祝福あれ*2
「……と、このように、植物の生育の為にはカリウムとリンと窒素が必要でして、現状はこれらを元素ごとにバラしてから化合物にして適当に水に溶かしたものを生み出しているのですが……」
ということで、俺は現在スライムに与えている肥料の内訳をラペレシアナ様に公開することにした。
だが。
「ううむ……やはり、ダンジョンの守り神の知識ともなると、難解だな……」
……難解だったそうです!ごめんなさい!でもこれ以上噛み砕いて説明できねえ!
「どうしようかなあー、どう説明したらいいのかなあー、うーん」
俺は頭を抱えている。困った、困った。
……この世界において、科学ってのはあまりにも……あまりにも、馴染みが無い訳だ。いや、まあ、そりゃそうでしょうよ。『ファンタジーパワー!ヤーッ!』ってやったら超ジャンプできたり鎧ダッシュできたりしちゃう世界なんだからさ。
どう考えても浮くはずがない毛玉が空を飛ぶし、脳味噌の欠片も見当たらないスライムがもっちりもっちり生きているし……。どう考えても、科学の土壌が無い!
「アスマ様の『げんそ』の話、ちゃんと聞いたの初めてだったかも」
「あー、うん、俺も初めてしたかもしれない」
「アスマ様は、『げんそ』と『ぶんし』でこの世界を見てるんだよね?」
「うん……」
……そう、なんだよなあ。ミシシアさんの言う通り、俺は世界というか、ありとあらゆるものを『元素』で『分子』で『エネルギー』だと見てるわけだ。そういうもんだと思って生きてきたし、これからも多分、そう。
そんなもんだから……ミシシアさん達とは違う見方で、この世界を見ている。
最早ここまで来ると、科学と宗教ってのは表裏一体だなあと思わされる。
この世界において、科学こそが世界の真理であると証明することはかなり非現実的で、まあ、証明できない以上は存在しないと言われちまっても反論のしようがない。同時に、魔法というものが世界の法則であり真理であるとされちまっても、まあそうでしょうねと言うしかない。
……現状、俺は俺の今までの人生において培ってきた価値観に基づいて、この世界を『科学の法則は間違いなく存在しており、しかし同時に魔法というものが存在していて、相互に絡み合って動いている世界』だと思っているんだが……まあ、宗教よ。これも、言っちまえば宗教よ。
アダムとイブなのか、イザナギとイザナミなのか。はたまたメンデレーエフなのかパスカルなのか……っていうのは、この世界においては全くの並列なわけだな。
……多分、この世界においては、科学ってのはチートなんだよな。それで、ファンタジーパワーこそが正統なるテクノロジーの源なわけだ。多分ね。多分。
そんなんだから、まあ、説明のしようが無い。俺が魔法ってものに『ウワーッ!納得いかねえーッ!』と思うように、多分、ミシシアさんもリーザスさんも、エデレさんもラペレシアナ様も、科学というものに『わからん』となるんだろう。
難しい。実に難しい話だ。もう、これは何を信じるかという話にまでつながってくる話だ。地動説を唱えたら殺されるとか、マジでそういう世界の話なんだこれは。
「化学肥料……ハーバーボッシュ法をこの世界に導入すればなんとかなるんじゃないかと思ったんだけど、多分、それは違うんだよなあー……」
……多分、俺は、この問題にファンタジーパワーによる解決法を見つけねばならない。
だって、どんなに技術があったとしても、俺が消えただけで成り立たなくなるものを普及させるわけにはいかない。科学というものの概念自体も、多分、そうなんだ。
一方、ファンタジーパワーならそれが可能なんだろうし……この世界においては、それが一番手っ取り早くて受け入れられやすい正解のような気がする。
うん……受け入れられるかどうか、ってのは、大事なんだよな。うん……。いや、俺、結構好き勝手色々やってるけど、それでも宗教裁判に掛けられてねえの、結構奇跡的な気がしてきたぞ!
