もてなせ!ダンジョンの村*2
そうして、その日のお昼過ぎ。
「そこの少年。この村の村長に会いたいのだが……」
スライムに乗ってもっちりもっちり、効率の悪いタイプの移動をしていた俺は、俺の傍で立ち止まった鎧の音と、掛けられた声とを聞いて顔を上げる。すると……。
「ワァオー……」
……立派な鎧の一団を率いる、とんでもねえ美女が居た。
流れるような銀髪。深いターコイズブルーの瞳。冷たさすら感じられるほどに整った顔立ち。白銀の鎧に、綺麗な装飾の鞘の剣を帯びていて……そして、極端な分け方をしてある髪に隠れた顔の半分程度が、火傷痕。
「……すまない、怖かったか」
「あっ、いえ、すみません不躾に。あんまりにもお綺麗だったもんで……」
ひぇー、こういうタイプの美女、実在するんだぁ……ファンタジーじゃん……と感動していたら、なんか美女に申し訳なさそうな顔をさせてしまった。そして、ささっ、と髪を整え直して、美女はまた、火傷痕がある方が目立たないようにし始めた。
……よくよく見ると、美女が率いる鎧の一団、全員、どっかしらか体を悪くしてそうに見えた。
美女同様に火傷痕が目立つ人も居るし、腕が片方無い人も居るし。脚が上手く動いていない人も居る。……なんか、かつてのリーザスさんみたいだ。
「えーと、村長さんですよね。こっちですよ」
あんまり見ちゃ悪いよな、でもこれだけの美女、見ちゃうよな……と思いつつ、早速、案内し始める。すると、美女は『ありがとう』と言って、付いてくる。その後ろに、鎧の一団もお行儀よく付いてくる。
……もっちりもっちり、スライムは進んでいく。美女もその速度に合わせて、もっちりもっちり、と付いてくる。鎧の一団も、もっちりもっちり、という速度で……。
遅い!
「あ、すみません。降りますね。うん、やっぱりスライムに乗って移動するのは実用的じゃないな……」
「そ、そうか……」
こりゃ駄目だ、ということで、俺はスライムから降りて案内することにした。スライムは特に何も考えていない様子で、もっちりもっちり、と去っていった。うん、ごめんなスライム。乗っておいて悪いけど、やっぱりちょっとお前、遅すぎるよ……。スピーディーなスライムとか、居ねえの……?うん、まあ、居ねえよな……。
ということで、俺はエデレさんのところへ。美女は歩く間も、物珍しそうに村の中を見回していた。
……この人がやっぱり、視察の人かなあ。鎧だもんなあ。しかも、なんか、こう、やんごとない雰囲気の人だしなあ……と思いながら進んでいけば、すぐにエデレさんに行き会った。
「エデレさーん!お客さーん!」
「はいはい、今行きますね……あら!」
そしてエデレさんに声を掛けると、奥に引っ込んでいたらしいエデレさんが受付に出てきて……美女を見て、『あらまあ』って顔をする。
「以前連絡させて貰った、王立第三騎士団団長、ラペレシアナ・ヴィス・エグナムだ。本日はダンジョンを視察させてもらう」
美女が名乗る。成程ね。なんかピッタリの名前だ。長くて厳めしくて、気品があるというか……。で、やっぱりこの人達、王立騎士団の人なんだな。ってことは、リーザスさんの、元同僚……?
……と、考えていたら。
「ええ、是非。お会いできて光栄ですわ、王女殿下」
エデレさんが、そんなん言い出した。
ほお、成程ね!王女殿下!このお方が!
確かになあ、なんかやんごとないかんじの雰囲気あるし、分かるぜ!間違いなくやんごとない御身分の方だよな!
……いや、なんで王女殿下が鎧に剣で、こんなダンジョンの視察なんかやってんの?あの、マジでなんで?
