ありがとうスライム*1
「現時点で、スライムの使用法として考えられるものは2つです」
さて。
そうして俺は、ラペレシアナ様達に『スライムを利用した効率の良い農作方法』について、提案する。
「1つは、スライムの頭に直接作物を植えちゃう方法」
「今、そちらのスライムがそうなっているのと同じ状態だな」
ちら、とラペレシアナ様は奥の方を見た。そっちの方では、クソデカスライムがもっちりもっちりとのんびり動きつつ、頭の上のラディッシュの葉っぱをわさわさ揺らしている。
「こちらについては、スライムの魔力が少ないと作物を育てる効率は著しく下がるという結果が出ています。なので、魔力の供給が確立されていてこそのやり方ですね」
「成程な。して、もう1つは?」
「もう1つは、スライムを低温でじっくりと煮てポーションを作る方法です」
「煮……煮るのか」
ラペレシアナ様は『なんだその方法』みたいな顔をしてらっしゃるが、俺はこっちが正解かな、と思ってる。
土を保水したいんだったら、モイスチャーなかんじのポーションを使っちまえ、という割とそのまんまな方法だ。
「具体的には、まあ、人肌より熱い程度で、かつ、火傷しないくらいの……」
「つまり風呂か」
「はい。風呂です!スライムを温泉に浸けこんでおくと、温泉にもっちりやわらかの魔力が溶け出すみたいで……」
「……パニス村の温泉の秘訣はそこであったか」
うん。まあ、そういうことですよラペレシアナ様。
スライムと一緒に入浴すると肌がもっちりやわらかになるんですよ。そして保水力抜群のしっとり仕上げ。
これを畑に応用したら……畑の保水力を上げることができると思うんだよな。なので多少、使役のポーションの使用量を抑えることができるんじゃねえかと思うんだが……いや、でも結局、ポーション作るのに魔力の入った水が必要なんだよな。ということはこっちも魔力が必要か……。
「どのみち、魔力が必要だな。薄々予想が付いていたことではあるが……」
「まあ、そうですね……」
……結局のところ、ファンタジー産業革命をやるには魔力の効率的な運用方法、または魔力の効率的な回収方法なんかが見つからないことにはどうしようもないんだろうなあ。万物が多かれ少なかれ魔力を持っていそうな雰囲気あるところを見るに、回収方法を探す方が先決か?
「……で、スライムを使わない別解なのですが……」
だが、一応これも言っとかないと不誠実かな、と思ったので、一応、ファンタジらない方法も出しておく。
「水耕栽培、という方法はあるかと」
「……水耕栽培?」
「はい。土を使わず、水だけで作物を育てるやり方です。俺の故郷では、それの研究が進んでいました」
既に、俺の知る限りではこう、畑というか工場ってかんじのレタス水耕栽培場とかが存在していたはずである。赤と青のLEDで照らして、なんかピンクっぽい光でいっぱいにして、それと肥料入りの水とで育てるやつ。
「ただ、そっちは適する肥料を新たに開発する必要があると思います。それから、常に水中にバブリング……えーと、空気の泡を送り込み続ける仕組みが必要ですね」
まあ、水耕栽培に適する肥料ってのがどんなもんか俺は詳しく分かってない。水耕栽培は根腐れとか起こさないよう、根っこに酸素供給しておかないといけないらしいし、そっちはそっちで大変そうだけどね……。
でも、土栽培よりも効率がいいってのは聞いたことあるし、いずれ試してみたくはあるんだよな……。
「水耕栽培、というものに興味はあるが、どうも難しそうだな」
「はい。そっちはそっちで、研究に時間がかかると思いますよ」
「成程な。……ではやはり、スライムに直接作物を植える方法を取ってみようと思う」
そうして、ひとまずスライム農法の研究が始まったらしい。上手くいくかなあ。いくといいなあ。
「魔力供給については、いずれ考えるとして……まずは使役のポーションを使用した水を与えることで同時に補えないか、試してみよう」
「あー、成程。確かにポーション入りの水には魔力が当然含まれるから……」
ネックだった魔力供給については、ポーション自体でなんとかならないだろうか、ってところに落ち着いた。
後は……肥料をどうするか、ってところだが。まあ、そっちはそっちで追々、かなあ……。
「……して、問題はスライムの調達だな。パニス村に居るような、大人しいスライムを増やす方法については……」
「それはお任せください!」
そして何よりも一番のネックであろう、『安定した、安全なスライムの供給』については……。
「ちょっぴり、心当たりがあります!」
……俺の仮説が正しければ、いけると思うんだよな。
と、いうことで。
「うわああああああ!リーザスさんそっち行ったそっち行ったそっち行った!」
「くそっ、生け捕りっていうのは難しいな!」
「キャーッ!天井から降ってきた!降ってきたよリーザスさぁん!」
「ちょっと待ってくれ!そっちもすぐやるから!引き付けておいて!ああでももう少し距離を取ってくれ!危ない!」
……俺達は、非常に騒がしくやっております。
はい。場所は例の、リーザスさん行きつけダンジョン。そこに出てくる、例の凶暴なスライムを生け捕りにしているところだね。
このスライム、うぞうぞ動くし、不定形。そして何より、色が付いてる。えーと、黄褐色……なのかな。濁りもあって、少々不透明なかんじだ。そんなもんだから、パニス村のスライムとは本当に違う生き物、ってかんじなんだよな。
