祝福あれ*9
「説明を……説明を、お願いします……俺は今、冷静さを欠こうとしている……」
「アスマ様、珍しいね。こういう時に踊りも叫びもしないの……」
「それだけ冷静さを欠こうとしているのだろう……」
なんか後ろでひそひそ好き勝手言われている俺だが、踊りも叫びもせず、エデレさんに説明をお願いした。今一番この状況に詳しいのはエデレさん。間違いなくエデレさん!
「ええと、そんなに詳しく書いてあるわけじゃないのよ?ただ、王城ではアスマ様のことが話題になっていて、聖女サティをどうするかは揉めていて、だから『2人を結婚させてしまえばとりあえず聖女サティの処遇としては丁度良いのでは』っていう意見が出たらしくて」
「ナンデ……?丁度いいナンデ……?」
「年齢が、ってことじゃないかしらねえ……。それから、王都からそんなに離れていない村の子と結婚させる分には、何かと便利そうだし……」
あ、あああ……俺、19歳なのに……7歳の幼女と婚約したら、犯罪じゃねえの……?せめてあと10は上であれよ……。光源氏だって確か、18の男が10の女の子に目ェ付けた程度じゃん……?いや、10歳ならよかったとかそういう話じゃねえけどさ……。
「それから、聖女サティ自身が、『アスマ君かっこいい……』ってお話をしていたそうよ」
「み゛ェっ」
「今すごい声出たよアスマ様」
「それだけ驚いたんだろうな……」
……これ、どうしたらいいの!ねえ!どうしたらいいの!俺もうどうしていいか分かんないの!
あああああ!もう駄目!もう駄目だわ!もう踊るし叫ぶわ!ついでにサンバホイッスル吹いちゃう!集まれスライム共!一緒に踊ろうぜ!踊って現実逃避するに限るぜ!
ということで一頻り踊った。スライム達は踊り終わったらもっちりもっちり解散していった。ありがとう。また何かあったらよろしく頼むぜ。
「ま、まあ、ラペレシアナ様は、『そういう話が上がったというだけだが、アスマ様ご自身にそれとなく伝えておいた方がご本人の振る舞いの判断の材料になるだろう』っていうことで、先に教えて下さったみたいだから」
「あ、あああああ、まだ決定じゃないのね!?決定じゃないのよねエデレさん!?」
「そうよ。まだ決定じゃないわよ」
「よかったぁ……」
エデレさんにも宥められたことだし、大人しくなっておこう。うん。大分落ち着いた。
「アスマ様が眠い時のスライムみたいになってる……」
「安心したんだろうな……いやちょっと待ってくれ。スライムがほんのり潰れた形になっている時、スライムは眠いってことか?」
ほんのり潰れた形のスライムが眠いかどうかは分からんが、俺は今、エデレさんによしよしされて眠くなりつつある。間違いなく眠い。だってエデレさん、これは確実に俺を寝かしつけに掛かってるって!あああああ!寝かされる!寝かされちゃう!もう俺の小学生ボディは感情のジェットコースターと渾身のサンバとエデレさんの寝かしつけで限界よッ!
で、寝た。起きた。おはよう。気持ちのいい朝だな。朝じゃないけど。流石に朝まで寝はしなかったよ流石にね。
「えーと……どうすっかな。流石にコレ、どう断ったらいいのか……報告ついでにラペレシアナ様とも相談してえな……」
そして俺は、考え中だ。だって聖女サティとの婚約って、間違いなく政治的なサムシングが絡んでる訳じゃん?
俺本人としてはお断りの一択なんだが、お断りの仕方とか、交換条件とか、そういうところはしっかり考えていきたいよね。
「えー、断っちゃうの?サティちゃんかわいいのに……」
一方のミシシアさんはマジで『断っちゃうの?』と残念がっている様子である!いやいやいや、あなたがそれ言うの!?
「いや、かわいいけどね?かわいいけど7歳よ?で、俺19歳ね?ミシシアさんよく忘れてるみたいだけどさぁ」
「うーん……私からしてみると、7歳と19歳の違いはあんまり分からないかな……」
「あー……うん。まあ、うん」
……ミシシアさんからしてみりゃ、そうか。うん。そうね。年齢3桁の人からしてみると、12歳差ってのは大したもんじゃないか……?
