ここはそういうダンジョンなので*5
一旦、その仮説でいくか、ということで、そこからはもう、ひたすらに『情報』を入手するために動いてみた。
とりあえず、片っ端から冒険者達に声を掛けて、『ダンジョンお役立ち情報』を貰うことにした。名目としては、『皆の情報を集めて、受付で読めるようにしておこう!皆で作る皆の安全!』というキャンペーンの体で。
……で、冒険者目線でこのダンジョンや他所のダンジョンの情報が集まったものを、一通り分解してみたところ、やっぱり魔力が多めに手に入っちまった。
ふーむ。
色々と思うところはあるが……まあいいや。つまり、情報だ。それが、パニス村の食堂のメニューだろうが、教会の教えだろうが、トマトの遺伝子情報だろうが関係なく、それらを分解吸収すれば魔力が手に入って、魔力が手に入れられれば世界樹が育って、俺が元の世界へ帰るための手がかりが得られる、って訳だ。
……いや、一応、念のため、また階段を建設しようとしてみたんだよ。
だが駄目だった。あの割れ目に接近しようとすると、やっぱり、何かに阻まれて再構築が効かなくなった。
あの割れ目に接近できる唯一のものが、世界樹……ってことなんだろう。世界樹は世界を繋ぐ樹、らしいし。
うーん……色々と思うところはあるが、まあ、しょうがない。今のところ手がかりはこれしかないんだし、魔力を手に入れていく方法を考えないとな。
「……小説家を雇おうかな」
「何!?アスマ様、何て言った!?なんか変なこと考えてる!?」
「或いはパニス村の全員に、日記をつけることを義務付けるとか……」
「どうしたの!?なんか変なこと考えてるよね!?ねえ!?」
……というのを、リコーダーで曲を吹きながら考えていた。尚、曲は『コンドルは飛んでいく』である。小学校の音楽の授業でやったから吹ける。ぴよろー、ぴよろー。
尚、楽譜は普通に普通の情報源として認識されたらしい。魔力が多めであった。で、演奏も人間の会話同様、魔力を微妙に発生させるっぽい。ぴぃーよー、ぴょろー、ぴょろー、ぴょろー。
「或いは、図書館を村に作ると……俺としては、滅茶苦茶嬉しいな……」
「あら。アスマ様がそういうことなら、町の移動図書館に来てもらいましょうか。そのお代は払えるくらいの収入は、もうダンジョン受付業務で頂けちゃってるし……」
「あっ、そういうのあるんなら、是非お願いしたい!俺がお金出すから!」
この世界、既に印刷物は在りそうだもんな。ということは、金さえあれば情報は買えるってわけで……やるしかねえなあ。
「パニス村が益々、豊かになりそうねえ」
「おう!パニス村の豊かさがダンジョンの豊かさに直結しそうだからな!これからもよろしく!」
まあ、当面の間は、パニス村に色々誘致して、人を増やして、情報量を増やしていくのがベストだろうなあ。うん。
……その内、小説家、マジで雇おうかな。いや、実際、演劇とかをやってもらえればそれだけでもかなり情報量、増えそうだし……娯楽施設をこの村に誘致……。
ということで色々考えなくはないんだが、まあ、すぐに色々なんでも手を出せるわけじゃないからな。エデレさんにお願いして、まずは移動図書館に来てもらう、っていうので行くことにした。
尚、代金は俺が払うよ、って言ってるんだが、そこのところはエデレさんが譲ってくれないようである。『村の皆のことだもの。もう、アスマ様には頂けるだけのものは頂いちゃってるわ』とのことである。
そういうことなら、俺はまた別の方向でお返ししていく所存なので……まあ、今後ともよろしくお願いします、ということで。
さて。
そういう訳で、ダンジョン全体を活性化させていって、今後は娯楽のようなものを取り入れていかないといけないな、というところまではきたんだが……。
「……このダンジョンが、情報を知りたがってるのか?」
……なんだって、情報が魔力になるのかはよく分からない。
いや、情報=魔力、って訳じゃないのは、もう分かってるんだよ。
だって、俺が知ってる情報も、分解吸収1回目については魔力ボーナス付くんだから。
つまり……『ダンジョンがまだ知らない情報』に、価値が多く付与されてる。そう考えるべきだ。
「ダンジョンに自我がある、のかねえ……」
改めて、腕輪を見る。
ダンジョンは、あらゆる物質を食らい、魔力へと変じる機構である。
ダンジョンは、魔力を用い、あらゆるものを生み出す機構である。
ダンジョンは、新たな魔力を求めて活動する。
ダンジョンは、眠れども滅びない。
……ダンジョンは、主を待っている、ってのも、最初には書いてあったか。
なんだって、主を欲してるんだかなあ、っていうのも不思議だったが、それも、『情報を新たに得るため』ってことなら納得がいかないでもない。
「そういうことなら、俺達一緒に頑張ってみる?」
……ダンジョンの返事がある訳でもないが、まあ、こちらも今後ともよろしくお願いします、ということで……。
「ところで、他のダンジョンってどうやってんだろ」
ここで気になったのは、他のダンジョンのことである。
ほら、他のダンジョンも同じように情報を欲しがってるんだったらさ、間違いなく、『情報を得られる仕組みづくり』になってる訳だろ?