……で、それが襲い掛かってくるので、頑張って生け捕りにするわけだ。
「袋から出てきてる!リーザスさん!はみでてる!はみ!」
「ちょっと叩いたら大人しくなるから叩いておいてくれ!」
「叩くのぉおおお!?スライム叩くのぉおおおお!?マジでぇえええ!?」
……引率のリーザスさんが、『俺1人で来た方がよかったかもしれない』みたいな顔してるのを横目に、俺はそこらへんにあった棒で、袋詰めされた凶暴スライムをぽこぽこ叩いておいた。あっ、なんかこれ、タコを大根で叩いてる時に似た感触する……。ぽこぽこぽこ……。
……そうして、満身創痍の俺達は、袋詰めされた凶暴スライム5匹を抱えてダンジョンを後にした。
「……二度とやりたくないな」
「ね。まさか、スライムを袋詰めして持ち帰るのがこんなにも大変だとは……あっこら暴れるなっての!また叩くぞ!」
今回の一番の功労者は間違いなくリーザスさんだ。生け捕りじゃなくて討伐ならこんなに苦労しなかったであろうところを、不慣れな生け捕りのために頑張ってくれたので……。
「ま、まあ、このスライム達が大人しいもっちりぷるんになるのを楽しみにしておこうよ!ね!」
「そうだな……ああ、ミシシアさん。少し叩いておいた方がいいぞ。その袋、口が開きそうだ」
「え!?あっ、うわわわわ、ほんとだ!ホントに元気なんだから!もー!」
……まあね。お家に帰るまでが遠足だし、拠点に持ち帰るまでがスライム生け捕り作戦なので……まだもうちょっと、大変そうだね……。
そうして俺達は、『時々ぽこぽこ叩いてやらないと袋からの脱出を図ろうとするスライム』という厄介なブツを5匹抱えて、なんとかパニス村へ帰ってきた。
「お帰りなさい!……あら?それは?」
「あーっ!エデレさん!危ないから寄ってこないでッ!こいつ危ないから!危ないから!」
「え?あららら……袋がもそもそ動いてるわねえ」
「スライム入ってるから!ちょっと凶暴なスライム入ってるから!俺達このまま裏の温泉行くね!」
エデレさんに『あらあらまあまあ』と呆れられつつ、俺達はダッシュで温泉へ。あ、皆が使う表の温泉じゃなくて、俺が個人用で使ってる温泉ね。いや、流石に他の利用客も居るところに凶暴なスライムはぶち込めねえよ……。
「ほら!お前ら!温泉だぞ!」
ということで、凶暴スライムを袋ごと、ぼしゃんぼしゃん、と温泉に投入した。
唐突にお湯の中にぶち込まれた凶暴スライム達は、うごうごと袋の中で暴れていたが、その袋ごとぷかぷかと温泉に浮かんでいるものだから、暴れられても怖くねえ。いいねえこれ。
「あっ、ちょっと大人しくなってきてない?」
「これが、大人しくなったのか、単に疲れただけか、湯あたりか……袋を開けてみるまで分からないのが怖いよなあ」
まあ、俺達の目的はスライムの無力化ではなく、スライムの躾……えーと、何?何て言ったらいいの?うーん……まあ、凶暴スライムを大人しいスライムに変えることである。
スライムが凶暴化するのは、魔力が足りないことが原因なんじゃないかと俺は考えた。そして、だからこそうちのスライム達は魔力入りの温泉に浸かってもっちりもっちりしているし、凶暴スライムは人間を襲うんじゃないか、と……。
……そういう訳で、俺達は袋に入ったままの凶暴スライムを時々棒でつついたり、袋の上からちょっと揉んでみたりしつつ、しばらく待って……そして。
「じゃあ、開封するぞ。準備はいいな?」
「どんとこい」
俺達は、恐る恐る、袋の1つを開封することにした。
俺とミシシアさんが固唾をのんで見守る中、リーザスさんが袋をナイフでざっくりと切り裂いて、中からスライムを取り出して……。
「あっ!ちょっと丸くなってる!」
「ほんとだ!」
……取り出されたスライムは、不定形のうぞうぞした奴ではなく……こう、ちょっともっちりぷるん、とした形状になりつつあった。
「おおおおおおお!これは実験成功なのでは!?」
「そうだよそうだよアスマ様!この子、大人しいよ!ほら!私の手があっても襲わない!」
どうやら、凶暴スライムは大人しくなってくれたようである。ちょっと戸惑い気味な様子には見えるが、困惑してはいても、襲い掛かってはこない!いいねいいね!これは明るいニュースだ!
俺の仮説が正しかったからなのか、はたまた、このスライム連中が単に風呂好きでご機嫌になってるだけなのかは分からんが、ひとまず、今、このスライム達は大分大人しくなっている!
……いや、まだだ。まだ分からねえ。他の4匹の様子も見てみないことには!
「じゃあ残りも開けるか」
「どうぞ!」
……そうして、リーザスさんが残り4袋も開けてくれて……中から、もそ、と出てきたスライム達は、温泉にもぞもぞ、と戻っていき、ちゃぽ……と温泉に浸かり始めた。
「……こいつらが風呂好きなのか魔力好きなのかには考察の余地があると思う」
「どっちもじゃない?ほら、なんか気持ちよさそうだよアスマ様」
「まだ形状が完全な丸じゃないのは、まだ魔力不足だからか?様子を見てみた方が良さそうだな……」
……まあ、俺達はかわいそうなスライムを5匹、救えた……のかもしれない。うーん、まあ、詳しいことはもうちょっと色々調べてみるしかねえな……。
「……ちょっとかわいいね」
「うん……」
まあ、何はともあれ、スライムが5匹、ちょっと幸せになったなら良いことだ。
5匹のスライムが少しずつ羽を伸ばし始めている様子の温泉を眺めて、俺達はなんかちょっとほっこりするのだった。




