ありがとうスライム*2
そうして外から拾ってきたスライム5匹を温泉に浸けた後……。
「……簀の子出しといてやったら、湯上りを楽しみ始めたなあ」
「ね。かわいいねえ、アスマ様」
温泉脇に簀の子を出しておいてやったら、スライム達がもぞもぞと簀の子に這い上がってきて、そこで、ぷるるん、と機嫌よく揺れている。リラックスしているようで何より。
「あっ、色もちょっと変わった!変わったよアスマ様!」
「おおー……濁りが減った?相変わらず茶色っぽくはあるけど、透き通ったね……」
「形状が不定形から球形に近くなったか?」
拾ってきたスライム5匹は大分落ち着いていて、もう俺達を襲うようなことは無くて、そして、見た目も変化している。
まず、色。これが一番、デカい変化だな。
元々は黄褐色で不透明なかんじだったんだが……濁りが減って、なんか、透き通った淡い琥珀色、みたいな具合になっちゃった。さながら日に焼けたセロハンテープの色……えーと、飴色、とも言えるか?パニス村スライムみたいな無色透明じゃないが、まあ、これはこれで綺麗だな。
それから、元々の形状は完璧に不定形で、それがうぞうぞ動いていたわけなんだが、それが大分、丸に近くなってきている。
ただ、完璧なもっちりまんまる、という具合ではない。自分達の体の形状を保つのには、まだちょっと苦労している様子がある。時々一部分だけ、とろん、と崩れたり、そこが伸びたり縮んだり。
「あっ、簀の子の隙間から漏れそう!ちょっと退かしてやるかぁ……うわうわうわ、暴れるなってのに!」
更に、上手く形状を維持できないあまり、簀の子の隙間から再び温泉へぽちゃんしそうになって慌てていたので、慌てて抱き上げてやったんだけど、そうしたらそうしたで怖かったんだかなんだか、俺の腕の中でじたじたばたばたうにょんうにょん、と暴れ出した。大人しくしなさい!
「まだ人に慣れてないんだろうね。怖がってるんじゃないかなあ」
「まあ、人間を襲う生き物であったのと同時に、人間に襲われる生き物でもあった訳だからな……」
ミシシアさんの言葉とリーザスさんの言葉に、なんとなくちょっと、思うところがある。まあ、殺すつもりでいるんだったら殺される覚悟はしておかなきゃいけないってなもんで、それがこのスライム達の生き方だったわけで……ちょっと不憫だな。こいつらあんまり強くないのに……。
「あっ、そうだ!」
そんな折、ミシシアさんが目を輝かせて、俺に向き直った。なんだなんだ。
「アスマ様!油、出せる?」
「油ぁ?えーと、どんなやつ?油って言っても色々な種類あるでしょ?動物の脂?植物油脂?鉱物油?」
「植物の油!できるだけ、さらっとしてるやつ!えーと……じゃあね、生の葡萄の種から採る油がいい!できる?」
ほう。グレープシードオイルってことね。成程。それくらいならまあお安い御用だ。
適当に、パニス村内にある葡萄の種をいくつか分解吸収して参考にしつつ、脂肪酸を適当に繋ぎ合わせて、グリセリンに結合させていって、エステルとか適当に足して……器が無いと困るんで、とりあえず水晶で瓶を作ってそこに詰めて、はい、できあがり。
「ありがとう!えーと、あとお椀も出して!」
「水晶製でいい?はい、出したよ」
「ありがとう!じゃあこれに香油を足して……」
すると、ミシシアさん、ポーチから小さな陶器の瓶を出すと、その中身を数滴、お椀の中へ。……ふわっ、といい香りがする。『香油』って言ってたけど、何の脂だろうなあ……。花とかハーブとか、そういう系統の匂いがする。実に森の民っぽいかんじ。
「葡萄種油で割って……はい!できあがり!」
そして、『香油』なるものはグレープシードオイルで希釈されて……それを手に、ミシシアさんがにっこりとスライム達に微笑みかけた。
「おいで!揉んであげる!」
……そうしてスライムは、『おいで』の呼びかけに特に応えず、躊躇うようにぷるぷるしていたので、ミシシアさんによって1匹ずつ拉致されることになった。
「ふふふ。いい気持ちでしょ」
で、拉致されたスライムはというと、ミシシアさんによってオイルマッサージされている。
例の、ほんのりいい香りのする油を塗られて、もっちりもっちり、と揉まれている訳だ。
……最初こそ、スライム達は戸惑って、怯えて、わたわたして逃げ出そうとしていた。が、ミシシアさんに『こら!暴れないの!』と容赦なく捕らえられたスライムは、そのままもっちりもっちりと揉まれ……揉まれている内に、落ち着いてきちゃったらしい。今はただ大人しく施術されているばかりである。
「アスマ様とリーザスさんもやってみる?楽しいよ」
「ええー、できるかなあ……うわっ楽しいこれ楽しいめっちゃ楽しい」
「おお……成程、これは確かに楽しいな」
俺とリーザスさんもそれぞれスライムを拉致してきて、マッサージオイルを手に塗って、それでスライムをもっちりもっちり揉み始める。
揉んでいくと、逃げようとしていたスライムは割とすぐ大人しくなって、そのままもっちりもっちり、揉まれるがままになっていく。そして俺としては、温泉で温まっていい温度になったスライムを揉んでいると、こう……なんか癒される。
やわらかーい!あったかーい!それでいい匂いで、あとなんかちょっとかわいーい!