だがどうも……今までに聞いた話だと、そういうかんじ、無かったんだよな。
「えーと、リーザスさん。本をひたすら集めてるダンジョン、って、聞いたことある?」
「いや、無いな……。すまない、俺もいくつかダンジョンに入ったことはあれども、専門家の類ではないから……」
「そっかぁ……えーと、他のダンジョンはどんなかんじなのか、分かる範囲で教えてほしいんだけど」
俺は他のダンジョンのことなんて1つも知らねえからな。こういう時は、村の外のことを知ってるリーザスさんやミシシアさんに聞くしかねえ。
「そうだな……まずは、魔物がもっと多い。これは前も言った気がするが」
「うん」
そうね。うちにはスライムしか居ないけどね。他所にはもっと、かっこよくて強いのがいっぱいいるんだろうね……。
……いや、いいよ。スライムかわいいし。役に立ってるし。あの気ままなかんじが、猫みたいでちょっといいと思うし……。
「それから、罠の類も……もっと、こう、殺意が高い」
「殺意が」
「うん。もしダンジョンというものに意思があるのなら、『殺す気で掛かってきている』のだろう、と思わされたことが何度もある」
ほ、ほー……そりゃこええなあ。うん……。
「まあ、ダンジョンって最奥まで入られたら危ないんだもんなあ……」
「そうだな……。その点、このダンジョンは不殺のダンジョンだろう?中々珍しい種類のダンジョンだな」
そっかー。まあ、珍しいんだろうなあ、って気はしてたよ。スライムしか居ねえし。
「珍しい、ってことは、少ないだけで、他にもこういうダンジョンはあるの?」
「他のダンジョンにも、不殺のダンジョンは……まあ、無い訳じゃない。有名なところだと、王都には食べ物が出てくるダンジョンがある」
「たべもの……?」
「ああ。ついでに、風呂もある。寝泊まりできるところもあって……採掘すると金が出てくる鉱脈に繋がってるもんだから、人が住んでいるんだ」
……成程。うん。そりゃ分かる。
要は、アレだろ?多くの人が住んでりゃ、その分多くの魔力が手に入るってことだろ?分かる分かる。
ついでに風呂とか入れちまえば、垢とかから人間の遺伝子情報が手に入るんだろうし……あっ、そう考えると、殺す気で掛かってる他のダンジョンも、血とか流させて、そこから情報を……。
……いや、待て。
「脳だぁ……脳だよ……」
「の、脳?脳がどうしたんだ?」
「情報……一番多いんじゃねえのかなあ……」
俺、思っちゃったよ。人間の記憶が全て脳の中に物理的にしまってあるのかは分からないけど、でも確かに……人間を殺してその死体を分解吸収したら、情報、めっちゃ入る気がする!
