28話。予想外のことはあったものの、予定通り行われる防衛戦④
敵を視界に収めるために跳んで、目標を定めずに撃って、着弾の確認をしないまま跳んで、また撃って。
時に撃たず、アンカーを使って着地点をズラして敵の砲撃を回避して。
(くぅっ!)
着地の度に衝撃が体を揺らす。
跳躍する度にGがかかる。
攻撃を行う度に機体のバランスが崩れる。
魔物の反撃が横を掠める度に背筋が凍る。
(あいつはこんなことをっ!)
啓太はこれに加えて計算された狙撃や回避を行うが、翔子にそこまでの余裕はない。
ただがむしゃらに動き回るので精一杯だ。
尤もそれが予測不能な動きに繋がり、魔物からの反撃がブレる要因となっているのだから悪いことばかりではないのだが、無駄に攻撃をして無駄に飛び跳ねているという行為自体が翔子の精神を大きく削っていることは否めない。
(時間はどれくらい経った? 援軍はまだなの!?)
猟犬と化した静香に率いられた教導大隊が、砲撃や射撃によって一〇〇〇を優に超える魔物の群れを討伐し、それに倍する群れを翻弄すること約九分後。
「右の脚部の反応が鈍い? くっ、そろそろヤバイ……かもっ!」
翔子が自身の乗る試作三号機の脚回りに異常を感じ始めたとき、とうとう彼らがやってきた。
『よくぞ耐えた!』
『後は任せろ!』
「きたっ!」
静香らが待ちに待った援軍、それも遠距離からの射撃ではなく、機動力に優れた八房型と、それに跨乗してきた一〇〇名近い直掩部隊が現着したのである。
直掩部隊が装備しているのは当然、最上重工業製の強化外骨格【黒天】だ。
この黒天は両腕とサイドアームにそれぞれ12.7mmの重機関砲を装備できる――最上重工業としては連射が利く重機関銃と一発の威力がある対物ライフルを二門をずつ持たせたかったのだが、対物ライフルの場合は反動が強いため一部の特殊な人間以外は二門しか装備できない――ため、先行してきた援軍は一人に付き四門の重機関銃を放つ変態が一〇〇人ということになる。
ある意味で最上重工業がコンセプトとしていた『火力による蹂躙』を体現した部隊であり、中型にすらダメージを与えることが可能なこの重機関銃部隊は防衛戦でも大いに活躍していた。
そんな連中に後ろから機関銃を撃ちまくられることになった魔物は堪ったものではなかった。
『撃て撃て撃て撃て撃てぇ!!』
『グォォォ……!!』
『ガッ……アァァ!』
本来盾になるべき中型の魔物はそのほとんどが砲撃によって討伐されており、生き残っているものも大なり小なり負傷しているためか的にしかならなかったし、小型の魔物は弾幕を搔い潜って近付く前にミンチより酷い肉片へと変えられる。
『ここだ! 後のことは考えるな! 全員出し切れ!』
『『『『了解っ!!』』』』
もちろん、教導大隊からも援軍を巻き込まないように注意した上で砲撃や射撃が加えられている。
毎秒一〇体単位で削られていく魔物たち。
最終的にキルゾーンの中心に添えられる形となった魔物たちが全滅したのは、静香らが戦闘を開始してから約二〇分。援軍が到着してから約一〇分後のことであった。
―――
「大佐殿。援軍感謝します」
「なんの。元はといえばここベトナムは我ら第四師団の戦場だ。本来ここまで戦う必要がないにも拘わらず奮戦してくれた貴官らにこそ感謝するべきところだろう」
「お言葉はありがたく」
(あいつらには『後のことは考えるな!』とは言ったものの、そうも言ってられん)
「……ですがまだ戦いは終わっていません」
静香はなぜか直掩部隊を率いていた機甲連隊の連隊長である綾瀬勝成と言葉を交わしつつ、次なる戦について想いを馳せる。
戦闘開始から援軍と合流するまで三〇分近く経っているが、未だに敵の援軍は来ていない。
つまりまだ啓太は戦っている、ということだ。
これから最速で補給をしてさらに北上しなくてはならないが、そのためには綾瀬が率いてきた部隊と、今も続々と集まってきている機士たちの協力が必要不可欠。
もしここで勝成から「これ以上は動けない」と言われてしまえば、啓太を救うために戦っている静香らの想いが無に帰すこととなる。
だが、魔族との戦いは命懸けのものとなるのもまた事実。