「おっ?残り2匹も揉んでほしくなってきたのかな?大丈夫だよ。皆揉んであげるからね!」
……俺とリーザスさんとミシシアさん、それぞれ1匹ずつ揉んでいたら、揉まれずに簀の子に残っていたスライム2匹も、おずおずと寄ってきた。なので俺達はとっかえひっかえ、5匹のスライムを揉んでやることにしたのだった。
「めっちゃつやつやのスライムができてしまった」
「そうだね!見て!まんまるになったよ!」
……そうして。
俺達にオイルマッサージされたスライムは、無事、つやっつやのぷるんぷるん、輝くような光沢の元気なまんまるスライムへと変貌を遂げた。
まあ、油塗ったスライムなんだからそりゃつやつやだわ。つやつやであり、同時にぬるぬるでもある。まあ、リーザスさん曰く『このくらいの油はすぐ吸収してしまうと思うぞ。人間の脂も食うんだからな……』とのことでした。急にホラーにしないで!こわいから!こわいから!
「この形状の変化は、やっぱり魔力が足りたってことなのかね」
「そうなんじゃないかなあ。アスマ様に出してもらった葡萄種油にエルフの森の香油を混ぜて使ったわけだから……魔力はたっぷりだったと思う。えーとね、エルフの森の香油には、気持ちを落ち着かせたり痛みを和らげたりする効果があるんだよ!」
成程。つまり、油性ポーション。
……いや、こっちの研究はまた後で!なんかパニス村温泉とシナジーありそうだからめっちゃ気になるけど、エルフ式香油の研究はまた後で!
スライムの観察を続けてみると……このスライム達、もっちりぷるるん、としつつ、パニス村のスライムのような、『重力によってもっちりと潰れた球形』に変化している。うぞうぞした不定形じゃない!形状を維持するのに苦労する様子も無い!この、おまんじゅう形とも言えるフォルムは満足スライムのものだ!
「おお、元気だ」
「跳ねた!元気だね!」
スライム達はよっぽど元気なのか、ぽよん、と跳ねている。パニス村のスライムはもっとのんびり屋だから、もっちりもっちり……と移動するくらいなんだけどね。こいつらはもうちょいアクティブな性格らしい。
「色は……相変わらず、飴色だなあ」
「まあ、見分けがついていいんじゃない?ね」
色が付いてる分、パニス村のスライムとはまだ違いがあるんだが、この状態のスライムならまあ、多分、作物を元気に育ててくれるんじゃねえかなあ、という期待がある。
よし。じゃあ、こいつらも明日から実戦投入だな!
翌朝。
「餌だぞー」
ホースからいつもの如く肥料入りの水を撒いていると、スライム達がもっちりもっちりとやってきて、そして……その中に、おずおず、と遠慮がちに混ざる、飴色のスライム5匹の姿もあった。
今回拾ってきた飴色スライム5匹は、他のスライム達に好意的に……というか、特に敵対せず、無関心と言えば無関心なくらい当たり前に受け入れられている様子である。……うちのスライム、警戒心ってもんが無いんだろうか。見知らぬスライムが混ざっていても気にしないのは、どうなの……?
まあ、思うところはあるがそれはさておき……飴色スライム5匹は、それぞれ他のスライムの見様見真似か、行儀よく並んで、もっちりもっちり、と行進しながら肥料のシャワーを浴びて……そして、ぷるん、と、元気に体を震わせている!
「お気に召したか?」
そして、他のパニス村スライム達が、もっちりもっちり……と、さながら『肥料も貰ったしもう用は無い』とばかり去っていく中、飴色スライム達は困惑したようにその場でもちもち留まっている。まだ緊張気味なのかもしれない。
まあいいや。
「よーし。じゃあお前らも働けよー」
……俺は、容赦なく飴色スライム達の頭にも種を植えた。えーと、とりあえずトマトで。
種を植えられたスライム達は困惑していたが、他のスライム達も頭のてっぺんに作物をわさわさ生やしていたり、はたまた種を新たに植えられたりしているので、そのうち『こういうものなのか……』みたいな納得をしてくれたんだと思う。
やがて、飴色スライム達も、他のスライムに混ざって、もっちりもっちり……と去っていったのだった。
明日のこの時間にはまた戻ってこいよー。
そうしてまた翌日。
「……若干、実りの具合がよくない気はするけれど、でもまあ、これはもう十分だろ」
飴色スライム達は、ぷるん、と体を揺らしつつ、その頭に少々小ぶりなトマトをいくつか実らせていた。
どうやら、実験成功のようである!
