おいだせ!謀略の村*1
「ということで戻ってきました」
「あ、うん、おかえり……リーザスさん、大丈夫?顔色悪いよ……?」
「あ、ああ、すまない……少し、当時のことを思い出して……」
リーザスさんを連れて戻ったら、幸い、まだミシシアさんは買い食いしていてくれたのでセーフだった。ありがとう!ありがとう!
「ああー……今、この状態のリーザスさんを一人にするの、ちょっと心配だなあ。もういっそ、やっぱり全員この馬車で帰る?」
「いや、それではアスマ様が……」
「俺なら大丈夫。リーザスさんが膝を貸してくれるなら!」
ね。この状態のリーザスさんを一人にするのは気が咎める。一人で馬車の運転してたら、余計に色々思いつめそうだしな……。
「ということで、さっさと帰ろう!あと、ラークの町は飛ばして、そのままパニス村まで帰ろう!」
「えっ!?し、しかしそれではアスマ様が」
「構わん!やれ!」
……だって、リーザスさんの元嫁と間男、絶対にラークの町に宿泊するじゃん!そしたら、あの町の宿で鉢合わせとかしかねないじゃん!じゃん!嫌だよそれは!流石に嫌だよ!
だったら俺の馬車酔いはもう諦めるとして、かっ飛ばしてもらって、本日の深夜にパニス村に到着した方がまだマシ!マシじゃん!
「あー、だったらさ、アスマ様。こうしない?」
……と思っていたら、ミシシアさんから提案が来た。
「野営!私、得意だよ!」
「ほほう……?」
どうやら、俺は良き仲間を得ているらしいな……?
ということで、王都でもうちょい買い物した後、俺達は出発した。そして俺は早々に馬車に酔う……かと思われたんだが、馬車全体の重量が増したことによって、なんか、多少揺れが軽減されたっぽい。それに加えて、リーザスさんへの心配でそれどころじゃなかったんで、馬車酔いは行きよりもマシであった。なんか意外な結果だな……。
……いや、まあ、リーザスさんがとにかく心配でな。過去のトラウマ一挙放送!みたいなかんじになっているんであろうリーザスさんを見ていると、馬車酔いしている場合じゃないんだよこれが。
時々、左腕をちょっとさすってるのは、こう……アレか?片腕が無かった時の記憶に色々引きずられてるんじゃないのか!?これ大丈夫か!?
滅茶苦茶心配なんだが、そんなリーザスさんは時々、膝の上に載せた俺をちょっと抱え直したり、俺とちょっと話したりして、多少は落ち着きを取り戻せている……ようである。
俺が役に立ててるんならいいんだけどね……。いや、ほんとにリーザスさん、片腕と片目が無かった時みたいな暗い目をしてるもんだから、心配なんだけど……。
……まあ、その心配のおかげで俺はあまり酔わなかった。慣れたってのもあったかもしれない。だがそれ以上に、やっぱり人間って、ヒヤヒヤしてる状態だと体調悪くなんてなれねえんだなあ……。その分、なんか滅茶苦茶疲れたけどね……。
はい。そうして俺達は、ラーク村の傍の森へやってきました。
そして。
「ようこそ、森へ!……まあ、私の森じゃないけどね。えへへ」
ミシシアさんが馬車を先に降りたところで両手を広げて、にっこにこの笑顔を見せてくれた。
「さ!早速、野営の準備、しよ!」
ミシシアさんが非常に楽しそうなので、俺もリーザスさんも、ちょっと楽しい方へ引きずられていく。ミシシアさんの明るさが、こう、貴重だ!ありがとうミシシアさん!
「まずは今日の寝床を借りようね」
「借りる?」
さて。こうして始まったワクワク野営タイムな訳だが……なんか、ミシシアさんが不思議なことを言い出したので、俺もリーザスさんも首を傾げる。借りる、とは一体。
ミシシアさんはにこにこワクワクの顔のまま、森の木をちょっと見て回って……。
「えーと……あっ、この木が協力してくれそう。おーい」
……なんか、木に話しかけ始めた。
「ちょっとこの子のベッドを用意してほしいんだけれど……うん!ありがとう!」
で、木が、『うにょにょ……』と枝を伸ばして絡ませて、なんか、天然のハンモックみたいなのが、出来上がった。
「はい、アスマ様!アスマ様の今日のベッド!」
ワァオー……流石は、森の民……!
