お邪魔します!*1
その日、俺達は大慌てでポーション類の準備をすることになった。
元々、パニス村産のポーションは高性能だと有名である。まあ、スライムが丹精込めて育てた薬草を使ってるからな。そこらのポーションとは比べ物にならないはずである。俺はそこらのポーションを知らんけど。
これから怪我人が続出するであろうというこの状況なので、ひたすらポーションの在庫を出す。最悪の場合でも、在庫切れになって大変なことになったら俺が瞬時に再構築して出しちゃえばいいからな。
……というか、今、この時点で再構築で出せちゃうからな。
「お待たせしました!特濃ポーション3箱とパニス村ポーション36箱です!」
「おお!予想以上の量だ!」
なので、『とりあえず村中の在庫を掻き集めろ!』とやってくれる村の人達の影に隠れて、こっそり新たにポーション作っておいた。
まあね、ダンジョンパワーで作っちゃう分には魔力盛り放題だからね……例の、スライムで濃縮した薬草を使ったすごいポーション、通称『特濃ポーション』もちょっと増やしてお出ししたぜ。
いやー、再構築のいいところは、小瓶に小分けにする手間すらも省けるところだな。瓶詰された状態のものを生み出せばイッパツってのが大変よろしい。
……まあ、それでも花崗岩を分解吸収してケイ素取り出して水晶硝子を再構築して……ってやるのはパニス村ダンジョン資源を消費することにもなってしまうし、そもそもガラスの瓶はこの世界では貴重品である。
よって、焼き物の瓶を再構築で作ってるんだが、まあ……あんまり大量に焼き物の瓶が増えるのも、ちょっと怖いので……。
「それから業務用ポーションもあります!」
「おお!でかい!」
でけえのにまとめちまうという手段を講じることにした。でかいぜ。焼き物のガロン瓶だぜ。3リットルだぜ。
「小分けの手間を省いている分、お安くお譲りできますよ」
ついでにこういう言い訳で安くお譲りできるってのも、まあ、悪くないよね。
そうして、顔見知りの騎士に諸々のポーション類を売った。しっかりラペレシアナ様からお金を預かってきていた彼は、気前よく支払いをしてくれたもんだから、パニス村は過去一の売り上げを記録した。エデレさんが目を丸くしていたぜ。
「紛争、かあ……。詳しいことはラペレが来てからじゃないと分かんないよね」
「そうだなあ……。まさかまた、戦になるとは」
ミシシアさんは心配そうにそわそわしてるし、リーザスさんは彼自身が先の戦で戦っていた人だから思うところが存分にあるだろう。
そして……。
「……また、戦になるのね」
エデレさんはこの中の誰よりも、暗い面持ちである。
……エデレさんは旦那さんを亡くしてるんだよな。そりゃ、こういう顔にもなるか。
「パニス村は巻き込まれないように、なんとか頑張ろうね!」
「ラペレシアナ様という味方も居る。上手く立ち回れるだろう」
ミシシアさんとリーザスさんが励まして、エデレさんも少しばかり、前向きになった……だろうか。
うーん、まかり間違っても、エデレさんおよびパニス村を巻き込むようなことにはしないように立ち回らないとな……。
それから更に数日。
俺達は『どうせ必要になるだろ!』ということで、ポーション類を増産しているところである。パニス村も特需によってちょっと潤っているところだ。
……そんな中、特に頑張っているのが『蒸留所』である。
えーと、この世界って菌類の概念がね、まだ無いみたいなんだよね……。だから、傷口の消毒とかも全く行われないらしいんだけども。
でも……ポーション使って傷が治ったとしても、感染症まで治せるかっていうとこれはまた別の問題らしくてだな……。まあ、実際の運用がどうなるかは分からないが、とりあえず『めっちゃ強いアルコール類』は作っておきたかったので、とりあえず『消毒用アルコール』が作れないかやってみているところだ。
それを飲んだミシシアさんが『うーん、悪くない味だね!』とにこにこしていたので、ミシシアさんからは即刻味見係の役目を取り上げた。いや、消毒用に作ってるんだからさあ!飲んじゃダメなんだって!もう!
