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極東救世主伝説  作者: 仏ょも
2章・二学期~
30/111

3話。夏休みが明けて

プロローグに至るまでのお話。

いやぁ夏休みは強敵でしたね。


うん。本当に強敵だった。


なにせあのあと一度小競り合いに参加した後に『君は成長と最適化に専念してほしい』とか言われたんでそのまま試験も訓練もなしにされてしまったからな。


困った困った。


それだけじゃないぞ。試験の成績が良かったからか、正式に少尉に昇進した上に『今後は特務中尉として任務に臨んでほしい』と昇進を打診されたのだ。


学生を正式な少尉だの特務中尉だのにするだけでも一大事だというのに、軍はさらに俺に追い打ちをかけてきやがったのさ。


「まさかボーナスが出るなんて、な」


それも満額。いや、少尉になってから一か月やそこらで200万とかありえねぇから満額以上だな。

あまりの大盤振る舞いに死ぬかと思ったぜ。


尤も妹様は「少なくない?」とか言ってたけどな。あやつはまだ知らんのだ。金を稼ぐことの大変さってやつを、な。


これに関してはまだ中学生だから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないが、あまり無頓着でも困るから、ちゃんと後で教えてやらねばなるまい。


そんな感じで大事なことを確認できたし、(じつ)(みの)りの多い夏休みだったと言えよう。


で、そんな充実した夏休みが明けたわけだが。


「あんたねぇ。一体全体なんてことしてくれてんのよ!」


「ん? 何のこと?」


久しぶりに授業を受けるために登校したら、いきなり五十谷さんに絡まれた件について。


妙に怒っているが俺が何をしたというのか。

正直言って本当に何もしてないぞ。いや、マジで。


「なんで自覚してないのよ! 胸に手を当てて夏休み中の行いを振り返ってみなさい!」


「夏休み中の行いったってなぁ」


訓練して、九州で一狩りして、訓練しながら機体の成長を見守って、訓練して、帰ってきてからは訓練と妹様の宿題に付き合った程度なんだが。


他の生徒と比べると訓練の度合いが少ない気がしなくもないが、俺の場合実地での訓練があったからな。休憩時間を多めに取るのは普通のことだ。


まぁそういう名分で休みをもらったわけだから、そこが後ろめたいと言えば後ろめたいところではあるが、そんなの本人の勝手だろうよ。


訓練をサボったせいで戦場で死ぬことになるのは自己責任だし……あぁ、いや、俺たちは指揮官になるんだから一人の命じゃないんだった。うん。そうだな。そりゃ五十谷さんも怒るわ。よし、謝ろう。


「正直すまんかったと思っている」


俺は自分が悪いと思ったら謝れる人間なのだ。


「……あんた、絶対わかってないでしょ」


「何を言うか」


川上家の平穏を願うだけの男に何を言うのか。


とはいえこうして話していればさすがになんらかのすれ違いが発生しているのはわかるぞ。

何がどうすれ違っているのかがわからないのが問題ではあるがな。


「翔子さ~ん。別になにか悪いことをしたわけじゃないんですからその言い方はどうかと思いますよ~?」


ここに来て俺と五十谷さんがすれ違っているのを認識したのだろう。五十谷さんを諫めてくれる第三者が現れた!


「那奈……そうは言うけどねぇ」


普段であれば武藤さんが割り込んでくるところだが、今回は違う。

なんでも彼女の家は参謀の家らしく、夏休み中に発生した戦闘の戦訓を纏めるのに忙しいんだとか。


そんなわけで今回割り込んできたのは、6席で入学した田口那奈さんである。


元々俺を睨んでこなかった人だから悪い感じはしなかったんだが、話してみると、なんだ。男性に人気はあるが女性からは嫌われるタイプとでも言おうか。外見と合わさって、なんともあざとい感じがする人だ。


俺としては別にどうでもいいことだと思っているのだが、さっぱりした感じの五十谷さんとは相性が悪そうだと思っていたりする。


実際のところそうでもないらしいけどな。


なんでも元々彼女の実家が所属する第八師団と五十谷さんが所属する第六師団の仲はわるくなかったんだが、それに加えてそれぞれの師団が第二師団の救援として人材を派遣することになっていたらしく、その関係でそこそこ繋がりが強まったんだとか。


ちなみに俺自身、派閥の関係については正直よくわかっていない。

どれくらいわかっていないのかと言えば、近づくべきなのか離れるべきなのかさえわかっていない。

周囲の人たちからすれば、俺は第二師団に所属していることになっているらしいが、その自覚もない。

第二師団の人たちが後ろ盾になってくれているかどうかさえわかっていない。


だって。直接『君の所属は第二師団だ』なんて言われてねーもの。


その、なんだ。自分でも権力に対して無防備すぎると思うが、距離の取り方がわからないんだから仕方がないと思う。自分から距離を詰め過ぎて『勝手に第二師団面すんな』とか言われたら困るし、かといって他の師団と仲良くして『裏切ったのか? 俺たちを』とか言われても困るからな。


結局のところ、少なくとも学校にいる間くらいはあやふやな距離感でいいかなぁと思い始めているところだったりする。


それにそっち系統で何かあれば最上さんが教えてくれるだろうしな。そう割り切ることにしている。


そんな俺の立ち位置はさておくとして。


一見すればゆるふわ系だし、実際結構な家のお嬢様である田口さんだが、当然見た目通りのお嬢様ではない。


男に対する態度や視線などは計算されつくしたものだし(情報源。五十谷さん)

平時からぼーっとしているように見えるのも計算したものだ(情報源・五十谷さん)

