馬車への道*8
ということで作りました蒸し風呂。入れましたスライム。
スライム達はほこほこと蒸されて、ちょっととろけ気味である。だが、蒸し風呂自体は気に入ったらしく、もちもちと少し楽しげだ。高温多湿みたいな環境の方が好きなのかもね。じゃあこいつら日本の夏の太平洋側とか大好きなんじゃないだろうか。おいでよ日本の夏。
「アスマ様ー、どうしてスライム蒸してるの?」
「えーと、魔力を濃縮するため。この蒸し風呂なんだけど、簀の子の下の槽でお湯沸かして、そのお湯が蒸発して、天井の冷却パイプで凝結して、それが落ちてきてスライムにぴちょんしている状態」
今もこの蒸し風呂の中、ほっかほかのじっめじめなわけだが、スライム達は天井から落ちてくる水滴に打たれて、やはりちょっと楽しげである。こいつら確かに、雨の日とか好きだもんね。
「で、天井は天井で、冷却水のパイプがあるんだけど……そのパイプの素材に、ジャンク魔力を添加してある。なので凝結して生じた水滴はジャンク魔力を有するようになる。そして、温泉由来の湧き水を冷却水に使用してるので、パイプにはジャンク魔力が提供され続ける仕組み」
「な、なんかよく分かんないけどすごいね!」
「うん。まあ、これで上手くいくかどうかは試してみないとな」
やってることはソックスレー抽出器と同じなんだよな。溶媒を常にクリーンな状態にして使い回すことで、効率的に目的のブツを抽出できる、っていう。
……これの問題はただ1つ。
「問題は、ポーションって沸かしても大丈夫?ってことだけなんだけど」
これ、目的の物質を抽出した後の溶媒を蒸発させ続ける必要があるってことで、つまり、ポーションを加熱してるのと同じことになってるんだよな!
「えっ……大丈夫なポーションと駄目なポーションがあるよ!」
「うん。ね。でもまあ……多分大丈夫だと思うんだよね。何せ温泉にスライム出汁が溶け込んでたわけだから……」
「あー……そっかぁ」
……まあ、揮発しちまう魔力があるかもしれないんで、そこは確認するが。
でも、スライム自身が温泉に浸かって美肌成分を供出していたことを考えると、まあ、少なくとも熱めの温泉くらいの温度は大丈夫なんだろうな、と思われる。
なんで熱めでいけるかって?スライムは魔力がたっぷりの水が出てくるパイプには詰まりたがる性質がある!そして温泉においてはそれが給湯用パイプってことだ!あの熱すぎるお湯が出てくるところに時々詰まってるんだこいつらは!
……やっぱり、スライムって鍋で煮込んでも大丈夫だったんじゃないだろうか。俺は訝しんだ。
そうしてスライムをしばらく蒸してやったところ、ほこほこつやつやしたスライムが出来上がった。
……なんだろう。艶が増した気がする。あと、いつもより元気な気がする。やっぱりこいつら、時々は高温多湿の環境に置いてやった方がいいってことなのかな。それともジャンク魔力を浴びまくってめっちゃ元気になっただけかな……。
まあいいや。今回の実験が失敗していたとしても、この蒸し風呂はスライムの福利厚生として残すとして……さて、問題の魔力の濃縮については……。
「成功である」
……無事、目的としていた魔力の濃縮に成功したのだった!
「何が成功したのかよく分かってないけど、何かは成功したんだね!おめでとう!おめでとう!」
「ありがとう!ありがとう!」
ということで、俺とミシシアさんは手を取り合って踊り出した。るんたった、るんたった。ワルツのリズムで盆踊りを踊るぜ。
「で、問題はこれを水にぶち込んだところで、ゴムもどきができるのか、という話なんだけど……うーん」
……抽出のために温度を上げたんだから、温度を下げたら添加できないか?とも考えたんだが、とりあえずまずは物は試しの精神で、タイヤの型に入れた水に濃縮スライムポーションをぶち込む。
「……できちゃったねえ」
「できちゃったわ」
……そして、ぶるん、と固まったゴムタイヤもどきが完成してしまった。
うーん……そうか、できちゃうのか。うん。うん……なんで?
理屈は分からんが、とりあえずできた。何度かやってみて、再現性があることは確認できた。ミシシアさんやリーザスさん、それから暇そうに『俺はやることがないぜ。やることがないぜ……』としょんぼりしていた冒険者を捕まえてきて、彼らにも再現できるか試させてもらった。
結果、彼らにも再現できたので、ひとまずこれでタイヤの製造はよしとすることにした。
出来上がったゴム部分にスポークつけるとか組み立てるとかそういう部分はまあ、追々やるとして……さて。
「ミシシアさん!さあ!乗ってみてくれ!」
「いいの!?じゃあ乗るね!」
……できたてほやほや、この世界の人々にも再現可能であろうと思われるチャリにミシシアさんを乗せてみたところ、ミシシアさんはチャリを漕ぎ、すいすいと進み始めた。
「問題無さそうー!?」
「うん!大丈夫ー!快適だよー!」
……ということで、これにて馬車開発は一旦終了である。……馬車じゃなくて、チャリと荷車になっちまったが。
だが、これでこの世界の流通に多少なりとも影響が出てくれるのではないか、と期待できる。少なくとも、パニス村からラークの町、そして王都までの道は、これからどんどん人通りを増やしていきたいところだな。
「ところでこの『チャリ』って、もうちょっと速度出せないかなあ……」
「いっそ原付にする?なんかファンタジーパワー組み合わせたら簡単にエンジン作れねえかな……」
「円陣……?円くなるの……?」
……いや、まあ、まだまだ改良の余地がありそうだけど……。
うん……原付は無理でも、モービルぐらいなら、なんとかなる……?
