ダンジョン曰く吠えよエルフ*6
「う……」
そうしてエルフ達が目を覚ました。
目を覚ましたエルフが、最初に見ることになるのは……。
「Welcome to under ground.」
「は……?」
……ガスマスクをした俺達の姿である。
エルフ相手でも幾らでも何とでもできるように、俺、頑張りました。
ちゃんとこの部屋を狭い一部屋として区切ったし、壁一枚向こう側には催涙ガスとか液体窒素とか色々充填完了してるし。俺の判断一つでそれらをこの部屋の中にぶち込むことが可能である!やっぱり化学兵器は最強なのだ!
「さて、エルフさんよォ……俺は聞きたいことが山ほどあるんだが、いいか?」
エルフ達は、それぞれに俺達と、周囲の仲間達の様子を確認してはその表情に緊張を走らせている。まあ、見知らぬガスマスクのガキってのは見ていてかなり怖いと思う。それは分かる。だからこそ俺達はこの格好で居ることを選んだ!
「勿論、俺達としてもできることなら穏便にお話ししたいところではある。だからこそ、最初にミシシアさんが出ていって交渉しないかと持ち掛けたわけだ」
俺は少々恩着せがましく言ってやる。すると案の定、エルフ達はちょっと嫌そうな顔をした。だがいつまでその顔をしていられるかな!?
「お前らは俺達の手を振り払って攻撃してきた訳だが……それでもこっちは寛大だ。まだ、穏便に交渉してやってもいいと思っている」
「寛大だと?人間風情が、一体」
「穏便にお喋りしてくれなかった場合、喋らなかった愚か者と、その両隣。3人分の耳を指一関節分ずつ削る!」
……うむ。
ミシシアさんに聞いた『エルフが嫌がること』は確かなようだ。エルフ達が急に大人しくなったぞ!よしよし!
……いや、まあ、よく考えたら普通の人間であっても、耳を寸刻みにされるのは嫌だけどさ。うん……。
『俺はマジだぜ』とアピールすべく、チタンのナイフをちらつかせてみたところ、エルフ達はいよいよ緊張してきた。中には泣きそうなエルフも居る。泣くんじゃない。
「さて。じゃあ最初に……あんたに聞こうか」
ということで、まずはその泣きそうなエルフに質問だ。楽しくお喋りしようぜ!
「俺達がまず聞きたいのは、あんた達のところに、この国の『元・大聖堂の司祭』が行ったよな?っていう確認だ。それは間違いない?」
まずは優しく、YESとNOだけで応答できる質問にしてやったぜ。が、泣きそうなエルフは固まったままである。おやおやおや。
「あ、お喋りしてくれないかんじ?」
じゃあ『コレ』だぞ、ということでナイフをちょっと掲げて見せると、泣きそうなエルフは慌てて頷いた。
「えーと、つまりあんた達のところに『元・大聖堂の司祭』が行った、ってことか」
「そう!そうよ!」
そっかー。まあ、それは大体分かってたことだから、確認できてよかったね、ってことで。
「じゃあ次は隣のあんたに聞こうかな。あんた達がこの村へ来た理由は?」
「……人間の司祭とやらが、この村に世界樹があると言っていたからだ」
次のエルフは、弓を持ってる寡黙なエルフだ。こいつは結構ちゃんと喋ってくれた。おっ!こいつはいい奴かもしれないね!
