もてなせ!ダンジョンの村*5
ということで、夜。
「おっ、来た来た」
「暗殺者か!?」
「そうっぽいかんじがするね」
俺の感覚に、『侵入者』の気配が引っかかったんで、ちょっと注視してみる。すると如何にも人目を忍んだ奴が2人組みでやってきているところだった。
「ならすぐにでもラペレシアナ様の元へ……!」
「まあまあ、リーザスさん。ちょっと落ち着いて」
だが俺は慌てない。リーザスさんの服の裾を掴んで離さずに、視覚は向こうにやったまま会話を続ける。
「大丈夫。暗殺者は2人だけど、どっちも宿に入れないから」
「鍵か?だが奴らは第二王子の手先だろう。ならば窓くらい破るぞ」
「うん。それも無いから大丈夫」
リーザスさんを落ち着かせるべく、俺は宿の現状をお伝えすることにした。
「スライムが詰まってるから」
「……は?」
「スライムが詰まってるから」
大事なことなので2回言っておいた。リーザスさんは多分、ポカンとしてると思うよ。視覚は暗殺者の方にやっちゃってるから見えてねえけど……。
「えーとね、暗殺者、今、鍵開けてドアから侵入しようとして、ドア開けたらミッチリスライムが詰まってたから入るのやめた」
「は……?」
「あ、窓に向かった!残念だったな!そのくらい読めとるわァ!窓にも……ほらァ!もう詰まってまあああああす!」
「ちょ、ちょっと待て、アスマ様……その、何だ?何が起きてる!?」
リーザスさんが逆に俺の肩を掴み始めた。彼にはこの光景、見えてないからね。ということで、簡潔に説明を!
「宿のありとあらゆる隙間にスライム詰めた!」
「つまりラペレシアナ様を閉じ込めたのか!?」
「うん!」
絶対侵入できない宿!それは、宿にスライムが詰まっていて出入りできない宿です!完璧だね!
今回、スライムをあちこちに詰めた理由は大きく2つある。
1つは、とにかくラペレシアナ様の護衛のため、宿を守りたかった。
多分、宿の中では騎士達が見張りとかして警戒してくれてるんだとは思うんだけどさ。それじゃ、彼らも休まらねえし……何より、元々、体に問題を抱えてる人達だ。だったらちょっと流石にね。彼らに負担は掛けたくないし、彼らを倒して入ろうとする暗殺者を止められるかも分からない。
ということで、『なら逆にラペレシアナ様を閉じ込めてしまえばよいのでは?』っていう完璧な発想に至ったわけである。
が、まあ、ラペレシアナ様を閉じ込めるだけだったら、詰めるのは別にスライムじゃなくてもいいんだよな。
ここでスライムを起用した理由。それは……。
「スライムって、ぷにぷにしてるからさ。振動とかを吸収してくれるし、防音になるんだよね」
「防音……?」
「うん。外をうるさくするので」
……そう。ここに、スライムじゃなきゃいけない理由があるんだな。
「今、冒険者達に酒を提供する代わりに、夜通し宿の周辺で騒いでもらってる」
「何故だ!?」
宿の廊下とかにもスライム詰めてあるから、騒がしくても大丈夫。スライムが吸音してくれて、第三騎士団の皆さんの快眠をお守りします。パーフェクト!
ちなみに酒類は俺の提供でお送りしております。エタノール作って、トマトジュースで割った。ブラッディーマリー亜種みてえなもんである。これ、評判よかったらパニス村の名物として売り出したいなあ。
「とりあえず今晩のところの目標は、ラペレシアナ様達、第三騎士団にぐっすりゆっくり眠って休んでもらうことなんだよね。いつも暗殺関係で気ぃ張ってなきゃなんないのは、辛いだろうし」
今回、こんなことをしているのは『ラペレシアナ様をお守りしたい』ってことなんだけど、まあ、折角なら安心して休んでほしいよな、とも思った。だから、宿ごとミッチリムッチリお守りしちまおう、ってことだったわけだ。
「で……もう1つの今晩の目標は、暗殺者に『ああー、こりゃ村での暗殺は無理だわ』って思ってもらうことなんだ」
「村で、の……?」
「うん。『村』では、絶対に暗殺させちゃ駄目だろ?それを口実に、『村』が潰されかねないから」
そしてラペレシアナ様をお守りすると同時に、パニス村のことも守らなきゃならない。
……いや、だってさ。もし万一、ラペレシアナ様に何かあったら、パニス村の責任ってことに、されかねないじゃん。
暗殺者なんて、身元分からない奴を用意してあるんだろうしさあ。それを『暗殺者はパニス村の村人だった!』とか、勝手にでっち上げられても困るしさあ。
「それに、『村』はダンジョンじゃないってことになってるから、村で迎撃するのは望ましくないわけだ」
「そ、それはまあ、そうだが……」
「でも、これ、ほっときたくねえじゃん?」
そうでしょ?ということでリーザスさんに問いかければ、リーザスさんは言葉に詰まったらしい。『放っておきたくない』と言いたいが立場がある、みたいなかんじなんだろうけど、そんなん俺は気にしないぞ。
