祝福あれ*8
「えぇー……何もしてねえのに魔力が動いてるんだけどぉ……なにこれこわっ」
「怖いねえ……えー、なんだろねえ……」
さて。
色々と観察してみたんだが、結局のところ、結論は『祝福を受けた物の中で、なんか、魔力が動いてますね』ってところであった。
いや、マジでそうとしか言えねえ。魔力は動いてる。魔力が変化してもいる。
「……これがどういうことなのかが全く分からん。ミシシアさん、魔力が動くのってどういう時?」
「え?魔法を使う時じゃない?」
あ、やっぱり?いや、俺もその知識は無いわけじゃないんだ。ほら、魔導書を数冊、読み漁っちまったから……。この世界の魔法の基礎知識、みたいなのは、参照しようと思えば参照できる。が、分解吸収で読んだ本の情報って、頭の中で検索かけないと出てこないかんじなんだよなあ……。やっぱりちょっと不便。
「……えっ!?ということは、土が魔法を使ってるの!?」
「いや、俺もそれ分からんから……」
「怖いね!」
「怖いのよ!そうなのよ!」
……ということで、俺とミシシアさんは2人で『怖いね!怖いね!』と手を取り合っていた。リーザスさんは『土が魔法……?』とかぼやきつつ、土をつんつんつついていた。ああ、何も分からねえ……。
はい。まあ、怖がってても始まらねえ。未知は怖いが、未知じゃなくなれば怖くない。はい。
しょうがないので実験だ。実験実験。ということでまずは……。
「アスマ様ぁ、それ何やってるところ?」
「祝福を受けた水に、祝福を受けていない種を浸してみてる!」
「ああ、祝福を受けたお水……あんまり効果が無かったんだよね?」
「うん。でも、効果が土や種への直接の祝福よりは弱かった、ってだけで、全く無意味だったわけじゃなさそうだから調べてる」
俺が立てた仮説は、ちょっと自分でもどうかと思うようなものだ。
それこそ、ファンタジー極まれり、というか。
流石に荒唐無稽ではないだろうか、というか。
だが……『魔法を使う時に魔力が動く』ということで、そして、『祝福を受けたものの中で魔力が動いている』ということなら……と、思ったのだ。
ついでに、既に実体験として、『ミューミャの毛で作った布自体が飛ぶことは無いが、その布を馬車の幌にすると馬車が飛ぶようになる』とか、『ポーションにした薬草は、水の傷を治すわけじゃなくて、その水がポーションになったものを使用した人間の傷を治す』とか、そういうところは分かってたから。
何故、薬草はポーションにしなければならないのか。
何故、ミューミャの毛自体が飛ぶのではなく、ミューミャの毛に影響を受けたものが飛ぶのだろうか。
何故、スライムが浸かった温泉がもちもちにならず、その温泉に浸かった人間のお肌がもちもちになるのだろうか。
……それらに結論を出そうとすると、なんか、『こう』なんじゃないか、と、思ったんだよな。
「……ビンゴだぜ」
そして俺は、分解吸収の結果、自分のマジでファンタジーな仮説がいけそうな気配を感じ取っていた。
「祝福を受けた水が……祝福を受けていない種に、魔法を使ってる」
「えっ?なに?なんていった?」
「水が!魔法!使ってる!」
「水が!?魔法!?使ってるの!?」
……分解吸収の結果。
水の中の魔力が、種に作用していることが分かった。
さながら、『水が魔法を使った』かのように。
「……水が?」
「うん」
「魔法を?」
「うん!それどころか、土も種も、魔法を使っている!多分!」
ミシシアさんが混乱しているが、俺は『まあファンタジーだからこういうこともあるじゃろ』ぐらいの心構えである。あのね、ファンタジーに中途半端に浸った者より、ファンタジーに逐一驚ける奴の方が、こういう時に驚かなくて済むっぽい。まあ、そういうことあるよね。
「驚いたな……つまり、『祝福』というのは……祝福したものに魔法を使わせる、というものだったのか……」
「多分そう!」
