間違いがなければなんですが」
「なんだ?」
「彼女たちってかなりいいところのお嬢さんなんですよね? 教師でもない自分が鍛えても大丈夫なんですか? 『模擬戦ならまだしもその前段階で叩かれた! パワハラだ!』とか言われたら困るんですが」
「問題ない。現時点での連中の扱いは量産型のテストパイロット候補生となるからな」
「なるほど」
今のところ教師も動かせないからな。『俺が鍛えてもいい』じゃなくて『俺しか鍛えられない』のか。
「なので鍛える分にはいくら厳しくしても良い。ただし……」
「ただし?」
「セクハラだけはするな。庇いきれんぞ」
「しませんよ!」
機士の男女比一対四、いや、ボスも合わせれば一対五だぞ?
セクハラなんかしたら、社会的に死ぬ前に肉体的に殺されるわ!
「……って、あぁっ!」
「……なんだ?」
セクハラに対して突っ込んでいる最中に『痴漢冤罪』の可能性に行きついた俺は、胡乱気な表情で俺を見るボスに、訓練の内容などはそっちのけで『ちゃんと監視カメラを付けてください!』だの『訓練がきつくても冤罪をかけるのはなしでお願いします!』だのといった各種お願いをすることとなったのであった。
――最終的に「貴様は女子を何だと思っているんだ……」と呆れながらも、ちゃんとカメラの設置などを認めてくれたボスは素晴らしい上司だと思いました、マル
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