避けられない、酒*10
……そうして、数日後。
俺達が見守る中、パニス村の牢屋から出された教会の人達が、王城から来た檻付きの護送馬車に載せられていく。
教会の人達は『お許しを!』『このようなこと、間違っています!』『我らが居なくなった後、この国の教会がどうなるとお考えですか!?』と喚いていたが、ラペレシアナ様や他の王城の人達の立ち合いの元、無事にドナドナされていった。国外へ出荷よー。
「大丈夫かなあ……ちゃんと戻ってこないでくれるかなあ」
が、俺としては国外追放ってものに若干の心配があるわけよ。何といっても、国外においてくるだけで、根本の解決はしてないからね。
「国外追放っていうのはな……ただ国外に捨ててくる、という話じゃない。この国中にお触れを出して、『これらの者は国外追放になったので、国内に居たら通報するように。匿った者も罪に問われる』とする訳だ。国内での一切の活動ができなくなるわけで……買い物一つ、まともにできなくなる。戻ってくることはできないだろうな」
まあ……となると、本人達が戻ってくるのは中々難しいんだろうけどね。
うっかり、追放先の外国で何か派閥とか作ってこっちの国に仕掛けてきたら厄介だなあ、とは思うんだけど……まあ、そこまでの気概は無いか。
「権力に縋って肥え太ってきた豚共に、自力で餌を取る能はあるまい。生きていられるかどうかすら危ういだろうな」
……ラペレシアナ様ははっきりと仰るなあ。まあ、その理屈は分かる。分かるぞ……。
「まあ、そういう訳で、ひとまず兄上の即位までの平和は保たれるであろう。当面、大聖堂は動けんだろうしな」
「それは何よりです」
何はともあれ、この件はこれで一旦解決。そういうことなのだ。ま、今はこの平和を喜ぶのが一番ってことだな!
ということで、パニス村はその日、お祭りになった。『教会のクソ野郎共の出荷祭』である。皆が大喜びで準備していたところを見るに、やっぱりね、憎しみってのは一つの原動力なんだよね……。
「酒だ!酒だぜ!ヒャッハー!」
「飲むぜ!俺は飲むぜ!」
「あんた達ほどほどにしなさいよ!じゃなきゃ教会のクソ野郎共と同じく牢にぶち込むからね!」
「ほどほどに飲むぜ!俺はほどほどに飲むぜ!」
……まあ、楽しくやれるなら何が原動力であってもよしとしよう。ただしほどほどにね。ほどほどに。何事も節度は大事だぜ。
「さて……では私も、例の酒を頂いてみることとしようか」
「ほどほどにお願いしますよ、ラペレシアナ様」
さて。そうしてほどほどに楽しむ俺達の前で、一番うきうきしているのかもしれないラペレシアナ様は、ブランデーを飲んでおられる。
えーとね……ラペレシアナ様ご本人たってのご希望で、『おいしさ200%増量版』の奴を。
大丈夫かなあ、大丈夫かなあ、と俺とリーザスさんが心配しながら見守っていたところ、ラペレシアナ様はさっさと一杯飲んでしまわれた。大丈夫かなあ……。
「ふむ……とても美味いな」
そしてラペレシアナ様は微笑みつつ、興味深そうに酒のピッチャーを眺めた。
「このような酒は初めて飲む。非常に強く、それでいて強さを感じさせない味わい……確かにこれは、自制心を欠けばいくらでも飲みすぎるだろうな」
「そうですね。殿下もこの辺りにしておいてください」
「言われずともそうするつもりだったさ。これは中々に危険だからな」
リーザスさんが、そっ……とピッチャーをラペレシアナ様から離していくのを、ラペレシアナ様共々苦笑しつつ見守る。まあ、そうね。ラペレシアナ様が飲みすぎるってことは無いだろうけど、まあ、酒は人を変えちゃうからね……。
「じゃあこっち飲もう!こっち!」
が。そこに、瓶を抱えてやってくるミシシアさんが居る。
「これ、漬けておいたトマト酒なの!さっきのより弱めだから大丈夫だと思う!どうぞ!」
「ふむ。では頂くとするか」
ミシシアさん、全く物怖じせずにラペレシアナ様へ突撃して、そしてぐいぐいとトマト酒を勧め始めた。すげえなコミュ力!
