第5話 ブラッディベア
二人でエルフ街をはしたないミニスカート姿の馬で駆ける。
道行くエルフたちが何だあれはという顔で見てくるが、赤い制服の騎士団といえば紅百合騎士団と決まっているので、納得した顔をしていた。
まずは王宮の駐屯地へ向かう。
エルフ街の突き当り王宮区へと進むと、騎士団宿舎へまっすぐに進んだ。
「みんな、紅百合騎士団、出撃します。準備を」
「マナイス隊長、クリス副隊長?」
若いエルフの女の子たちが何事かと慌てて出てくる。
もちろん普段着のままなので、まだ鎧も着ていない。
「王都周辺に出没するブラッディベアを討伐する! 至急、一班は出撃、二班は待機」
「了解っ」
一刻もはやく現場に向かいたい、もどかしい気持ちを抑えて、隊員たちへ指示を飛ばす。
素早く鎧を着に戻った隊員たちはさすがに慣れているのか、十分前後で素早く戻ってくる。
一人、また一人と列に加わり、全部で六人の隊員が整列した。
全員、とびきりのエルフの美少女たちだ。
もちろんいいところのお嬢様たちと決まっている。全員が上級貴族籍だ。
ほぼ見た目だけで選抜されたメンバーだった。
「一班、集合しましたっ」
「では出撃!」
揃いのミニスカートで太ももを露出した格好のまま馬に跨って王都の中を進む。
まだエルフ街はいい。紅百合騎士団だと認識されている分。
一般人のいる商業区と住宅街の住民たちは駆けていく女の子たちに眉を顰める。
「ちょっと見て、女の子があんな格好で」
「やだわ、はしたない」
駆けていく馬を見た人が驚いて叱責する声が聞こえるけれど、それの相手をしている暇はない。
今日も獣人の冒険者たちがブラッディベアの餌食になっているかもしれないのだ。
スライム狩りと薬草採りの冒険者といえば、初心者と決まっている。
つまり十歳そこらから十六歳までくらいの、まだ将来を担う子供たちだと。
私たちよりさらに年下だ。
道を譲るように声を掛けつつ、なんとか道の真ん中を突き進む。
基本的には人間は左右に避けて、真ん中は馬車用に開けてあるので、そこを通る。
城門に到着して、事情を手短に説明する。
「紅百合騎士団だ、出撃するっ」
「お人形部隊がどこ行くんだよ?」
「人形ではないです。ブラッディベアの討伐を」
「ああ、あいつか。まだあっちのほうにいるらしいぞ。獣人たちは可哀想にな」
門番のエルフ隊長は先のほうを指さして教えてくれた。
「情報助かりました。通っていいですか?」
「いいぞ、いってらっしゃい。気を付けてね」
「ああ、では」
門番のエルフ隊長も男性だ。
ちらっと太ももに視線を向けてきて鼻の下を伸ばしていた。
スカートの中が見えないように極力気を付ける。
城門を早足で通過していく。
門を抜け道からそれたら、駆け足にして馬を飛ばす。
ぶぶるぶる。
馬が鼻を鳴らす。なにか感知したのかもしれない。
基本的に馬のほうが気配に敏感だ。
この広い、王都の前に広がる草原のどこかに、ブラッディベアがいる。
点々と採取の冒険者たちが自分たちの仕事をしている。
彼らだって危険を知らないわけではないのだろう。ただ毎日働かないと食べていけないだけなのだ。
馬を走らせて探すことしばらくして、前方に大きな石のような黒い点が見えていた。
マナの馬の横につけて声を掛ける。
「あれですか? マナ?」
「そうね、まだ遠いけど、確かに気配を感じるわ」
マナの勘というか、気配探知スキルとしか思えないその感覚ではほぼ確定らしい。
よく分からないが王家直系の魔法能力はエルフの中でも飛びぬけている。
「確かに、ブラッディベアだ」
私でもはっきりわかる。あの巨体。黒い手足が生えている。
