6話。報告と文化祭の準備
「……なるほど」
昨日妹様と話したことをそのまま担任に報告すれば、彼女は彼女でなにやら思い当たる節があったのかなにやら考えだした。
ここで一笑に付さないということは、俺の考えは決して荒唐無稽なことではないのだろう。
普通に考えれば俺たちが考えていることなんざ担任だって把握しているはずだ。しかし『はず』と思い込んで報・連・相を疎かにしてはいけない。
こうして伝えることで万が一相手が把握していなかった場合の保険にもなるし、なにより今の時点で『俺たちはこういう心配をしているんですよ』と伝えることで、向こうの尻を叩くと共に経過の報告を求めることが可能になるのだ。
加えてこういう牽制をすればなお良しってな。
「自分には、自分はおろか妹に飛び火する可能性がある案件を放置するつもりはありませんよ?」
「貴様の立場ならそうだろう。だが安心しろ、こちらも共生派連中の思惑に乗ってやるつもりはない」
「それは重畳」
いや、本当にな。これで『我々は民事には関わらん』なんてどこぞの警察みたいなことを言われたら本気で亡命を考えるぞ。
「ただし」
「ただし?」
「貴様も言っていたように、ことは外交に関わる問題だ。そうそう強硬策はとれん」
「まぁ、それはそうでしょうね」
相手が正式な手続きを踏んできている以上、そう簡単には処理できんわな。
立場によっては外交特権とかもあるだろうし。
「我々にとって喫緊の問題は、明らかに裏がある人間を貴様の妹がいるクラスに送り込むことに承諾した連中の存在だ。まずはそいつらを締め上げる必要があるだろう」
「それもそうですね」
優菜が通う中学校は俺たちが住んでいる寮から徒歩で通える程度の位置にある。
つまり青梅市にあるのだ。そこに海外の貴族が来る? この時点でおかしい。
将来の為に軍事的な知見を得たいと言うのであれば市ヶ谷の近くでいいし、機体に興味があるなら直接青梅市の軍学校に入れればいい。
それなのに何故青梅の中学校に入れるのか? そこで俺の存在に気が付かないようなら無能だし、気付いた上で入学させたというのであれば裏があるということだ。
さらにこの作業は一人ではできない。最低でも外務省と国防軍に協力者がいるということになる。
それが金やコネによって動いただけならまだましで、最悪の場合は相手が共生派と知りつつ協力をした可能性もあるわけだ。
担任はそいつらを除かない限り同じことが繰り返されると判断しているのだろう。
それについては俺も全くの同意見である。むしろなぜさっさとやらなかったのかと言いたい。
「……思想だけで摘発するわけにもいかんからな」
「ですか」
顔に出ていたか? まぁいいや。
「だが今回動きを見せてくれたおかげで尻尾は掴めた。あとは泳がせて決定的な証拠を得るだけでいい」
は? 泳がせる?
「……妹を餌にする、と?」
殺すぞ。
「……まさか。民間人を護るのが我々の務めだ」
「で、あればいいんですけどね」
一瞬言い淀んだのは頂けないが、考えてみれば彼女に決定権があるわけじゃないからな。餌にしないという言質を貰えただけでも良しとしよ……あぁ、いや、違う。それじゃ駄目だ。
「できましたらボ……少佐の伝手で護衛を配置することなどはできませんか?」
この人って何気に公家の出らしいからな。軍とは別にそういう伝手もあると思うんだ。
「できなくはない。だが有料だぞ」
「うっ」
だよな。軍人が護衛につくなら任務だからまだしも、個人的に頼むとなれば有料だよな。妹様の安全を確保するためだから金をケチるつもりはないんだが、相場がわからないのがなぁ。公家と伝手のある護衛が安いはずもないし……。
「ふっ。冗談だ」
「え?」
今まで五十谷さんらとの訓練でため込んだ金が全部飛んでいく様を幻視した俺だったが、救いはここにあった。
「部下の家族が狙われているというのであればそれを護るのは組織として当然のことだ。ましてここは第一師団のお膝元、東京だぞ? 外様に、それも文字通り海外から来た恩知らずに舐めた真似をさせるつもりはないさ」
「な、なるほど」
それはそうだよな。家族を人質に取られて情報漏洩したなんてケースだってあるだろうし、俺の場合漏洩するデータがデータだからな。そりゃ護るか。
あと、第一師団の縄張りを忘れてました本当に済まないと思っている。
思っているからといって何をするわけでもないけどな。
取り合えず費用が掛からないというのであればお願いするだけでいい。
いやはや、頭を下げるだけで護衛が付くなんて最高だな!
