もてなせ!ダンジョンの村*1
「あー、王都のダンジョン?うん、知ってる。私もちょっとは見たことあるよ。有名だもんね」
「そっかー」
その日、俺はミシシアさんに『王都のダンジョンってどんなやつ?』と聞いてみていた。
ほら、リーザスさんが言ってたやつ。ダンジョンの中に飯と風呂と寝る場所と働く場所があるから人が中に棲みついて働いてるっていう、例の。
「そっちも魔力は多いかんじだった?」
「うーん、どうだろうなあ。世界樹を植えられるようなかんじは無かったと思うよ。そもそもあそこ、国営ダンジョンっていうことで、国に管理されてるから、ダンジョンの気配がちょっと薄いっていうか……」
「あ、そういうかんじなのか……」
ミシシアさんの話を聞きつつ、『どんなところなんだろうなあ』と思いを馳せてみる。
……地下労働施設みたいなイメージと、スーパー銭湯みたいなイメージと、その2つが合わさってなんかよく分からんことになってきた。駄目だ。分からん。
「ねー、リーザスさん。リーザスさんは王立騎士団の人だったんだよね?だったら、若い頃は国営ダンジョンの警備とか、やってた?」
「おお、よく知ってるな。うん、まあ、やってたよ。騎士団員になってからも、時々見回りには行ってたよ。……まあ、揉め事と無縁な場所とは言い難いからなあ」
リーザスさんが苦笑するのに、ミシシアさんが『そっかー』と返し……そして、首を傾げる。
「それでも国が管理してる、っていうのは珍しいよね。他に産業が無い村とか町では時々見るけど……」
「まあ、魔物が出ない以上、そこまで酷い問題は起こらないしな。それに何より、王都の国営ダンジョンは一つの労働の場だ。そこで働いて、税を納めてくれる人間が多いっていうことは、国としてもありがたいことなのさ」
あー、成程ね。要は、企業誘致みたいなもん?
働き手は居るのに働く場所が無いと、人口流出になっちまうし、職にあぶれて犯罪に走る人も増えてくるんだろうし。……えーと、前に来た冒険者崩れの連中みたいに。
「まあ、ああいう形態のダンジョンは珍しいからな。俺が知る限りでは、今も残っている『魔物が碌に出ないダンジョン』は、ここと国営ダンジョンと、後はかなり遠方にいくつか、というくらいだ。希少価値もあるから、保護したくなる気持ちは分かる」
「俺のダンジョンも保護される日が来るのかなあ……」
珍しいダンジョンだっていうんだったら、保護してもらいたいもんである。それで、本と小説家を大量に誘致したい。図書館の町にしたい。それで片っ端から魔力を貰いたいなあ。
「いつか、他のダンジョンを視察しに行くのもいいかも」
「そうか。まあ、王都だったら案内するぞ」
そっか。じゃあリーザスさんにお願いして、近い内に行ってみるかなあ、国営ダンジョン……。
……なんて、暢気に考えていた俺達であったが。
「アスマ様!」
エデレさんが走ってきたので、なんか嫌な予感がするわけよ。絶対これは何かあっただろ、と。
で。
「王城から、手紙が届いたの。……ダンジョンの視察をしたい、ですって」
エデレさんがそんなん言い始めたので、『他ダンジョンを視察しようとする時、他ダンジョンもまた、視察しようとしているのだ』と頭の中でニーチェが騒ぎ始めちまったぜ。
「えー……視察って、なんでまた」
「教会の連中が何か言ったのかもしれないわね。ほら、聖騎士達は『あの村には何も無かった』って言ってくれたでしょうけれど、最初に来た修道士がそれで満足するとは思えないもの」
あー、成程ね。そりゃ確かにね。『先輩、やっちゃってくださいよ!』って折角やったのに、その先輩が『いや、あそこ何も無いし……』とか言い出したら、そりゃ、ぐぬぬ、ってなるわな。
「でも、聖騎士達は動いていないわけでしょう?となると、たかが修道士1人の陳情があったからって、国が大々的に動くとは思えないのよねえ……。となると、やっぱりあの修道士、いいお家の出だったのかしら……」
あーあー、成程ね。いいとこの貴族とかのおぼっちゃまが教会に入ってたってことならなんか納得いかないでもないな。偉そうだったし。身の程知らずだったし。
「それで、『視察』が落としどころ、と考えてもいいかもしれないが……いや、もしかすると本当に、王城側にこのダンジョンに興味を持っている人が居るのかもしれないな」
リーザスさんの言葉は、嬉しいような、怖いような。
興味持たれるってのはね、プラス面にもマイナス面にもなり得るからね。結構怖いよね。……まあ、これをきっかけに人口が増える可能性もあるし、そうなったらもっと多くの本を入手できる、とか、そういう方面に行く可能性もあるから、すぐに反対しようって気にはならないが。
それに、まあ、こっちには心強い味方が居る訳だ。
「視察に来るとしたら、えーと、どういう人が来るんだろう。ダンジョンの中も調べるんかな」
「そうだな……恐らくは、騎士団のどこかが動くんじゃないか?戦も終わって、暇を持て余す奴が多いだろうし……」
何せ、リーザスさんは元々、王立騎士団の人!王城からダンジョンの視察が来ます、ってなったら、彼の知識は間違いなく役に立つ!
