おいだせ!謀略の村*3
俺達はまず、できたてホヤホヤ図書館へと向かった。
「わぁー……綺麗な建物……ねえこれ、何でできてるの?」
「石英中心の石造り。で、その上から酸化チタンで塗装してあるから汚れが勝手に落ちるよ!」
「よく分かんないけどすごいねえ、アスマ様」
図書館のハコ自体については、まずまずの好評ぶりのようでよかったぜ。冒険者達も、通りすがりに『おおー、白い!』『白い!』と歓声を上げている。いや、やっぱりこれだと褒められてんのか貶されてんのかわかんねえ。
「中は……まだ本はそんなに多くないわねえ」
「うん……。移動図書館の時に分解吸収させてもらった分も再構築すれば蔵書は増えるんだけど、それをやっちゃうと権利者の利益を損じることになるので……」
一応ね。この世界でもそういう所は気にしていきたい。
今後もパニス村の末永い利益を考えるなら、この国全体として、書物を作りやすい仕組みであった方がいいんだろうし。そういう訳で、著者は大事にしなければ。ちゃんと、本の売り上げを懐に入れてもらわねば困る……。
「いずれ、小説家を誘致したいところではあるね」
「小説家って、どこに居ても一緒じゃないかしら……。彼らにとって、ここに住む利点があればいいのだけれど」
「資料探しのために図書館があるのはありがたいんじゃないかなあ。後は……うーん、新しい本の売り方を提案することはできると思う。図書館が協賛しないとできないやり方だから、そうなったらここに移住してくれる可能性はあるかも」
……一応、ちょっと考えていることが無いでもない。小説家とか、挿絵の画家とか、そもそもの印刷所とか……そういう諸々を誘致するためには、パニス村が『作りやすく、売りやすい』場所である必要がある訳だ。
そして、『作りやすさ』については、設備とかはこっちで提供できるし……『売りやすい』についても、パニス村全体の経済を発展させていくだとか、或いはそもそもの制度を整えていくとか、そっちの方で支援できるはずである。
まあ、そういう訳で色々、エデレさんあたりと調整の上、進めていきたいんだが……。
「……あっ。村の入り口に馬車が停まった気配がする」
「来たのか……」
……そう。いよいよ、来たのである。
ということで、総員警戒態勢だ!
パニス村は村ではあるが、メインストリートがちゃんとある。
村の入り口から真っ直ぐに道が延び、中央広場へ、そして最奥はダンジョン前受付へと至る道だ。
その道の両側に、宿があったり温泉があったり食堂があったり……ついでに、最近はここに宝石職人さん達の作品が並ぶ宝飾店が並んだり、パニス産の上質な麻織物やその布で作った製品を売る店が並んだり、ワインやブランデーもどきを味わえるちょっと小洒落たバーができたり、それらお酒を売る酒屋ができたり……まあ、大層賑わっている。
そんな『パニス村大通り』は、当然ながら、真っ先に宿を目指す来訪者達の通り道となっており……即ち!ここを歩いていたら、絶対に、ターゲットとエンカウントする、って訳だ。
……こちらはあくまでも、何気なく振る舞う。リーザスさんも、少し緊張気味に見えなくもないけれど、十分上手くやれている。少なくとも、『これからここを元嫁と間男が通ります』みたいなことは一切知らないふりができている。
そしてそんなリーザスさんの傍らには、エデレさんが居る訳だ。
エデレさんは、言わずもがなの美女である。緩やかにウェーブする栗色の長い髪に宝玉樹の花がよく映えて、清楚ながらもはっきりとしてコクのある美貌を彩っている。
更に……本人は全く意識していないと思うんだが、ミシシアさんも居る訳だ。彼女も肩までの金髪に若葉を思わせる緑の瞳の美少女……或いは美女である。エデレさんよりものびやかでさわやか、あっさり風味の美貌な訳だが、これもこれで中々である。本人は全く意識してないらしいけど。らしいけど!