「ほう……トマト、というと、食事に出てくる例の赤い果実だな?」
「うん!でも、アスマ様がまたちょっと違うトマトを作ったの!ここに漬けてあるのは、えーと……これ!」
そしてミシシアさん、ちょっと行ってすぐ戻ってきて、フルーツトマトの櫛切りが入った器を持ってきた。『どうぞ!』と小さいフォークを差し出せば、ラペレシアナ様はフルーツトマトを一切れ食べて……。
「……おお」
あっ、ラペレシアナ様、もしかしてフルーツトマトがお気に召しました?お気に召したんなら、是非お土産に持って帰って頂きたい。そしてこの美味しさを王城にも伝えて頂きたい!
……そう!結局のところ、俺達は『貴族の後ろ盾を得る』必要が無くなってきちゃったんだが……それでもよくよく考えたら、今後の村の発展を考えれば、支持者は多い方がいいわけだし!だったら、美味しい食べ物の情報はバンバン流して頂いた方がいいんだよな!
よし!ラペレシアナ様に美味しいものいっぱい食べて頂こう!そして宣伝よろしくお願いします!
……そうして、フルーツトマトやトマト酒に始まり、熟成ブランデーもどきとか、できたてのワインとか、薬草茶とか、採れたて卵と新鮮野菜のオムレツとか……色々とラペレシアナ様には召し上がって頂いて、『これは美味い!』と大層お喜び頂けた。
やっぱり、出したもんが喜ばれると嬉しいね。苦労した甲斐があったぜ。
……尚、ラペレシアナ様も結構酒に強いようである。ミシシアさんが『これ美味しいよ!』『こっちも美味しいよ!』『ところでラペレって呼んでもいい?』ってやる横で、どんどん酒飲まされてたけど、冷静に酒の感想を教えてくれるし、『ああ、好きに呼んでくれて構わないが……』ってミシシアさんに許可を……いや、やっぱりこれ、顔に出ないだけで滅茶苦茶酔ってる……?
このままミシシアさんを隣に置いておくとラペレシアナ様が涼しい顔のまま潰れかねないので、ミシシアさんはリーザスさんによって運ばれていった。それからミシシアさんの代わりに俺が、ちょっと酔いが醒めそうな話をしに、ラペレシアナ様のお隣へ。
そこで『愛い』と大層ご満悦なお顔でラペレシアナ様に撫でられつつ、『ああやっぱりこの人酔ってる!』と俺は慄きつつ……さて。
「ところでラペレシアナ様。今後の教会ってどうなっていくんでしょうか」
「そうだな……まあ、ゆくゆくは解体を考えている」
酔ってる割にちゃんと答えてくれるラペレシアナ様に『この人すげえな!』と思いつつ……俺は尚も質問を続けさせていただく。
「えーと、解体しちゃうと困るんじゃないんですか?ほら、祝福とか」
「ふむ。大地が祝福を必要としている点については、今、祝福を齎す魔法を使っている者達を正式に王城の管轄とすればよかろう。あれとて、神の教えがあるからこそ使える御業というわけではあるまい」
あ、そうなの?……そうなんだったら、祝福の魔力ってのがあるんだろうなあ。じゃあ、それを解析できたら、この世界のファンタジー肥料の合成ができたりする……?