実際の彼女を見たいのであれば彼女のシミュレータを見ればいい。ぼーっとしているだけのお嬢様には絶対にできない挙動が見れる(情報源・五十谷さん)


特に見るべきは武家のお嬢様なら誰でも習得するよう言われているナギナタの扱いに関してなんだとか。そのキレには五十谷さんや武藤さんでさえ敵わないらしい。


……ナギナタが武家の娘さんの必修科目であることさえ初めて聞いたのだが、まぁ武家の娘がやってるイメージはあるよな。ゆるふわ系の田口さんがそれを得意としているのは意外といえば意外だが、逆にお嬢さんだからこそ強いと言われれば納得できなくもない。


とはいえ彼女の中身がどうであれ、俺の邪魔をしないのであればそれでいい。今まではそんな感じで相手をしてきたのだが、今日はどうも俺にちょっかいをかけてきそうな感じがする。


彼女にしても学生で、それも一年の段階で少尉になった上に戦場では特務中尉として中尉扱いされるような存在は珍しいのかもしれない。端的に言って俺に興味があるんだろ。もちろん異性としてではなく、軍人としてな。


だからこそこれまでなら放置していたであろう俺と五十谷さんの会話に割って入ったと見た。


しかしそれがわかったからと言って流されてやるつもりはない。


どの業界でもそうなのだが、必要な時に必要な分だけ自己を主張しなければ、状況に流されるだけになってしまうものだ。そして状況に流された先にあるのは、ほとんどの場合後悔しかない。


故に自分で動くのだ。結果として失敗することもあるだろうが、それを他人のせいにしないために。


派閥について理解することを諦めているじゃないかって? 

いや、あれは別腹だから。


「だからね。こうしたらいいんじゃないかなって思うの」

「……なるほど。確かにそれなら問題ないわね」


なんてセルフツッコミをしている間に五十谷さんと田口さんの間で話が終わったようだ。


どんな結論がでたのかは知らんが、俺が関わっている以上、俺の承諾は絶対に必要である。そして今の俺はバリバリ警戒モードなので、そうそう簡単に二人の意見には頷かないぜ。


――そう思っていた時期が俺にもありました。


「アンタ。今日の放課後の訓練は私と模擬戦にしなさい。もちろんシミュレーターだけどいいわね?」


「は?」


なんて? シミュレーターでの訓練は別に構わないが、対戦? あれにそんな機能あったの? 


俺はずっと一人で魔物を相手にポコポコしていたのに、五十谷さんたちは和気藹々と対戦してたの?


なんという不条理。なんという悪徳。


くぉれはもう、ゆ゛……る゛……「何? 不満なの? あぁもちろんお金は払うわよ。そうね。一戦10万円でどう?」……す!


「べ、別にかまわんぞ」


一回戦うだけで10万とか、そんなのやるに決まってるじゃないですか。


流される? 後悔? なにそれ、美味しいの?


「そう? じゃ、放課後よろしくね」


「はいよ」


「あ、私もいいですか? もちろんお金は同じだけお支払いしますので」


「え? あぁ。いいですよ」


いいの? 訓練するだけでお金をもらってもいいの? 絶対に返さんぞ?


「……放課後が楽しみだ」


ヒャッハー! 何戦するのかはしらんが、最低でも20万ゲットだぜ!


いやはや訓練するだけで金が貰えるとは、素晴らしい時代になったものだな!


―――


「……さすが五十谷さん。まさか軍でも接触が難しい彼との模擬戦がたったの10万でできるなんて思ってもいませんでしたよ」


「はっ。私に『彼にお金を払って情報を得ているんですよね? なら模擬戦とかもしてもらえるんでしょうか?』なんて聞いてきたくせによく言うわよ」


「え~。でもでも、今や誰だって彼と模擬戦したいと思っているでしょう? でもさすがに無料ってわけにはいかない。だからと言って私たちが『お金を払うから模擬戦してくれ』なんて言えませんし。それを嫌味なく言えてさらに承諾させることができるなんて五十谷さんしかいないと思いませんか」


「まぁ、それはそうだろうけどね」


事実、彼女以外の人間が同じことを言った場合、啓太は自分が侮辱されたと判断して『断る』とそっけなく答えるとともに、舐めたことを言ってきた人間との関りを絶とうとするだろう。


金に汚く簡単に転ぶように見えて意外と気難しい人間なのだ。啓太は。


それを理解した上で田口は五十谷に同様のことを言わせたのである。

そして五十谷のそれが成功したのを見届けると同時に、さらりと便乗して自分も成果を上げることに成功した。


これだけでも田口という女がただのゆるふわ系お嬢様ではないということがよくわかる。


尤も、五十谷とてそれが狡いとは思わない。

むしろそれくらいの強かさがない人間と誼を結ぶつもりなどないとさえ思っているくらいだ。


「なんにせよ。貴重な戦闘データが得られることは間違いないわ。……共有、するでしょ?」

「もちろんです」


単騎で、それも10分足らずで大型を10体仕留めたエースとの模擬戦だ。

その戦闘データを共有しないという理由がどこにあるというのか。


「ふふふ」

「あはは」


((((怖っ!))))


(あら? もしかして私、出し抜かれました?)


この日、放課後に得られるであろう情報の価値を想い、男子が思わず引いてしまうほどの威圧感のある笑みを浮かべてしまった少女たちがいたとかいなかったとか。

いつのまにか金銭感覚を把握されているもよう。


もし天パとか赤い人との模擬戦ができるのであれば、普通なら10万出してもやりたいですよね?


つまりはそういうことです。



閲覧ありがとうございました。

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