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極東救世主伝説  作者: 仏ょも
2章・二学期~
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20話。予期していたが予想できなかった大攻勢(前)

そのころの日本

啓太が極東ロシア大公国の首都であるハバロフスクにて大公を始めとした面々からヘンタイ扱いされて頬をヒクつかせていた頃のこと。


日本皇国が誇る国防軍の精鋭たちは、上層部や最上らが予想していた通りに襲来してきた魔物の大軍たちと向き合っていた。


いや、正確には違う。


国防軍は海に浮かぶ魔物たちに対して余裕のない砲撃を行っていた。


―――


「撃て撃て撃て! 消耗なんざ気にするな! 観測? いらん! 目視でやれ! とにかく撃て! 射程に入った時点で撃ちまくれ!」


指揮所で声を枯らしながら叫んでいるのは、今回も迎撃部隊の指揮官として采配を振るう第二師団きっての勇将、芝野雄平である。


本来であれば砲撃は敵が有効射程に入ってから、それも観測機――もしくは観測員――による観測が絶対に必要とされている。それは、そうやって命中精度を高めておかないと外した分の弾薬が無駄になるからだし、砲弾が外れた際に起った爆発により生じた塵芥や磁場などが誘導の邪魔をするため、それ以降の砲撃の障害となってしまうからだ。


故に最初から観測をしない、それどころか着弾の確認もできないうちから本格的な砲撃を開始することなど、砲兵運用の常識からすれば決してありえないことであった。


当然命令を出している芝野とてその程度の常識は理解している。

なんなら本来芝野は砲兵にその常識を守らせる立場にある。

加えて『指揮官は常に冷静であるべき』という戒めもあるが、現在芝野はあえてその常識や戒めをかなぐり捨てていた。


芝野以外の司令部の面々も、現場で判断を下す佐藤少佐も芝野が出す命令に対して反対をしなかった。むしろ芝野から出された命令を全力で叶えようとしていた。


経験豊富な軍人たちがその常識を投げ捨てた理由はただ一つ。


この時期に魔物が襲来するだろうと見込んでいた参謀本部によって多数配備されていた観測船が捉えた魔物の規模が想定を遥かに超える規模のものだったからだ。


具体的に言えば『大型20体以上、中型250体以上、小型が1000体以上』という、誰もが想定していなかった規模の軍勢だったからだ。


「量産型も砲士も八房型も関係ない! とにかく撃て! 上陸前にできるだけ減らせ!」


大型が24体と言うだけでも大問題だというのに、その上中型が300体と小型が1000以上加わるのだ。これだけの大軍を前にして冷静さを保てる軍人などいない。


いや、最初芝野は冷静であろうとした。だが敢えて冷静さを捨てることにした。


なぜか? 中途半端に冷静な人間がいると、逃げようとする連中が出ると判断したからだ。


(くそっ! 何故俺たちはこんな状況にっ!)


魔物による二度目の大攻勢。これを計画し、魔物を派遣した魔族からすればちょっとした実験であっても、迎撃側にとっては悪夢以外のなにものでもなかった。


―――


(何故俺たちは『来襲するであろう敵の規模は前回と同数程度』と決めつけた!?)


芝野は心の中で己の、否、自分を含む国防軍全体の怠慢を憂いていた。


(敵に大攻勢を目論むだけの知恵があるのであれば、次に行われる攻撃の規模が前回を超えることなど当たり前のことではないか!)


自分が兵を率いる立場であってもそうする。むしろそうしない方がおかしい。


(そんなことにさえ気付かなかった少し前の自分たちを殴り倒したくなる!)


もちろん芝野は敵が増えることを想定した上で、それらを迎撃するために必要な戦力を用意するために第六師団と第八師団に協力を仰いだ。


その結果この場に集められたのは、まず草薙型が第二師団から20機、第六師団から15機、第八師団から同じく15機で計50機。


次いで八房型が、第二師団から40機、第六師団から30機、第八師団から30機で計100機。


砲撃専門の砲士が、第二師団から100機、第六師団から80機、第八師団から80機で計260機。


最後に御影型の量産機が、第二師団から2機、第六師団から1機、第八師団から1機で計4機である。


本来であればここに前回大活躍した啓太が加わる予定――尤も芝野を含めた国防軍上層部は啓太抜きでも十分な勝算があると判断していたため、啓太に関してはあくまで念のために待機させる予定――であった。


事実、敵の規模が前回のように大型10体前後、中型130体前後、小型500体前後であれば――多少の損害は出したであろうが――迎撃は十分に可能な戦力であっただろう。


だが蓋を開けてみればどうか。最初の報告の時点で前回の倍だ。

さらに前回のことを考えれば、この数からさらに増える可能性が高い。


従来の撃墜対被撃墜比率(キルレシオ)で換算すれば、草薙型50機が迎撃できるのが中型100体。八房型100機で50体。砲士と中型のそれは5:1なので、260機の砲士が処理できるのは52体。全て合計すれば中型の魔物を202体までなら処理が可能となる。