……そして、更に更に。
道すがら、行き会う冒険者達は、大体全員、リーザスさんと顔見知りな訳だ。屈強な男女が『おっ、リーザスさんじゃねえか!また飲みに付き合ってくれよ!』『あら!いつにも増していい男じゃないの!』などと声を掛けていく。
どこからどう見ても、村の人気者である。いや、実際そう。多少、冒険者達に『これこれこういう事情なので協力してね!』と言ってはあるけど、実際、リーザスさんは冒険者達からも一目置かれる存在であることは間違いない。
さて。
こんな様子を間近に目撃してしまったお二人の衝撃は、如何ばかりか。
……リーザスさんも気づいて、そちらを見る。彼らと目が合って、向こう2人はただただ愕然とリーザスさんを見つめている訳だ。
「……リーザス?」
女性の方がそう口にすると、リーザスさんはものすごく気まずそうな苦い顔で、ちょっと口籠ってから……『久しぶりだな』とだけ言った。
そうしてパニス村大通りのど真ん中という目立つ場所ではあるが、目が合っちまったからバトル開始だぜ。
だが、初手からこっちの恰好で効果は抜群だ。元嫁さんの視線はまず、リーザスさんにじっと注がれていた。この、ちょっと磨いたら光っちゃったリーザスさんの男前ぶりに注がれている訳だ!
で、そんなリーザスさんがなんとも苦い顔をしている間にも、元嫁さんの視線はエデレさんとミシシアさんへ向く。
そして一方の間男の方は、リーザスさんのすっかり立派になった様子に愕然としている。そういやリーザスさん、腕と目が治ってるから、最後に見た時とは本当に見違えるような変化になってるはずなんだよな。
それに加えて、まあ……『そこそこ金がかかってそうな』服を着てるからね。いや、ミシシアさんの注文通りにやったら、品よく、趣味よく、そして金持ってる人の服になっちゃった。
……同時に、間男の目はリーザスさんの剣にも向けられる。そうだね。リーザスさんが新たに、剣を使う仕事に就いたってことがよく分かるはずだ。つまり……取り戻した腕と目同様、王立騎士団に居た時の実力、そして地位もまた取り戻しているんだろう、と一発で推測できるはずなのである!
「よ、よお。リーザス。元気そうだな。……その、そちらの女性は?」
そうして色々考えたらしい間男、まずエデレさんの方に話題をやった。やっぱり気になるよなあ、気になるんだろうなあ。でも、先にもっと気にかけて話題にすべき箇所があるだろ、と思うんだけど……。
「ああ、こちらはエデレさん。この村の代表だ。お世話になってる」
リーザスさんは気にすることなく、さらりと紹介した。まあ、自分の話題よりは気まずくないってことかなあ。
……そして。
「エデレと申します。この村の村長代理を務めておりますの。リーザスさんには、本当にお世話になっていて……」
ここでエデレさんの名演が光る。エデレさん、長い睫毛を恥じらうようにそっと伏せて、滲むように笑みを浮かべながらの挨拶だ。『お世話になっていて』に明らかな好意が滲む!これはすごい!これはすごいな!流石だぜエデレさん!
「村長代理……?」
「ええ。村長は戦に出て、戻ってきませんでした。リーザスさんは、そんな村に来てくださって……本当に、助かっていますわ」
「助かってるのは俺の方ですよ、エデレさん」
リーザスさんの言葉は本心からだろうなあ。ちょっと緊張も解れたみたいで、大分柔らかい笑みを浮かべている。それを見て、エデレさんも小首を傾げつつ、にこ、と笑い返した。その時、髪に飾った宝玉樹の花飾りにそっと触れることも忘れない。完璧だ。完璧である。ほら見ろ、元嫁さんが、食い入るように宝玉樹の花飾りを見つめているぞ。
「その髪飾りって、もしかして……」
「ああ……この村のダンジョンの最奥で採れる、宝玉樹の花ですわ。リーザスさんがダンジョンから採ってきたものを贈ってくださったの。日頃の御礼に、って。……ふふ」
元嫁さんに聞かれたのをいいことに、エデレさん、しっかり『リーザスさんがダンジョンに潜って採ってきて贈ってくれました!』とアピールしている。これは攻撃力高いだろうなあ!
