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極東救世主伝説  作者: 仏ょも
1章・入校~夏休みまで
20/111

20話。コマンドシステム

コツを教えるといったな? 

あれは嘘だ。

「まさか連中を使ってデータを集めるとは。俺はお前さんの腹黒さってやつを見縊っていたようだな」


「人聞きの悪いことを。俺はただ向こうが『欲しい』といった技術を提供しただけですよ。最上さんだって認めたでしょう?」


「そりゃな。連中には機体を持っていかれたんだぞ。その上やるかどうか考えていた技術まで回すんだ。情報くらい貰わねぇとわりに合わねぇよ」


技術提供というが、やることは情報の漏洩だ。


当然機体の情報を流すためには最上重工業の許可がなければならない。たとえそれが『機体を動かすコツ』という機士としての領分の話であろうと、その情報を提供した結果企業側に利害が生じるのだから、報告・連絡・相談は必ず行うべきことなのだ。


今回の秘術提供に関して、啓太から相談を受けた隆文も最初は難色を示した。


なにせ、一介の学生であるが故に武功を独占するつもりがない啓太とは違い、会社の経営者でもある隆文はできるだけ自社に利益が生まれるよう立ち回る必要がある。


そうであるにも拘わらず無料――安全の保障といっても不確かすぎる――で相手に技術を与えるなど正気の沙汰ではない。隆文が難色を示すのも当然のことだろう。


しかしながら、量産型を動かす技術は試作三号機を造ろうとしている最上重工業にとっても重要な技術であることは間違いない。


故に啓太から『軍で勝手に製造したとはいえ、基幹部分が同一と言える量産型が先に試験を行い、データを蓄積させてくれるのであれば悪い取引ではないと思いませんか?』と言われた隆文は、自分たちにも実験結果の情報を回すことを条件に技術の提供を許可したというわけだ。


軍にしても――武功を独占したい第三師団閥は別だが――大型を討伐できる機体を量産することに異論はない。よって量産型に組み込まれた技術を使った試験データを最上重工業へ提供することに否はなかった。


尤も、ついでとばかりに財閥系の企業にも同じ情報が渡ってしまい、そちらに所属している技術者(変態)たちに対して必要以上の燃料を投下することになるのだが、それに関しては一介の学生や一介の社長に過ぎない彼らの領分を大きく超えてしまっているので考えてもしょうがないことである。


半強制的に睡眠時間と休日が削られることになる財閥系企業に所属している技術者たちの健康問題はさておくとして。


「お、動いたな」


啓太と隆文が見ているモニターには、射撃をした後に横っ飛びをする量産型の姿があった。


「それはそうでしょう。問題はその後です」


今まで動かすことさえできなかったことを考えれば大きな進化と言える。


隆文としてはこれだけでも十分な価値があると思うのだが、元々自在に動かせる啓太からすればこの程度のことで満足してもらっては困るのだ。


「お前さんにとってはそうだろうがな……っと。転んだか」


シビアな意見を耳にして苦笑いする隆文の目に、着地に失敗して転倒した量産型の姿が映る。


「姿勢制御の問題か、それとも下半身を軽くした弊害か。最上さんはどっちだと思います?」


「両方だな。確かに下半身の安定性にも問題はあるが、ある程度であれば上半身でバランスを取ればなんとかなるもんだ。アレはそれをやってねぇ。つまり上半身の使い方が悪い」


「ですね」


これが実機で行われる試験の最中だと機士の生死に関わる大事故になる可能性もあるのだが、幸い彼らが見ているのはシミュレーターの映像だ。故に彼らには関係者の怪我を気にすることなく目の前で起こったことを討論する余裕がある。