「成程なあ……他のダンジョンは、人間を吸収するために人間絶対殺すダンジョンやってるんだ……」
「ま、まあ、人が死ぬこともあるダンジョンでも、入った人間が全員死ぬようなダンジョンは稀だぞ?それこそ、このダンジョンの第1層のように、宝石が出るとか、何か金目のものが出るとかで、人が多く集まる仕組みになっていることが多いし……」
うん、わかるわかる。要は、人が入ってこないと、中で死んでくれないってことだろ?どれくらい殺してどれくらい生かして帰すかのバランスは難しいんだろうけど。
王都にあるっていう、宿泊施設付きダンジョンもそうなんだろうけど、人がただ入ってくれるだけでも、ダンジョンにとってはオイシイんだろうし。そっかー、そういうことね。
……まあ、問題は、それらダンジョンが『分かってて』やってんのか、ってことだよな。
多分、本とか日記とかそういうブツを単品でわざわざ分解吸収したことが無いと、『情報こそが魔力の源である』みたいなの分かんねえと思うし。単に、生命そのものが魔力の元になってるって思ってるダンジョンの主、そこそこ居そうな気がするなあー……。
「まあ、このダンジョンは今後も不殺の方針で行くと思うよ」
「そうか。まあ、俺としてもその方が嬉しいな。穏やかでいられる」
「うん」
ま、ここはこういうダンジョンなので、ってことで行きてえよな……。折角、村とかあるんだし。平和なかんじで、あんまり荒むことのないように……。
「俺としても、ダンジョンの見回りをして、拾った宝石で小銭稼ぎして生きていられるのは助かるよ。ここには俺と同じようなことを考えてる冒険者も多いからな。こういう平和なダンジョンがあるのはありがたい」
「こういう方針で人を呼び込んでいきてえなあ……」
目下のところ、既にこういうリーザスさんみたいな需要を取り込めてるから、まあ、ニッチ産業として上手く回ってる気はするんだよな。
リーザスさんが片腕と片目をやっちまってたのも記憶に新しいが、まあ、同じような人、幾らでも居るんだろうし。現に、今、うちに居る冒険者達はやっぱり、戦の影響で体の一部をやっちゃった人が多いみたいだし。
……なので、薬草ポーションをこっそり温泉に混ぜてるのはナイショだ。いや、古傷の痛みに効くって評判なんだよ。なので今後も続けます。
「ところでリーザスさんって、元の職場に未練とか無いの?」
が、ここで気になるのは、うちのダンジョンに潜り続けたい人達が持っているかもしれない他の希望である。
俺、この世界のこと自体が未だによく分かってないんで……できれば、色々と知っておきたいんだけれどなあ。
「あー……まあ、うん、そうだな。無いと言ったら嘘になるかもしれないが……どのみち、俺もそろそろ齢だしな。辞職していなかったとしても、前線は退くことになっていただろうし、そうなると、まあ、書類仕事ばかりになるだろ。向いてないな、とは思ったさ」
リーザスさんはそんなことを言って苦笑して……それからふと、何とも言えない顔をした。
「それに……安定した仕事に居続ける意味も、もう、無くなっちまったからなあ……」
「へ?」
「……いや、まあ、戦が終わって家に帰ったら、嫁が同期の文官と寝てた」
……俺も何とも言えない顔になった。
そっかぁ……嫁が。同期の。うん……。
「ああ……いや、すまない。アスマ様にはまだ難しい話だったな」
「いや分かるけど……あの、リーザスさん。俺、19歳だって言ったよね?言ったことあったよね?ねえ?」
大丈夫だよ分かるよ、ってことで一生懸命主張してみるんだが、この人、相変わらず俺のことは小学生ぐらいだと思ってるんだろうなあ!今もなんか頭撫でてくれてるし!ねえ!ちょっと!
ま、まあ、俺が小学生でも大学生でも、この際どっちでもいいよ。問題はそこじゃねえよ。
「な、なんでまた、そんなことに……」
「……戦があってしばらく帰っていなかったんだ。その間に、城勤めの奴とデキてた。詳しいことは知らない。知りたくない……」
……生々しいお話をお伺いしてしまった。そうか、うん……うん……。
「えー、リーザスさん、いい人なのになあ……」
「面白味が無いらしいぞ」
「ええー……そういうもんなのかよ……」
ちなみに俺は『面白すぎるからお前はモテねえんだよ!』と言われたことがある。人間って難しいね。もう踊るしかねえよこんなの。
「まあ、そういう訳で、城勤めは回避したかった……!」
「分かる、分かるよ……」
片腕やっちゃった以上は、内勤になるんだろうしね……。そうなったら、毎日のように元嫁と元嫁の夫と顔を合わせる羽目になるんだろうしね……。それは、嫌だよね……。
「……だから、まあ、職を辞したことに、悔いはないんだ。仕方がないことだし……辞めた当時は、何もかも嫌になって衝動的に辞めたようなもんだったが、今思えば、あれでよかったんだと思う」
リーザスさんは気まずげにそう言って、それから、ふ、と笑った。
「ただ、隊の連中は皆、いい奴だったから……また会う機会があればいいな、とは思う」
「そっかぁ。会えるといいね。あっ、だったらパニス村が観光名所になるくらい大きくなったら、『遊びにおいでよ』ってできるんじゃないか?」
「そうだな、それもいいかもしれない。ここの冒険者達にも、ここの湯治はよく効くと評判だし……」
戦があったばっかりだっていうんなら、もうちょっと温泉回りを整備して、本当に湯治の名所として売り出していくのもアリかもね。エデレさんとも相談になるけど……。
……なんてことを、考えていた俺だったが。
リーザスさんの元同僚との再会は、思っていたよりも早かったのである。