と、いうことで、エデレさんが王女殿下……ラペレシアナ様に、今の村の状況とかを説明し始めた。俺は騎士団の外の人達に『お茶どうぞー』ってする係になった。皆、『ありがとう、少年』『美味いお茶だな』って声掛けてくれた。いい人達だなあ。流石、リーザスさんの元同僚……。
「見たところ、中々に栄えている様子だな。この近辺では最も栄えているのではないか?」
「ええ。まだまだ小さな村ですが、いずれ、大きくなっていくと思います。こうして、ダンジョンを目当てにした冒険者達が大勢来てくれるようになっていて……移住者も増えて、助かっていますの。元々、戦で男手が減った村でしたから」
「そうか、戦で……」
ラペレシアナ様は、厳しい表情にちょっと悲しみを滲ませつつ、言葉少なく頷いていた。エデレさんも、あんまり詳しくここら辺の話はしたくないんだろうなあ。旦那さん、亡くしてる訳だし……。
「……元々のパニス村は、もう少しばかり西の方に在ったように思うが、戦の影響か?」
「いいえ。色々あって、一部の冒険者崩れが元々のパニス村に塩を撒いたんです。でも丁度その頃、ダンジョンがここに見つかって……私達は移住して、ここに住むようになりました」
「塩だと?それは……ううむ」
ラペレシアナ様、絶句してるぜ。そりゃそうだよな。塩撒く奴が実在するとか、絶句するよな。
「今は穏やかに暮らせております。力を貸してくれる、親切な方が大勢いらっしゃいますから」
「……そうか」
エデレさんの穏やかな笑顔に、ラペレシアナさんは少しばかり、ほっとしたような顔になった。……クールなように見えるけど、優しい人なんだろうなあ、彼女。
ということで、エデレさんはラペレシアナ様に、何か色々と『作物の取れ高はこんなかんじで』『主な産業はこんなかんじ』『今の人口はこんなかんじ』『今後はこういう方面に特化していきたい』なんて話をしていった。
俺と騎士団の皆さんは、それを後ろでふむふむ言いながら聞いてるポジション。時々、ラペレシアナ様からの質問が出てきたりもしたけれど、エデレさんは臆することなく返答して、ラペレシアナ様もそれを静かに聞いていて……。
……なんというか、すげえ、『善政』ってかんじの光景を見ている気がするよ、俺。
王女殿下ってことは、まあ、ラペレシアナ様はお姫様なんだろう。お姫様って言うには、かなり迫力あるが……まあとにかく、お姫様。
そんな身分の人が、こういう風に視察に来て、小さな村の村長さんの話をきちんと聞いている。これ、すごいことだよなあ、と思う訳だ。これ、やられた側は嬉しいよなあ。エデレさん、今、嬉しそうだし。
で、そんなエデレさんとラペレシアナ様の話を見守っていた俺は、騎士団の皆さんに、『あ、よかったら椅子どうぞ』と、デカめのスライムを勧めておいた。いや、なんかデカめのスライムが、もっちりもっちり、丁度通りがかったもんだから。それに加えて、なんか騎士団の人達、やっぱり立ってるの辛そうな人も居たし。
「……椅子?」
「あ、はい。もっちりしてて座り心地いいですよ」
まあ、椅子じゃないが。椅子じゃないが……スライム達は、座られることに特に反対しない方針らしい。騎士団の人達が恐る恐る、遠慮がちに座ると、もちっ、とそのボディを凹ませつつ、もっちりしっかり、騎士の体重を支えている。
「おお……」
「なんという座り心地……」
……うん。座り心地いいよね。人間をダメにするタイプのスライムだからね、こいつら。
さて。そうして騎士団が『おおー、スライムって座り心地がいいんだなあ』とスライムの良さに目覚めた頃。
「では、村の様子をご案内しますね」
よいしょ、とエデレさんが立ち上がる。それに合わせて、ラペレシアナ様も立ち上がって……そして、『お前達、一体何に座っていたんだ……』と、慌てて立ち上がった騎士達を何とも言えない目で見ていた。うん、まあ、スライムです。
スライムはさておき……エデレさんはこれから、王立騎士団の皆さんを連れて、村を回ってみるんだろうな。が、そうだというのなら、俺も是非、そこに参加したい。
ダンジョンを視察する人達の様子は、しっかり確認しておきたいからな。彼らの目的も知りたいことだし……。
ということで。
「エデレさん、エデレさん。俺、ご案内できるよ!」
俺は、『如何にも小学生です!』みたいな明るく朗らかなかんじに、エデレさんに申告してみた。するとエデレさん、概ね、俺の意図を察してくれたらしい。ありがてえ。
「そう?なら、アスマ君にお願いしようかしら」
「まかせて!」
エデレさんが話を合わせてくれたのをありがたく受け止めつつ、俺は元気に、視察団御一行様にこのパニス村を案内して差し上げることにしたのであった。
……ので、エデレさんには、『ミシシアさんとリーザスさんに声かけといて!で、リーザスさんにここに居てもらって!』とお願いしておいた。よろしくお願いしますねエデレさん。
さて。
「ここが村の温泉!冒険者の人達も村の皆も入りに来るんだ!」
最初に向かったのは、現状、パニス村随一の観光名所である温泉である。
この温泉は、単にお湯が溜まっているだけなので温泉と言うよりは銭湯なのだろうが、まあ、ダンジョンパワーでお湯沸かしてるもんだから、傍目には『勝手に沸いてる風呂』なのである。よって温泉。
「疲労、古傷の痛み、肌荒れ、筋肉痛……なんかに効きます!」
「ほう……そんな湯が湧き出るのか」
「はい!」
まあ、お湯の効能は薬草ポーション由来なんだけどな。でもまあ、そういう温泉です、って言い張るしかねえ。今後も言い張っていくぜ!
