12話。文化祭5
「「「「……」」」」
主席の武藤さん対次席の藤田くん。通常であればこれが今年の一年最強を決める戦いなのだが、観客席の盛り上がりとは裏腹に関係者席の空気は驚く程冷めていた。
それもこれも武藤さんが第三師団の人間だからだろう。
同じ第三師団出身の小畑くんと笠原くんの茶番を見た人たちが、武藤さんに厳しい視線を向けるのも無理はない。
おそらくだが、彼ら彼女らは第三師団が騒がなければ藤田くんこそが主席だったと確信しているのだろう。また第三師団に華を持たせたくないという思惑もあるのかもしれない。
もちろん第三師団の面々も彼女が小畑くんより目立つことを望んでいないので、武藤さんは周囲全てから負けることを望まれていると言っても過言ではないだろう。
例外がいるとすれば彼女を主席として入学させた学校の関係者だろうか。
「……勘違いがないよう言っておくが、武藤沙織は主席に相応しい実力の持ち主だぞ」
周囲から向けられる『あいつは大丈夫なんだろうな?』という視線に応えるかのように独白するボス。
しかしこれではまるで俺もボスに対して疑念の目を向けているようではないか。
「いや、俺は特に何も思っていませんけど」
俺にはボスに逆らうつもりなどないのだ。それも、席次などというどうでも良いもののために逆らうなどありえないにもほどがある。
「……そうか」
そういう意図を籠めて断言したところ、ボスは目に見えて消沈した。
どうやら俺は選択を間違えたらしい。
(だがまだだ! まだ終わらんよ!)
間違ったと気付いたならリカバリーするのが大人というもの。
「ただ二人の実力は気になりますね。周囲の方々は藤田くんが有利と見ているようですが、少佐は武藤さんにも勝ち目がある、そう見ているのでしょうか?」
「う、うむ。そうだな! まず藤田だが、奴は近接戦闘に秀でている。その技量は田口に匹敵する」
「それは凄い!」
実際田口さんはさっきの戦闘で橋本さんを完封したからな。
一般で観覧している人たちには分からなくとも、関係者には田口さんが相当高い技量を持っているとわかるだろう。
「あぁ。その上で田口よりも射撃が上手いからな。ある意味では上位互換と言えるだろう」
六席の上位互換か。
「なるほど、さすがは次席といったところですね」
「うむ」
さらに筆記もできるんだろ? 普通に凄いわ。
「で、主席の武藤だが……」
「はい」
おっと、こっちが主題だったな。
「まず武藤が主席となったのは筆記の比率が大きい。当然近接戦闘の技量は藤田に劣る」
「そうでしょうね」
もしも本当に藤田くんの技量が田口さんと同等なら、田口さんに勝てないと公言している武藤さんに勝ち目は無いわな。
「だが射撃技能は武藤の方が上だ。それと指揮官としての目もな」
「目、ですか?」
「そうだ」
指揮官として、ねぇ。正直俺には分からんが、確か彼女は総参謀長の家系だったか?
計略で相手を嵌めるタイプかもしれんが、それって直接戦闘力は低いってことじゃねぇの?
「馬鹿正直に近接戦闘に及べば負けるだろう。だがな、それがわかっているのであれば、それをさせない戦い方を選べばいいだけだ」
「五十谷さんのように、ですか?」
彼女ってば自分も近接戦闘ができないわけでもないくせに、近接戦闘を挑もうとした福原くんを綺麗に躱して倒したからな。
「あぁ。あの戦闘は間違いなく藤田にも影響を与えるだろうよ」
「……もしかして、五十谷さんに先にやられたのは痛かったですかね?」
奇襲が成功すれば一瞬で終わるからな。
もし武藤さんの狙いが開幕での奇襲だったとすれば、五十谷さんに手段を潰されたことになるが……。
「さて、な。私としては痛し痒しといったところだと見ている」
「と言いますと?」
よくわからん。
「藤田とて武藤と五十谷がそれなりに交流をしていることは知っている。そのため五十谷がやった手を武藤が取らんとは思っていまい」
「そうでしょうね。だからこそ一手潰された武藤さんが不利なんじゃないんですか?