リーザスさんもやってきて、3人並んで水に浸けた種を見守る会を開催する。種はものすごいスピードで発芽、発根している。とりあえず、水だけで出来ることを水がやってるかんじっぽい。この後の成長については土の担当になるのかもしれんが。
「意識して魔法を使わせてる、っていうかんじじゃ、ないよね?精霊が住んでいる水でもないし、水に意思があるわけじゃないもの」
「あ、そうなの?そっか。水に意思はないのか……」
「あると思ってたの!?」
いや、どこからどこまでがファンタジーなのか分からないから……。俺、ネイティブファンタジアンじゃないからそこんとこの線引き分かんないのよね……。
「となると、『祝福』の対象が持つ魔力が魔法になる手助けをしている、ということなのかもしれないな。……ほら、『聖女と勇者の伝説』はそういうことなのかもしれない」
「あー!知ってるよ!聖女様が勇者に『祝福』を掛けて、勇者が魔王を倒すの!」
あ、やっぱりこのファンタジー世界にはそういう伝説がおありなんですね?もうね、マジで何のファンタジーがあって何のファンタジーが無いのかぜんっぜん分かんねえ!
「あれも、勇者の中に眠っていた魔力が目覚めた……っていうのは、つまり、そういうこと……?」
「そうなのかもしれないな。使われずに眠っている魔力を使えるようにする、ということか……或いは、『祝福』というものは使役の魔法に近しい性質を持つ、ということかもしれない。俺も魔法には然程詳しくないが……」
「あ、そういうのあるんだ……」
使役。使役ね。成程。まあ、俺の世を忍ぶ仮の姿はスライムテイマーだしな。そういう『使役術』があることは知ってるよ。
まあ、今回の『祝福』も、広義での『使役』なのかね。よくわかんないけどね……。
「まあ、少なくとも、意識の無いものに魔法を使わせるにしても、無秩序に使わせているわけではないだろう?こう、恣意的だというか……」
「うん、分かる。水が種を冷やすとか流すとかそういう方向に魔法を使わないあたり、『祝福』ってやっぱりなんか、意図を反映させてるのは間違いないと思う」
「聖女サティが『幸いあれ!』って言ってたもんね。幸せになるように、ってことじゃない?」
何が幸せなのかなんて一概には言えないが……まあ、多分、術者の意識によるものってかなりデカいんじゃないかな、という気はする。
そして同時に、そういうことなら聖女サティが幼い頃から教会に囲い込まれちまった理由も分からんでもない。
……要するに、教育だ。『祝福』が都合の悪い方に働かないためには、聖女サティに都合の悪い発想をされないように教育しておくのが確実だよね、と。そういう。
そう考えると色々とやるせねえなあ……。でも、滅茶苦茶に使役魔法が得意な女の子、とか、あんまり野放しにしておくのもあぶねえだろうしなあ……。うーん、一概に判断が間違っていたと断じることもできねえ。
技術と倫理ってのは、こう……割と表裏一体なところあるから……。俺自身は、ありとあらゆることは『できるできない』じゃなくて『やるやらない』になった方がいいと思ってる人だけど、世の中全員が『やるやらない』をちゃんと判断できるかっていうとそんなことは無いから、なら『できない』『そもそも知らない』で『やらない』の代わりにするしかない、ってのも理解はできる。
あああ……なんでこんな、ファンタジー世界でテクノロジーと倫理の話を考えなきゃならねえんだ!
ファンタジーなのに!ファンタジーなのに!ああああああ!
ということでなんか色々嫌になってきたが、元気を出して片っ端から実験してみた。
土と種の組み合わせも、水と土の組み合わせも、色々試してみた。スライムについてはなんかこう、上手く調べられなかったんだけどね……。スライムからスライムの一部を削り取って持ってくると、魔力が大人しくなっちゃうっぽいので……。
……だが、まあ、色々と片っ端からやってみた甲斐はあり、具体的にどういう魔法が発生していたかは分かった。
というか……そもそも、魔法の仕組みが、やっと分かった!