「えー、じゃあ、なんか用意しといた方がいいか?こう、『歓迎!視察団御一行様!』の垂れ幕とか」
「不審がられるだろうなあ……」
うん。まあ、垂れ幕は俺としても小粋なジョークって奴だよ。いや、イメージはしてたけどね。洞窟入り口に、こう、ほら、よくあるじゃん。高校とかにさ、『祝・全国大会出場!盆踊り部』とか書いてあるデカい布、くっついてるじゃん。あんなかんじにね。こう、ね。
「……特段、何かを準備しておく必要は無いと思うぞ。ただ、寝泊まりの場所は提供できた方がいいだろうな」
「それなら、宿、増設しとこっか。そろそろ増設が必要だよね、って話は、前から出てたし」
「そうねえ……現状、連日満員御礼に近い状態だもの。もう少しゆとりは持ちたいところよね」
ね。最近、冒険者達、多くなってきてるし。定住してくれた人も居るけど、後から後から、冒険者人口は増えてるし、それに併せて、移住者も増えてきてるし、行商人とかも増えつつあるから……まあ、宿を増設しておくのは必要なことだな。うん。
「じゃあ、えーと、何人前ぐらいでいく?やっぱり騎士団の人って体大きい人、多い?なら特盛にしとく?」
「特盛……?ああ、うーん、そうだな。人数は20かそこらが入れれば問題ないと思う。視察なら、多くても10人程度だろうし……ああ、大部屋でいいぞ。騎士連中の中でも、どうせ下っ端が駆り出されるだろうしな……」
「うん。じゃあでっかい部屋にベッド4つ入れた部屋を5つ造っとくか。ベッドは大きめのやつ入れとくねー」
「あらあらあら……もうできちゃったわ」
リーザスさんのアドバイスを頂きつつ、宿を建設していく。一応、外部の人には見られないようにしておくが、この世界って『建築?ああ、土魔法でやる奴、居るよね』というかんじらしいので、隠さなくてもいいのかもしれない。まあ、一応俺は、ただのスライム使いってことになってるので、一応は隠しておくけど……。
「それから、風呂も造っとくね。村の温泉に20人増えたら、もっと混むだろうし」
「ああ、それはいいな。騎士連中は普段、ゆっくり風呂になんか入れないから、きっと喜ぶ」
ついでに風呂も用意。視察に来る人達以外にも、4人組ぐらいの冒険者パーティの宿泊を想定して、ちゃんと男湯と女湯、分けといたぜ。要らんトラブルは御免だからな。
ということで、おもてなし用の宿が生まれた。従業員については、最近『定住することにした!』と決めた冒険者達に職を斡旋しておくことにする。
食堂とかも、最近は移住者が労働力となって回してくれてるし、元々農業やってた人達は『スライムと戯れながらの収穫作業……しあわせ……』というパニス村の皆さんに混ざりながら、農業始めてるし。まあ、こうやって村が大きくなっていくのを見ているのは、中々楽しい気分だな。
「他に準備しておいた方がいいものってあるかなあ」
「そ、そうだな……強いて言うなら、後は、ダンジョン内、か?」
折角だしおもてなしするぞ、みたいな気持ちになっていたら、リーザスさんがちょっと難しい顔でそう言った。
「……その、万一、相手がダンジョンを制圧しようと考えたら、厄介だからな」
「へ?……その可能性、あるの?」
「俺には分からん。生憎、政の類には疎かったからなあ……。だが、例えば……『国営ダンジョンの労働力がパニス村のダンジョンへ流出している』なんてことになっていたら、こちらを制圧することも1つの案にはなり得るだろうと思う」
あー……成程なあ。そういう可能性も、無い訳じゃないのか。うーん。
「勿論、まともな考えの奴なら、そんなことはしないだろう。だが……世界がまともな考えの奴ばかりでできているなら、そもそも戦になっていない」
