ありがとうスライム*3
「ラペレシアナ様ー!スライムができましたー!」
「おお!これが例のスライムか!どれ、よく見せてくれ!」
そうして俺達はラペレシアナ様に例の飴色スライム達を見せるのであった。
飴色スライム達は揃って『ぷるん!』と元気にご挨拶。……いや、これが挨拶なのかどうかは分からんが。
「ほう……?無色のスライムとは少し異なるようだな」
「あー、なんかどうしても個性みたいなのが出ちゃうみたいです。こいつらは元々はダンジョンのスライムだったんですけれど……そのせいかなあ」
ここのスライム達、元々が他所のダンジョンのスライムだったからね。どうも、温泉に浸けてオイルマッサージして、そして『スライムというものは頭に作物を植えるものです』と教え込んだ結果、『パニス村スライムよりやる気に満ち溢れたスライム』ができてしまった。なんでや。
「ほう……健気な気質なのだな」
「まあ、多分」
スライムの気質なんて、分かるもんでもないけどな。でもやっぱり、なんとなく滲んでいるものはあって、それがこの飴色スライムの場合、『なんかちょっと元気が良くてやる気がある』ってな具合なのである。あとちょっと健気。
「もしかしたら、やる気出さないと魔力がもらえない!って思ってるのかもしれないですね」
飴色スライム達としては、『ここでやる気を見せておかないと捨てられてしまう!またダンジョンで人間を待ち構えてなんとか取り殺そうと頑張る生活に逆戻りしてしまう!』みたいな危機感があるのかもしれない。だからこんなにやる気があるのかも。
……そう考えるとちょっと可哀想だな。『そんなに頑張らなくてもいいんだぞ。作物さえ育ててくれれば……』と伝えてあげたい。だが作物は植える。そこは容赦しない。
「しかし、これらスライムは王都では上手く作物を育てられないのだったな」
「はい。多分、魔力が足りないんだと思います。パニス村では、スライムは毎日魔力たっぷりの温泉に入って、毎日魔力たっぷりの水と肥料を浴びているので……」
「うーむ、よくよく考えると贅沢だな……。いや、何とも羨ましい話だ。私もパニス村のスライムになりたいくらいだな」
……ラペレシアナ様がスライムになっちゃったら方々から悲鳴が上がりそうだからやめて頂きたい。いや、でも俺もスライムになってみたいかみたくないかと言われたらなってみたくはある。いやでも全人類そうじゃない?大体皆、スライムになってみたくない……?
「逆に言えば、魔力さえ与えられればなんとかなるんじゃないかと思いまして」
「ほう」
「その結果が、これです!」
俺が声を掛けると、馬車の中からリーザスさんが『よっこいしょ』と例のブツを取り出してきてくれる。
こいつを積んでいたこともあり、馬車は今回もミチミチのぎゅうぎゅうだったのだが……それでも持ってきたかったんだな!こいつを!
「これは何だ?」
「浴槽です。もっと大型化してもいいとは思いますが、ひとまず馬車で運べる大きさで作ってきました」
リーザスさんに出してもらったのは、単純な風呂である。水を抜くための穴と、チャリのタイヤにも使用しているスライム式ゴムもどきの栓があって、火を焚いてお湯を温められる仕組みもある。そういうかんじ。……まあ、つまり、風呂である。
「この浴槽自体は、特に何の変哲もありません。多分、量産できると思います」
「そうだな。造りは単純なようだ」
「で……その風呂に、スライムを入れる前にちょっと下ごしらえします」
「下ごしらえ……?」
そして……そう。下ごしらえ。これから俺は、スライムを下ごしらえする!
ということでとりあえず風呂を沸かすと、スライム達をそのまま、ぽしゃ、と風呂に入れてやる。頭の作物をのんびり揺らしつつ、スライム達は入浴を楽しみ始めた。
……そして。
「今、この状態は即ち、スライムを湯煎しているのと同じ状態です。このまま放っておくと、スライム自体がほこほこ温まってきます。つまり……水でスライムを煮てポーションを作るのではなく!スライムで何かを煮て、スライム自体をポーションにしてしまうことが可能なのです!」
「は?」
ラペレシアナ様の困惑も已む無し。この発想の転換、すぐには呑み込めないことだろう。
……そう。これはつまり、スライムを溶媒側にしてしまうという発想なのだ!
「使役のポーションをスライム自体で作れば、祝福の効果を作物に及ぼすことができるかと。また、不足する魔力については……このようにして補充することが可能です」
俺は、ポケットから宝石を1つ取り出して、ほい、とスライムに与えてみた。すると、スライムはもちもちと喜んで宝石に体を伸ばし、うにょ、と体の中に宝石を取り込んだのである。
……そう。スライムは、宝石が好きだった。以前、パニス村でもダンジョンの宝石を持ち帰って体の中にしまっているスライムを見たことがあったが、アレは多分、宝石の中の魔力を食べようとしてたんだろうな。……今考えると、あの宝石を取り上げたのはちょっと申し訳なかったなあ。
「この状態でスライムを湯煎してやれば、水ではなくスライムで宝石の魔力を抽出したポーションができる……というわけです!」
「そして、生きて意思を持つスライムは、自らその魔力を使う、と。そういう訳か」
「はい!」
……魔力の生産元については、やっぱり、ダンジョンを使うのがかなり手っ取り早い。
が、これは何も、パニス村ダンジョンに限った話ではないのだ。だから、この世界の、この国における最適解だと判断した。
ダンジョンからは、魔力を多く含む宝石が採れるし……或いは、『魔物の素材』が採れる。
今まで、魔物の素材というと、牙とか毛皮とか、そういうのがメインだったらしいんだが……それに限らず、骨でも肉でも、なんでも使えばいい。
スライムが魔力を抽出できる素材なら何でもいいはずだ。風呂に入れたスライムの中に魔力を持った素材を入れてやれば、スライム自身が溶媒となって、魔力を抽出してくれるはずである!これで魔力不足は解消できる!多分!
