51.疑惑が疑念に変わって深まるばかりです
夜、王宮の夫婦の寝室で、ベッドの縁に二人並んで座る。私はそれとなくレイモンドに訊いてみた。
「今日の公務は何か変わったことはありませんでしたか陛下?」
「変わったことかい? そうだね……特に気になるようなことは無かったかな」
「午後はどちらへ?」
途端に青年の身体がビクンとなった。
「え、あ、ああ。いや、どこというわけでもないよ」
レイモンドの顔をじっと見つめる。彼は目線を落とした。気まずそう。はしゃぎすぎて花瓶を割ってしまったところを、飼い主に目撃された大きな犬みたいな顔。
こっちまで気の毒になるから、止めて欲しい。
私は――
「そう……ですか」
彼は私に隠し事。相手は級友のマルガレータ。あの子はとっても良い子だから、余計に心が苦しくなった。
天真爛漫でお喋り好き。学院時代、すっごくモテていて、今の旦那様が勝ち抜いてプロポーズして射止めたのを、私はそっと影から見守ってたのよね。
魅力もあって刺激的。
だからって……あんまりよ。
問い詰めることもできるけど、決定的な証拠もない。
なにより、レイモンドを疑ってしまう自分が嫌。
こんな思いをするなら、ルリハたちとお喋りできるようにならなきゃ良かった。
私は先に横になる。
「今日は疲れてしまったので、先に休ませてもらいますね」
「あ、ああ。わかったよ」
ベッドの上で、自然と彼に背中を向けていた。
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翌日の午後――
森の屋敷の二階の部屋に、ルリハが一羽、遅れて飛び込んできた。
昨日と同じようなタイミング。先に集まっていた青い羽毛玉たちが「なんだなんだ」とざわついた。
私の心も同じように、さざ波が立つ。
遅れて来た子が私の肩にとまって言う。
「た、たたたた大変なのぉ! キッテ様! 今日もレイモンド陛下がね!」
心が重くなった。マルガレータにすっかりご執心なのね。
半分は自分に言い聞かせるように。
「落ち着いて。何があったのかしら?」
「今日はエレオノーラ伯爵夫人のところで密会してたんです!」
「ええッ!?」
思わず大きな声が出た。
エレオノーラはスクライブ家の親戚で、私にとっては……幼なじみ。
清らかな水の流れのような、しとやかな女性だった。
快活なマルガレータとは対照的。
そんなエレオノーラの元に、レイモンドが?
詳しく話を訊いてみると、今回もマルガレータの時と同じように、陛下はエレオノーラの元へ赴いて、密会したみたい。
人払いをして窓には鍵まで掛けて、カーテンで締め切って……。
二日連続。しかも昼間から、違う相手に。
ああ、もう。
いったい、どうすればいいのよ。
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あれから一週間――
レイモンドは毎日、相手を変えていた。
夜の寝室でもどこかよそよそしくて、私も言い出せないまま、ずるずると時間だけが過ぎていく。
彼が訪問する相手は、不思議と名前と顔が一致した。すぐに私はそれが誰かを認識できた。
来賓が多くて、夜会では誰が誰だかわからなくなることも多いから、時々ルリハたちにこっそり客の名前を教えてもらうこともあるのに。(もちろん、化粧室に行くとかして、一旦会場を離れてだけど)
そういうことをしなくても、レイモンドの密会相手はみんな、私も良く知る女性ばかり。
しかも――
全員が既婚者だった。
もしかしてレイモンドって、略奪愛に興奮してしまうの!?
私はもう自分のモノになってしまったから、火遊びがしたくて仕方ないとか?
刺激を求めているのかしら? 手に入れたら興味を失うから、側室を作らない?
やだ、もう……。
悪いことばかりが頭の中をぐるぐる廻る。
彼を問い詰めるべきなのかも。私が誘拐された時、あんなに勇ましく助けに来てくれた。私が火事に巻き込まれて焼け死んだと思い込んで、泣きながら怒りをあらわにしてくれた。
あれも演技だったなんて……信じられない。
レイモンドの優しさは仮面だったのかしら。
彼と上手くいっていると思い込んでいたのは、私だけ。
元々、悪い占い師と前王様に言われたこととはいえ、レイモンドは私を追放した。
負い目を抱えたままなのかも。私は彼のその負い目に、甘えていたのかもしれない。
どこかで不満や不安をため込んでしまった彼が、不特定多数との不倫という形で爆発してしまった。
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夜。夫婦の寝室で、ベッドの縁に並んで座ると私はレイモンドをじっと見つめた。
「あ、あの……」
「なんだいキッテ? 最近、元気がないようだけど」
青年の声色は淡い月明かりみたいに、優しい。
「陛下……私になにかして欲しいことがあったり、不満があるなら直すように努力するから、なんでも仰ってくださいね」
「急にどうしたんだい? 君に不満なんて何一つ無いよ。むしろ、僕にこそあればなんだって言ってほしいな」
真剣な眼差しが返ってきた。嘘をついている人の瞳が、こんなに純粋なものになるのかしら。
我慢、しているんじゃないの?
「レイモンド。もしかして、私が……森の屋敷に行ってばかりだから……」
私がいない間に、他の女性たちと密会を繰り返しているのかもしれない。もっと、私が彼のそばに付き添ってあげた方が良かったんじゃないかと思う。
青年は私の手をとって両手で優しく包む。
「そんなことを心配していたのかい? 君の時間を大切にしてくれればいいんだ。直すもなにも、こうして朝と夜を君と過ごせるだけで僕は幸せ者だよ」
「だから昼は別の……」
「え?」
「なんでもありません」
思わず口にしかけて、言葉を呑み込んだ。手遅れだった。言われた彼も目を丸くする。
この日の夜も、私は彼に背中を向けてしまった。
もう、どうしたらいいのかわからなかった。