「ダンジョンに……?」
「そうだよ!リーザスさん、ダンジョンの見回り役を任されるくらいの実力者なんだから!当然、1人でダンジョン踏破できちゃうし、村の皆が一目置いてるんだ!」
更に、ミシシアさんが目を輝かせて自慢している。よし!やれやれ!その調子!
「それで……その子は?その、まさか……」
続いて、元嫁の目がエデレさんから離れて俺に向いたところで……はた、とリーザスさんが気づいたような顔をした。
「俺の子じゃないぞ。こちらは……」
さて。そういうことなら俺の出番だな。リーザスさんが何か言う前に、俺がぴょこん、と元気よく飛び出して、堂々と仁王立ちしてやった。
「俺はリーザスさんの弟子だ!すごいだろ!」
「……まあ、訳があって預かっている子だ」
リーザスさんが『そういうことにするのか?』みたいな顔してるので、目いっぱい笑いかけておいた。それから、リーザスさんへ尊敬と憧れの視線をきらきら、と送っておく。19の男には許されないが、小学生ボディには許される所業である。バンバン使っていくぜ!
「そちらの女性は……」
「え、私も?ええと……私はミシシア!この村にお世話になってる森の民だよ。リーザスさんとは、彼がこの村に来た時からの付き合い!一緒にダンジョンに入ったり、村のことやったりしてるんだ!」
そしてミシシアさんの、裏表のない爽やかな挨拶。これはこれで、エデレさんと全く別方向からのアプローチ。いい。とてもいい……。
……ミシシアさん、演技とかはヘタクソなんだろうけれど、『とりあえず、リーザスさんが皆に好かれてるってことは強調しなきゃ!』という使命感はあったらしい。リーザスさんに、にこっ!と笑いかけた。リーザスさんはそれに『こっちも頼りにしてる仲間だ』と補足。
うん。とても健全で、かつ『羨ましがられる』関係に見える!見えるぞ!
……この両手に花としか言いようのない光景を見て、もう、元嫁さんは愕然としていた。そりゃそうだろうなあ。タイプ違いの美女が2人、元夫から贈られたらしい貴重な品を身に着けて、元夫の隣で仲良くにこにこしてるんだから……。
それに……なんかこう、あるじゃん。自分が要らないものでも、他の人が欲しがってるの見てたら、なんか価値が高く見えてくるかんじの現象……。多分、アレ。多分ね。
一方の間男の方は間男の方で、『2人も……!?』と慄いていた。うん。そうね。リーザスさんは今、その甲斐性が充分にありそうな見た目してるもんなあ。説得力と破壊力は抜群だよなあ。
が、それを聞いたミシシアさんが愕然として……俺にこっそり、『アスマ様!狙われてるよ!狙われてる!注意してね!』と耳打ちしてくれた。俺じゃねえよ!あなただよ!