「えーと、じゃあ、アスマ様からしてみたら、サティちゃんは恋愛の対象外?」
「うん。流石にね」
ミシシアさんががっかりしてるところ悪いんだけど、流石に7歳はね。ちょっとね。流石に……『かわいいな』と思いはするけど、その『かわいい』の種類が、違いすぎる。
「そうなの?お似合いだと思ったんだけどなあー……」
が、ミシシアさんにはイマイチこの感覚、伝わらないらしい。うーん、好き勝手言いよる。
「……あのね、ミシシアさん。俺からしてみたら、聖女サティよりはミシシアさんの方が恋愛の対象内なんだぜ?」
「えっ!?私の方が年齢差大きくない!?ダメだぁ……人間の年齢の感覚、私、ぜんっぜん、分かんない……」
俺はそういう年齢なんですよ本来は!っていうつもりで言ったら、ミシシアさんは『人間にとって100年の差って大したことないの……?年上な分には関係ないってこと……?それとも幼少期の差は大きいけれど成人したら関係ない……?』と、より思考の深みに嵌り始めてしまった。悪いことしたかもしれん……。
「ああ、アスマ様は19歳……なんだったな。すまない。忘れていた」
「リーザスさんまで……」
「踊る19歳は珍しいわよアスマ様」
「エデレさんまで!」
……やっぱり俺、あんまり踊らない方がいい?でも、奇行に励めなくなっちゃったらそんなの俺じゃないし。うーん、アイデンティティと社会性の両立って難しいね。
「いや、まあ、踊るか踊らないかだの、年齢だのは別としてもだぞ?その……アスマ様はいずれ、故郷に戻られるんだろう?」
「うん。それもあるから、流石に婚約はできねえよ」
まあね。結局のところ、色々理由あるけどお断りすることは決定済みよ。だって俺は元の世界に帰るから。
「……ってことで、お断りの文句を考えねばならない」
「そうだな……。特に、聖女サティ本人が、アスマ様に好意を抱いている様子がある、ということなら猶更だな……」
ああ、うん……その、あんまり好きになられないように振る舞い方を考えなきゃいけねえな、こりゃ……。
ああ、ラペレシアナ様。先に教えておいていただいて、本当にありがとうございます!
まあ、色々あったがとりあえずラペレシアナ様には手紙を送った。
『祝福』の仕組みが再現できるようになったらこの国全体の食糧問題が一気に解決しそうだし、そうなったら、教会からの脱却、というか、政教分離、というか……まあ、色々問題がありそうな構造が少しは改善できるんじゃねえかな。
となると、俺は引き続き研究だね。
「引き続き、『祝福』の代替については調べていきたい。えーと、特に、『どのように実現するか』の部分については」
「え?」
……特に、これよ。
結局、理論が分かってもそこまでだからね。そこから、実用に向けて改善していってようやく、だからね。難しいけどこれはやるっきゃない。
「魔法の仕組みは分かっても、その魔法をどうやって使ってるのかは分からねえから……」
「え?それは気合いと集中じゃない……?」
「なんで気合と集中があったら物理法則捻じ曲げられるの……?」
「え?そういうものじゃない……?」
俺は、しばしミシシアさんと見つめ合った後、『そういうものなんですか?』という気持ちを込めてリーザスさんを見つめてみた。リーザスさんには『まあ、そんなもんだなあ……』みたいな顔で目を逸らされた。駄目だぁー、マジでファンタジーしてやがる!俺、発狂しそう!