「そうではない。なんというべきか……藤田の中に選択肢が生まれた、と言えばわかるか?」
「選択肢?」
選択肢が増えるのはいいことなのでは? 俺は訝しんだ。
「貴様のように何度か実戦を経験していて、ある程度の戦術が決まっているのであれば選択肢、つまり手段が増えるのは悪いことではない。だが連中はまだ訓練以外の経験を積んでいない学生だ。そんな連中にとって選択肢とは迷いと同義となる」
「なるほど……」
手段ではなく迷い、か。なんとなくわかってきた。
「勢いが削がれるんですね?」
「そうだ。藤田や田口に及ばないとはいえ、武藤は近接戦闘もできるからな。まして藤田は今の今まで『射撃武器を切り替える』などと言った発想すらなかったはずだ。故に藤田はこう思う。思ってしまう。『もしかしたら五十谷と同じように回避する、かもしれない』『もしかしたら回避すると見せかけて近接戦闘を仕掛けてくる、かもしれない』『もしかしたらその場から動かずに射撃をしかけてくる、かもしれない』とな」
「なるほど。対して武藤さんの方は五十谷さんとの接触で武装を変えるという発想もあるし、なにより藤田くんが近接戦闘を得意としていることを知っているから迷う必要がない、というわけですか」
「そうだ」
(どうやら今回は外さなかったらしいな)
満足そうに頷くボスを見て、俺は内心で安堵の息を吐く。
「よってこの試合の流れは開始前から武藤にある。では、もしも藤田になんの事前知識もない状態だったとして、だ。やつが福原と同じように嵌ると思うか?」
「微妙ですね」
藤田くんの腕次第だが……もし福原くんよりも幾分反応が早いと考えた場合、奇襲を仕掛けたとしても勢いを保ったまま回避される可能性もある。少なくとも俺ならそうする。
「そう、微妙なのだ」
なるほどなー。つまりこういうことか。
「武藤さんは一か八かの奇襲を封じられた代わりに場の流れを掴んだ。だから痛し痒し、ですか」
「そういうことだな」
流れを掴んでいる武藤さんはこのまま藤田くんに全力を出させないまま潰したい。
反対に藤田くんは流れを掴まれていることを理解しつつ、どうやって全力を出せる環境を作れるかを考えているってわけか。いやはやなんとも。
「戦う前から色々と考えているんですねぇ」
昔偉い人が『戦いとは、常に二手三手先を読んで行うものだ』って言っていたが、まさにそれだな。横軸と縦軸の移動を繰り返して油断慢心している敵をぶち抜くだけの俺には中々難しいところだ。
「他の連中も多かれ少なかれやっていることだ。いつまでも他人事だと思うなよ」
「……善処します」
そうとしか言えん。
―――
『『……』』
ところ変わって【闘技場】を模したアリーナ内。
関係者席に於いて解説、というか涙ぐましいフォローが行われていることなど知りもしない武藤沙織と藤田一成は無言のまま睨みあっていた。
最初から距離を取ることを考えていた武藤沙織と、一気に距離を詰めて得意な近接戦闘に持ち込みたいと考えていた藤田一成が睨みあいをするのは些か以上に不自然なのだが、両者にはそうならざるを得ない理由があった。
(迂闊に動くのは危険だな)
これまでの常識に則って考えれば、藤田は盾を構えて突進、もしくは前進すればいい。たとえ武藤が距離を取りたいと思っても、ここは半径50mしかない【闘技場】だ。一度に距離を詰めることができなくともじわりじわりと距離を詰めれば勝てる。
当初はそう考えていた藤田であったが、前の試合、つまり福原と五十谷の戦いを見てその考えを改めていた。その最大の理由が、武藤が隠しもせずに晒している32mm対物ライフルだ。
『貴様もソレ、か』
『えぇ。中型の魔物でさえ倒せるのであれば草薙型にも通じます。簡単な話でした。むしろなぜ今までこれに気付かなかったのか、と恥じ入りましたよ』
『チッ』
これこそ蒙を啓くということですね。そう嘯く武藤に対し、藤田は舌打ちで応える。
(考えが足りなかった。それは認めよう)
事実、藤田としても五十谷と福原の戦いで受けた衝撃は決して軽いものではなかった。
五十谷が見せたもの、それは『草薙型を倒すのに40mm機関銃は必要ない』という純然たる事実であった。
(40mmと違い32mmは盾で防げば無傷でやりすごすことは可能だ。だが胴体や頭部に喰らえば一撃で終わるのは変わらない。つまり下手に防御態勢を崩すわけにはいかん)
再装填に時間がかかるという欠点があるので1発目を回避すればなんとかなる。そう言いたいところだが、先ほどの戦闘で五十谷が片手に一丁ずつ32mm携行していたのを見てしまった。
(回避しなければならないのは最低でも2発と考えるべきだろうな)
それが過大評価ならいい。だがそれを警戒しないで突っ込み、予想通り2発目を撃たれて負けた場合、試合の後で『貴様は福原の戦闘で何を見ていたのだ?』と叱責を受けるのが目に見えている。
