馬車への道*7
『もっちりやわらかのまりょく……?』と考えることを止めた俺は、それからしばらくスライムに揉まれまくっていた。
が、『あっこれ餌の要求か!?』と気づいたので、慌てて肥料を用意してやった。シャーッと肥料を掛けてやったら、スライム達はぞろぞろもちもちと解散していった。なんなんだ。お前ら本当に何なんだ!肥料なら温室でも出るようにしといてやったろ!お腹空いたんならそっち行きなさいよ!
「まあ、調べてみる価値はある」
「その意気だよアスマ様!」
さて。まあ、そんなスライムはさておき……そんなスライムが持っている『魔力』については、確かに調べてみた方がいい。
前、ジェネリック君を調べた時に取ったデータをもう一回確認してみたところ……。
「……うーん、まあ、確かに『もっちりやわらかの魔力』と評してもいいかんじの魔力があるっぽい」
「ほんとに!?」
「うん。ただしそういう1つの魔力じゃなくて、集合体。具体的には『壊れても修復する』とか『形を保つ』とか『保水』とか『やわらか』とかそういう魔力がいくつか水に加わってスライムになってるっぽい」
まあ、理屈を考えると分かる話ではある。スライムってどうも、魔力たっぷりの水から生まれてるらしいから。原材料は水だし、水がもっちりもっちりするための何やらがあるってことだよな。
「……問題は、逆にどこらへんにスライムをスライムたらしめる部分があるのかが分からなくて……えーと、命?魂?なんかそういうの、どこにあるんだろ……」
が、俺としてはまた悩まざるを得ない!
それは……『ただ魔力が入ってる水』と『スライム』には明確に差があるからだ!
……ほら、スライムって、生きてるじゃん……?水がいきなりあの生命活動状態になるのって……よく考えたら訳が分からないんだよな。
「いや、人間だって命というものが実態を持っている訳じゃない……命とは状態であって、えーと、スライムもつまり似たような……待て、だからその生命の発生のきっかけは一体何なのよって話で……」
「アスマ様がまた難しいこと言ってる……」
ミシシアさんがそこらへんのスライムを捕まえてぽよぽよやり始めた。スライムは大人しくぽよぽよやられているが、別の一匹はミシシアさんの周りを、もっちりもっちり、と這い回っている。更に別の一匹は、そこら辺の草をもっちりぷるぷるつついている。うーん、間違いなく自我がある……。
……が、これは考えても考えても全く理解が進まなかったので、考えるのを止めた。生命の神秘、奥深い……意味わからない……。
スライムの命はさておき、スライムの魔力である。
「できた」
「わー!スライムみたい!」
……早速、俺はスライムのボディを形成するための魔力を再構築してみた。ただし、生きたスライムが生まれちゃうとアレなので、ボディに関係しなさそうな魔力は全部抜いた。
「うん……もうちょい硬さが得られたらゴムっぽくなる気がするなあ。じゃあなんか別の魔力……あ、聖騎士達が着てた鎧の『頑丈になる魔力』でいいか……?おっいいかんじじゃん硬いじゃん」
そしてちょこっと試行錯誤したら、割と簡単にゴムっぽいものができた。いいじゃんいいじゃん!
「これを成形する……のは、えーと、どうしよ。加熱してプレス……?いや、だったら元々タイヤの形の型を作っておいて、そこに水を流し込んで、水に魔力を添加して……うんうんよしよしこれで成形は簡単にできる訳だ」
そしてこのゴムもどきなら、成形も簡単!いけるいけるいける!
が、まあ……。
「……問題は、これ、どのみち俺以外の人ができないってことなんだよなあ……」
……魔力の抽出とか添加とか、つまるところ俺の再構築パワーを使って作ってるから、他の人には再現できない!つまり、この方法だとダメ!
「うおおん……」
「アスマ様、行き詰ってるね。というか、スライムに詰まってるね……」
ということで俺は、スライムの山に埋もれている。というか、スライムの群れに詰まっているというか。うん。めっちゃ詰められている。ちょっときつい。ぎゅうぎゅうやられている。なんなんだこいつら!