そんな余裕がある両者が出した結論は『使い手が悪い』であった。


「つっても、これが最初の実験と考えれば悪い結果じゃねぇ。お前さんの考案したコマンドシステムは最低限の役割は果たしたってことだな」


「本当に最低限ですけどね」


そう。コマンドシステム。それが啓太が武藤沙織に渡した情報だった。


詳細をもったいぶらずに言えば『ボタンを押すことで決められた動きを行うシステム』だ。


これは例の粒子に脳を汚染されたフロ〇患者である啓太が混合型を動かす際に使っているやり方だが、元々は獣型の機体に用いられているものであった。


基本的に獣型の機体は背中や脇にサイドアームを抱えているわけではない。


故に獣型が射撃を行う際は、機士がボタンを押すイメージをすることで背負っている砲のトリガーが引かれ、射撃を行うことを可能にしている。


これを踏まえて啓太が考えたのが『青いボタンを押すことで左にジャンプ。赤いボタンを押すことで右にジャンプ。両方押したら必殺技』といった感じで、決められたコマンドを行うことで決められた動きをするというシステムである。


啓太の場合はこれに加えてボタンを押す時間の長短や強弱によって速度や滞空時間を調節しているし、着地の際もしっかりとバランスを取りつつ各関節で衝撃を吸収するようにイメージしたうえで着地をしているのだが、さすがにそれは個人の資質であることくらいは自覚しているので、啓太とて今の段階で他の機士に自分と同じことができるとは思っていない。


故にこれは本当に『とりあえず動かすためのシステム』なのだ。


この方法を告げたとき『機体を操るためには神経を繋げる』という機士の常識から真向に逆らう形となるため既存の機士たちの中からは反対する意見が多かったが、機士ではない軍人さんたちからの受けは良かった。


それはそうだろう。彼らが使う兵器とは、戦車だろうが戦闘機だろうが、基本的には操縦桿を右に回せば右に曲がるし、左に回せば左に曲がる。トリガーを引けば弾が出るし、ボタンを押せばミサイルが発射されるのが当たり前なのだから。


それに鑑みれば、今まで機士のフィーリングでしか操れなかったが故に安定性に欠けるとされてきた機体という戦力に対し『右に二歩動いたのち正面に射撃。その後一歩下がって再度射撃』といった感じの細かい命令が可能になるのである。上半身もあるので今まで行っていた設営作業や瓦礫の撤去にも使えるとなれば指揮官としては間違いなく嬉しいことに違いない。


これまで自由にやってきた機士にすれば窮屈かもしれないが、味方との連携が簡単になることを考えれば悪いことばかりではないのも事実である。


尤も、複数体を運用する場合は戦場で四脚の機体が一斉に横っ飛びする様を敵味方に見せつけることになるのだが、そこまでの練度になるのはまだまだ先のことなので、それまでに武装や運用方法も改良されていることだろう。


多分。


ちなみに啓太は一番簡単な案として、下半身を戦車の履帯にすることも提言している。


先ほどの例で言えば、赤いボタンで前進。青いボタンで後退。緑で旋回。といった感じになるだろうか。


こうすることで、ジャンプはできなくなるものの前進や後退は楽になるし、重量のある砲を扱うことができるようになるうえ、乗り手も砲撃の際の照準やタイミング以外で気を遣うことがなくなる。なんなら上半身だけ旋回できるようにすれば横軸の移動も簡単という優れものである。


欠点はビジュアル的にガン〇ンクそのものになることと、近接戦闘はあくまでついでのような扱いになることくらいだろうか。


提案を受けた軍は現在、そちらの改造を施した機体も用意するかどうかで議論を重ねているらしい。


とにもかくにも、今まで這いずることしかできなかった機体がコマンドシステムを導入したことで拙くも戦闘に必要な挙動を行うことができたということは紛れもない事実であった。


ただ、啓太にとって重要なのは量産型が動けるようになることではなく、そのことが己に何を齎すか、であった。


「浮かない顔だな。なにか心配ごとでもあるのか?」


「いや、この程度で第三師団閥の皆さんは納得するのかなぁ。なんて思いまして」


元が彼らからの嫉妬を抑えるために行われた技術提供だ。


そのため『確かに動いたが中途半端すぎるじゃないか!』 などと責められては啓太にとって意味がない。


「するだろ。なにせ今までほとんど動かせなかったのが、横っ飛びまでできるようになったんだ。あとは練度を高めるだけ。そう考えるだろうさ」


「そうだと良いのですがねぇ」


乗り手は練度を上げるために訓練漬けになるだろうし、機体に使われている機械部分も大幅に見直しが必要だろう。加えて他のコマンドと併用する場合の難易度や、あえて自由度を落とした上で運用する方法など、機士だけでなく技術者や士官も忙しくなることは請け合いだ。