(そんな無様は晒せん)
藤田と福原には現時点でさえ武藤や五十谷が32mm対物ライフルに切り替えてくることを想定していなかったというマイナスがあるのだ。これ以上の想定外は恥の上塗り以外のなにものでもない。
(しかし、だからと言って……)
これまで幾多の訓練を経験してきた藤田も、片手で対物ライフルを振り回す相手を想定した訓練など行ったことはない。
(だが武藤は防御に回る相手を想定した訓練を行ってきたはず。ならば当然1発目を回避された場合の取り回しも想定して訓練しているだろう。で、ある以上、俺がまごまごしていたら再装填を終わらせて再度射撃体勢にはいることは明白。そうなると1発回避したところで意味はない)
つまり手詰まり。簡単に動けなくなった藤田を見やる武藤だが、彼女は彼女でそれほど余裕があるわけではなかった。
――
(五十谷さんが結果を出してくれたおかげで藤田さんを留めることはできていますけど、このままだと2番煎じとしか見られないんですよね)
試合の順番は元から決まっているものだし、五十谷が同じ戦法を取ると確信していたわけではない。この状況は偶然そうなってしまっただけだ。
(ですが、周囲はそう思わないでしょうね)
偶然で片付けるには五十谷との状況が似すぎている。
なにせ武藤の相手である藤田は福原と同じ第七師団に所属しているのだ。
(このままでは『第七師団を嵌めるための戦法を考えた』なんて言われるかもしれません)
第三者から見れば、武藤と五十谷が第七師団をピンポイントで狙ったように見えなくもない。
それは見方を変えれば『それだけ第七師団を警戒している』と言えなくもないが、それをやっているのが周囲から評判を落としている第三師団となれば話は変わる。
(おそらくですが第七師団の方々は『第三師団は自分たちの評判を貶めようとしている』と考えるでしょう。そして彼らの怒りの矛先が向くのは私と五十谷さん……ではなく私だけとなるでしょう)
五十谷が下した福原は藤田の付き人だ。当然本命ではない。よって本命を罠に嵌めた自分こそが第七師団から敵意を向けられる対象になる可能性は極めて高い。
(もちろんこの手段が悪いわけではありません。こうして戦わずして流れを掌握し、藤田さんの拘束に成功している時点で思考の柔軟性と最低限の技量を兼ね備えていることは証明できています。あとはこのまま詰めを誤ることなく勝ち切ることで評価は最悪のものから少しは浮上するでしょう)
逆に言えば、万が一にもこの状況から逆転負けを許してしまった場合、第三師団の評価は大変なことになるということだ。
(第七師団に嫌われるのは仕方ないと諦めます。ですが勝ちだけは譲りません!)
一瞬の隙も見逃さぬよう注視する武藤と、なんとかして照準を外そうとする藤田。
片や一定の間合いを保とうとし、片や間合いを詰めようとする二人の対峙は、第二試合のような派手さはないものの素人目にも十分な緊張感が感じられるものであった。
「ほう」
「これは中々……」
「やりますな」
「えぇ」
そして関係者席にいる面々もまた、水面下で行われている細かい崩しや牽制を見て、両者が主席と次席に恥じぬ実力があることを認識していた。
しかし開始からずっと動いていない両者のそれを見て楽しめない者もいるわけで。
『あぁぁぁぁぁぁ! まだるっこしいことしやがってぇ!』
【闘技場】を模したアリーナに、怒声が響き渡る。
『誰!?』
『何者!?』
それがただのヤジであれば二人は無視しただろう。
だがその声に明らかな殺意が込められていたのであれば話は違う。
しかもそれが学生でしかない二人が同時に察知し、思わず目の前の相手から目を逸らして発生源の確認をしまうほどのモノならなおさらだ。
「なにっ!?」
そしてその衝撃は対戦者の二人に留まらない。
1対1の場に響き渡った第三者の声。それにいち早く反応したのは、両者の担任であり、自身も優れた機士である久我静香だ。
『てめえらの戦いは戦いじゃねぇ! 温いお遊びしか知らねぇガキどもにこの俺様が教えてやる! 本当の闘いってヤツをなぁ!』
その声が聞こえると同時に突如として現れた影。
それは一見すれば草薙型のようにも見える。
だが違う。
『逃げも隠れもしない』と言わんばかりに、明確な殺意を纏いながら堂々と姿を現したソレは……。
「……魔物?」
「馬鹿な!?」
そう、啓太や静香が見守るモニターの先に現れたのは、6~7mほどの人、ではない。
『ギャーハハハハハハハハッ!』
武藤沙織と藤田一成の両名しかいないはずの場に突如として現れたモノ。
それは、紛うことなく鬼型の魔物であった。
閲覧ありがとうございました















