避けられない、酒*6
そうして俺達は、『もうどうなってもいいやぁ!』とばかりに宝石職人達を引き抜きにかかった。
第一宝石職人のおっちゃんに頼んで手紙を出してもらって、それで本当に『あいつがそう言うなら俺達も転職するかあ』とぞろぞろ抜けてきた彼らを温かく迎え入れて、そして……。
「えー、皆さんには、最初に聖女様の装飾品を作って頂きたく……」
俺は、宝石職人と彫金・金細工職人、総勢15名の前でそうお願いすることになった。
俺達の作戦は、こうである。
まず、大聖堂から職人を引き抜く。最低でも、宝石関係の職人さんだけは絶対に全員引き抜く。……まあ、宝石以外の、彫金とか金細工とかの職人さんまで全員跡形も無く引き抜けちゃったんだけどね。
まあ、そうして大聖堂から、宝石の装飾品を作る能力を奪う。
大聖堂は、装飾品を作れなくなる。
そして……『俺達が』聖女様の装飾品を作って、聖女様にプレゼントするのだ。
……それをとっかかりにして、聖女様ご本人と接触する。
最終的には、聖女様ご本人が、『パニス村には手を出さないでおきましょう』って方針になってくれれば、それでOK。
もしそうならなかったとしても、大聖堂としては、儀式用の水晶の細工すら出来なくなっちゃってるわけだから、少なくとも次の職人さん達が見つかるまでの間、そこらへんは一式、外注するしかない訳だ。
なら、それを盾にして、こっちは職人の技と有り余る水晶資源を武器に、立ち回る。
そっちの場合は、最終的に教会が『宗教的なデメリットはあるが、貿易的なメリットがデカすぎるのでパニス村を潰せない』ってところに落ち着いたら嬉しい。
……最悪の場合は、もう、宗教戦争なので、そうならないことを祈る。もしそうなっちゃったらなっちゃったで、ダンジョンをお手軽現代兵器で武装することはできなくはないが……まあ、できればやりたくないよな。
ということで。
「設備はこちら!必要そうなものを一通り用意してみたけれど、足りなかったら言って!」
早速引き抜かれてくれた職人さん達を、工房へご案内。こちら、第一宝石職人のおっちゃんに『設備ってどんなもんが要るの?』と聞いて用意したものである。とはいえ、おっちゃん達、自前の道具は全部持ってきたみたいなので、こっちで準備したものは炉とか大き目の金床とか、あと机と椅子とか、そういうものがメイン。
「材料はこちら!足りなかったら言って!」
「おお……!」
それから材料も紹介。……とりあえず、宝石各種。特に水晶は大きくて透明な、オーソドックスに高品質なタイプから、アメジストやシトリン、ローズクオーツといった色付きのやつ、濁りがあって白っぽいやつ……と、色々ご用意しました。
更に、『無色透明なら何でもいいのでは……?』という素朴な疑問から、とりあえずダイヤモンドとキュービックジルコニアも用意しておきました。まあ、水晶よりは硬いので、加工しにくいとは思うんだけども……。
「資材もあるから足りないものがあったら」
「酒ェ!」
「それは食堂へ飲みに行って!」
……火を熾すのに必要であろう炭とか、デザイン画描くのに必要であろう紙とか、そういうものも一通り用意した。もうね、俺、自分で言うのもなんだけど、至れり尽くせりの環境を生み出した自信があるぜ!
「ということで、足りないもの、ある?」
さあどうだ!という気持ちを込めて聞いてみると、職人さん達は、ざわざわしながら楽しそうにあれこれ見て回って……そして。
「お坊ちゃん。悪いんだが、ちょっと地金が……金と銀が足りねえよ」
「だよねえ!うん!分かってる!頑張って今日中に用意します!」
また俺の頭を悩ませることになったのだった!
金はさあ!元素が無いとさあ!どうしようもないからさあああああああ!