見えていれば襲われないと思うかもしれない。
しかしこの草原では冒険者の天敵が少ないため、普段は油断している人が多い。
必死になって集中して薬草採取なんてしていると、後ろから一撃で襲われて、そのまま……。
想像しただけでも怖い。
紅百合騎士団のメンバーが散り、少し離れた場所でそれぞれ馬から降りる。
馬上戦闘ができる部隊ではない。装備はショートソードだ。
もちろん馬上戦闘も形だけの訓練はしたことがある。
メンバー六人。そして隊長と副隊長。計八人でじわじわ距離を詰めていく。
さすがに緊張してくる。冷や汗が頬を伝う。
スライム狩りや近くの森でウルフと戦闘訓練をしたことくらいはある。
でもその程度だ。
ブラッディベアほど凶暴な敵と実戦で戦ったことはないのだ。
「よし、このまま包囲しろっ」
「「「はいっ」」」
周りから女の子の高い声で返事が返ってくる。
正直、他の子にはそれほど期待していない。
もちろん信頼はしている。全員十分戦える程度には強い。
ただ万が一、怪我でもしたら……。
大切な上位貴族の美しいことが重要だとされる女の子に傷なんてつけた日には、賠償ものだ。
いくらになるか分かったものではない。もちろん金額ではない。その価格の価値が彼女たちにはあるということ。女の子に替えは効かない。
本来、こういう任務をしては「いけない」のだ。私たちは。
箱入り娘と言っていい。
「ブラッディベア、覚悟!!」
「いくよっ、クリスちゃん!!」
「うぉおおおおおおおお、アイスストーム!」
私が魔法を唱える。上級氷魔法だ。
ぐあわぁあああ。
ブラッディベアの太い足元が凍りついていく。
「よし、いけるぞ。このまま突撃しますっ」
「クリスちゃん! うおおおおお」
「うおぉおおおおお」
私とマナが剣を構えてブラッディベアへ突き進む。
そのまま一閃。魔法付与されたショートソードはブラッディベアを切り裂いていく。
氷魔法で動きが鈍くなっていたのが幸いだった。
反撃されずに、もう一閃。
ぐおおおぉおおお。
ブラッディベアが吠える。
その目が赤く光っている。怖い。
大きく口を開けて牙がむき出しになり、その残虐さを見せつけてくる。
ぐぉおおおおおおお。
「きゃああああ」
クマの口から火の玉が飛び出して、私に襲い掛かってきた。
なんとか左腕で顔をふさいで、火の熱さに耐える。
防御の魔法付与がされている赤い布の制服は、炎になんとか耐えきった。
「熱いじゃないですかぁ、クマさんっ、うおおおお」
三度、斬りかかり、クマの首を刎ねる。
反対側ではマナが左腕に斬りかかっていた。
ぎゃわああああ。
クマの首から大量に血が噴出して、クマがついに倒れる。
「隊長ぉおお。副隊長ぉおおおお」
「さっきの炎、大丈夫でした? ちょっ袖、丸焦げじゃないですかぁ、副隊長ぉおおお」
「あ、ああ。腕はピリピリするけど、なんとか大丈夫」
「やったぁ、きゃあああああ」
「わああああ」
「やほーい」
騎士団員の高い黄色い歓声が平原に響く。
結局はどんなに勇敢だろうと、まだまだ女の子なのだった。
「マナには秘密だけど、うっ、腕はちょっとヤバかったですよ。あはは」
私はぼそっと聞こえないように小さい声でつぶやいた。
騎士団服じゃなかったら今頃左腕ごと丸焦げでダメになっていただろう。
取り返しがつかないことになる一歩手前だった。
この制服はマナと私だけの特注品。一般団員用とは異なり魔法付与がある。
本来は隊長だけに支給されるのだが、マナのお小遣いから私の分が支給されていた。
心配性のマナの勝利だった。ありがとうマナ。
制服に感謝して、無茶には気をつけようと誓った。