ありがとう!パニス村のゆるい仲間達!ありがとう!世界!
「ということでやっぱりリンとカリウムと窒素の話は置いておくことにしたんですが、それはそれとして、マメ科植物を育てて畑に鋤き込むといいですよ」
「ほう。ならばそれは実践してみよう」
……いや、まあ、それでも、いけそうなところはいかせてもらうけどね……。俺達の根粒菌が明日を切り開くと信じて……。
さて。
「結局のところ、スライムに植えちまえばいけるんじゃないかと」
「成程な」
……ということで、俺の結論は結局、コレになった。
いや、だってさあ……スライムに植えたブツはどう考えてもおかしいだろうっていう速度で育つからね。いや、どう考えてもおかしい。やっぱりこれおかしい。今まで普通に受け入れてきちゃっていたが、俺はこれを受け入れていていいのだろうか。そう気づいてしまった俺はSANチェックです。
「スライムか……いや、しかし、このように大人しい性質のスライムは、他の地域ではあまり見ないが……」
「あー、そういやそうでしたね」
パニス村のスライムって、本当にただもっちりもっちりぽよよよん、ってな具合の健気で平和で暢気な生き物なんだが……リーザスさんの行きつけダンジョンに行った時のスライムは……カルチャーショックだったなあ。
「スライムって、そんなに沢山種類が居るんですか?」
「ああ。大抵、ダンジョンに居るスライムは獰猛だな」
「こいつらは獰猛さの欠片も無いですね。なんでだろ」
丁度、近くを通ったスライムが居たので『なんで?』と聞いてみたのだが、スライムはぽよんと揺れるだけである。うーん、『獰猛』っていうよりは、『どうも!』ってかんじだ。平和。
さて。今後、スライムを農業用に転用したいと考えるとなると、他の地域のスライムも農業に使えるのかどうか、考えていく必要がある。
必要がある、んだが……。
「獰猛なスライムにトマト植えられるかな……」
「ダメだと思うよ、アスマ様ぁ……」
……うん。そうね。そうなのよ。そりゃそうよ。人間を襲う畑って何よって話で……というか、うちのスライムだからこそ、暢気に頭からトマト生やしてフサフサやってるが、これ、もうちょっと跳ねっかえりのスライムだったら『何だこれ!吐き出してやる!』ってならない?
……というか、なんでうちのスライム、普通に植えられっぱなしてんの?暢気さが他の追随を許さぬレベル。
「となると……パニス村のスライムを育てて増やして、それを各地に広めていけばよい、ということになるか」
まあね。うちのスライムだけなんか特殊な品種、って可能性が高そうだし、ラペレシアナ様の仰る通りのような気もする。
だが……。
「……えーと、俺の知識で恐縮なんですが、それにはちょっと危険があるかと」
「何でも言ってみてほしい」
「じゃあお言葉に甘えて……その、環境によって姿を変える生物の例を、いくつか聞いたことがあります」
「ほう」
ラペレシアナ様に興味津々に見つめられる中、ちょっと緊張しつつも俺は喋ることになる。
「例えば、ある種の貝や魚は有毒ですが、それは餌とするものの中に微量に含まれる毒を体に溜め込んでしまうからだ、という例があります」
とりあえず出すのは、有名な奴だな。生物濃縮の例だ。
本当にごくごく僅かな量の毒を持つプランクトンを大量に食べた小エビを大量に食べた小魚を大量に食べた魚……というように、食物連鎖の頂点に立ったその生き物が、プランクトン数百万数千万匹分の毒を濃縮して溜め込むことになる、と。で、その魚を食う人間が毒に中るってわけだ。
「他にも、住んでいる環境によって体毛の色を変えたり大きさを変えたりする鳥も居ます。群れが雄ばかりなら雌になる魚も居ます。つまり……えーと、うちのスライムも、そうなる可能性があります」