……ということで。
職人さん達が顔付き合わせて、『これだけ上物の水晶があるんだったら、やっぱりそれを生かしたものにしたい』『色とりどりの水晶に、こうも一気にお目にかかれるなんて!』『ところでこの、透明なんだがやたらキラッキラする石はなんだ?水晶じゃないな?』とかやるのを見守りつつ……。
「さて。地金。地金ね……うん……」
これだよ。これ。どう足掻いても、装飾品関係をやることになるなら絶対に直面することにはなっていた、この課題。それに今から、向き合わなければならない……。
「聖騎士の鎧から貰った分はちょこっとあるけど、本当にちょこっとしかねえんだよなあ……」
そう。金だ。金がね、無いのよ。
アクセサリー関係やるんだったら、絶対に必要になる、この……『地金』の部分。金とか銀とかプラチナとかの、貴金属類。それが……無い!
「金を採掘しなきゃ……」
「採掘……できるものなのか?」
「まあ、頑張ればなんとか……?」
……金。金の入手、か。
一応ね?多分、そこそこの深さの岩石中には、微量に含まれると思うから、片っ端から分解吸収しまくっていけば、金元素はある程度手に入る……とは、思う。
まあ、ダンジョンパワーの強みってそこなんだよな。人間の目では確認できないレベルにしか含まれていない元素だって、分解吸収の後の再構築で、手に入ってしまう。製錬っていう作業が、必要無いのである。
それを考えると、銀はもっともっと入手が簡単だと思う。銀は化合物の形であっちこっちにちょこちょこ存在しているはずだからな。多分、金よりは集まる。多分。多分ね。
……というところを考えて、まあ、楽観的ながらも『多分いけると思う』と結論づけた。そのために、パニス村地下を大規模に採掘していくことにはなるが……採掘して、必要な元素だけ抜いて、すぐ他の石で埋め戻す、っていう方法を取れば大丈夫だと思う。
「……どうしようもなかったら、鉛から陽子3つ飛ばして金にするしかねえんだけど、えーと、そうなった時、エネルギーってどういう扱いになるんだろうなあ……」
「またアスマ様が難しいこと言ってる……」
「アスマ様が時々口走るこの手のことは、その、何なんだ?神の言葉か?」
うん、まあ、現代の錬金術というか、そういうかんじのアレだけど……流石になあ、あんまり現実味が無いというか、その結果、ここら一帯大爆発とかしても嫌だしなあ……。
まあ……愚直に掘り進めることにしよう。うん……。
ということで、採掘作業が始まった。
「……アスマ様、変わった格好してるね」
「気分だけでも採掘っぽくしてる」
俺は、『安全第一』のヘルメットを装備しつつ、家の中で座っている。……いや、ほら、遠隔でも分解吸収再構築は出来ちゃうからさ。となると、俺が地下に行く必要って、無いからさ……。でも気分だけ欲しかったんだよ。うん。
「で、金は採れた?」
「うーん……まあ、一応は。えーと、はい。こんなもん」
そして、一応、成果はあった。……再構築で、自分の手の上に今ダンジョン中に保管されている金元素を全部固めて、乗っける。ほい。
「わあー……まだ足りなさそうだね」
「いや、これでもかなりのモンだと思うよぉ……?」
現状、金は10gぐらい集まった。……銀はその4倍ぐらい集まった。あと、1gぐらい白金が集まった。ヒ素とか水銀とかはわんさか集まってる。こっちはいらねえ!
