避けられない、酒*5
ということで、宝石職人のおっちゃんには早速、『こちらがお住まいですよ』と、最近建設したてほやほやの宿舎をご案内し、『こっちが食堂、そっちが温泉ですよ』と村をざっと案内したところ、大喜びで食堂へと消えていった。酒飲むんだろうなあ。うん……。いいよ、今まで飲めなかった分、いっぱい飲んでね。
が、それはそれ、これはこれ、である。
俺はエデレさんとリーザスさん、そして事情がよく分かってないらしいが『なんかただならぬ雰囲気だねアスマ様!』と参加してくれているミシシアさんと共に、相談タイムに入った。
「大聖堂からの引き抜きは、是非、やるべきだとは思う。長期的に見たら、絶対に宝石職人は欲しいし……」
「でも、そもそも大聖堂に負けないようにするために貴族の後ろ盾が欲しくて、貴族の後ろ盾のために良質な装飾品が欲しくて、良質な宝飾品のために宝石職人さんが欲しかったのよね……?」
「そう。つまり……『パニス村の良質な宝石の装飾品』のブランド化の前に、大聖堂に喧嘩を吹っかけることになる……!」
……そう。
なんか……『服を買いに行く服が無い』みたいな話になってきた!
「どうすっかなぁー……どう考えても、これやっちゃうと、大聖堂に目ェ付けられるよね?」
「逆に考えようよ、アスマ様。もう目は付けられてるって考えようよ!」
「やだァー!」
ミシシアさんが元気に斜め上なんだけれど……え?もう手遅れ?もう手遅れかな?
そこんとこどうですかね、ということでエデレさんをそっと見つめてみたところ、エデレさんは『そうねえ……』と少し考えて……。
「……今、ここで止まっておけば、大聖堂としても『目ざわりだけれど、とりあえず保留』くらいで留まってくれるんじゃないかと、思うのよね。逆に、ここから先、もっと多くの宝石職人を引き抜いちゃうとなると、流石に……」
「だよねえ!?」
うん!やっぱりそんなかんじのラインなんだよなあ!目は付けられてるけど、実力行使に及ばれるほどではない、というか!
……というところを踏まえて、どうしようかなあ!どうしようかなあ!
「……俺としては、是非、引き抜きしてやってほしい」
悩んでいたら、リーザスさんがなんか渋い顔でそう言い出した。過激派だ!
「大聖堂での労働環境が劣悪だという話なら、彼らを助けるという意味でも、是非」
「ああー……そっちね?うん、そっちもあるか……」
……まあ、そうなんだよな。
今回の引き抜き、俺達にとってメリットがあるのと同時に、引き抜かれる宝石職人さん達にも、メリットを提供できる、というか……大聖堂が、ブラック企業すぎるんじゃねえか、と。
そんなところに罪の無い人達が就労してるっていうなら、まともな労働環境を提供したくはある。それくらいの正義の心は俺にもあるよ。
「けど、ここで引き抜いちゃうと、面倒なことに……ああああああ」
パニス村も宝石職人も守りたい、となると、大聖堂と全面戦争の上で勝利、みたいなシナリオになっちまうんだよなあ。
……そうなった時、ラペレシアナ様を盾にすることができなくもないんだが、できればやりたくない。というか、それをラペレシアナ様にお願いするにしても、お願いするんだったらせめて、もっとガチガチに勝算がある状況にしてからお願いしたいんだけど……。
「ねえ、リーザスさん。私、あんまり詳しくないんだけれど……そもそも、大聖堂って、教会の総本山でしょ?なんで、そんなところに宝石職人さんが沢山居るの?」
……尚も悩む俺の横で、ミシシアさんがそんなことを聞き始めた。
ので、俺も一緒になって聞く。いや、だって……そうなんだよ。そうなんだよな!
よく考えたら、なんか不思議!俺の中では勝手に『大聖堂=清貧』みたいなイメージがあったわけで、そこに宝石職人が居るの、おかしくない!?っていうことなんだよ!
宝石をそんなに使う用事があるの!?大聖堂に!?ナンデ!?宝石ナンデ!?
「……俺も詳しくは知らんなあ」
が、頼れるリーザスさんもそこらへん、詳しくない模様!マジか!
「なら、ご本人に聞いてみた方がいいかもしれないわねえ……。宝石職人さんなら、内部の事情も知っていることでしょうし……」
……まあ、そうだよなあ。
新たな謎が生まれてしまったことだし、折角だ。ここはあのおっちゃんに聞いてみるっきゃないね……。
ということで、俺達は食堂へGO。
……そしてそこには、すっかり酒でいい気分になっている宝石職人のおっちゃんの姿が!
「おお!エデレさん!いやぁー、この村の飯は本当に美味いね!酒も最高だ!なんだ!?この酒!」
楽しそうに笑っているおっちゃんは幸せそうで何よりである。ところでその酒はね、俺が出したエタノールをトマトジュースで割った奴だよ!