この世界でもこういう例えって通じるだろうか、と少々ひやひやしつつ説明してみると、ラペレシアナ様は『成程』と一つ頷いた。
「そういうことか。まあ、納得のいく理屈ではあるな。……ドラゴンも、雪風の厳しい環境に居るアイスドラゴンと、火山の中に住むというヒートドラゴンとで大きく姿形が異なるものだ。スライムもまた、そうなる可能性がある、と」
「はい!……他にも、外敵が居るから毒や棘を持つようになることもあるでしょうし、水の中に居れば鰭を、空に居れば羽を、それぞれ手に入れることもあると思います!」
ラペレシアナ様にはこの話が大体伝わったらしく、納得していただけた模様である。尚、ミシシアさんは俺の横で『空飛ぶ羽スライム……居たら絶対にかわいい!』とにこにこしていた。うん、まあ、そういうスライムも居たらいいね……。
「そういうことなら、パニスのスライムを他の地域に運んだところで、ここと同じように農業に利用できるスライムのままであるという保証は無いことになるな」
「はい。まあ、試してみないことには何とも言えないと思いますが……」
……俺の話は、あくまでも『危惧』でしかない。もしかしたら、パニス村から出ていったスライムが、その土地でもパニス村同様、もっちりもっちり……と暢気に生きていくかもしれないし、そうならないかもしれない。
ま、分からない以上、実験してみないといけない。近々、なんか別の場所にうちのスライムを連れて行ってもらう、っていうこともやってみるべきかな……。
「……アスマ様。一つ、お尋ねしたいのだが……」
「あ、はい。何なりと!」
俺が『近場でラークの町……いや、いっそラペレシアナ様主導で王都で実験してもらうべき……?』などと考えていたところ、ラペレシアナ様からご質問頂いてしまった。なので慌てて姿勢を正す。
「その……その者が生きる環境によって、その者の姿、性質……そういったものが変わることがある、というのであれば、逆もまた、あり得るのか?」
……ふむ。
「つまり、アレですね?もしかしたら、獰猛なスライムも平和な場所で育てたら、暢気なぽよぽよになるのではないかと……そういうことですね?」
「ああ。それはやはり、難しいのだろうか」
ラペレシアナ様が首を傾げておられるが……俺としては、これは十分にあり得る話だな、と思う。
有毒と思われていた魚を無毒の餌で養殖してみたら、毒の無い個体ができるようになるわけだし。風の谷の何某でも、『綺麗な水と土で育てたら無毒の植物ができました』ってやってたし……。
「……ということで、実験ですね」
「そうだな。となると……王都近郊の直轄農場がいくつかある。それらを使うか」
「ありがたい!じゃあまずは王都近郊で短期の実験から……」
「長期の実験については、こちらで人員を用意しよう」
ま、結局はこうなる。科学ベースだろうが、ファンタジーパワーベースだろうが、実験と試行錯誤は当たり前にあるべきものなのだ。
俺、この姿勢だけは、この世界にも当たり前に存在していてほしいと思うし、これは積極的に布教していきたいと思うよ。
ということで。
「増えたスライムは出荷よー」
俺達はいよいよ、スライムを抱えて王都へ向かうことになった。
あまり揺れないとはいえ全くの無振動でもない馬車の上、スライム達がぽよよよよよよ、と揺れている中……。
「ねえ、アスマ様ぁ……やっぱり馬車2台にした方がよくなかった?」
「うん。俺もそう思ってるところだよ……」
……スライム達に埋もれる俺とミシシアさんは、『ぽよよよよよよ』の中に巻き込まれていた!
主に全身が!ぽよぽよされている!なにこれ!くすぐったい!
……あんまりにもあんまりだったので、途中で何度か、御者を交代した。交代したらリーザスさんも『おおう……』と何とも言えない顔をしていた。うん、そうなるよね、これは……。