「案外、鉄がいっぱい採れるのがありがたいなあ……」
「パニス村の発展と一緒に、色々使うもんねえ」
一方、鉄も結構採れてるのはありがたい。まあ、鉄は花崗岩を砕けばかなり出てくる元素ではあるんだが、それでも一気にまとまった量がぼんぼん必要になるからね。これからの村の発展にも必要だし、これは只々ありがたい。
「……もっと早くこれをやっておくべきだった気がする」
「そっかぁ。でも、だったら、今できて良かった、ってことにしとこうよ、アスマ様!」
「そうだね。よし、前向きにいこう」
こう、ダンジョンパワーを使えば製錬の類が必要無い、っていうのは、そうなんだよな。金鉱石が見つからなくても、1tの岩石に0.0001gでも金がありさえすれば、10000tの岩石を分解吸収して、1gの金を得ることができるってわけで……。
ま、今後も活用できるだけしていこう。よしよし……。
……そして。
「ダンジョンって限りがあるんだね」
「そりゃそうだよアスマ様ぁ……」
「限りある資源を大切に!って、本当なんだね……」
俺は、ダンジョンの限りを尽くして、掘って掘って掘り抜いた。いや、掘ったっていう感覚、無いんだけどな。消して埋め戻す!消して埋め戻す!みたいな作業を延々と繰り返してただけっていうか……うん。
で、ダンジョンパワーの及ぶ範囲……つまり、『ダンジョンの範囲』の中、限界ギリギリまでキッチリミッチリ掘り抜いた結果……。
「でも、当面の金は手に入ったんじゃない?」
「まあ、銀もあることだし、そっちと割ってもらえれば、聖女様の装飾品の分は足りる……かな?」
……なんとか、俺の手に載せとくには重いくらいのインゴットが生まれた。
だが……。
「……先が、ねえんだよなあ……」
後先を考えるとなると、この量だと足りねえのよ。
忘れてはいけない。何故、俺達が宝石職人達を欲していたのか。
……貴族の後ろ盾を手に入れるためである。
聖女様の後ろ盾が手に入るとしても、それはそれとして、貴族の後ろ盾もほしい。そのためには、パニス村産の装飾品をブランド化して、末永くそれで儲けていきたい。そういうことである。
だが……ここで金を使いきっちゃうとなると、ねえ。
いや、いいんだよ?どのみち、末永くやっていくんだったら、他所から金だけ買い付けることになるんだろうし。ただ、若干の不安要素はある、ってだけで……。
……うーん。
「銀ならもうちょいあるから、銀メインでやってもらう方がいいかなあ……」
やっぱり、ブランド化していく後々のことを考えると、ここで一つ、特徴を打ち出していきたいところではある。
無論、既にパニス村産装飾品の特徴として、『宝石が大粒で、そして高品質』ってのはある。職人さん達も、『地金の美しさより宝石の美しさを重視して作りたい』って言ってくれてることだし、そっちで勝負したいところではある。んだが……。
……うん。
「いっそロジウムメッキしちゃうってのは……あ、ロジウムもそんなにねえや。そりゃそうか。えーと、プラチナ……もそんなにねえや。流石はレアメタルだぜ」
金に代替できる金属無いかなあ、と、とりあえずダンジョン内にプールしてある金属を、片っ端からインゴットにして出してみる。
が、やっぱりレアメタルはレアメタル!プラチナなんて、金より少ないからな!実用性が無いよ!
「水銀とヒ素と鉛はめっちゃあるのに……」
「わっ!?アスマ様!この金属!とけてる!?」
「こいつはこれが正常な形なので……」
水銀を出してみたら案の定、『てれてれてれ……』となってしまった。当たり前である。液体なので。
なのでさっさと分解吸収。……ミシシアさんが『この世界には私が知らない変な金属がいっぱいあるんだね……』と神妙な顔をしている。ちょっとかわいいな。
「アルミは……やっぱり装飾品にするのはちょっと違うのかなあ……」
地下深くじゃなくて浅めのところを掘った時、アルミニウムはそこそこ手に入った。が、多分、装飾品にするには柔らかすぎるんだよね……。軽くていいと思うんだけどね。駄目?駄目かぁ……。
……ということは。
「チタンじゃ駄目かなあ!」
「チタンって何?」
「軽くて硬くて、大抵の色になる金属!」
チタン使ったらまだこの世界には無い、特色あるアクセサリーができると思いますけど……駄目かなあ!