「少年。ところで今、受付をスライムが通っていったが……」
また、頭に手ぬぐいを載せたスライムが、もっちりもっちりと3匹ぐらい列になって温泉の建物の中へ入っていった。それを、ラペレシアナ様や騎士団の皆さんが何とも言えない顔で見ていた。
「ああ、あいつら、綺麗好きなので!」
「そうか……綺麗好きなスライムは、温泉に入るのか……」
そうなんですよ。あいつら、温泉に入るんですよ。
多分、魔力がある程度溶け込んでるお湯だからだろうとは思うんだが、スライム達はここの温泉に入るのが好きである。大体毎日1回、ちゃんと入浴している。
が、全てのスライムがそんな風に入浴しようとし始めると、温泉がスライムで溢れてしまうため……『一度に入浴していいのは5匹まで!』と俺がルールを決めた。そしてスライム達に手ぬぐいを5枚渡しておいたら、スライム達は『頭にこの手ぬぐいを載せているスライムだけが温泉の受付を通れる』と思ったらしく、それ以来、こうして頭に手ぬぐいを載せたスライム達が、もっちりもっちり、温泉受付を通っていくようになったのであった。
「……2匹、出てきたな」
「あ、はい。多分、頭の手ぬぐいを他のスライムに渡してから帰るんじゃないかと思います」
3匹入っていったと思ったら、2匹出てきた。手ぬぐいを他の仲間にパスして、自分達はスライムの池に帰るんだろうなあ。
「何故、この村にはスライムがこんなにも居る?それでいて、人を襲う様子は無いようだが……」
「このスライム達は俺の飼いスライムです。このダンジョン、スライムしか魔物が居ないみたいなので!」
視察団の皆さんにとっては、スライムがもっちりもっちり闊歩している村の様子は物珍しかったらしい。まあ、だろうなあ。でも飼いスライムだから安心してね!ということで説明終了。多分、ここのダンジョンにスライムしか出ねえってのは、もう情報がいってるんだろうし、詳しく説明するほどのことでもないだろ。
「ここがスライムの住処です。俺の飼いスライム達は皆、暇な時は散歩してるか、ここに居るか、そんなかんじ!」
「お、おお……」
「これは一体……?」
はい。次に案内する場所は、スライムの池。……そう。ポンプに詰まろうとするスライム達を退かすために作った貯水池である。
最近は専ら、スライム達の住処と化している。貯水池というかんじでもなくなってきた。特に、クソデカスライムがみっちりむっちり詰まってる時には、猶更……。
「……ふむ」
ラペレシアナ様が、ちゃぷ、と池の水に触れて、小さく頷いた。
「成程な。この池の水は、魔力を多く含む霊水であるようだ。ダンジョンの奥から湧き出て、ここへ流れてきたものか……」
あー、やっぱりそういうの分かるんだな。俺、分解吸収してみないとその物質の魔力量、あんまりよく分かんねえんだよなあ……。
「……ところで、このスライム達は何故、野菜が生えているのだ?」
「あっ、丁度よかったんで植えました!」
「植え……た?」
どうも、スライムに野菜を植えるのは一般的ではないらしい。まあそんなこったろうと思ったぜ。でもまあ、隠してるもんでもないしな。『スライムが育ててくれる野菜は美味しいんですよ!』とアピールしておいた。騎士の皆さんが、なんか興味深そうに『ほほう……』って野菜スライムを見つめていた。
スライム農法がこの世界を風靡するのもそう遠くないことかもしれない。
「ここはダンジョン前受付です。ダンジョンに入る人は、全員ここで受付してもらうんです!」
さて。
そうして村の名所を回った俺達は、ダンジョン前へとやってきている。受付でエデレさんが『お帰りなさい』とにっこりしてくれたので、俺もにっこりしておいた。ありがとうエデレさん。順調ですよ。まあ相手の目的、未だに何も分かんねえけどな!
「皆さん、ダンジョンの中もご覧になりますか?なら、ここで受付をお願いします!」
「ああ。分かった」
まあ、流石にダンジョンの中に入れば、目的がチラ見えするくらいはするだろ。ということで、洞窟内にも同行するぜ。
「……ところで少年。君が、このダンジョンの案内を?」
「あ、はい。よく入ってるので、慣れてますよ」
とはいえ、俺は小学生ボディのアスマ君である。俺みたいなのが案内人って言っても、不審だろうから……。
「でも、えーと、俺1人ではダンジョンに入っちゃ駄目、って言われてて……あっ、リーザスさーん!こっちー!」
……このために、リーザスさんを呼んでおいたってわけだ。
彼はこのダンジョンの見回り役であり、俺の保護者って立場だからな!
……と、いうところで。
「……リーザス?」
俺が呼んだ名前を繰り返して呟いて、ラペレシアナ様が、はっとした顔をする。
……そして。
「ラペレシアナ、様……」
俺に呼ばれてやってきたリーザスさんもまた、ラペレシアナ様を見て、ちょっと呆然としていた。
……やっぱり、リーザスさんの直接の上官って、この人だった?やっぱり?