あと……多分、ダンジョンから持ち帰るべき品物の順位が、かなり、変わると思う。
今まで捨て置かれていた骨とか肉とかにも価値が生まれる。それらは今後、『肥料』としての価値を持つようになるはずだ。
そうすると、冒険者達が今までより戦いやすくなるんじゃないかと思う。無理に沢山の獲物を仕留めなくても、骨や肉も持ち帰って売れば済む、という状況なら、怪我人や死者を減らすこともできるだろう。
……ま、その後には『ダンジョンの魔力の収入が減ってダンジョンが慌て始める』っていうターンが来ると思うが、それはまた別の話だな。
「以上が、今回のスライム農法の改善案です!」
「成程……まるで、以前話してもらった『水耕栽培』のようだな」
「ああ、確かにそうかも……」
そうして、ラペレシアナ様は感心したようにスライム達……えーと、入浴しながら頭の上の作物をふさふさ揺らしている連中を眺めて頷かれた。
「よく、このような案を思いついたな。まさかスライム自体でポーションを作るのと同じような操作を行うとは」
「ええと……思いついたというよりは、そうなってた、というか……ほら、スライムは風呂が好きみたいなので……」
「そ、そうか……」
今回のアイデアは、風呂とスライムによって生まれたものだ。スライム達が入浴嫌いだったらこのアイデアは浮かんでいなかっただろうから、こいつらが風呂好きの連中で本当に良かった。ありがとう、ありがとうスライム……。
それから、俺達はもう1つ、ラペレシアナ様にスライム飼育について情報共有を行うこととする。
「それから、魔力の補填についてはもう1つ案がありまして……ほーら、スライム達ー、こっちこーい」
スライム達を呼び寄せて、俺は諸々、道具を取り出し始めた。
「それは何だ?」
「香油です。えーと、数日前からパニス村でも生産しています」
お椀に香油を出してみると、中々良い香りだ。悪くないね。
……えーと、数日前からパニス村のハーブの類から香油を生産し始めたんだよね。ほら、パニス村のスライムもまた増えてきたことだし、ハーブとかを植えたスライムも増やしたんだよ。
で、それらスライムからわっさりと収穫できたハーブを大量に水蒸気蒸留して、精油を抽出。それを数種類ブレンドして、これまた別途生産し始めたグレープシードオイルで希釈なんかしつつ、『パニス村の香油』を生み出したのだ。
こちら、ポーションよろしく青みがかった白磁の瓶に詰めて売っても良かったんだけど、やっぱり高級品だけあって、折角なら高級志向でいきたかったので、水晶の瓶に詰めたものを販売している。精油多めの貴族向けのお土産だな。一応、廉価版として精油の量と種類を減らした奴も売ってるよ。
「はい、並んで並んで」
俺が香油を準備しつつスライム達に指示を出すと、スライム達は言葉が分かっているんでもないだろうが、お行儀よくきちんと並んで待ち始めた。なので、1匹ずつ、もっちりもっちり、と香油を塗って揉んでやる。
「元々は、スライム達を安心させてやるためにミシシアさんがやってくれたんですが……どうも、これをやると他の効果も期待できるみたいで」
「ほう」
スライム1匹目に油を塗り終えたら、次の奴。次の奴も、もっちりもっちり……と油を揉みこんで、次の奴。
つるつるつやつやになったスライムは、ぷるん、と丸くなって、ちょっと弾力も増したような具合だ。
「どうも、香油に含まれる魔力を吸収して、より一層、元気で健気になるみたいです。香油で揉んでやったスライムの方が、揉まなかったスライムよりもよく懐いて、作物を良く育ててくれますね」
「そ、そうか……つくづく、パニス村のスライム達は幸福であろうなあ、と思わされる……」
まあね。この実験をするためにパニス村のスライム達を一通り揉みまくったので……彼らは最近、サウナに入り、温泉に入り、肥料と水をたっぷり飲んで、そしてオイルマッサージでリラックスする……という、俺からしてみてもなんか羨ましい生活をしている。
「なので、王都の近くのダンジョンで捕らえたスライムも、このようにすれば作物育成用の農業スライムに変えることができます!」
「そうか……では、王城の研究者達にも再現させてみよう」
まあね。これで、この国全体でスライムを農業に活用する方法が確立されていけば……『祝福』が無くても作物が良く育って皆で生きていけるようになるんじゃねえかな。
……そうしたらいよいよ、この国は教会の支配から解き放たれることになる。
さて。教会の残党はどう動くかなァ!楽しみだぜ!ヒャッハー!