「まあ……しかし、大聖堂は真っ先に解体することになりそうだが、各地の教会は監視しつつも残しておくべきであろうな」
「あ、そうなんですか?」
「神の教えに救われている者も居ろう?」
あー……うん。まあ、そう。そうね。うん。
なんかね、この村は過去数度に渡って教会関係者から大層な嫌がらせを受けているもんだからアレだけど、本来、宗教ってのは別に腐敗していないモンなんだよなあ……。
いや、勿論、その教えとやらの中には非合理であるものとか、非人道的なものとかもあるんだろうけど。例えば、『異教徒には何をしてもよい』みたいなの。でもまあ……大半は多分、『清く正しく生きましょうね』って話なんだろうし……死後の話とかは、遺された人の気持ちのやり場になっているところ、あるんだろうし。何から何まで全部悪い、ってことじゃ、ないんだよな。
「そういう訳で、まずは大聖堂の規模縮小から始めることになるだろう。信頼できる者を新たに上層部に据えて……ああ、聖女様については、一旦は王城で面倒を見ることになりそうだ。まあ、聖女という存在の存続についても、大聖堂と協議の上で決定していくことになろうが……」
あー、そういえば聖女様。うん。彼女、今回はここに来なかった訳だから、結局どういう人なのか、俺達見てないんだよなあ。
……どんな人なんだろうなあ。ちょっと気になる。
「しかし、これでまた国が大きく動くな」
そうしてラペレシアナ様は、満足そうに笑った。
「少なくとも、第二王子の敗北へと、大きく盤面が動いた。奴め、大聖堂などと手を組むからこうなるのだ」
そういやそっちもあったなあ。……第二王子とやらがラペレシアナ様を殺そうとしていたわけで、そこらへんしか知らない俺としては、『やっちまえー!』って気分なんだけどね。
「まあ……早急に物事を動かすべき部分と、そうではない部分があろうな。大聖堂については、ここからゆっくりと動かしていくべきであろうし、逆に誰が玉座に着くかの決着は、急を要する」
となると、この国、これからまた一気に動くことになるんだろうなあ。……どうなるんだろうなあ。
「……また、近い内にここへ立ち寄らせてもらう。どうも、ここの村に居ると、身も心も休まるようでな」
「是非!皆で歓迎します!」
まあね。これからどうなるにせよ、俺は俺にできることをやるしかないね。とりあえずは……休みに来た人達が楽しくゆったり過ごせるように尽力する、って方向で、この国がよくなることを祈らせてもらおう。
「……ところで、今日は居ないのか?その、スライムは……」
「あっ!居ますよ!ちょっと連れてきますね!」
とりあえず、ラペレシアナ様はスライムがお気に召したっぽいので、スライムを連れてくる!俺にできることから!俺にできることから!
「おーいスライム!ちょっと来い!いや、いっぱいは来なくていい!ちょっと!前から5匹でいいから!あっこら言うこと聞けって!聞かないの!?聞かないつもりか!?自由だなお前ら!ああもういいよ好きな数行きな!」
……まあ、スライムの制御は俺にできることじゃないので、スライムがもっちりもっちりぞろぞろぞろ……と宴会場へ向かっていくのは、もうしょうがないものとして諦めることにしよう。うん。まあ、多けりゃ多いで、悪くないでしょ。スライム……。
ということで、ラペレシアナ様達は一晩泊まって、それから帰っていった。
宣伝の為、ってことで、ラペレシアナ様にはブランデーもどきとかワインとか、フルーツトマトとか……あと、最近出来上がった麻織物も持っていってもらうことにした。
そして……職人さん達が急いで仕上げた『ブルーチタンとダイヤモンドのネックレス』も、お土産だ。
職人さん達、前回来た時のラペレシアナ様が教会の人達にブチ切れておいでだった様子を見て、『これは……作品にせねば!』と思ったらしい。よく分からん。俺にはこの感性はよく分からん。
だが、そうして出来上がったのは実に繊細な細工のネックレス。ダイヤモンドは最高の輝き。そしてチタンは酸化被膜を纏って、海を思わせるような、銀から鮮やかな水色、そして深い青までのグラデーション。
このチタンの酸化被膜の珍しさに、ラペレシアナ様は大層驚いておいでであった。同時に、ちょっと気に入って頂けた様子であったので……ということは、他の貴族達にもきっと、気に入ってもらえるな!よし!是非、宣伝をお願いします!
ラペレシアナ様を広告塔にしちゃうのはなんか申し訳ない気もしたが、宣伝で人が増えてくれたらありがたい。
特に、一気に増やしてしまった働き口も、商品が売れなかったら大変なことになるので……。パニス村の雇用の為にも、どうぞよろしく……。
……それから、二週間。
「人が増えたなあ」
増えた。人が増えた。
まず、貴族の観光も増えた。あと冒険者も増えた。それから、移住希望もぼちぼち増えた。職人さんの類もかなり増えてありがたい限りである。
……なので。
「本も、増やしていいよな……?」
いよいよ、パニス村大図書館の建立が始まるわけである!