それからミシシアさんは、ミシシアさんの寝床とリーザスさんの寝床も作ってくれた。同じように、木にお願いしたら木が『うにょにょ……』って伸びてハンモックができるんだよ。すげえよこれ。
更に。
「それからご飯は……王都で買ってきた野菜と干し肉がありまーす!これでスープにして、買ってきたパンと一緒に食べようねー!あと、そっちの方にベリーの茂みがあったから、そこのベリーも頂こう!」
「おおー!」
ミシシアさん、手慣れた様子で調理を始めた。所々、『リーザスさん!竈作って!』『アスマ様、落ちてる枯れ枝拾ってきて!生の枝はダメだからね!』と指示を出してくれたので、俺達もてきぱき楽しく動けた。ありがてえ。
そうして、リーザスさんが魔法で火を熾したら、そこで枯れ枝がぱちぱちと燃え始めて……。
「こうやって火を焚く時にエルフの魔法をかけてあげると……この森を酷い害虫から守る結界になるんだ」
何やら、火から立ち上った煙がキラキラ光って、もふもふと妙に柔らかく広がっていって……光り輝く文様となって宙に浮かぶ。なんてファンタジーな光景!おお、これぞ、ファンタジー!
「驚いたな……これがエルフの魔法か。なんと幻想的な……」
と思ったら、リーザスさんにとってもこれはちょっぴりファンタジーらしい。成程。エルフの魔法は人間の魔法とちょっと違うのか。
「エルフの魔法の中では初歩の初歩。森に泊めてもらって、その恵みを分けてもらう時にお返しをする、っていう、ずっと昔からのエルフの森との約束を果たしてるだけなんだけどね」
ミシシアさんは『えへへ』と照れている。本人は魔法があんまり得意じゃない、みたいなことを前に言ってたし、そこがちょっとコンプレックスなのかもしれないが……まあ、俺とリーザスさんには関係が無い話なんだよな!そう!俺達の目から見ていると、只々幻想的でファンタジー!
「いやはや、珍しいものを見せてもらったな……。俺も、エルフの魔法をこうして間近に見たのは初めてだ」
「俺も初めて!」
「そっかー。喜んでもらえたならよかった!」
ミシシアさんがにこにこしているし、その横で鍋のスープがくつくつ煮え始めているし、なんかファンタジー野営ってことでワクワクが加速する。
……事故みたいなモンから始まってしまった野営だが、ラーク村での一泊より、こっちの方がいい!すごくいい!なんか得した気分だ!
そうして出来上がったスープは、非常に美味かった。なんか、森の中にあったハーブとかをちょっと分けてもらったらしいよ。それがまた、いい味出してた。
焚火で焼き直したパンの香ばしさと野営のウキウキ感も合わさって、なんか、ものすごく美味しい夕食だった……。
が、この夕食、美味しいだけでは終わらない。
「さーて、じゃあリーザスさん!作戦会議しよう!」
「え?」
ミシシアさんがスープのお椀片手に、にんまり笑う。それを聞いて俺も、『ああ、そういうことね!』とにんまり笑う。
「だって、その元お嫁さんと裏切者の元同僚、パニス村に行くんでしょ?じゃあ、パニス村で顔を合わせちゃう可能性が高いじゃない?」
……ミシシアさんの言葉を聞いていたリーザスさん、丁度もぐもぐやっていたパンを、ごくん、と飲み込んでから……そろっ、と視線を地面に落とした。
「……なら、もう一晩二晩、野営を……」
「いや、いつまで滞在するか分からないじゃん……?それ、下手すると一週間とか、リーザスさんが野営することにならない……?」
流石にリーザスさんも、それが現実的な考えじゃないってことは分かってるらしく、『ああうん……そうだな……』とかなんとか言いながら、しゅんとしている。ああ、リーザスさんの元気が無い!
「あのね、リーザスさん。勿論、リーザスさんが『絶対に、何としても顔を合わせたくない!』ってことなら、協力するよ。アスマ様の家とか、ダンジョンの中とかに籠っちゃえばそうそう会わないと思うし。おこもりしちゃうんなら、丁度よく本もいっぱいあることだし……」
まあ、ミシシアさんが言ってる通り、リーザスさん次第ではその方針でもいいと、俺も思うよ。
俺が『絶対に人と会わずに、しかし快適に過ごせる施設』みたいなのを建設してもいいし。そこにリーザスさんを隔離しちゃってもいいと思うし。そうなったら、幾らでも協力するし。
「……でもさ。その人達が、『パニス村っていいところだったわね!また来たいわ!』『そうだね。また来年も休暇はここに来ようか』なんてやっちゃったら、次は全く予期せぬところで、急に来ることになるよ……?」
「うぐ……」
でもまあ……王都とパニス村、今後もっと人の行き来が増えるだろうし。今後、何かの拍子にエンカウント、っていう可能性は、極めて高い。
特に、俺はこれから馬車の改良も行って、より一層の物流の強化を行う予定だから……。ついでに、本の買い出しも、まだ何度かやることになると思うから……。
「だったらさ、早めに決着は、付けておいた方がよくない……?リーザスさんのためにも、ね!」
なので、俺としてはミシシアさんの意見に賛成である。
後は、リーザスさん次第、なんだけど……。
「ね。ちょっとくらい、相手を見返してやってもいいんじゃない?」
そういうことですぜ、リーザスの兄貴!ここはひとつ、相手がこっちを舐められないよう、徹底的にやっちまいましょうやリーザスの兄貴!
