第6話 キス・ヒールと鍋パーティー
ブラッディベアはそのままマジックバッグに収納され冒険者ギルド中央支部に持ち込まれた。
「お肉ください。あとは売却で。あ、お金は騎士団付けにしてください」
「あいよ」
ギルド職員により解体されたクマの皮はそのままクマ革カーペットにされ、内臓と血は錬金術の材料にそして肉の一部は私たちが引き取った。
「副隊長ぉおお、お肉、鍋にしましょ、鍋」
「いいですね、鍋、大きいの確か備品があったはず」
「はいっ、あります、あります」
隊員のひとり、イスベルがにっこり笑顔で駆け寄ってくる。
彼女は一班の食事担当でもある。
そうは言ってもひとりでいつも料理を作るわけではなく、外出時に料理当番を統括する担当というだけで、みんなで協力して料理もなんでもする。
魔道コンロの上に大鍋を置いて、そこに水を入れ、お肉、そして野菜を山盛りにしていく。
そして塩などの調味料も加えたら、火に掛ける。
「へいへいほー、おにーくー、へいへいほー」
「おおおぉおお」
「鍋だわ、鍋。じゅるり」
待機の二班の子までみんなで集まって煮える鍋を囲んだ。
今日非番になっている三班の子たちには悪いが今日いるみんなで食べよう。
女の子たちは姦しい。
三人寄ればなんとやら、と言われるわけだ。
「んじゃ、煮るのに三十分くらいかかるかな。私たちは報告行ってくるね」
「行ってきます」
マナと私は鍋を横目に、王宮へと進む。
まだ騎士団服のままだ。左腕の袖が焦げている。
「マナ、クリス、入ります」
場所は国王の執務室。
アルバート・エメラルド王その人がいた。
いうまでもなくマナのお父さん、私の将来のお義父さんだ。
「まったく、おてんばも過ぎると、困るんだがな」
「えへへ、マナは大人しくしてましたよ」
「よくいう。クリス、その袖、大丈夫か。どうした?」
「いえ、クマさんが口をガバッて開けて火を噴いてきましたので、ちょっと」
「その服、魔法付与されてるんだろうが。それで焦げてるということは大丈夫じゃないってことだ。普通の隊員服だったら今ごろ腕は一生使い物にならなくなってるぞ」
「まあ、そうなんですが、ごにょごにょ」
マナが青い顔をしている。
さっきまで実はヤバいのは秘密にしていたからね。
「えっ、ええっ、もしかしてクリスちゃん、危なかったの? ごめん、ごめんなさい、私、私のせいで……」
マナが私に抱き着いてきて、ぎゅっとしてくる。
目には涙を浮かばて、今にも泣きだしてしまいそうだ。
そんな顔も愛おしくてとっても可愛いんだけど。
「マナのせいじゃないよ。大丈夫。無茶したのは私のせいだから」
「でも、でも私、クリスちゃんが……」
「大丈夫、大丈夫だから」
「クリスちゃんの左腕がずっと一生、もうダメになっちゃうなんて、そんなの私」
「結果的には平気だったでしょ。これもそれもマナが魔法付与の隊長専用服を私にも与えてくれていたからなんだから、マナ、ありがとう」
「ううん、それは当然のことしただけだから、ううぅ、うっぅうっ」
抱き着いたままのマナの頭を撫で続けると、少しずつマナが落ち着いてきた。
そのまま頭を撫でる。
マナは昔から私が怪我をするのを嫌うのだ。
まあ怪我が好きな人なんてナースに恋する男の子以外いないと思うけど、そういう問題ではない。
彼女の心配性はちょっと過剰なのだ。
以前、私が屋敷の階段から落ちて一時意識がなかったときなんて、マナが大泣きしてそうはもう大変だったと後で聞いた。
それ以来なので、心配をかける私も悪いんだけど、しょうがないのだ。
私もマナもおてんばだ。外を走り回っていれば怪我くらいする。
それが今回はちょっと洒落にならなかっただけで。
魔法も魔法薬もあるというのに、それにエルフは華奢な見た目に反して頑丈なのだ。回復力もヒューマンよりよほど強い。
それでも、マナは私をずっと心配してくれる。
騎士団員をしている以上、怪我や死ぬことだって、すでに私は覚悟ができている。
マナには秘密だけど、マナを守るためだったら私は命を投げ出す覚悟もある。
別にカッコつけているわけではないから、口には出さないけど。
マナは世界一とっても優しい子。
過剰に心配するのは私のことだけだけど、他の人にも優しい。
それこそ大好きなクッキーを目の前の他人が欲しそうにしていたら「食べる? 美味しいよ?」って誰彼構わず声を掛けてしまうほどに。
貧民街の子にそんなことをしたら、高慢ちきエルフが生意気だって怒られる。
それで怒られても、泣きながらにっこり笑って「みんなで食べれば美味しいのにね」っていうんだ。
私はそんなマナだから彼女のことが大好きなのだ。
とにかく報告は済んだ。
「ちょっとクリス、服めくって腕を出して」
「あ、ああ」
私は騎士団服の袖をめくる。
あっ……ピリピリするな、とは思っていた。
「ちょっとっ、こんなのっ、真っ赤じゃない!!」
マナが腕を掴んでくる。ちょっとまだピリピリ痛いのでやめて欲しい。
「今、ヒールするから」
「え、でもマナのヒールは」
「いいのっ!!」
「キス・ヒール!!!」
マナが私の赤くなった腕にキスを落とす。
周りには緑の光の粒がどこからともなく出現して、私の腕を包んでいく。
その光はなんだか優しくて、そして気持ちがよくて。温かくて。
涼しくなり始めた秋の空気をそっと抱きしめる。
私の腕はみるみるうちに赤味が引いていった。
ピリピリしていたのもなくなっている。
「ありがとうマナ……」
マナにお礼を言う。
「ううん。うっ……」
マナが眉を顰める。
マナのキス・ヒールはマナ自身の健康や寿命を犠牲にする。
治療魔法なんて嘘っぱちで、回復させた分の代償をマナが負担しているだけなのだ。
だから私はマナに使わないように強く、強く何回も言ったのだけど、マナは私に関して聞く耳を持たなかった。
だから、私ももう説得するのをあきらめた。
『クリスちゃんが痛かったら私が代わりになる……二人でひとつなんだもん。半分こだよ』
まったく可愛いことをいう。
ただ寿命を削ることが分かっているため、それだけは心配だ。
「うっ、頭痛い……」
代償が頭痛だけならまだいいのだけど。
しかもマナが痛いと口に出して言うということは、かなり痛いのだ。なぜならちょっと痛いくらいではマナは自分が痛いなどと言わない子だからだ。
心配をかけるのを極端に嫌うので「ぜんぜん平気」といつも言っている。
優しい子、ううん、優しすぎる子なのだ、マナちゃんは。
宿舎前に戻ってきた。
「どうだ? 鍋できました?」
「もう煮えてるよ。隊長たちが戻ってくるの待ってたんです」
「ありがとう」
「ああ、ありがとうございます」
マナも私も礼を言ってお椀を貰う。
順番に鍋からクマ肉とたっぷり野菜のスープをよそっていく。
「「「「いただきます」」」」
「美味しいっ!!」
「うん、食べ応えがある」
「鍋パーティーだよーーん」
「わーい」
女の子たちの黄色い声がまた上がる。
紅百合騎士団。女子人形騎士団などと言われているがここが私たちの数少ない居場所のひとつだ。