こんな状況で啓太に構っている暇はない。普通に考えればそうなる。


隆文はそう言うが、啓太としては一抹の不安を抱いていた。


「不安そうだな?」


「……えぇ。第三師団閥の人から聞いた話なのですが、クラスメイトの5席くんと9席くん。あぁ、第三師団閥から派遣された笠原一年生と小畑一年生が量産型の機士に立候補したそうなんですよ」


「ほう? まぁわからんでもないな」


第三師団閥は功を焦っている。そんな彼らに武功を立てる手段を見せたのは他でもない啓太と隆文だ。


自分にも啓太のようなことができれば。

単騎で大型を複数体討伐できれば。

他の誰もが文句を付けられない功績を上げてしまえば。


彼らがそう考えるのは当たり前のことと言えるし、これから量産型の機士を選定するとしてもすでに自らの機体を持っていて戦場で活躍できるような使い手ではなく、変な癖がついていない学生に使わせるというのも理に適っていると言えば理に適っている。


問題はその学生が功を焦っている子供だというところにある。


もちろん彼らが技術提供を行った啓太に対してちょっかいを掛けてくることはないだろう。何かあるにしても実行に移される前に武藤沙織から情報が得られるはずだ。


故に啓太が懸念しているのはそこではない。


「……彼ら、あの有様で戦場に出ようとしませんかね?」


「……あぁ。それか」


今回の実験で、コマンドシステムを使えば今まで動かせなかった量産型を動かせるようになることは実証された。


そうである以上、軍が次に試すのは、量産型をよりスムーズに動かすための研究と、元々軍が求めていた火力と機動力の再現。即ち試作二号機の復元とその稼働実験となる。


そこで『横っ飛びと砲撃ができれば啓太と同じことができる』と考えた彼らが実戦に出ようとする可能性は極めて高い。


もちろん、己の意思で戦場に出る以上、そこで彼らが死ぬのは彼らの勝手だ。啓太が関与するところではない。しかしそれを相手が認めてくれるか? といえば、それに関しては極めて怪しいと言わざるを得ない。


彼らにそんな自制心があるのであれば、啓太とて初めから逆恨みの警戒などしないし、啓太から話を聞かされた五十谷翔子や武藤沙織もその時点で『杞憂だ』と笑い飛ばしたはずなのだから。


「可能性がない、とは言えんな。その場合は比較対象としてお前さんも戦場に出ることになるだろうよ」


「……ですよねぇ」


「俺としても、な。第三師団の小僧はどうでもいいがお前さんの機体がどんな風に動くか正直気になっている。だからまぁ、あきらめろ」


今となっては隆文も啓太の望みが『出世ではなく妹と安穏とした生活を送ること』だということは理解している。しかしながらそれを理解してもなお、技術者であり経営者でもある隆文には一号機とその機士である啓太を放置するという選択肢はなかった。


「ですよねぇ。……俺もシミュレーター使います」


「はいよ」


一番避けたかった『逆恨みからの襲撃』は避けられそうなものの、次いで避けたかった『戦場での実地訓練』は避けられそうにない。


現実の厳しさを痛感しながら、啓太は来る実戦に於いて己の生存率を少しでも向上させるため、シミュレーターでの訓練を繰り返すのであった。



こんなの機体じゃないわ! ボタンで動く機械よ!

だったらボタンを押せばいいだろ!


――これをコツとは言わないと思うけど、まぁ多少はね?


Q・履帯を履くなら普通の戦車でよくない?

A・土木作業とかできないから……




閲覧ありがとうございました。

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