「世界樹はエルフの誇り。それを人間がつまらぬ嘘で汚すことなど許されない」
「そっかー。でも、まあ、世界樹があるのは嘘じゃなかった、ってのは納得してもらえた?」
「……それについては、何とも言えん」
成程ね。まあ、ジェネリック君を見ただけだもんな。そりゃ、そうだわ。これはこいつが正しい。
まあうん、泣きそうなエルフよりは、こっちの寡黙な弓エルフの方が喋りやすいな。よしよし。
「じゃ、そろそろお隣いってみようか」
「な、何故私が人間などと」
……次のエルフは、よく喋る方の弓エルフなんだけど、こいつはなんか……いや、うん、まあいいや……。
「その『人間如きがエルフ様にたてつくんじゃねえ』みたいな態度取るの止めないんだったらマジで耳削ぎ落すぞ」
学習能力がありそうな奴が直前だったからね。じゃあ学習能力が無い方は処分しちゃってもいいんじゃないの?ってなっちゃうよね。
「いいか?俺は『人間如きが』って思うな、とは言ってねえ。ただ、表に出すんじゃねえと言ってるだけだ。それが難しいってんなら、俺は話が通じない相手に融通利かせてやる必要も無いってことだ。分かるな?……で、今、お前は俺達と意思の疎通を図る必要があるんじゃないのか?」
ほれ何か言ってみろよ、とナイフをちらつかせてみたところ、よく喋る方の弓エルフは黙ってしまった。お喋りしなさいよ。おい。
「お前ら、世界樹を見たらもうこの村には突っかかってこないの?そこさえ分かればいいってかんじ?それとも、本当に世界樹があったらそんなもんは許せないから燃やす、とか言い出す?」
「……私の一存で決められることではない」
「じゃああんた個人の考えでいいよ。非公式なものとして取り扱うから、これで言質取ったってことにはしないよ。で、どう?」
「……本当に世界樹があるのなら、それを見せてからにしてもらおうか!」
ああうん、じゃあ世界樹見せてあげようかな……。まあ、それはミシシアさんと相談の上で、ってことで……。でも、その結果燃やされるのは嫌だしな……。
「私からも聞きたいことがある」
と、思っていたら、その隣の女性エルフがそう言い出した。えーと、杖持ってて、妨害の魔法使ってたエルフだな。この人は俺達とちゃんと話す意思があるってことか……?
「うん。いいよ。何?」
「この、かわいい生き物は何?」
「ん?」
……エルフの指さす方に居るのは、ジェネリック君と、ジェネリック君の上でぽよぽよやっている普通サイズスライムである。
「えーと、スライム」
「スライム……これが?」
「うん。風呂に入れて揉んでやるとね、こういう大人しいスライムになるみたいで」
「光ってるのは、世界樹の魔力を食べるとこうなるみたいだよ」
ミシシアさんも加わってスライムの説明をする間、そのエルフはなんか、静かに目をきらきらさせていた。お、おお……?
「……触る?」
「触る」
あんまりにも目を輝かせているから聞いてみたら、食い気味に返事された。あ、うん、そんなに気に入った?
ならばどうぞ、と普通サイズのスライムを掴んで持ってきて、彼女の頬に、むにっ、とやってみると……。
「ふふ、うふふふふ……」
……笑いながら頬ずりしている。すりすりむにむに、めっちゃ頬ずりしている。ちょっとこわい。
エルフってみんなこうなの?と思って見てみたら……最初に泣きそうだったエルフと、やかましい方の弓エルフが、『うわぁ……』みたいな顔をしている。一方、リーダーのエルフと無口な方の弓エルフは、真顔である。
つまりこれ、エルフの仲間内でもこれは意見が分かれるところですか……?
……そして、首から下がスライムに埋もれた状態で、首から上だけ動く中、その首から上を全力で使ってスライムに頬ずりしていたそのエルフは……。
「好き」
「そ、そっか……よかったね……」
……なんか、スライムへの愛に目覚めたらしかった。なんか、表情が生き生きしてる。よ、よかったね……。うん……。
うん……。
「……あのね、お姉さん。この村、この世界で唯一、スライムと一緒にお風呂に入ったり、スライムを香油で揉んであげたり、逆にスライムに揉んでもらったりできて、一緒にベッドに入って眠れる村だよ」
ならば、と思って、スライム大好きエルフお姉さんの耳元でそっと囁いてみた。すると、エルフ特有の長い耳が、ぴくん!と元気に動く。
「この村を滅ぼすと、そういうの全部、無くなっちゃうよ……?現状、スライムをここまでちゃんと温厚に育て上げて、その上で温泉や食事が充実してる場所、世界中どこを探しても、無いよ……?」
もうひと押しかな、と思いつつ、色々とセールストークを積み重ねた俺は……『頼む!通れ!』と祈りつつ、スライム大好きエルフお姉さんに囁いた。
「ということで、この村およびダンジョンを滅ぼそう、ってのは、やめとかない?」
「皆。私はこの村を滅ぼすべきではないと思う。いかなる理由があろうとも、私はこの村への攻撃には加担しない」
……そうして、スライム大好きエルフお姉さんは晴れ晴れとした顔で宣言したのであった!
いいの!?ねえ、いいの!?俺が言うのもアレだけどさ……お姉さん!ほんとにそれでいいのぉ!?
