ダンジョン交流会*1
「あ、ああ……確かに、そうですが」
「ああやっぱり!」
金鉱ダンジョンの人が滅茶苦茶困惑しながら肯定したら、リーザスさんが滅茶苦茶笑顔になった。おおお、この人がこんなに笑顔になるの、初めて見たかもしれんよ、俺は……。
……いや、やっぱり初めてでもないな。いい酒飲んだ時とか温泉入ってる時とか、こういう顔の時あったわ。割とあった。でもこういう場面では珍しい気がする。
「直接お会いしたことはありませんでしたね。俺は元第三騎士団所属のリーザス・ルクエスというものです。もう、先の戦での負傷が原因で退役してしまいましたが……」
「おお……君も騎士だったのですか!」
「はい。オウラ様の逸話はいくつも伺っております!」
成程ね。リーザスさんの反応を見る限り、どうも、この金鉱ダンジョンの主……オウラ様、というらしいこの人、かなり武功を上げた人なんだろうなあ、と思われる。或いは、めっちゃ人格者だったか。
「いや、なんだ、その、恥ずかしいですね、こういうのは……」
「何を仰いますやら!しかし、お会いしてすぐに気づけなかったのは悔しいですね」
「当然のことでしょう。本来ならば、私は60を過ぎる程の年齢なのですから。それがどうしてか、このような姿になってしまいましたが……」
ええええええええ!?ってことは、齢、とらないの!?年齢、若返った上に、そこから老化しなくなっちゃうの!?俺、今のは滅茶苦茶ショックなんだけど!?
……いや、でも仕様としては悪くない、のか……?若返る部分のシステムは分からないが、老化させないことについては……ほら、ウーパールーパーとかじゃなくて、うっかりウスバカゲロウとかがダンジョンの主になっちゃったらさ、すげえ速度でダンジョンの主が死ぬことになっちゃうから……まあ、妥当か!チクショー!
「……オウラ様は、殉死されたと聞いていました」
それからふと、リーザスさんがそう零した。するとオウラ様はちょっと寂しそうな顔で頷いた。
「ええ。姿がこのようになってしまっては、もう元の暮らしに戻ることは叶わないだろう、と思いました」
あー……まあ、そうか。50半ばくらいだったおっちゃんが、20代の姿になっちゃったら、ねえ……。色々問題あるだろ。主に、『ダンジョンの主になれば若返る!』という理由でダンジョンを狙い始める富裕層とかできちゃったら滅茶苦茶面倒、という点において。
「それに、私にはここでやるべきことがあったので」
「……金鉱ダンジョンの運営、ですか」
「はい。金鉱ダンジョンを……この国で不安定な暮らしに苦しむ者達を受け入れる場所を、作りたかったのです」
どうやらこのオウラ様、色々と考えがあるお人のようである。話せばそれなりに、分かり合える点もあるんじゃないか?
……いや、まあ、そういう人をスライムに埋めちゃったところではあるんだが!
「えーと……俺達も、目的は似たようなところがあって……」
このチャンスを逃す手は無い。俺は、オウラ様になんとか訴えかけるべく、話す。
「今日は、『このダンジョンでスライムを増産してもらえないだろうか』というお願いをしに、ここへ来たんです」
「スライムを……?」
「はい。スライムを、です」
オウラ様、リーザスさん相手でちょっと落ち着いてくれたのか、さっきみたいな一触即発の雰囲気ではない。ちゃんと話してくれるし、聞いてくれる気配がある。よしよしよし、いいぞいいぞいいぞ。
「現在の国の状況はご存じですね?」
「ええ、まあ……然程詳しくはないかもしれませんが。何せこちらはダンジョンの底に住んでいますし、情報が不自由なく入手できるというわけではありませんので」
「成程。では、聖堂の上層部が処分されたことはご存じですか?」
「ええ、それくらいは」
成程ね。まあ、一般的なニュースは入ってきている、と。……流石に、これだけ人の出入りがあるダンジョンなら、噂話くらいはあるだろうしなあ。
「現在、教会が第二王子派閥と手を組んで、更に他国とも組んで、この国を潰そうとしています。一方で、この国はまだまだ、教会に『祝福』を握られている以上、教会を無碍にあつかうことができずにいます」
が、流石にこっちの情報はまだだったらしい。『なんだって』と目を瞠って驚かれてしまった。よし、いいぞいいぞ。
「ですが、特殊な方法でスライムを使えば、教会の『祝福』を使わずとも十分な実りが得られ、人々の生活の向上に役立ちます。同時に、『祝福』を他国に売り渡して力を得ようとしている元大聖堂の連中から手段を奪うことにもなる」
俺の話は、オウラ様にも興味深いものだったらしい。真剣に聞いてくれている。初めからこうだったら俺達、スライムに埋もれずに済んだんですけどね。まあ欲張りませんよ俺は。
「そこで、各地のダンジョンを利用できたらと思い、近場のダンジョンを見に行ったら……!ダンジョンの主が、ウーパールーパーで……っ!」
「う、うぱるぱ、とは一体……?」
「こういう子だよ!はい!」
ウーパールーパーの何たるかについては、ミシシアさんが図解してくれた。ありがとうミシシアさん!オウラ様の困惑ぶりは増しているが!まあそうですよね!