―――
(ヨシッ)
自分の説明を聞いた啓太がしっかりと納得したのを確認した静香は、内心でガッツポーズを決めていた。
何故なら、啓太が懸念していたことは当然第一師団でも問題視されていたことであったので、元々第一師団でも啓太とその周辺に護衛を付けようとしていたからだ。
ただし、啓太やその妹が護衛とはいえ周囲に人を配置されることを嫌ってしまえば意味がない。否、意味がないどころかマイナスとなってしまう。
元々啓太は疑り深い人間だ。それも自分にとって得があることほど裏があることを確信し、疑う癖の持ち主である。
(軍人としてみれば得難い資質なのだがな)
それはそれで良いことなのだが、恩を着せようとするには非常にやり辛い相手と言える。
(だが今回は問題あるまい)
どうやって啓太に警戒されないよう護衛を送り込むかを考えていたところに啓太の方から申し出てくれたのだ。さらに殊更無料であることを強調することで、第一師団は押し付けるような形ではなく、逆に恩を着せる形で護衛を配置することができるようになったのである。
難題と思われていた任務が予想より簡単に達成できたことが嬉しくないはずがない。
(殺気を向けられたのは頂けないが……それもまぁ今回は許そう)
勘違いとはいえ『家族を餌にする』と言われて怒らない人間の方が少ないというのもあるし、何より啓太は行動に移したわけではなく、方針に対して不服を覚えただけだ。
場合によってはその不服を口に出すこともあるだろう。それでも余程のことがない限りは罰せられるようなことはない。何故なら、いくら軍という組織が上意下達を旨とする組織であるとはいえ、部下の不満を許容できないほど偏屈な組織ではないし、なにより啓太は学生である。多少の我儘を許すのも大人の度量というもの。
(それに、中尉にはこれから伝えることがあるからな)
そもそも今回の件については静香は啓太からの相談に応えただけであって、本来彼女に割り振られていた仕事はまだ終わっていない。というか始まってさえいない。
「護衛の話が片付いたついでにこちらからも伝えておくことがある」
そのため静香は懸念が片付いてさっぱりしたような雰囲気を漂わせる啓太に対し、元々伝えようとしていたことを告げることにした。
「……なんでしょう?」
心当たりがないのか、訝しむ啓太。
「文化祭に於ける貴様の仕事についてだ」
「あぁ、そういえばありましたね」
「あったんだよ」
文化祭という言葉がでたことで啓太は『そんなのもあったな』と言わんばかりの表情をするし、静香としても共生派云々の後にする話ではないと思わないでもないのだが、先述したように軍学校に於ける文化祭はただのお祭りではない。れっきとした『広報任務』の一環である。
それがどのようなものであれ、任務に本気を出すのが正しい軍人というもの。
そして静香は自他ともに認める優秀な軍人である。よって文化祭に於いて手を抜くなどありえないし、生徒であり部下でもある啓太にも本気で挑ませる所存である。
「俺は表に出ないって聞きましたけど?」
「そうだな。今回の件も合わせれば表に出るべきではないだろうよ」
啓太は広告塔として使える存在ではあるものの、だからこそ命を狙われる可能性が高い。そう判断した第一師団は啓太を表に出さず、影武者を立てることで代用させようとしていた。
当然来賓の中には啓太の顔を知っている者もいるのだが、彼らには事前に連絡をして承諾を得ているので、わざわざ『啓太が偽物だ』などと騒ぐような真似はしないだろう。
――決して啓太の外見が『英雄』としてふさわしくないだとか、オーラが感じられないから代役を立てられたわけではないことは明記しておく。
啓太の外見に関する評価についてはさておいて。
以上の事情から啓太は、式典やらなにやらには参加しなくても良いことになっている。
ただし、来客を楽しませるために行われるイベントにはシミュレーター越し参加するよう言われている――万が一に出撃要請があった際に即応できるよう――ので、文化祭の最中はガレージにて待機することになっていた。
故に静香が告げるのは、啓太が参加するイベントの内容についてのあれこれだ。
「まずは機士戦についてだが……貴様は量産型に乗ってもらうことになった」
「ほほう。量産型ですか。それは構いませんが、手加減は?」
「いらん」
「……よろしいので?」
「構わんと言った」
「失礼しました」
「あぁ」
(生意気。とは言えんな。実力も実績も違いすぎる。生徒たちにとっては災害のようなものだが、これも戦場の習いと諦めてもらうしかあるまい)
観衆の目がある中で、普段の乗機ではなく量産型に乗れというある意味で『全力を出すな』という指示に対し、不平や不満ではなく真っ先に手加減の有無を確認してきた啓太を見やり、静香は文化祭で啓太と戦わされることになる生徒たちに哀れみの感情を抱くのであった。
報・連・相は大事。いろんな職場に貼ってある紙にもそう書いてある。
閲覧ありがとうございました。