……そうして一か月。
「俺はダンジョンの主じゃなくて、チャリの主になりつつあるのであった……」
俺は、ひたすらにチャリを造り続けていた。
……というのも、パニス村に増えつつある職人達も作ってはくれるんだけど、やっぱり俺が『再構築』でバンバン作っちゃった方が圧倒的に速いので。それで、俺はチャリを量産しているのであった。
「人間が乗るためのチャリ、そして貨物を運搬するための三輪車、ファンタジーエンジン付き……」
特に、ファンタジーエンジン付けたやつ。これが馬代わりに良いと大層人気でね……。
尚、エンジンの燃料は宝石である。……つまり、宝石に含まれる魔力なんだけども。
宝石に含まれるジャンク魔力を消費して、『推進』の魔法を生み出している機関、ってかんじになるか。まあ、そういうブツができちまったので、ファンタジー力で動く謎三輪バイクは今、物流のメイン戦力として頑張ってくれている訳だ。
そしてその謎三輪バイクを生産するにあたって、俺が延々と働いているというわけである。もうね、ダンジョンの主じゃない。チャリの主。
「まあ、魔力の性質も分かってきたことだし……」
とはいえ、チャリの主の仕事ばかりやっていたわけではない。ちゃんと、基礎研究を続けている。
……どうも、魔力分子は、ジャンク魔力が近くにある時、そのジャンク魔力を変化させることで諸々の作用を起こしているっぽいことが分かった。
ポーションを飲んだ人間は、そのポーション中の『治癒』の魔力分子によってのみ怪我を治すのではなく、人間の中にあるジャンク魔力を『治癒』の魔力に変化させることも併せて、怪我を治している。
スライムから抽出した『もっちりやわらかの魔力』の類も、それ自体が水に働きかけると同時に、対象となる水の中のジャンク魔力をもっちりさせることによって、ゴムもどきを作ることができる。
……そういう、『ジャンク魔力を先導する魔力』については、多ければ多い程、ジャンク魔力を動かす力が大きいようだ。つまり、濃度。魔力濃度が高いポーションの方が、よりデカい影響を与えられるということだ。
よって濃縮は重要である。……が、魔力によっては揮発する……というか、ポーションに安定して留まっていてくれないっぽい事が判明している。このあたりはこれからも要研究だな……。
……まあ、そういう訳で、色々な魔力をポーション状態にしたり、ポーション状態の魔力を別の何かに作用させたりする研究は捗ってはいる。下手すると俺がこの国の最先端技術かもしれない!
だが!
「アスマ様、お疲れみたいね。大丈夫?少しお昼寝していく?」
「ううん、ありがとうエデレさん大丈夫……いやあの大丈夫だから!エデレさん!エデレさん!ああああああ!」
……仕事が増えて、疲れるのは疲れる。
そして、俺が疲れてしまうと……エデレさんが俺を寝かしつけに来るんだよ!
ああ、あああああ……エデレさんにぎゅっと抱きしめられつつ背中をぽんぽん叩かれ、器用にタオルケットでくるくる巻かれて、また抱きしめられつつゆらゆらやられていると……眠くなっちゃうからやめてって言ってるのに……。
ぐう。
日々、エデレさんに寝かしつけられているけれど、俺は元気です。寝かしつけられちまってるから元気です。毎日がぐっすりお昼寝付き、それも毎回の安眠っぷりなんだもんよ。健康にもなるわ。
が、今日こそは寝かしつけられる訳にはいかない。というか、多分、エデレさんも俺を寝かしつけている暇は無い。
……今日は、ラペレシアナ様がお越しになる日なのだ!村総出でお出迎えするぞ!
ラペレシアナ様と第三騎士団の歓迎の準備は滞りなく進んだ。
最近は卵のみならず、ミュー乳もパニス村内で生産できるようになったから、料理はレパートリーが大分増えた。やっぱり乳製品使い放題になるってのはデカいね。
ミュー乳は牛乳と比べて、生産量は控えめになる。だが、味が濃くて美味い。ミュー乳で作ったチーズは、あっさりしつつもミルクのコクと旨味たっぷりで、これがスライム産トマトによく合う。最高である。ミュー乳のバターもミルクっぽさが強いので、バターケーキなんぞ作った日にはやたら美味いものができる。
……ということで、そんな食事を用意しつつ、ラペレシアナ様の一団を待っていた俺達だったが……。
「……ねえ、アスマ様。何か聞こえない?」
「ん?何か?……あー、聞こえる、かも。唸り声?ってのも違うか……?」
俺達の耳には、低く、何かが唸るような音が聞こえていた。
これ、何か大型の魔物でも出てきたんじゃねえだろうな、と俺達は瞬時に警戒を強める。特に、耳の良いミシシアさんはその警戒が強い。
……だが。
「ちょっと見てみるか……ん?」
俺がダンジョンパワーで視点を動かして見てみたところ……そこには、衝撃的な光景が広がっていた。
……銀の髪を風に激しく靡かせ、ターコイズブルーの瞳は真っ直ぐに正面を向き……そんなラペレシアナ様と、彼女率いる第三騎士団の面々は……。
「ラペレシアナ様が!ラペレシアナ様が!」
「ラペレシアナ様に何かあったのか!?」
「でけえバイクに!乗ってる!」
……バイクに乗っていた!
うん!チャリよりはいいか!ヨシ!