問題は大型だが、これには量産型を当てる予定であった。


それは、量産型の撃墜対被撃墜比率は大型に対して1:3とされていたため量産型が4機揃っていれば大型を12体まで倒せる計算になるからだ。


なお、量産型の評価が高いように感じるかもしれないが、これはそのデータの元になった啓太が1:10で完勝していることが大きな要因となっている。


もっと細かく言えば、啓太の活躍を知った国防軍上層部――のさらに一部の人間――が『東北の田舎者が造った機体をほぼ素人の子供が使ってそこまでの成果を出せたのだろう? なら財閥系企業によって造られた機体を本職の軍人が扱った場合、少なくとも3体くらいはいけるんじゃないか?』という希望的観測を交えた数字を出し、それを受けた財閥系企業の担当者が『練度に不安はありますが、1/3程度であれば余裕で大丈夫です』と太鼓判を押した結果がこの数字である。


芝野ら現場指揮官としては、量産型に対する不安はあれど上陸前の砲撃で魔物の数を減らせることを考えれば、もう少し余裕ができるとさえ考えていたのだ。


(その結果がこれかッ!)


大型を12体倒せる? 敵は24体だ。

中型を202体倒せる? 敵は300体だ。

そのうえ、小型が1000体以上だ。


総数は想定の倍。つまり敵は自分たちの想定を軽く飛び越えてきたのである。


(完全に出し抜かれた!)


芝野の怒りの矛先は魔族の悪辣さか、それともそれを読めなかった自分たちか。


「だが間に合った。状況は最悪ではない」


敵の規模を知った時点で、第六師団も第八師団もできる限りの兵を派遣していたため、これ以上の援軍を見込めない状況だった。だが襲来の前日に魔物の規模を知った芝野は、予備役として待機を命じていた部隊、即ち再建中の第三師団を徴収し前線に出すことにした。


その内約は、草薙型が10機。八房型が20機。砲士が50機。そして量産型が6機となる。


この中で芝野ら司令部が特に期待を向けたのは、当然のことながら6機の量産型だ。

彼らだけで大型を18体倒せる計算になるのだから、この状況で期待しない方がおかしいだろう。


(先に遠距離砲撃で大型を潰すことができれば、中型相手にも余裕ができるからな!)


既存の量産型と合計すれば10機。計算上は大型を30体討伐することができる。


もちろんそこまで都合の良いようにはいかないだろう。だが少なくとも20体は倒せると芝野は見込んでいた。


また、第三師団の面々も当初は予備役として待機させられるよりも前線に出ることを望んでいたので――敵の規模を知った今はどう思っているかは不明だが――前線への配置換えは望むところだったはず。


(相手が想定以上の数だからと言って、この期に及んで命令を拒否させるつもりはない! 精々武功を立てるのだな!)


芝野としては第三師団に多めの量産型が回されていたことに思うところがないわけでもなかったが、状況がこうなってしまえば逆に感謝したいくらいであった。


第三師団からの『聞いていない』という文句やら、上層部からの『大丈夫か?』などという愚にもつかない質問やら、他にも大小様々な問題にイラつくことはあったものの、最終的に芝野は魔物が上陸する前に可能な限りの戦力を集めることはできた。


あとはそれを正しく運用できるか否か。


(まともに実戦を経験していない量産型に全軍の命運を託すのは確かに賭けだった。しかし状況は川上特務中尉も似たようなもの。乗り手が正規の軍人だと考えれば、決して分が悪い賭けではなかった!)


そう考える芝野だが、彼は別に啓太を軽んじているわけではない。むしろ啓太のことを誰よりも高く評価していると言っても良い。


芝野は、東北の一新興企業が造った試作機よりも、長年国防軍と共にあった財閥系企業が造った量産型の方が優れていると考えただけだ。


通常はなんの土台もない状態から始める試験機よりも、その試験機のデータを流用・抽出・応用して造られる量産機の方が優れているものだから。


芝野は、これまで国防のための訓練に明け暮れてきた同僚たちと、急遽戦場に出ることになった学生を比べれば、前者の方が勝つだろうという、ある意味では常識と言える思考に則って考えただけだ。


実戦経験がない? ここで積めばいい。評価? 結果で証明すればいい。国防軍が誇る精鋭ならそれができる! 国防軍は川上特務中尉がいなくても戦えるのだから。


(負けはせん。負けはせんぞ!)


今までで最大規模の被害が出るかもしれない。

だが国防は成る。


このときは誰もがそう思っていたし、芝野もそう結論を出していた。


その判断は決して非難されるようなものではない。


軍上層部が算出した情報が正確なものであったのならば、彼らの判断は決して間違ったものではないのだから。


……だが現実は非情である。


―――


「弾幕薄いぞ! 左翼、何をしている!」


犠牲は出るものの、ある程度の余裕を残して勝てる。


その確信の下、芝野ら司令部は全軍に指示を出す。


――自分たちが抱いていたその確信が『前提条件から間違ってた』ということに気付くのは、魔物が上陸した後。本格的な戦闘が始まってから僅か数分後のことであった。



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