「ミューミャの時みたいにはできないの?」
「んー……スライムを殺してしまうのは忍びないので……」
「そっかー、そうだよねえ……」
「魔力を抽出および添加する方法が分かればいいんだけどね。魔力の溶媒とかあれば話は変わってくるんだけど」
……この世界の魔力の研究については、正直なところ、あんまり進んでいない印象を受ける。
魔力というものが複数種類あることはあまり意識されていないようだし、それらの組み合わせ方で効果が変わることも知られていないんじゃないかと思う。
少なくとも、俺が本屋で買ってきた魔法関係の教本には、そこらへん一切書いてなかった。なんか、『意識を集中させて魔法を使う。呪文はこう!』みたいな、そういうのは出てきたんだけどね……。理論が全然無いんだよね……。
ということで、魔力の抽出とか添加とかの方法がイマイチ分からない。
とはいえ……全く手掛かりが無いってことも無い。
「えーと、薬草の魔力って、ポーションの形にしちゃえば何にでも使えるよね?」
「そうだね。薬草そのまま食べてもある程度は効くけれど……やっぱりちゃんとポーションにした方が効果があるよね!」
うむ。ということは、やっぱり薬草をポーションにする過程で、魔力の抽出とか濃縮とかを行っているか、人間にとって使いやすい形になるように加工しているか……。
「……水に溶けてりゃ何でもいいのかな?いや、でもどのみち特定の魔力だけを抽出するっていう機能が無いとどうにも……」
これはちょっと一考の余地がありそうだなあ。
「とりあえず、スライム由来の魔力をポーションにするのが目標ってことになる。よって……スライムを煮込むことにした」
「温泉だねえ、アスマ様」
「いや、これは低温で煮込んでるだけだから……。それに、聖騎士の鎧も一緒に煮込んでるし……」
「温泉だよ、アスマ様」
……ということで、俺はスライムを使ってポーションを作ることにした。
ポーションの材料は簡単。魔力のある水で煮込む。基本はコレで終わりである。
……具体的に、どういう魔力が含まれる水で煮込むかによっても色々と性質が変わるらしいので、ここはいくつか実験するしかないだろう、と思い……そして、村で一番魔力の多い水が簡単に手に入る場所といえば……温泉である。
「どう見ても温泉にスライムが浸かってるだけだよアスマ様!いつものやつだよアスマ様!」
「俺もそんな気がしてきた……」
……今、温泉にはスライムが20匹ほど、もっちりもっちりと入浴中である。
いや、なんかこう、魔力の多い水で煮込めばいいってことならこれでいいか、と……というか、熱湯でスライム煮込んだらかわいそうだし……。
「……あれっ、でもほんとにお湯に魔力が溶け込んでるよアスマ様」
「えっ!?」
「ほら、ね?なんとなく、さっきとは違う気が……」
嘘だろ、と思いつつ、分解吸収でスライムが浸かったお湯を見てみる。すると……。
「……おおー、『壊れても修復する』とか『形を保つ』とか『保水』とか『やわらか』とか……なんか入ってるなあ」
なんと、本当にポーションができた。スライム20匹がもちもちひしめき合う温泉だからこそかもしれないが、魔力が多少、温泉の方に溶け出したらしい。いや、どういう仕組みなのかは分からんが。溶け出してるんじゃなくて、水の方に元々あったジャンク魔力が、スライム内の魔力に似た形に変化したとか……?
……うーん、後者の方がそれっぽい気がしてきたな。聖騎士の鎧の『頑丈になる魔力』も、なんか多少、出てきてる気がするし……あっ!?いや、ちょっと待て!一緒に煮込んじゃったからか、スライムの方に『頑丈になる魔力』が移ってる!?
やべえやべえやべえスライムが頑丈になっちまう!お前らはもっちりぷるぷるでいて!硬くならないで!いやー!
……ということで、まあ、なんだかんだあったがポーションができちまった。
理屈は今は置いておくしかない。『こうやったらこうなった』だけあれば、今はそれで良しとする。それに加えて……。
「……もしかしてこの温泉の美肌効果って」
「スライムの!出汁!スライムの出汁だよアスマ様!」
「マジかぁ……」
……なんか、知って良かったのか良くなかったのかよくわからん情報が手に入ってしまった!このパニス村名物の温泉!どうやら、薬草の効果と同時に、スライムの効果で美肌になっていたようである!
「スライムの、形が変わっても大丈夫な性質って、『壊れても修復する』ってことだったんだねえ」
「つまり、細かい傷を癒すポーションになってる、ってことだもんな……そんなのに浸かってたら、そりゃ、美肌になるわ……」
「保水とかやわらかとかも入ってるなら、余計にそうだよね!」
「うん。なんなんだろうね、ほんとにね……」
俺としてはなんか釈然としないというか、複雑な気持ちなんだが……まあ、これでゴムタイヤもどきを作るにあたっての一番の問題が解決しちまったので……。
「……今後は、スライムが一度に入れる数を5匹から10匹に増量するか……」
「あー、沢山スライム浸けておいた方が温泉の効果が高まりそうだもんねえ」
……それと同時に、パニス村観光資源の強化方法も、見つかってしまったので……。ああ、スライム達がなんかちょっと嬉しそうに伸び縮みしている。こいつら温泉好きなんだな……。うん、いいよ。沢山温泉に入って、いい出汁を出してくれれば……。
スライム出汁改めスライムの魔力のポーション化ができたところで、いよいよ、この魔力を他の水に添加する方法を考えなければならない。
……いや、今、魔力をポーション状態にはしてあるんだが、これを水に作用させてゴムタイヤもどきを作るとなると……どうすんの?ということである。
一応、水にそのままポーションをダバダバしてはみた。が、固まる気配は一向に無い。まあそうよね。ポーション希釈してるだけよね。
「魔力の濃度が足りないのかなー……うーん、でも濃縮するとなると……えーと、どうすっかな」
が、これを濃縮、と言われると、まあ……色々と濃縮方法は考え付くものがある。減圧蒸留とかは代表的なところだと思うが……うーん。
……そういえば、うちの温泉、温泉はあっても……風呂屋にありがちな『アレ』は、無いな。
「ミシシアさーん」
「はーい、どうしたのー?」
「蒸し風呂を作ろうと思う」
「なんで!?」
ソックスレー抽出器。あれでいこうと思う。