「そうかぁ?まあ、そうかぁ……」
リーザスさん、色々思うところはありそうだな。うん……。
……まあ、ね?普通に考えれば、労働力が王都からこっちに流出したとして、国全体で見ればまあ、いいことだと思うんだよな。まともな人が考えれば、『王都のみに労働力が集まっているべき!』とかにはならんと思う。
だが、例えば、国営ダンジョンの管理をしている役人さんとかに、『こっちの業績が悪化しないように、向こうを片付けてきましょうか?』って人とかは、出てこないとは、言えない……。
実情知らない人と、大局関係ない人が合わさると、こう、色々とね。厄介だよね。それくらいの想像はつくぜ。
……と、考えていて、俺はふと思った。
「……そもそも、なんでダンジョンの視察になんか、来るんだろ」
そもそも、視察に来る理由がよく分からないんだよな。
エデレさんに『そういうの、手紙に書いてある?』って聞いてみたところ、『日時くらいしか書いてないわねえ。一応、表向きは新たに発見されたダンジョンの実情の調査、ってなってるわよ』ってことだった。
つまるところ、裏の理由が何かは分かりません、ってことで……なんだろね。
「やっぱり珍しいから見に来るのかな」
「そりゃあなあ、まあ、魔物が出ないダンジョン、ということで噂になっているのかもしれないし、エデレさんが言っていたように、あの修道士が何かしたのかもしれないな」
あー、うん、そうだよなあ。教会の関与、国営ダンジョンとの関係……色々、考えられる線はあるよなあ。
いっそ、視察の人達が来たら、聞いてみようかな。『なんで来たんですか?』って……。
「……或いは、そうだな。戦の影響で職を失ったり、体の一部が動かなくなったり無くなったりしているような奴らが、今、ここには多く流れ着いてきているだろう?なら、その視察、なのかもしれない」
「ふーん……」
まあ、国の福祉を担っている場を見ておこう、って可能性もあるか。それだと嬉しいけどなあ。
……というところで。
「……あー、アスマ様。悪いんだが……1つ、頼まれてくれるか」
「うん?」
何故か、リーザスさんが考え込んで、難しい顔をしていた。
「宿に1つ、部屋を足してほしいんだ。可能だろうか。その、できれば……広くて立派な、1人部屋で頼む」
「うん、いいけど……はい」
リーザスさんのお願い通り、早速、新しい宿に2つ、部屋を追加しておいた。1人部屋が2つだ。どっちも、ちょっと広くて豪華な部屋だな。
まあ、こういうプレミア付いてる部屋も、あってもいいかもしれない。建設の費用はタダみたいなもんだし、なら、今後、富裕層の需要が出てくることを見越して、高級志向のサービスも提供できるように備えておくのは悪い手じゃないし……。
……だが、どうにも、リーザスさんの表情が苦いのが、気になるな。
……その日の朝も、俺はミシシアさんとリーザスさんと一緒に、スライム農園で収穫作業を手伝っていた。
「今日も気ままだなあ……」
「スライムって、こういうところが可愛いよねえ……」
俺とミシシアさんが見守る中、スライム達は、もっちりもっちり、と行進してくる。ミシシアさんがトマトの収穫がてら、『かわいいね』とつつくと、もよよん、と体を震わせつつ、まあ、特に何もせず、ただもっちりもっちり、と行進のペースは乱さない。
そこに俺が肥料と水をやれば、スライム達は満足気にもよもよ揺れて、また、もっちりもっちり、と進んでいくのである。
……尚、ここはトマトの列なので、トマトが生えたスライムばっかり並んでいるが、向こうの方には小麦スライムとか、薬草スライムとか、人参スライムとか、豆スライムとか、色々居る。で、そいつらがフォーク式に合流してきて、最後は一列になって、俺のところで水と肥料を浴びてゴール、ってかんじだな。
