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第3話 至福の二人だけのダンス

 私たちの前の列もあたから片付いた。

 こうして男子たちが女子に挨拶するのが伝統となっている。

 女の子同士はいいのかと思ったのだけど、もともとある程度交流があるのが前提になっていて、また後日開催されるお茶会で挨拶をしあうということになっている。


 私たちはどうかというと、まあ公爵家ともなければ、お茶会をすることももちろんある。自分たちの派閥に入れたい人は特にそうだ。

 この国の派閥は主に三つ。

 王家サファイア家の国王派、宰相ガーネット家の宰相派、そして私のいるエメラルド公爵家の公爵派。

 ガーネット家も公爵なのでどの公爵か分からないんだけど、便宜上このような呼び習わしになっている。

 いつから? え、そんなの遥か昔、それはもう由緒正しき王国三家が生まれた千年くらい前からだと思う。

 歴史なんて無駄に長いだけで、ぜんぜん改革も技術革新もあまりなく、のんべんだらりと生きているだけだ。

 これだからエルフは、と言われるゆえんである。


 まあとにかく、私は公爵派の筆頭家だけど、嫁に出されるならその限りではない。

 私には可愛い弟がいて、家はその子が継ぐから問題ないのだ。

 この弟、私の百合愛もそれから家族愛も、すべて了承して私のこともちゃんとお姉ちゃんとして尊敬してくれている、差別も偏見もない、よくできた弟なのだ。

 まだ十六歳になっていないので、デビュタント前だから表ではあまり話題にはならないが、将来は誰かさんと違って有望だとすでに噂が絶えない。

 弟なので興味はないのだけど、かなりのイケメンである。


 ああそうだな、ひとつ自分に関係あるとすれば、弟モラルートは私とマナ姫の交換で、マナ姫と結婚しないか、という話も出ていた。

 もともとデビュタント前からエリマート殿下を含めて、私たち四人はたびたび子供会をする仲だったので、相性はいいだろうと言われていたのだ。

 だから姫を交換してお互い結婚しようという話がある。

 でも私はその交換されてしまいそうなマナ姫が欲しいのだった。

 だからモラ君は私の最大のライバルでもある。

 ライバルだと知っていながら、いつも笑顔で私にもよくしてくれるモラ君はほんとうによくできた弟だと思う。


 とにかく私たちを取り巻く、結婚の話はこんな感じだった。

 私が第一王子の婚約者とか勘弁願いたい。

 プリンセスは憧れだけど、毎日窮屈そうに礼儀作法ばかり練習させられるマナ姫を身近に見て育ったので、それがどれだけ大変かは知っている。

 それが自分に降りかかってきて、さらにマナとは入れ違いだなんて、そんなのないよ。

 いや、対外的にはありかなとは思うよ、うん。でもそれじゃ私とマナは満たされないもの。


「では、ダンスはいかがなさいます?」


 にっこり笑顔のエリマート殿下。

 周りの令嬢たちの悔しそうな視線が私に突き刺さる。

 でも安心して欲しい。みんなのエリマート殿下を私は別に独り占めにして取って食べたりしない。

 私は甘党で女の子を食べる妖怪だからだ。

 

「ごめんなさい。ダンスはマナ姫様と、と決めているので」


 令嬢たちは笑顔を取り戻してホッとしている。

 だが次には誰が声を掛けるのだろうか、とお互い視線で牽制していた。

 男性たちのうち私を狙っていた人はマナ姫と踊ると聞いて、またか、と思ったのに違いない。

 前回はマナ姫が私を妻にそして夫にすると言って、場を混乱させた。

 女同士の話はご破算になったと思っていたのに、まだ「この女」はそういうことを言うのだな、という顔をしている。

 まるで私とマナ姫を戦略結婚の道具として見ているようだった。いや違う。あの目は、戦略結婚の道具としか見ていないんだ。

 最初から血が通って、か弱い、女の子だと思っていないんだ。


 なんだかその人を見る目をしていない男たちの視線が強烈に怖くなってくる。

 この人も、あっちの人も、それからあのイケメンでさえ、私たちをただの人形だと思っているんだ。


 そんな空寒い、猿芝居なんか見たくて、今日デビュタントに参加したわけではない。


 音楽がダンス用のそれに変わった。

 今からダンスの時間である。


「マナイス姫、私クリス・エメラルドと、踊ってくださいますか?」


 私がマナ姫の手を持って、かしずく。

 周りもそれを見て私が戯れではなく、本気なのだとはじめて思った人もいるようだった。

 ただ男が嫌いで煙に巻きたいだけだと思っていたらしいに違いない。

 確かにほとんどの男は嫌いだけど、それはその人物が悪いのであって男そのものが嫌いなわけではない。

 私はこれでも個をちゃんと見ているつもりだ。

 男というガワだけで判断なんてしない。これでも自分は他人をちゃんと人間扱いしている。

 私が他の人たちが女の子を人形として見ていると非難する以上、自分自身も同じにはなりたくないのだ。


「もちろんです。よろこんで、クリス様」


 マナがそっとお辞儀をして、つないだ手を軽く上げる。

 これでダンスのパートナーとして正式な挨拶をしたことになる。


 この時点で今回は私が男性パートと決まっていた。

 マナ姫の腰に手を伸ばして、こちらに引き寄せる。


 その腰はコルセットで締め付けられて細い。もともとマナは腰が細いので、よけい細く見える。

 まだ胸はそれほど膨らんでいないが、とても美しいシルエットをしている。

 私も負けてはいない。太ってしまったエルフなど、お笑いもいいところだ。

 そうなったらこの場になんか出てこられない。

 そういう理由で、今日は病欠のお嬢様も数名いる。今頃悔し涙を溜めてダイエットをしているはずだ。


 マナと踊る。音楽に乗って、くるくると。

 すべての男性を無視して、女の子同士、ダンスを踊る。

 このエルフ街のダンスパーティーでお戯れ以外で女の子同士が本当に愛し合って踊ったのは私たちが初めてに違ない。

 すごく楽しい。

 世界が私たちを中心に回転しているような気さえしてくる。


 楽しい時間は、あっという間に過ぎていった。

 気づけば何曲も踊っていた。


 音楽が終わる。

 パチパチ、パチパチパチパチパチパチ。


 私とマナのぴったり息の合ったダンスは、女同士であったのに、場を圧倒して拍手喝采に包まれた。

 私たちがダンスという演目だけでも受け入れられた瞬間だった。


「マナっ……」

「クリス」


 マナを抱きしめる。

 震えている。感動しているのだ。目からは涙も溢れていた。

 私たちはダンスの興奮が冷めないうちに、そっと抱き合って、お互いを支え合った。


 今日は人生で最高の夜だった。


挿絵(By みてみん)


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