……で、そうこうしている俺達のところに、聞きなれたバイクの駆動音が聞こえてくる。異世界にバイクの嘶きが聞こえるたあ粋なもんだぜ。
「ラペレシアナ様ー!」
「久しいな。先日は急にすまなかった。手紙にあったような高性能なポーションがあるのならば、ひとまず王城で確保しておきたくてな……」
バイクから降りてきたラペレシアナ様を皆で出迎えると、スライム達ももっちりもっちりとやってきた。ラペレシアナ様は慈愛に満ちた表情でスライムを撫でつつ、『今日もパニスのスライム達は艶が良いな』と仰った。よかったなあ、スライム達。
まあ、例の話だろう、と思われたので、俺達はすぐさまダンジョン前受付内部の応接室へ。ここなら話を盗み聞きされる心配も無いからね。
で、だ。緊張の面持ちで席に着いた俺達に……ラペレシアナ様は、仰った。
「まあ、なんだ。教会側から声明が発表されてな。『神を軽んじる王家に鉄槌を』とのことだ」
なので俺達はまず、驚いた。
「声明を発表できる立場の人が居たんですか!?」
「うーむ、まずはそこからか」
いやうん、まずそこよ。そこでしょどう考えても。
だって大聖堂っていう、教会の上層部集めたところの、その上層部を根こそぎ国外追放しちゃったんだろ!?なのにまだ『声明を発表する』なんていう、如何にも中心人物なムーブかませる奴が残ってたのかよ!っていう!
「まあ、大聖堂の上層部がごっそり消えたことは間違いないが……それでも、各地の教会を取りまとめる団体自体が消えたわけではないのでな。奴らが集まれば、それらしい者も出てくるという訳だ。ただし、能力が高いかと言われると、な……」
「うわああ……」
えーと、何?市議会が丸ごと全員消えたら町内会が幅利かせてきた、みたいなかんじ?だとしたら本当に末法の世だぜそんなん。
「まあ、このまま『国家転覆罪』で処すのがよかろう、という話ではあるのだが……どうも、裏がありそうでな」
更に嫌な話は続くらしい。いややもう。いややもう。
「更に面倒なことに、国外追放したはずの司祭らと連絡を取っている者が、今回声明を出した者達の中に居るらしい」
「あー、つまり、結局のところは国外追放した連中による傀儡政治みたいになっちゃってるってことですか?」
「そんなところであろう、と我々は踏んでいる」
あああ、国外追放したってのに、国外から色々やる力が残ってたってことか!?いや、それもどうなの!?なんでそうなるの!?