「となると……残る問題は、『どうやってスライムに魔力を持ってもらうか』ってところか……」
さて。これで残る問題は1つ。
『スライムを大人しくさせるための魔力は最悪パニス村で賄えばよいとしても、そのスライムを王都や各地で運用するための魔力をどうしよう』ってところである。
どうしても……ここがボトルネック、なんだよなあ。
そもそもの、スライム農法を王都で運用できないと最初に判断したのもここだった。結局、スライムは魔力が多い環境じゃないと、あの爆速農業に使えないのである。
なので、スライムに魔力をたっぷり与え続ける仕組みを考えなければならないのだ。うーん……。
「魔力の量自体が増えなくても、スライムはスーパークソデカスライムになれるポテンシャルを持ってるんだよなあ……」
「あー、祝福だよね?」
「うん。聖女サティの祝福があれば、魔力が少なくても魔力の活性化によって使用効率が上がり、より少ない魔力で大きな効果が得られるから実質魔力が増えてるようなもん……っていう理解でいい気がしてきた」
土や水が魔法を使ってくれる、ってことは、スライムにも新たな魔法を使わせることができていた、ってことである。多分、スライム自身の魔法の使い方……というか、魔力の使い方が上手になって、それであのスーパークソデカ化だったんだろうと思われる。
「あれを人為的に起こしたい。使役のポーションって手がある訳だが、ランニングコストがかかりすぎるから……あー、くそ、他に魔力を活性化させる方法ってねえのかなあ……ポーション作るための魔力が入った水も用意するのもコスト高くつくし……、そもそも輸送コストが高すぎるだろ水はよぉ……」
魔力自体を増やすっていうのが難しいから、やっぱり『祝福』を応用したいんだよな。そのための研究だったわけだし……。
「そもそも、ポーションを作る環境も整備が必要になるのか。えーと、大鍋……いや、いっそポーション煮出す鍋にスライム入れちゃう……?ん?それって薬湯にスライム入浴させてるのと一緒……?」
「アスマ様、大丈夫?頭から湯気出そうだよ?」
「……そもそも、温泉にスライムを入れるとポーションができる……ポーションができるってことは、やっぱり魔力が活性化して動きやすくなって移動しやすくなってるってことなのでは……?」
考えろ。考えろ考えろ。なんかもう、ここまで出かかってるんだよ!なんか出てきそうな……。
ということで、スライム達を風呂に入れて、俺も風呂に入った。ミシシアさんが居るところで全裸になるのは小学生ボディといえども憚られたので、着衣入浴である。なんかの事故現場のようだ。
「あの、アスマ様大丈夫?」
「うん。入浴して血行を良くすることでより良い考えが浮かぶようにしているだけだから」
「あのね、アスマ様。なんかそれ、入浴なの?スライムに埋もれてるの?」
「うーん、わかんない……」
……考えをまとめるための入浴だったんだが、入浴なのか入スライムなのか分かんねえ具合になってしまっている。しまった。風呂にスライムを入れすぎた!
だが。
なんか……なんか、ふっ、と考えが浮かんできた。
「風呂に入るのと、スライムに入るのと……よくよく考えたら、一体何が違うっていうんだ……?」
「色々違うと思うよ!」
ミシシアさんには慄かれたが、俺はふと、気になってきた。
エルフの森の香油は、油性ポーションと言えるのかもしれない。
ということは、ポーションの溶媒って、別に、水じゃなくてもいいんじゃないか?
……つまり。
「もしかして……風呂に浸からずとも、スライムに浸かっても、同じことなんじゃないか……!?」
そうだ。何故俺は気づかなかったんだろうか。
俺は……今まで、『ポーションは水で煮るもの』だと思っていたんだ!だが別に、そうとは限らないはず!
「考えろ。水でスライムを煮るのも、スライムで水を煮るのも、変わらねえのか!?いやそんなはずはない!逆になるはずだ!」
「アスマ様?ねえ、大丈夫?」
「スライムは溶媒にはなれないのか!?いや、そんなことはない!水を煮るんじゃなくて……スライムで、スライムで!煮るんだーッ!」
「あの、スライムで煮るって何を?ねえ、アスマ様?ねえ?ねえ?」
そして俺は悟った。
「風呂だ。風呂を造ろう。そしてスライムを大量に入れよう。スライムが風呂になるんだ。それで多分全部解決する」
「……アスマ様大丈夫?」
うん。大丈夫大丈夫。多分ね。うん。
……その翌週。
「出荷よー!」
俺達は、頭にトマトだの豆だの人参だの生やした飴色スライム総勢10匹……に加えて、風呂釜を馬車に積んで、王都へと向かったのだった!