それからしばらく、リーザスさんは考えていた。俺もミシシアさんも、結論を急がせることはしたくなかったので、のんびりパンとスープ、それから食後のベリーを楽しんだ。
そして。
「……俺は、碌な功績も挙げられず、目も腕も失って、その上、妻に逃げられた情けない男だ」
リーザスさんが、唐突にそんなことを言い出した。暗い暗い暗い!どんよりしてる!
「いや、逃げる妻が悪いでしょどう考えても……」
「うん、そうか……そうだな。ラペレシアナ様も、当時、そう仰ってくださった。お前は悪くない、と。だが、当時はとてもそう思える状況じゃなくて……いや、今も、そうなのかもしれないが……」
どんよりリーザスさんはそう言いつつ、喋りながら考えをまとめているらしい。うん。俺も時々やるよ。喋ったり踊ったりしてると、考えってまとまること、多いよな。分かる。
「……だから、相手を見返す、という考えが、どうも、無かったらしい。いや、そう思っても、実行できるほどの力も無いし、どうしようもなかったというか……うん」
そこでリーザスさんは一旦言葉を途切れさせて、それから、言った。
「俺は、元嫁と元同僚を憎んでもいいんだろうか」
「いいと思うよぉ!?」
「えっ!?そこにすら到達してなかったの!?ただ悲しかっただけなの!?リーザスさん、いい人すぎるよ!もうちょっと悪い人になってもいいと思うよ!」
「いや、それで自暴自棄になった結果が、アレだったからな……?いい人では、ないぞ……?」
あ、ああああ……そっか、そうだった。それでリーザスさん、冒険者崩れと一緒に山賊みたいなことやってたんだった!うわああ!あれってやっぱりリーザスさんの感情の行き場が無かった結果だったんだなあ!
多分、多分だけど……リーザスさんが元嫁さんと元同僚さんをちゃんと憎んで、自分の感情の整理ができる人だったら、立ち直って真っ当な職に就く、みたいなことができたんじゃないかと思うんだよ。
それができないタイプの人だったから、自分の方を『どうしようもない奴』にすることでバランス取ろうとしちゃったんだろうなあ……あああああ……。
「じゃあもう決めよう!リーザスさんは、相手を憎む……まではまだ行かなかったとしても!とりあえず、相手に後悔させる!ちゃんとした報いを受けさせる!そういう方向でいこう!ね!」
「あ、ああ……」
そうして、どんよリーザスさんを押し切るかの如く、こちらは快晴かつ強風のミシシアさんが言い切った。そうね。当時から健康と暮らしを取り戻した今のリーザスさんにとって、必要なのは多分、ノリと勢いと……それをやってくれる仲間だ。
「……うん。分かった。俺も、腹を決めよう。ようやくだが……あいつらに向き合う時が来た、んだな」
「よし!」
「よし!」
ということでリーザスさんの心も決まったようだし!さあ、パニス村に戻ったら忙しくなるぜ!
「で、実際のところはどうする?」
が、忙しくなるにしても、今の俺はやる気だけが満ち溢れた状態である。具体的な方策が何も決まっていない。さながら、『やるぜやるぜ』とやる気だけあるあの冒険者のように……。
「ふふふ……そこは私に任せて!こういうのはね、案外得意なんだから!」
だがしかし、ここで頼りになるミシシアさん!意外!なんかこういうのはむしろ不得意かと思ったんだが!
「えーとね、私の考えでは……まず、パニス村には名物になるくらいの美人な村長代理がいるでしょ?」
うん。そうね。美人で、包容力に溢れてて、俺を寝かしつけるのが滅茶苦茶上手い村長代理のエデレさんがいらっしゃるね。
「彼女に全面的な協力をお願いします!」
……うん。
うん?