「今日もトマトがとっても美味しそうだなあー。やっぱり、これだけ美味しい野菜が採れるのもアスマ様のおかげ?」
「んー、まあ、半分弱はそうかも」
何せトマトは遺伝子組み換えしてあるからな。人参とか豆とか、パニス村の種を分けてもらって栽培してる奴も、今や、遺伝子組み換えの品種改良済みだから……まあ、この美味しさ、この収量、この耐病性……そこらへん諸々は、俺と科学のおかげです。はい。
が、その後の、実際に育てる部分はスライムが頑張ってくれてるわけだからな。肥料と水はダンジョン産だが、収穫やら摘心やら、そういったお手入れはパニス村の皆がやってくれてるわけだし。うん。やっぱりね、生き物って遺伝子だけで決まらないから。環境の要因もボチボチデカいからね。
……うん。そうなんだよな。
生き物って不思議なモンで、生育環境によって、結構品質が変わっちまうんだよな。栄養とかだけじゃなくて、寒さとか、刺激とか、色々……ほら、辛味大根とか、ストレスが無いと辛くならないらしいし。
で、今やってるのは……。
「あっ、帰ってきた!アスマ様!温泉薬草スライムが来たよ!」
「よし来た!お前らの薬草の品質、しっかりチェックしてやるぜえええ!」
……土壌の状態と温度の変化によって、薬草にどの程度、差が生じるか。そういう実験だ。えーと、簡単に言うと、頭に薬草が生えたスライムを入浴させてる。スライム達、入浴は皆割と好きみたいなんだけど、この温泉薬草スライム達については、朝っぱらから入浴させまくっているってわけだ。
「どう?どう?」
「まあ待てってミシシアさん。今調べてるから……おお!」
ということで早速、温泉に浸けたスライムの頭から採れた薬草の品質を、分解吸収で確認。……すると。
「……美肌効果と、傷を治すタイプのファンタジー力が多い!」
「えーと、魔力、ってこと?」
「うんまあそんなかんじだね」
……遺伝子情報を分解吸収で調べてみてもイマイチ分からないのが、このファンタジー力である。だがまあよく分からないなりには分かるので、この薬草がどういう効果なのかは分かるんだよな。
例えばこの薬草、美肌効果と傷を治す効果があるので、傷痕を残さず綺麗に傷を治してくれるタイプのポーションになるのだ。その効果が、温泉によって増幅されてる、ってかんじか……?
「……魔力を沢山温泉で浴びてきたからかなあ」
「かもね。分からんけど……あ、あとね、なんか、ひんやりする効果も出てる」
「……このスライム達、のぼせた?」
「かもね……」
いじめた辛味大根が辛くなるように、のぼせたスライムが育てる薬草には、ひんやり効果がある、ということだろうか。
まあ、そういうことなら火傷とかによく効く薬になりそうだし、これはこれでいいかもな。
「ということは、逆に冷やしスライムからは、凍傷に効く薬になる薬草が採れる……?」
「冷やしたらかわいそうだよ、アスマ様ぁ……」
……まあ、スライム達のストレスになりすぎない程度に色々実験してみるかなあ、というところで……さて。
「ま、そういうことなら、今日の宿の入浴剤は、『疲労回復、美肌、古い傷の痛みの軽減』あたりでやってみよう。リーザスさんの元同僚が来るかもしれないんだし」
「そうだね。あっ、あと、いい香りの花も入れようよ、アスマ様!」
俺達が薬草の品質をチェックしていたのは、今日の宿の入浴剤を調合するためである。
というのも……今日、視察の人達が来るからね。
折角なら、おもてなししたいじゃん?ね。そういうわけで、ちょっと張り切っていこうか。