……と、俺達が余計に混乱していたところ。ラペレシアナ様は。
「どうも……国外追放した先で、権力者に囲われているのではないかと思われる」
……ラペレシアナ様は、そう言って表情を引き締めた。
「つまり、これはいずれ外国との戦争に発展するであろう内紛なのだ。内紛で済む内に、叩き潰さねばなるまい。それも、後々に禍根を残さぬ形で、な」
「重てえ……重てえよぉ……」
「ああ、アスマ様が元気のないスライムみたいになっちゃった……」
そりゃなるよ。元気のないスライムみたいになるよ。ぺしょ、ってなっちゃうよ……。
まさか、まだ教会の連中が動くなんて思ってなかったよ……。
……やっぱりね、色々やったところがまだ駄目でした、ってのはね、メンタルに来るね。俺でこうなんだから、ラペレシアナ様はもっとだろうけど……。
「国民の信仰のことも考えて国外追放としたが、やはり連中は処刑しておくべきだったか」
ほら見ろ、この苦虫を噛み潰したようなご尊顔……。ラペレシアナ様もこういう顔、するんだなあ。
「まあ、殺さなかったことは殺さなかったこととして意味のあることだと俺は思いますよ」
俺も元気のないスライムみたいな『ぺしょ』になっていたい気分だが、それはそれとして、動かないことには何も動かん。動かねば。動くぜ動くぜ。俺は動くぜ。
「えーと、整理するんですが……今回の内紛およびその次に来るであろう戦争については、国外追放されている元大聖堂の司祭が、今の教会に働きかけて引き起こそうとしている、ということでいいんですよね?」
「ああ。概ねそんなところだろうな。他に、第二王子派の貴族連中が絡んでいないとも限らんが」
あー、そこに第二王子派閥も出てきちゃうのか。まあ、彼らからしてみれば『これが最後のチャンス!ワンチャンいけるかもしれない!足掻こう!』みたいなかんじなのかもしれないけどさ……。
まあそれはそれでよし。じゃあやっぱり、そこらへんをどうにかするのが平和だよなあ。
「成程。では……えーと、国外追放された人との連絡って、裁けないんですか?」
「確たる証拠を押さえられていなくてな。『国外の何者かとはやりとりしたが、それが国外追放された者だとは思わなかった』としらを切られればそれまでよ」
あー……色々と想像がつくぜ、それは。嫌だなあ、実に嫌だなあそれは……。
「えーと、じゃあ、その証拠を押さえられる可能性は」
「正直なところ、難しい。何せ、急ぎなのでな。……後から証拠を押さえることはできようが、内紛が始まるより先に証拠を押さえられるかについては、かなり厳しいと言わざるを得ない。何せ、第二王子も助力しているのであろうからな。こちらへの妨害工作もそれなりのものなのだ」
成程ね。ということは、正攻法かつ根本のところで内紛および戦争を止めるのは難しそう、と。ほーん……。
「じゃあ今の教会を黙らせるには何が必要ですかね?」
続いて、元大聖堂の司祭達じゃなくて、そいつらが働きかけてる現在の教会について考えてみる。
「そうだな。それについては、『分からぬ』と言うしかない。何せ、声明こそ出されたものの、具体的に何がどうなるのかについては何も言及されておらんのでな」
「成程。じゃあ、まだ『内紛を起こす能力は無いが、王家の混乱を狙って言っている』って可能性は残るんですね?」
「ああ、そうだ。陽動の可能性はまだ捨てていない」
うーん、厄介だ。実に厄介だ。
教会が元大聖堂の連中に言われて何か行動しているにしても、それが騙されてやってる可能性が残る。つまり、元大聖堂と今の教会が一枚岩じゃない可能性ね。
そうなると何が何だかサッパリポンなんだよなあ……。んもう!目的があるならハッキリ見せておいてほしい!ついでにそのままポシャってくれ!
「だが、まあ……今、声明を発表している連中は所詮、傀儡にすぎぬ。奴らを処することで見せしめにはできようが、その裏に居るのはこの国の聖職者達の輪と、第二王子派の貴族連中だ。更に奴らを操る元大聖堂の司祭共と、それらに寄生する国外の者達が控えている」
結局のところ、今、声明を発表している教会の人達ってのは、もう切り捨てられることがほぼ確定している捨て駒なんだよな。だからそこを獲っても意味がない、と。
なら、やっぱり大局を最初から見据えるべきで……。
そんな中。
「……武力衝突はある程度は避けられぬものと思っている。そして、その上で、相手の根本を揺るがす方法を1つ、思いついたのだ」
ラペレシアナ様は、凛とした声でそう言って……俺達を、じっと見つめて、そして。
「スライムの素晴らしさを広めるのだ」
「……え?」
……俺達が全員ぽかんとする中、ラペレシアナ様は真剣な顔で、いつの間にか膝の上に居たスライムをもちもちもちもち、と揉んでおられた。
スライムも心なしか真剣な顔を……いや、こいつらに顔、無いんだけどさ……。




