祝福あれ*4
そうして翌日。
「はじめまして!聖女サティです!よろしくおねがいします!」
……我らが試験場に、聖女様がいらっしゃった。
「ちっちゃい……!かわいい、かわいいよアスマ様……!」
「成程、これは確かに、お可愛らしいな……」
ラペレシアナ様が『お可愛らしい方だ』と言っていたのがよく分かる。聖女サティは、ふわっとした金髪に、くりっとした青い瞳の、可愛らしい子供であった!
「紹介しよう。聖女サティだ。御年7歳にあらせられる」
改めて、ラペレシアナ様が紹介してくれたので、聖女サティはぺこり。俺達もそれぞれぺこり。
「彼女は7歳にして、既に教会の司祭らが使う魔法を修めておられる。当然、『祝福』も使えるとのことだ」
おお……こんなに小さな子が、魔法使いとは。やっぱファンタジーだなあ。
……と、俺達が感心していたところ、ラペレシアナ様が、こそっ、と俺達に耳打ちしてきた。
「……7歳にして、聖女としての才があったために親元から引き離され、教会で育てられることになった子だ」
「お、おおお……」
な、なんか……なんか、やっぱり教会許せねえな!上層部が腐ってたってのはつまり、それに巻き込まれた人達は大体悲劇の渦中にあったってことだもんな!許せん!許さん!
「もう少々ほとぼりが冷めたら親元に返すつもりだが……本人は寂しく思っておられる。まあ、聖女であると同時にそういう子供だと理解してほしい」
「はい!わかりました!」
そういうわけで、俺達は顔を見合わせ、頷き合った。
……この小さい聖女様には研究の協力をしてもらうことになるわけだが……その間くらいは、あんまり寂しくないように過ごしてもらいてえなあ、と……!
聖女サティのために何かしたい!というのはまあ確実に実行するとして、まずは研究だ。ラペレシアナ様に折角頂けた機会だしな。無駄にはできん。
「では聖女サティ。この畑に祝福をお願いします!」
「はい!わかりました!……『この地に幸いあれ!』」
早速、『祝福』をお願いしたんだが……うーん、違いが分からん。
よく考えたら俺、ダンジョンエリア内じゃないと分解吸収再構築できないから、分析の類ができないんだよな。
……祝福がかかった土地の土を持ち帰って分析するのはするとして、今は今できる分析からやってみるか。
「じゃあ比較実験を行います」
「ひかくじっけん……?」
「2つの畑で条件を揃えて、それでどこか1か所だけ異なる条件にすることで、変えた条件によって起こる変化が何かを見ることだよ」
「難しいよアスマ様!わかんないよアスマ様!」
……聖女サティは首を傾げているし、ミシシアさんには文句を言われてしまったがしょうがない。まあ、俺が主導するので……。
「えーと、じゃあミシシアさんとリーザスさんは2人で、全部の畑にラディッシュの種蒔いて!」
「分かった!やるぞー!」
まずは、祝福された畑Aと同じように畑Bと畑Cと畑Dにも種を蒔いてもらう。……ラディッシュなのは、トマトより生育が早いはずなので、短期間で試行回数増やしたいんだったらラディッシュがいいだろうなあ、と思ったからだ。
「えーと、聖女サティ様はこっちの畑に『祝福』をお願いします」
「はい!『この地に幸いあれ!』」
そして、畑Bに種が蒔き終わったところで、『祝福』を掛けてもらう。
畑CとDには、畑自体には祝福を掛けてもらわない。だが……。
「それから、聖女サティはこちらの水瓶の水にも『祝福』をお願いします」
「お水に?……えーと、『この地』……えーと、えーと、『この水に幸いあれ』……?」
……こうして、祝福が多分掛かったであろう水を、畑Cに与えることとする。
これによって、『祝福してから種を蒔いた畑』『種を蒔いてから祝福した畑』『水に祝福畑』『祝福無し畑』の4つの畑ができた。これらを半月くらい運用してみて、ラディッシュの生育具合を見ることにしよう。
「それから、土壌ごとの違いも見たいので……えーと、土壌をちょっとずつ変えてある畑EとFとGがあるのでこっちにも祝福をお願いします」
「はい!『この地に幸いあれ!』」
続いて、土壌。