「ちょっと至急、お聞きしたいことがありますの。よろしいかしら……」
「おう!何でも聞いてくれや!」
おっちゃん、酔っ払っていい気分だからか、気前よくインタビューに応じてくれるらしい。ありがてえ。
「えーと、じゃあさあ、おっちゃん……その、大聖堂でどういうお仕事してたの?大聖堂って、宝石細工がそんなに沢山必要になるような場所なの?」
ということで早速、俺が遠慮なくいかせてもらった。……すると。
「まあなあ。ほら、教会じゃ、穢れの無い石、つって、水晶が使われるだろ?儀式に使う水晶を球にしたり、彫刻入れたり、はたまた司祭用の装飾品作ったり……ってのが、元々の仕事だ」
「元々の」
「おう。元々の、な」
……なんか早速不穏だなあ、大丈夫かなあ、と心配になってきたところで、おっちゃんはグビリ、とトマトジュース酒を飲み……。
「が、最近はどうもな、『聖女様が見出されたので、聖女様の為の装飾品を作れ』ってことでな……それで増員されたんだよ」
ほう。
聖女様、と。
「……聖女様って、何?」
「ああ?あー……何、だろうなあ……大聖堂で働く、若いおねーちゃん……か?司祭みてえな立場らしいけどな?十何年かに一度選ばれて、『この人が聖女様です!』って出てくるんだよなあ。……詳しくは俺も知らねえんだ。悪いな」
あー……うん、まあ、よく分からんが、そういう立場の人が居る、と。成程ね。うん。
「そうねえ……聖女様、というと、国が不安定になった時、突如として聖なる力を持つようになった女性、ということらしいけれど……実際の活動は見たことが無いわねえ。リーザスさんはどうかしら」
「俺か?俺は……先代の聖女様なら、何度か見たことがある。王都でのお披露目の時、王都に居たからな。それに、騎士見習いをしていた頃に何度か、王城に来て祈りを捧げていたのを見たことがあるぞ。だが、今代聖女はまだお披露目もしていないからな……王家にはもう、伝わっているだろうが」
ほー。ということは、ラペレシアナ様ならもっと詳しくご存じなんだろうなあ。どうしようもなくなったら聞こう。
「聖女様って、突然力に目覚めるの?」
「そうらしいわよ?私も詳しくは知らないけれど……『村娘が突然、力に目覚めて聖女様に!そうして王子様に見染められて……』っていう恋愛小説があるくらいなの。ふふふ……」
この世界でいうところのシンデレラストーリーみたいなもんか。成程ね。そっか、うん……。
「まあ、とにかくその聖女様の為の装飾品の為に、宝石職人さんがたくさん集められてた、ってことだよね?」
「おう。教会としても、聖女様のことは大事にしてるらしいからな。『とびきり素晴らしいものを』ってことだったぜ。俺はさっさと抜けてきちまったが、残ってる連中は今頃、どんな意匠にするか決めてるんじゃねえか?」
……ほー。成程、成程。
となると……少し、見えてきたなあ。
「じゃ、おっちゃん。最後に1つだけ聞かせて!」
ということで、俺は鞄の中をごそごそやって……ると見せかけつつ、鞄の中で再構築。ささっ、とそれを作りまして……。
「……この水晶を見てどう思う?」
「おお!?滅茶苦茶でけえな!」
とりあえず、でっかい水晶作って見せてみた。途端におっちゃん、嬉しそうになるから、やっぱりこの人、宝石職人の仕事が好きでやってる人なんだろうなあ。よし。
「でしょ!宝石職人の目から見て、どう!?やっぱりいい水晶!?」
「おうとも。こりゃあ間違いなく一級品だな……おお、この透明度!この輝き!すげえなあ、ここのダンジョンでは良質な宝石が出るって聞いてたが、まさかここまでとは……」
おっちゃんは酔いが醒めちゃったような顔で、真剣に水晶を眺めて……そして。
「……ここまでの美しさ、ここまでの大きさの水晶がありゃあ、間違いなく、聖女様の装飾品の意匠は考え直しになるだろうな」
にや、と笑って、おっちゃん、楽しそうにし始めた。
……多分、頭の中で『俺ならこの水晶でこういうのを作る……』って考えてるんだろうなあ!楽しそうで何より!
ということで、『おっちゃん邪魔してごめんね!』と謝って、俺達は食堂を辞した。折角楽しく飲んでたところ、大変失礼いたしました。後はまた、どうぞごゆっくり……。
で、さて。
「教会の奴らはこのダンジョンの水晶が欲しい、ということか?」
「可能性はあるわねえ。或いは……教会、というよりは、あの修道士が個人的に、ということかもしれないわ」
「……つまり、取引の材料にできるし、逆に、これを狙われているから危険、ってことでもあるのかぁー……」
俺達はそんな話をしつつ、『どうしようかなあ』と頭を抱えることになる。
「とりあえず、聖女様、っていうものを教会が大事にしてるっぽいのは分かった。で、その大事な存在が代替わりした?のかな?だから新しく装飾品を……っていうのも、分かったから……うーん、やっぱり今、この時に宝石職人達を引き抜きしたら、恨まれるよなあ!」
「そうだな……」
俺の頭の中では、教会の人達が『異教徒に死を!』ってやってくる光景が浮かんでいる。いやー、これはまずいよなあ……。
「聖女様って、どういう人なんだろうねえ……。やっぱり、貰えるはずだった水晶の装飾品が貰えなくなっちゃったら、怒るような人なのかなぁ……」
と、悩んでいたところ、ミシシアさんがちょっと斜め上の悩み方をしていた。
……うん。そうだね。俺達、教会の人というか、大聖堂というか、そこから恨まれることを考えてたけど、聖女様ご本人のご意向は、分からないね。
「聖女様と直接やりとりできたらいいのにねぇ……」
うん……うん。
「それだ」