「いや待てよ?逆に、それだけで発動できちゃうんだったら、もっと普及してもよくない……?」
「うーん、人によって魔力が違うから……使える魔法も使えない魔法もある、よねえ?」
「そう、だな……俺は聖女サティのように『祝福』を使うことはできないぞ。身体強化はある程度出来るが」
「私も視力の強化とかはできるんだけれどね。エルフの血が入ってるのに、植物を扱う魔法はあんまり得意じゃないんだよなあ……」
……あー、成程ね。うんうん、ちょっとそこのところ、分かってきたかもしれない。
要は、人間もまた魔力の塊だから、ってことだ。魔法を使うための原料になる魔力は、人によってかなり異なるらしいから、それが適性って形で出てきちゃうんだろう。
だとするとやっぱり、道具にするっていうのは有意義なことだと思うんだけど……難しいだろうか。
それから数日後。
「アスマ様!お手紙よ!」
俺がスライムに水をやっていたら、エデレさんが俺を呼びに来た。
「うわーい、いい報せと悪い報せのどっち?」
「うーん、両方かもしれないわね」
そっか。じゃあいい報せの方からよろしく。
「ラペレシアナ様が、一度王都に来てくれるように、って。聖女サティのことで話したいんだそうよ。聖女サティも居るから王都へ来てくれ、ってことらしいわ」
……成程ね!どっちも一度に来るとは!
ちょっと怖い!ちょっと怖いよ!俺、もしかしたら7歳と婚約することになるの!?ねえ、なるの!?
おっかなびっくり王都へ向かった。馬車の乗り心地が良いことだけが救いである。
「アスマ様、しおれちゃった植物みたい……」
「うん……そりゃあね、これから7歳の女の子を振ることになるからね……」
「やっぱり振っちゃうの?」
「そりゃそうでしょ……」
流石に7歳はちょっとね……。だから心苦しいけどしょうがないね……。
そうして馬車はドナドナと進んでいき、俺は運ばれた。出荷される子牛の気持ちかもしれない。いや、それよりは段々覚悟が決まってきたからね。なのでなんか覚悟が決まった子牛の気持ちかもしれない。
一度、ラークの町で泊まって、それから翌日には王都へ。乗り心地が良い分、スピーディー。こうなったらもうどうしようもねえ。俺もすっかり覚悟が決まった牛になったぜ。
「アスマ様が可愛くない顔してる……」
「こう……戦場に赴く戦士みたいな顔だな……」
うん。そういう気分だよ俺はよ。どっからでも掛かってこいや!
王都の試験農場へ向かうと、既にそこにはラペレシアナ様がいらっしゃった。そしてスーパークソデカスライムの上でぽよぽよしてらっしゃった。
「ラペレシアナ様ー!」
「ああ、来てくれたか!呼びつけてすまないな!」
ラペレシアナ様はご機嫌なご様子で軽く手を上げると、そのまま、ひらり、とスーパークソデカスライムの上から降りてきた。
「して……エデレから話は聞いたか」
「あ、はい。婚約の話が出てるってところまでは」
早速来たぞ、と思いつつ、存分に警戒して話を聞く。……すると。
「そうか。……王城の中では、貴殿のことをパニス村の神童だと思っている者が多いらしくてな。ダンジョンの守り神であると知っている者が居ない故に、そのような話になってしまったのだが……」
あ、成程ね。そういやそうだった。俺がダンジョンの主だってことを知ってる人ばっかりだったら、流石にもうちょい慎重になるよな。
「まあ、アスマ様には色々とご事情もあることだろうから、『本人の気持ちが大切であろう』と一旦、話を止めてある」
「ありがとうございます。えーと……俺、ちょっと、結婚、とかは考えてないんですが……」
「成程な。よし、分かった。ならば私もそのように動こう」
あ、ありがてえ!もう俺、ラペレシアナ様には頭が上がらないよ!本当にありがてえ!ありがてえ!
「……一方で、先走った馬鹿が先に聖女サティにも話を出してしまったらしいのだが」
……そっちはありがたくねえ!頼むよ!そういう統率とれてねえことしないでくれよ!
「聖女サティはまんざらでもないようでな」
あああああああ!ほんとに!ほんとに頼むってェ!相手がその気なのに俺にその気が無いのって最悪じゃん!ねえ!ちょっとォ!
「……そして、聖女サティが今日、ここに来ているのだが……」
あああああああああ!あああああああああああ!
「アスマ様!今は踊ってる場合じゃないよ!」
「流石に分かってるよ!」
くそっ!逃げ場がねえ!だが……やらねばならない!
……向こうから、聖女サティが来ているからな!なんかもじもじしながら!来てるからな!