第四師団としては、ここで万全の態勢を整えて迎撃するのが一番確実で兵にも被害が出ない選択となる。
指揮官としての立場であればそうするのが正解だ。
それを知る静香はやや緊張しながら勝成の反応を窺ったのだが、彼女の緊張は杞憂に終わる。
「あぁ。こちらも話は聞いている。すぐに補給を行い、川上大尉が戦っている戦場へ向かおう!」
静香の言葉を受けて『言われるまでもない!』と二つ返事で頷く勝成。
もちろんこれは彼個人の感情からくるものではない。
第四師団全体の決断である。
先ほど勝成が言ったように、彼らにしてみればここは彼ら第四師団の戦場である。
今回は偶然第一師団の視察があり、偶然噂の新兵器を携えた教導大隊がそれに帯同してきたからダメもとでグリフォンの討伐を依頼し、それが上手くいきすぎたせいでベトナム軍が調子に乗って戦線を広げてしまった部分はある――尤も、ベトナム軍の動きに関しては中華連邦の工作やらなにやらがあったので、司令部としては暴走が多少早まっただけの話だと認識している――ものの、それでもここは彼らの戦場なのだ。
自分たちの戦場で他の師団が、それも子供が戦っている。
そのおかげで自分たちが勝利できた。
こんな状況下で今も戦っている少年を見捨てることができるほど第四師団は腐っていなかった。
また、彼らの矜持の他にも現実的な理由がある。
それは”魔族を野放しにしていれば第四師団も危険に晒される可能性が極めて高い”というものだ。
現在国防軍に於いて魔族との戦闘を経験しているのは啓太だけだ。
その啓太がここで三体の魔族によって嬲り殺しにされてしまえば、魔族との戦いで後手に回ってしまう。
よって国防軍は、魔族との交戦経験があり、なおかつ今も三体の魔族の足止めに成功している啓太を失うわけにはいかない――最低でも戦闘記録を回収しないといけない――のである。
そもそもここで啓太が戦死した場合、彼ら第四師団には『英雄を囮にして勝った』なんて風評が流れてしまう。そんな噂が流れてしまえば、せっかく今回大量の魔物との戦いに勝利したのが台無しになってしまうではないか。それで一番困るのは第四師団だ。
これらの事情から、第四師団は啓太を援護しなくてはならない立場にあったのだ。
故に勝成の心中には『向こうから願い出てくれて助かった』という思いがあったし、静香としても『向こうが快諾してくれてよかった』という思いがあった。
――しかし彼らは忘れていた。
いや、正しくは無意識に考えないようにしていたのだろう。
戦闘開始からすでに三〇分以上経過していることを。
これからどれだけ急いでも補給や移動でさらに一〇分以上かかってしまうことを。
その間に啓太が敗北する可能性があることを。
しかし、如何に彼ら彼女らが目を逸らしていようとも現実は無情にして無常。
「え?」
これから大尉の援軍に行くぞ! と告げようとした静香の耳にドーーーン! と大きな音が聞こえてきた。
音がした方向は北。
それは啓太が今も魔族と戦っているであろう方角。
(……まさか)
不安を抑えて静香がそちらに目を向けてみれば、これから向かおうとしていた先にキノコ雲のようなモノがモクモクと上がっているではないか。
あれが魔族からの攻撃によって齎されたモノであれば、着弾点にいるであろう啓太が無事である可能性は極めて低くなる。
ではアレが啓太の攻撃によって齎されたモノであれば問題ないのか? と言えば、もちろんそんなことはない。
(御影にはあんなモノを発生させることができるだけの武装は積まれていない……いや、一つだけある!)
静香が思い至った武装。それは自爆装置。
五〇トン以上ある機体を粉々にできるだけの爆発に、携行している弾薬すべてを一気に注ぎ込めば、アレだけの規模の爆発を発生させることも不可能ではないだろう。
しかしそれが使われるということは即ち……。
「大尉が、死んだ?」
「え!?」
「……まさか」
「そんな……」
「嘘でしょ?」
遅ればせながら静香と同じ結論に至ったのか、少女たちは呆然とした表情で未だに大きくなっているキノコ雲から眼を離せないでいた。
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