……パニス村の森から持ってきた、ふかふか腐葉土を混ぜ込んだ土が畑E。王都で使われてる肥料を混ぜ込んだ土がF。パニス村ダンジョンの宝石を砕いた奴を混ぜて、魔力多めの環境を再現したのがG。これに、特に何も混ぜない畑Aの結果を合わせて見てみよう。
「あと、こっちのスライムにもお願いします」
「えっ!?」
それから、畑Hとして、スライムにも祝福を掛けてもらおう。
「……スライム」
「スライムですよ」
聖女サティは、ぽかん、としながらスライムを見つめている。見つめられているスライムは、もよよん、と揺れた。マイペースだなあ。
「スライム……」
「はい。スライムですよ」
聖女サティは、尚もスライムを見つめ続けている。スライムは全く動じていない。
……いや、まあ、スライムに祝福を、って、そりゃビビるよなあ、とは思うんだが……どうも、聖女サティが考えてること、そこだけじゃない気がするんだよな。こう、スライムに向ける目が、きらきらしているというか……うん。
「……スライム、触っても大丈夫ですよ」
「いいの……?」
「触ってもつついても揉んでも投げても、こいつら全然気にしないんで」
どうぞどうぞ、と勧めてみたところ、聖女サティは恐る恐るスライムに手を伸ばして……ぷにょ、とつついた。
「……えへへ、やわらかーい」
どうぞどうぞ心行くまでつついてください!もうね!この笑顔を見たらスライムだって嬉しいと思うし!ほら!どうぞ!いっぱい触っていいよ!
「アスマ様……聖女様をスライムで埋めるのは、その、どうかと思うぞ……」
「すんませんっした」
それから10分後。そこにはスライムにもちもち埋もれた聖女サティの姿が!そして、『聖女様に何してるんだ』と俺を叱るリーザスさんの姿と、叱られる俺の姿も!あと、聖女サティと一緒にスライムに埋もれるミシシアさんの姿もある。元気だ……。
「いや、でも聖女様もお喜びのようで……」
「うん……まあ、そうなんだが……」
……一方、聖女サティはスライムに埋もれつつ、きゃあきゃあと笑い声を上げており、楽しそうである。ミシシアさんもきゃいきゃいしていて、非常に楽しそうである。
「……うーん、聖女様、と聞いてまさか7歳だとは思わなかったからな……。どうにも、実感が追い付かなくて……」
「まあそうだよね……」
リーザスさんも困惑気味だが、俺も困惑してるよ。うん。まさか7歳とは思ってなかったよ。
「……聖女様でも、7歳なら、スライムに埋めていい……だろうか」
「うん……そういうことにしとかない?彼女、楽しそうにしてるしさ……俺、あの笑顔は壊せねえよ……」
7歳が親と引き離されて教会に連れて行かれて『聖女』にされてしまう、というのは、やっぱりちょっとあんまりじゃねえかな、と思う。だから今、スライムに埋もれて楽しんでくれるならそうさせてやりたいし……聖女サティみたいな例が出ないように、『祝福』が誰にでも使えるようにしたい。
『祝福』の謎が解けて、この技術が一般的なものになれば……7歳の聖女は、特別な存在じゃなくなるわけで、こんな目に遭わなくて済むはずだからな。
「よし……もう少し休憩して貰ったら、その後は畑A~Dをもう1セット作るぞ!そして10日後にもう一回祝福を掛けてもらって、その結果を見る!」
「まだやるのか!?」
「当然!やるぜやるぜ俺はやるぜ!」
「アスマ様、その、パニス村に棲みついている冒険者に似てきていないか……?」
気合もやる気も元気もバッチリだからな!俺はまだまだやるぜやるぜやるぜ!そして『祝福』なんか消し飛ばしてやるぜやるぜやるぜ!
……そして、実験用の畑を整備し終えて、翌日。
「10日後にもっかい来て、畑A2からD2までに再度の『祝福』を掛けてもらって、それで色々見てみるか、と思ってたんだけどなあー……」
「私はなんとなくこうなる気がしてたよ!」
「そっかー……俺はちょっと予想外だったなー……」
……俺達の目の前には、クソデカスライムが居る。
クソデカスライムは、頭の上にフサフサとラディッシュの葉っぱを揺らしつつ、もっちりもっちり、のんびり這い回っていた!