「貴様ああああああ!恥を知れえええええええ!」
「だってかわいい」
「あぁああああああぁこれだから!これだから魔物研究者は嫌なのよぉおおおおおお!」
……案の定、煩い方の弓エルフと、さっき泣きそうだった杖エルフが怒り出した。まあ、仲間の裏切りは堪えるよな。うん。気持ちはわかるよ……。
「かわいい……」
そしてスライム大好きエルフお姉さんは、自分を拘束しているクソデカスライムにも、頑張って頬ずりし始めた。あ、ああああ!クソデカスライムが困惑している!なんかよく分からんタイプの愛を注がれて、滅茶苦茶困惑しているぞ!
「……まあ、すぐさま村を滅ぼすような真似は、確かに慎むべきだろう」
恐らくスライム達も含めた俺達全員が『このお姉さんどうしよう』と困惑しまくっていたところ、リーダーエルフがそう言い出した。
「だが、世界樹の存在は確認したい。世界樹はエルフの誇りだ。それを確認しないことには、里への報告もできない」
「まあ、ミシシアさんがいいならいいんだけどさ……一応、聞いておくね」
スライム大好きお姉さんは置いといて、こっちと話を進めないとな、というのは流石の俺も分かるので、早速突撃。
「世界樹が本当にあったら、どうすんの?燃やすとか?」
「……世界樹の存在を、里に報告する。そもそも我々は、世界樹の話が『嘘』であることを確認しにきたのだ」
あー、成程ね。つまり、エルフ達は元大聖堂の連中を詰める材料が欲しくて、ここへ来たんだな?そっちの事情はちょっと分かってきたぞ。
「じゃあ、その後で、攻撃しようとする可能性はある?あるんだったら、あんた達を里に帰すわけにはいかないね」
さて。ここが峠ですかね、と思いながら、互いに緊張でぴりつく空気の中、俺はあくまでも堂々と立つ。小学生ボディであっても堂々としていれば案外それっぽく見えるもんだろ。多分。多分ね。
「とてもよい考えだと思う。私は当面、帰らなくていい」
「あんたは黙ってなさいよ!」
……それでもスライム大好きお姉さんが空気ブレイカーになろうとしてくるんだが、多分これ、マジのマジで本心っぽいのがすげえよ。あんた、すげえよ……。エルフの中にも、あんたみたいなのが居るんだな……。
「帰さないだと!?はん!そんなことを我々が想定していないとでも?万一、我々が戻らなかった時点で、エルフは動く。人間に不当な扱いを受け、殺された同胞の救出のためにな!」
「ほう。エルフが攻め込んでくるって?」
「ああ。その手筈になっている」
うるさい方の弓エルフが堂々とそう言ってくれた横で、リーダーエルフがちょっと険しい表情である。そうだね。仲間にはもうちょっと、『黙っとけ』っていうことを教えた方がいい。
「そっかー。じゃあ、あんたらは用済みだな」
……じゃないと、こうなっちゃうからな!
「ま、待て!何故」
「え?だって、このままあんた達を帰さなかったらエルフが攻め込んで来るんでしょ?で、帰したってどうせ、『人間に酷いことされたんですぅー!』って泣きついて出兵してくるんだろ?だったらここで5人でも戦力削っておいた方がいいじゃん何言ってんの……」
はい。俺のロジックは完璧である。というか、こうなることをどうして予測できなかったのか!
『俺達を帰さなかったら援軍が来るぞ!』ってのは、『俺達が死んでも援軍が来るぞ!』でしかないわけで、つまりそれって『だから帰してね!』じゃなくて、『だから殺したければ殺せ』の文脈で使うべき奴だと思うんだけどね……。
「あんた達がエルフの里に、こっちが有利になるように交渉を持って行ってくれるとは思えないし。それに、あんた1人の態度だけ見てたら、まあ、人間がなんとなくむかつくから村を滅ぼそう、くらいは考えてそうじゃん。それくらいは俺達だって思うわけよ」
うるさい弓エルフはギリギリと歯ぎしりの音が聞こえそうな顔で俺を睨んできている訳だが、俺だってメンチ切るくらいはできるんだぜ。
「……それとも、そこをひっくり返せるだけの材料を、今すぐ提供できるって?」
……まあ、ここでうるさい方の弓エルフを詰めても何も出てこないってのは分かってる。なので俺は、さっさとリーダーエルフに向き直った。
「まだ、そっちのあんたの方が話が通じそうだな。あんたがまとめ役だろ?」
リーダーエルフは流石に事の深刻さが分かっているようで、緊張した面持ちだった。
「今、結論を出して聞かせてくれ。それによっては、あんた達をここで殺すことはしない」
……さて。俺の脅しに、どう出てくれるかね。