「……意外だったな」
さて。
そんな折、ぽつり、とリーザスさんが零して……苦笑する。
「真っ先に、腕と目のことを聞かれるかと思ったんだが……」
……そこで、元嫁も間男も、ようやく気づいたらしい。
リーザスさんの目も腕も、しっかりそこにあって……それを最初に話題にすべきだった、ということに。
間男は多分、先に気づいてた。が、元嫁の方は本当に今、腕と目が治ってることに気づいたのかもしれない。
「そ、そうよね……気になってたの。でも、聞いたら悪いかと思って……聞かせてくれない?」
元嫁が何を考えているのかは分からない。リーザスさんに媚を売っておけば自分も宝玉樹の花がもらえるとでも思ったわけじゃない、とは思いたいんだが……リーザスさんが自分の記憶の中にあったより男前に見えた、ってのはあるかもしれない。知らんが。今気づいても遅いが。
「まあ、大した話じゃない。ただ、ダンジョンの恩恵で治ったっていうだけさ」
「今、仕事は何をしてるんだ?騎士は辞めたんだろ?」
「この村のダンジョンの見回りと、農作業の手伝いをしてる。時々、ダンジョンの宝石を売ってもいるか。まあ、そっちの興味に応えられるような話は何も無いな」
リーザスさんは『本当に大したことはしてないし……』みたいなかんじなんだろうが、その両脇でにこにこしているエデレさんとミシシアさん、そして謎の『弟子』である俺も居ることで、『絶対に何か高い地位を手に入れている』みたいな勘違いを招いたらしい。間男がちょっと嫌そうな顔をした。
「そんなこと言わないで……久しぶりに会えたんだし、少し話をしない?」
「観光で来たんだろう?なら、そっちの邪魔はしたくない。ゆっくり楽しんでくれ」
「でも……」
が、元嫁が食い下がる。リーザスさんはやんわりと断っているんだが、大分食い下がる。間男はそんな妻を止めたいみたいなんだが、何と言っても自分の自尊心に傷が入ることは間違いない訳で、ただ沈黙しているばかりだ。
……となると、この状況を打破できるのは俺である!
「おい!リーザスさんが嫌がってるだろ!やめろ!」
そう。無敵の小学生ムーブである。
やっぱりね。ガキにしかできねえことって、あるのよ。この、無理矢理パワー全開なムーブをかましていけるのが小学生ボディの特権なわけよ。
「リーザスさん!ここは俺に任せて!先行ってていいよ!」
「ちょ、ちょっと……」
猪突猛進、勢いに任せた俺は、元嫁の言葉を遮るように勢いよく笛を吹く。
……いや、最初はさ、口笛の類で考えてたんだよね。指笛ってやつ?指を咥えて音を鳴らす奴。あれかっこいいからやってみたかったんだけど、俺にはその才能が無かったらしくて『ふすーっ』みたいな音しかしないから、諦めて普通にホイッスル作っておいたんだよね。
……いや、嘘。ちょっと普通じゃないホイッスル作った。
サンバホイッスル作ったんだよね。
サンバホイッスルって、ほら、あの2つの音程で鳴らせる奴。いや、折角だし威嚇も兼ねて、サンバのリズムを刻んでみようかと思って……。
ぴっぴーぽっぽぴっぴぴーぽっぽ、ぴっぴーぽっぽぴっぴぴーぽっぽ、と俺が軽快にサンバホイッスルを吹き鳴らすと、それにつられて、もっちりもっち、もっちりもっち、とスライム達が出てきた。
……心なしか軽快に出てきたな。なんだ、お前らももしかして、サンバのリズムに熱いラテンの血が騒ぎ出しちゃったクチ?いや、まあ、こいつらに血は流れてないし、多分、聞きなれない笛の音にちょっと警戒しながら寄ってきた結果がコレなんだと思うんだけどね……。
「な、何!?何よこれ!?」
元嫁も間男も困惑しているが、そうしている間にも、元嫁間男から俺達を隔てるようにスライムが集まってくる。もっちりもっち、もっちりもっち。
「……じゃあ、行きましょうか」
その隙に、エデレさんがそっとリーザスさんを促して去っていく。リーザスさんも軽く会釈してからそれに続き、ミシシアさんもスライムを適当にもにもにやって『わーいぷにぷに』と笑いながら追いかけていく。
……というところで。
「じゃ、お前らも餌の時間な!」
元嫁と間男はほっといて、俺もクールに去るぜ。いや、ホットに去る。サンバのリズムに合わせて去る。
スライムを先導してサンバホイッスル吹きながら元気に行進していけば、スライム達もまた、もっちりもっち、もっちりもっち、と付いてきた。珍しく言うこと聞くけど、これ多分、『餌』というキーワードに反応して付いてきてる。俺には分かるぞ!
尚、行進の列にはいつの間にかスライムだけじゃなくて冒険者達も加わっていた。賑やか!
……そうして、リーザスさんの元嫁と間男は、道行く冒険者や村の人達にヒソヒソやられつつ、その場に取り残されたのであった。