まず、魔法というのが……魔力が動いて起こるものだということが分かった。
えーとね、魔力分子って、基本的に安定してるもんだと思ってたんだよ俺は。でもね、それは半分正解で、半分間違いであって……その安定した魔力分子が、『魔法を使う』という一連の流れによって不安定な状態になって、分解したり結合したりする。その結果、ファンタジー効果が発生する、と。そういうことだったっぽい。
……えーとね、使い捨てカイロで例えるならば俺は、今まで鉄粉のことを発熱の魔力分子だと思ってたんだよ。でも実際はそうじゃなくて、『鉄粉が酸素と結びついた時に発熱の魔法が発生する』ってことだったっぽい。
鉄粉は発熱する力が有る、と言えばまあ確かにそうなんだけど、鉄粉が発熱するのは、鉄粉に酸素が結びつくからであって……魔法の話に戻すと、『魔力分子自体に効果があるんじゃなくて、魔力分子が起こす反応によってファンタジーパワーが発生してる』と捉えた方がより正確っぽいんだよね……。
ただし厄介なことに、科学とファンタジーは全く相関が無いので、エネルギー保存の法則を無視して発光し続ける魔力分子があったり、水で抽出できちゃうわりに安定した魔力分子があったり、もう、色々とわけわからん。
そう。わけわからん。
わけ!わからん!あああーッ!
「ということで、結論から言うと『魔力をより不安定化ないしは活性化させるのが祝福』『使役術を発展させていくと祝福の再現ができるのかもしれない』みたいなところで一旦、ラペレシアナ様に報告しようか」
「そうだな。ラペレシアナ様も、首を長くして報告を待ってらっしゃるだろうし……」
まあ、『分からないことが分かった』とか『ここまでは分かったがこの先は分かりません』とかは重要な情報だからな。これを積み重ねてテクノロジーは進歩していくのだ。まあこれはファンタジーだけど……。
さて、ラペレシアナ様宛てで手紙を書くぞ、となったので、エデレさんのところへ行く。
エデレさんはこの村の村長代理にしてダンジョン受付代表にして、郵便局員でもあるのだ。……この世界、郵便の概念があんまり無いから、大体、『村長さんがまとめて捌く』になりがちなんだよね……。ハードワークだ。
「エーデレさん!お手紙書きに来ましたよ!」
「あら、お手紙?」
早速、ダンジョン前受付を訪ねてみると、そこでは丁度、郵便物を仕分けているエデレさんの姿があった。お疲れ様です。
「ええと……つまり、お返事、かしら?」
「は?」
が、なんかよく分からん話が始まってしまった。何、お返事って。何のお返事よ。俺、何かの手紙を読まずに食べちゃったりした?
「ああ、まだ知らなかったのね?ええと……私のところに、打診というか、確認というか、報告というか……そういうお手紙が来たのよ。ラペレシアナ様から」
……ラペレシアナ様から?えーと、俺がお返事を出さなきゃいけないような何かが?
俺、リーザスさんと顔を見合わせた。リーザスさんも、『なんか嫌な予感がするぞ』みたいな顔をしている。多分、俺もそういう顔してる。ミシシアさんだけわくわくしてる!
「ええとね……王城では、一部から聖女様の婚約の話が出ているみたいよ」
「へー……?」
そうして恐る恐る、エデレさんの話を聞く。
7歳にして婚約、ってのは、流石ファンタジーというか……うーん、なんか、色々思うところはあるんだけど……。
「アスマ様との」
「俺とのォ!?」
いやいやいやいやいやそれはもう思うところしかねえよ!一周回って思いがオーバーフロー!俺もう何も考えられない!
何!?一体何が起きたの!?ナンデ!?婚約ナンデ!?