「……まあ、このウパルパについては、ちょっと、交渉とかそういう段階じゃなくてですね……。で、他とは違うダンジョンなら、運営している相手がそこそこ知能高めなんじゃないかと希望を抱いてここへ来たんです!」
「成程、そういうことでしたか……」
オウラ様は『なんかよく分からんが目的と意図するところは大体分かった』みたいな顔で頷いてくれた。
「そういうことなら、スライムを増やせないか、やってみましょう」
「本当ですか!?やったー!ありがとうございます!」
更に、提案自体にも頷いてくれた!うわあー!最初の槍向けてきた時とは大違い!やったー!やったー!
「あ、じゃあスライムを生み出すための魔力はこちらで用意してきましたので、これを使って下さい」
「え?」
協力してもらえるってことなら、こっちも協力しないとな。ということで、俺のリュックに入っていた本を取り出して渡した。
「本……?これは一体……?」
「あ、中身はただの童話です。パニス村の作家が書いた作品で……ええと、それ、吸収してみてください」
オウラ様はどうも、本が大きな魔力を生むってことを知らないらしいんだが、まあ、そこはこれから試してもらうべきだろう。ついでに、こっちの有用性を認識してもらえれば完璧だな。
ということで、渡した本が無事、金鉱ダンジョンに吸収されたところ……。
「……おお、確かに魔力が多い、ですね……?」
「そうなんですよ。魔力多めの本なので」
魔力の内情はまだ教えない。とりあえずこれで『俺は役に立ちますよ!』ってアピールできればそれでいい。ついでに本当に役に立てれば尚良し。
「では、スライムを召喚してみましょうか」
そして、オウラ様曰く、スライムは召喚するものであるらしい。俺は湧いて出るもんだと思っているが、そこのところの意識の違いもダンジョンやダンジョンでの魔物の発生の仕方に影響していそうな気がするんだよなあ。
少しばかり、オウラ様が集中していただろうか。直後、ぱっ、と光が差して、その先に……スライムが、生まれていた!
「スライムだ!」
「スライムだねえ!」
早速、ミシシアさんと共にスーパークソデカスライムから抜け出して、新たに生まれたスライムへと駆けていく。……すると。
「おおー……大分大人しいなあ」
「でもパニス村のスライムより強そうだよ、アスマ様!」
「そうだなあ、なんか元気だなあ……」
……生まれていたスライムは、割とちゃんと丸い。俺達を襲う気配も無い。それでいて、ぽよんぽよんと跳ねまわっている。うちのスライムはほとんど跳ねないからなあ。もっちりもっちり……と這いまわるばかりなので、ここのスライムとはやっぱり違う気がする。
面白いなあ、スライムにも個性ってあるんだなあ。
……これ、ダンジョンの主ごとに個性がある、とか、そういう話じゃない……よね?
「ふう……一応、召喚できました。魔物を出すのは久しぶりなので戸惑いましたが、次回以降はより簡単に召喚できるかと」
オウラ様は少しお疲れの様子である。俺はダンジョンパワーを使ってもそんなに疲れないんで、そこらへんもダンジョンの主ごとに違うんだろうか。できることは概ね同じっぽい気がするんだけどね。科学の人間と魔法の人間との違いかもしれない。ゆくゆくは詳しく知りたいところだね。
「たくさん召喚できそうですか?できそうなら、金鉱ダンジョン内にちょっと出してもらえるとありがたいです」
「そうですね。まあ、そう多く魔力を消費するものでもないので、可能でしょう。これからはダンジョン内を区切って、スライムを発生させる部屋を造ろうと思います」
「ありがとうございます!多分、王都の人達が滅茶苦茶喜びます!」
そうして、金鉱ダンジョンでもスライムを取り扱ってくれることになった!やったぜ!これでスライム農法の広がりがまた加速する!
……実は、スライム買い取りをやっているのはパニス村だけではない。最近は王都内でもスライム買い取りが始まっているのである。よって、王都の人達にとって、ここは丁度いいスライム狩場になってくれることだろう。
まあ、金鉱ダンジョンから人が出ちゃうとアレなので、売り買いの場所は金鉱ダンジョン横とかにしてもらえるように、ラペレシアナ様に提案しておこうっと。
で、当初の目的は達成した俺達であったが……。
「オウラ様。あなたがこのダンジョンの主であるということは、王はご存じなのですか?いや、王だけじゃない。他の騎士や……団長も。何かご存じなのでは?」
リーザスさんはもうちょっと、オウラ様と話したいみたいだ。まあ、気になるよね。俺としても、このダンジョンがマジで『王立ダンジョン』である可能性が出てきちゃってるので、ちょっと気になるよ。
「……私も気になることがあります。何故、あの本にあれほどの魔力があったのでしょうか。あの本は特殊なものなのですか?」
一方、オウラ様としてはそっちが気になるっぽい。まあ、気にしてくれるとありがたいね。俺の知識に価値が生まれるから。
「あっ!俺は、この金鉱ダンジョンでどうやって金を大量に出しているのか知りたいです!」
「成程……そこに気づいたのですね」
ついでに、俺もオウラ様に聞きたいことあるんだよなあー!これは聞かなきゃダメだろ!ね!
……ということで。
「お互い、利するところがありそうですね」
「はい!もうちょっとお話ししたいです!」
「いいでしょう。私としても、久しぶりの客人ですから。……先程の無礼を詫びます。ささ、こちらへ。茶くらいは出せます。ああ、頂いた菓子も出しましょう」
「やったー!」
俺達は、ダンジョンの主同士、親睦を深めつつ情報交換することになったのだった!




