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第11話 二人の秘密の庭園

 今日は朝早く目が覚めた。マナとふたりっきりのお茶会を開く日だからだ。

 朝ご飯を食べるときも午前の騎士団の仕事の間中ずっとそのことばかり考えていた。

 騎士団の仕事では隣にマナもいたものの他の団員の手前、お茶会のことは口にしにくい。

 別に言っても構わないのだがふたりっきりの秘密という甘美な響きを守るためには誰にも知られたくはなかった。


 公爵家のエルフ街の屋敷に戻ってきてお昼を食べ、いよいよその時が近づいてくる。

 お昼を食べた後、少ししたらお茶会の時間だ。

 二時ごろには合流して三時丁度にはお茶とクッキーをたしなむのがよいお茶会だとされる。


「マナはまだかな」

「お嬢様、そんなにあわてなくてもすぐいらっしゃいますよ」

「そうだろうが」

「マナ姫とお時間をちゃんと合わせてきたのでしょう」

「うむ。ふたりとも午後が休みは今日ぐらいしかなかったからな」


 マナは今でも午後にマナー講習などの習い事を入れていることが多い。

 王女様は今でも立派なプリンセスだ。


 私はひとりイブニングドレスを着て裏庭で待機していた。

 秋の庭にはコスモスなどの花々が今、丁度見ごろを迎えていた。


「綺麗なピンク色」

「はいそうですね、クリスお嬢様。乙女の恋心みたいですね」

「そうね。まるでマナの純粋な心みたい。それにくらべてエルフを憎んでいる私の心はどんな色なのかしらね」

「お嬢様だってそれはもう素敵な色だと思いますよ」

「そうだといいんだけど。そういう言葉はマナから聞きたいのに、早くこないかしらね」


 旧知のメイドさんが話し相手になってくれているが、私はいまいち気持ちが乗らない。

 やはり楽しいお話の相手はマナ姫でないと、私は物足りないのだ。

 マナの純真で真っすぐな心と声で私はいつも満たされる。


「マナ姫様、ご到着されました。いつも通り、こちらの裏庭に案内いたします」

「きたわね。案内おねがいね」

「もちろんです」


 他のメイドさんがマナを連れてやってくる。


「こんにちは、クリス」

「ごきげんよう、マナちゃん」

「ふふ、ずいぶんと待ったみたいな顔しちゃって、かわいい」

「しょうがないじゃないですか。朝からずっとマナと一緒にお茶会をするのをシーサーペントみたいに首を長くして待っていたんですもの」

「そこまで思われて私も幸せだわ」

「そうですね。私の方こそ幸せでうれしいです、マナ」

「なぁに、クリス」

「もう一回名前呼んで」

「はい。クリスちゃん」

「マナに名前呼ばれるだけで、私、心臓がどきどきする」

「えへへ、私も」


 私とマナがテーブルに座り対面する。

 視線と視線がぶつかる。

 マナの目には私の緑色の目が映っているに違いない。

 私にはマナの青空のような澄んだ青い色が見えている。

 この瞳の色が、世界で一番綺麗で大好きなのだ。


「それじゃクッキーとお紅茶をいただきますか」

「そうですね」


 マナの提案にクッキーを指でつまんで口へ運ぶ。

 今日もマナの好きなアーモンドの入ったシンプルなクッキーは砂糖も使われていて甘くて美味しい。

 女の子は砂糖でできているのだ。

 それも南国から輸送されてきた高価な砂糖が。

 近年、エルフィール王国でもビートから作られる砂糖の研究が進んでいる。

 錬金術による処理が必要ではあるが高価な砂糖が自国でも生産できるとあって一生懸命に試行錯誤が繰り返されていた。

 これが軌道に乗り量産されれば輸入に頼りっぱなしになっているのを打開できる。


「今日のクッキーも美味しいね」

「ありがとう、マナ」


 別に私が焼いたわけではないが、うちの料理人の手柄だ。

 使用人の仕事への評価はもちろん雇い主への評価でもある。


「今日は紅茶だね」

「ああ、コーヒーという気分ではなかったので」

「ハーブティーとかもあるけど」

「マナと一緒に過ごすときはマナの匂いを嗅ぎたいからですわ。ハーブは匂いが強いときがあるから紅茶のほうがいいんです」

「ふーん、私匂うかな?」

「ええ、少女のいい匂いがしますよ」

「自分じゃ分かんないけど」


 マナが自分でくんかくんかと匂いを嗅いでみるが首を振った。


「ふふ、ほらいい匂い」


 私がマナに顔を近づけて匂いを嗅ぐとさすがのマナ姫も顔を赤くした。


「ちょっとクリス」

「いいじゃない。減るもんじゃないし」

「そうだけど、私の匂いなんて」

「桃みたいな甘い匂いなんですよ」

「そう、なんだ。変な臭いじゃなくてよかった」

「うふふ、女の子ですもんね」

「うん」


 優しくマナが笑った。

 私もうれしくて笑顔を浮かべる。


 マナとのひとときは代えがたい安らぎの時間だ。

 最近はなかなか時間が取れなくていらいらしていた。

 私の必須栄養素であるマナ分が補給できなければ私は気が狂って死んでしまうのだ。


「マナ……ご褒美」

「うん……ご褒美の交換しようね」

「はい」


 テーブルで身を寄せ合う。肩と肩が触れ合う距離だ。

 メイドさんはすでに退席している。


 見つめ合い顔を近づけていき、そしてゼロになる。


 ちゅ、ちゅちゅ。


 数回、ほんの一瞬だが、唇同士のキスをする。


「んっ……」

「んっんん……」

「もう一回、マナ」

「もう、はい。んんっ」

「んっんぁあ、ん」


 キスを重ねる。

 いつもより多くしてしまった。


 私たちふたりは顔を赤くして見つめ合った。

 まだキスの余韻が冷めず、秋の少し涼しくなってきた風がほほを撫でていく。

 風でマナのいい匂いが流れてきて、私はより一層彼女を感じられた。

 猫一匹それを見ているものはない。女の子ふたりだけの秘密の花園。

 今日はとても幸せだ。


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