第1話 エルフが当たり前なんて誰が言った
AI挿絵が各話の末尾にあります。
別に見たくないという人は、各ブラウザーの右上の表示設定から非表示にできますので、各自で対応してください。
あとカクヨム版も本文には挿絵がありません。
それでは本連載もよろしくお願いします。
私の生まれは「エルフ街」。
ここはエルフィール王国、王都マニファラスト。
王都には正規の住民のほとんどがエルフを占める通称エルフ街がある。
「クリスはエルフじゃん。じゃあもう遊ばない」
「そんな……だって、私だって好きでエルフになったんじゃないっ」
「そう言われてもな。エルフ街の子と一緒に遊びなよ。ここ貧困街だぜ」
「知ってるよそんなことっ……」
私はせっかく友達になったと思った子たちに翌日に会いに行ったら、追い出された。
今いるのは貧困街。
町の正反対で間には普通のヒューマンの住宅街がある。
貧困街はその住民の半数以上というかほとんどは獣人たちで、そして大人も子供も貧乏そのものので、私たちのエルフ街と仲良くできるはずもなかった。
川の上流がエルフ街、中流がヒューマンの住宅街、そして下流が獣人の貧困街。
誰が決めたか知らないけど、そんなこと私たちには関係ないはずなのに、大人の常識には逆らえない。
私はただ、たまたま買い物帰りに寄った貧困街の子と一緒に遊びたかっただけなのに、世間はそれを許してくれなかったのだろう。
言わなくても分かっている。大人に何か言われたことくらい。
「ぐずっ、んっ、んん……わああああん」
私は泣いた。ただ泣いた。
貧困街から追いだされ、商業地区のある住宅街とエルフ街の間の公園だった。
「クリスちゃんっ」
「あっ……マナちゃん」
マナイスは私の数少ない友達の一人だった。
「どうしたの? クリスちゃん?」
「貧困街の子が、遊んでくれないの」
「あっ、うん、それはごめんね、私には何も力がないから」
「マナちゃんのせいではないわ。私が悪いの」
「そんなっクリスちゃんは悪くない、ううん、誰も本当は悪くなんかないんだわ」
「そうなの?」
「そうだよ。これはこの町の構造に原因があるのよ」
「そんな難しいこと言われても分かんない」
「まあ、そうだよね。でも大丈夫、私もいるから」
「うん」
マナちゃんと抱きしめ合って泣いた。
すぐに泣きやむわけもなく、みんな商店で買い物をした帰りのエルフさんたちも、反対側に向かっているヒューマンさんたちも、みんな私たちを困ったという顔をするけれど、相手にはしない。
誰もエルフの子に手を出したとして処刑されたくなんかないから。
◇
そうして友達が遊んでくれないと、泣いて過ごした小さいころから時間はただ過ぎていき、私も十六歳になった。
「エルフ街の子は社交界にデビューしなきゃね」
「うん」
「なに、クリスはうれしくないの?」
「ううん、ママうれしいよ。やっと自由になれるんですもの」
「あはは、最近そればっかりね。でも自由といっても社交界やお茶会ができるだけでしょ?」
「そんなことないわ。みんななんか出し抜いて、あの子もあっちの子も、それから獣人の子も。みんな友達になるの」
「まぁ、なんておてんばなのかしら、まったく誰に似たのかしらね」
「そんなの、髪と目と耳を見れば分かるわ。エルフに決まってる。私の大嫌いなエルフ」
「そんなこと人前で言っちゃ絶対にダメ、いいわね。絶対にダメよ」
「うん、知ってる。私が嫌いなのはこのエルフの血と家だけで、パパもママもおじいちゃんもおばあちゃんも、ひいおじいちゃんもみんなみんな、大好きだから」
「難しいこと言うわね」
「個人とエルフの血を呪ってることは、全然別の話だから」
「そうなの。私たちが嫌われてないだけでも神に感謝しないとね」
「はい。神様。ファーリマスタ様。私、クリス・エメラルドはファーリマスタ様をお慕い申し上げます」
「そうよ。いいわ。神様それから家族は大切に思っているなら、もう何も言うことはないわね」
姿鏡を見る。この鏡もかなりの高級品だ。
代々続く公爵家の我が家には、相応しい一品だった。
そこには母とよく似た容姿に目元は父親似のどこにでもいる、このエルフ街では掃いて捨てるほどいる、憎き飛び切りの美少女のエルフが映っていた。
それが私。クリス・エメラルド。
目は碧眼が多いエルフにしては少しばかり緑がかっている。
我がエメラルド家がこの目をして、この血筋とあらんことの証だ。
「マナ、入ります」
「どうぞ」
マナイス・サファイアがそのエルフの象徴たる碧眼の瞳で入ってくる。
彼女は美しい。その姿はエルフではあるけれど、セカイで一番、神様に近いとさえ言われる「王国の秘宝」だ。
でも彼女も私も結婚する気がない。
正確には、女の子同士で結婚できなければ、ではあるけれど、前例がないと言われた以上、どうすることもできない。
しかし彼女はすでに私の妻であり夫だと、デビュタントの席で大発表をぶちまけた張本人であるから、しれっと私の家に上がり込んできても、メイドが文句を言えるはずもない。
そんなおてんば同士、仲がいいのも当たり前だった。
ただし、彼女は私とは決定的に違うものがある。
「今日もかわいいティアラだね」
「えへへ、クリスに会うからとびきりかわいいのにしてきた」
「そう言ってくれると私もうれしいわ」
そう、彼女の家、サファイア家は公爵家のうちとは異なっていて、王家そのものなのだ。
私たちがどんだけ愛し合っていても、それが女の子同士だったとしても、彼女が私のモノに正式になることは、非常に難しい。
『王家の娘が同性にうつつを抜かしている』
彼女への評価のすべてはこれだった。
他の公爵家なり有力貴族なり、もしくは隣国マクワーリン王国へ嫁ぐという選択肢だったり、そういうことを生まれたときから期待されてきた。
でもそんな窮屈な彼女はもう解放されてしまったのだ。
彼女は私のモノだから――。
私は彼女のモノだから――。
「ちょっとメイドさんは退出を」
ママは先ほど入れ替わりで退出していた。
気を使ってくれる我が家の優秀なメイドさんたちに頭を下げつつ、二人だけになる。
「ん、ここまで来た。ご褒美ちょうだい」
「マナ。いいよ、うん」
ちゅ、ちゅちゅ。
唇だけが触れ合う優しいキス。
今は、今できるのはこれが限界。これが私たちの今の限界。
でも私が今日デビュタントをすれば、さらに先を目指せる、そう信じてパーティーへと向かうのだった。
「じゃあ、行こうか」
「うん」
マナと手を取り合って屋敷を出る。目指すは王国の大ホール。
私の大嫌いなエルフが所せましと並んで、私たちを花嫁としか見ていない、薄汚いエルフどもの戦場へと。