「パニス村での暗殺が防げても、この先もずっと、王位継承のゴタゴタが落ち着くまでこれが続くんだろ?そんなん、あんまりだよ」
……今、ラペレシアナ様達はパニス村に居る。そしてこの村に居てくれる分には、俺の手の内に居てくれるってことだから、お守りするのもまあ、そこそこ簡単ではあるよ。
だが、視察を終えて帰った後も、ラペレシアナ様の人生も、暗殺者達の狙いも、続いていく訳だ。
……だったらさ。そういうの全部、終わりにしちゃいたいじゃん。折角、関われたんだからさ。
「だから、『ダンジョン』に……洞窟の中に誘い込んで、そこで根本の解決を図りたい」
「ラペレシアナ様達は何もしなくていいんだよ。ただ、ダンジョンの視察をしてもらって……そうしたら後は、『ダンジョン』が勝手にやるからさ」
「いいのか。アスマ様、本当に……」
「うん。いい。俺がやりたいんだ」
ということで、俺は『今日は徹夜だなあ』と思いながら、準備すべきものを考えていくのだった。
さて。宿の周りは酒飲んで楽しく騒ぐ冒険者達でいっぱいである。暗殺者2人は、俺の監視の元、おろおろして……そして、諦めて帰っていった。まあそうだね。チャンスはまだあるからね。無理に今夜頑張らなくてもいいと思うぜ。
一応、第三騎士団御一行様が宿泊中の宿の警護は、ミシシアさんに頼んだ。
彼女はリーザスさんみたいに表に出ていないし、何より、隠れておくの、得意らしいし。それに何かに気づいた時、弓矢が得物だと対処しやすいこと、結構あるよね、ってことで。
ミシシアさんからも『そういうのは得意!任せて!』とのことでした。頼もしいね。
……で、その間に、俺は。
「世界樹ポーション、リターンズ!」
「……ポンポン作ってしまっていいのか!?」
「いい!持って帰らせはしないから!というかもう、これしか無いから四の五の言ってらんねえ!」
世界樹ポーションを作っていた。リーザスさんの腕と目を治した奴な。アレ、作ってる。躊躇いなく作ってる。ジョバジョバ作ってる。
「もうね!やっぱり根本的な解決はコレしかないでしょ!」
ラペレシアナ様が今後狙われ続ける問題について、マジのマジで根本のところの解決をするならば、『さっさと第一なり第二なりの王子が即位する』か、『ラペレシアナ様がさっさと降嫁する』か、はたまた『第二王子陣営がラペレシアナ様を狙うのをやめる』なんだろうけど、それは流石に俺にはどうしようもない。
で、次点で採れる防御面での選択肢は、『ラペレシアナ様側に滅茶苦茶な武力を用意して、身辺警護を図る』くらいしか無いわけだ。
……で、それならばかなり現実的なわけよ。
「俺がラペレシアナ様関係で手出しできることがあるとしたら……彼女をダンジョンにずっと匿っておくか、はたまた、彼女の身辺の武力がめっちゃ高いことだと思うんだよね」
「そう、だな……」
「で、その点、ご本人と第三騎士団の騎士達が滅茶苦茶に強ければいいじゃん?でも、第三騎士団の人達は怪我とかであんまり動けない人達なわけじゃん?ていうか、それ狙ってああいう配置にしてあるんだろ?多分」
……ラペレシアナ様ご自身が選んでこの第三騎士団の団長になったのか、そうじゃないのかは俺には分からん。あの人だったらなんとなく、戦で体が駄目になった部下達の雇用の確保のために、そういうことしそうな気もするし。
けど、これがラペレシアナ様ご自身の意思によるところじゃないとしたら……まあ、つまり、『動けない騎士で周りを固めておけば殺しやすい』っていう、そういう恣意的な配置なんだろうな、と思う訳である。
幸い、騎士達の忠誠心は高いように見える。彼ら、高潔な人達だからな。それもなんか、分かる。リーザスさんの元同僚ってことで、かなり信頼高め。
……ならば、だよ。
「つまり第三騎士団全員の怪我を治して!ラペレシアナ様が常に騎士団1つ分の身辺警護を連れて歩いてる状態にすれば!いいんじゃねえかなあ!」
「な、成程な!確かにそうすれば、いつ襲い掛かってくるか分からない相手を返り討ちにできる可能性が高まる!」
「ついでに、返り討ちの後、生け捕りにして情報吐かせて、相手の黒幕にまで手を伸ばせる可能性も高まる!」
そう!これが根本の解決に繋がるって訳だ!だから俺は世界樹ポーションを躊躇いなく作るぜ!作るぜ!俺は作るぜ!
「……ところで、リーザスさん」
さて。
ジョバジョバと世界樹ポーションを作り終えた俺は、リーザスさんに念のため、聞いてみた。
「ラペレシアナ様って、好きな人いんのかなぁ」
「はあ!?ど、どうしたんだ!?」
「いや、多分……俺の作戦だと、ラペレシアナ様、こう……嫁に行くハードルが限りなく低くなっちまうから……」
……この作戦。1つ問題があるとすれば、そこ、なんだよなあ……。
大丈夫かなあ。まあ、大丈夫ってことにしとくかぁ……。




