防衛*4
そうして生き残った5人の聖騎士達は、逃げて逃げて、いい加減遠くまで逃げてから元の窪みに戻ってきて、そこで既に聖騎士達が搬出済みになっているのを見て、『ああ、自力で脱出できたのか……』と納得していた。いや、出荷されただけだよ。
完璧に誤解なんだが、彼らはそれで納得しちゃったらしく、『進めば合流できるか』とか言いながらまた進み始めた。まあ、いいんだけど。いいんだけどね。
……で、進み始めた聖騎士達は、時々罠を看破し、時々宝石を見つけて喜び、ちょこちょこ休憩を挟みつつ、迷路でひたすら迷い続け……。
そうして、無事に俺が想定していたエリアにまで到達してくれた。
「本当に迷路ばかりで嫌になるな」
「全くだ。魔物との戦いでもあれば、まだマシなものを」
聖騎士達はやっぱり戦うのが好きらしい。迷路と罠だけのダンジョンってのは、色々と勝手が違うんだろうなあ。悪いね、ここにはスライムしか居ないんだ。
「そろそろ最深部に到達するのではないか?流石にそこにはダンジョンの核となる魔物が居ることだろう。ならば、一戦はできるのではないか?」
悪いね。こちとら魔物じゃなくて人間だ。
「そうだな。全く、こんなダンジョンの主なら、間違いなくこそこそとして弱い魔物だろう。期待するだけ無駄かもしれん」
うるせえエビフライぶつけんぞ。
「ははは。どんなに醜く矮小な魔物か、それを楽しみにすることとするか」
好き勝手言いやがって……。流石にちょっと怒るぞ俺は。
どのみち、最深部どころか第2層にだって到達させる気は無いんだ。ここはさっさと、例の『見えても避けられない奴』を出そう。
……ついでに、こっちのテストプレイにも付き合ってもらうぞ。
ということで。
「おお、見通しが良いな」
聖騎士達は5人揃って、広い部屋に出た。
このすぐ先は宝玉樹の部屋だ。その手前に今回新しく作った部屋、ってことになる。
「ん?向こうから光が……」
で、この部屋は明るい。何故なら、『折角なら宝玉樹をライトアップした方が綺麗だよなあ』と思い当たった俺が小さい水力発電機とフィラメント電球を作って天井に設置したからだ。
おかげで小さい滝を作ることになっちまったが、宝玉樹の周りに細い滝が数本落ちている様子は中々綺麗なので、これはこれでよしとしている。水車は見えないように上手いこと壁に隠してるんだけど、これもいいかんじにできて満足。
……で、俺も大満足なそんな照明装置があるので、宝玉樹の部屋から続いているこの部屋も、ぼんやりと明るいって訳だ。そこに聖騎士達が持ち込んだランプもあるから、まあ、ぼちぼちいいかんじに明るいな。
だが、そんな明るさの中……見えるからこそ、どうしようもないものがあるんだよ。
とりあえず、最初にやることは、聖騎士達が入ってきた時点で、部屋の入口に鉄格子を落とすことだ。これでもう出られません、と。
……気分は、ダンジョンのボス戦だな。なんか楽しくなってきた。
が、ボスは俺ではない。そこはちょっと残念だが、小学生ボディにそこまでの期待はできないのでしょうがない。しょうがないから諦めた。
代わりに、俺はこの部屋にも『毒』を散布する。
……窒素だの二酸化炭素だのよりは作るのが面倒だし、何より、『見える』んで、使い勝手は微妙だよなあ、と思っていたやつだ。
だが、使い方によっては、中々悪くないんじゃないか、っていうテストも兼ねて……やらせてもらう。
「ミシシアさん!リーザスさん!悪いんだけど、よろしく!」
「任せて!」
「ああ。行ってくる」
……俺は、ミシシアさんとリーザスさんに声を掛けたら……早速、聖騎士達が居る部屋に、例の毒を撒く。
この毒は……まあ、いわゆる『催涙剤』って奴だ。
「何だ?緑の煙……おい!毒だ!」
「くそ、どういうことだ!?出口が塞がれたっていうのに、毒が来るなんて!」
聖騎士達が何やら戸惑っている。あ、もしかして『侵入者が進入中は、ダンジョンのオブジェクトが動くことは無い』みたいな法則って、ある程度冒険者側にも知られてるのかね。
まあ、知られていても関係ないね。既に催涙剤は薄っすら緑の煙となって、ぽやぽやと聖騎士達へ襲い掛かっている。
「うぐ……!な、なんだこれは!」
「口元を覆え!いや、しかし……くそ、目が!」
この世界において、毒ガスの対処って『口と鼻を覆う』ぐらいらしいんだが、毒ってのはな、吸わなきゃいいってもんじゃないんだ。
人間には露出してる粘膜がある。要は、眼球とか。そういうところからも、毒は十分に侵入できるんだよなあ。
……あと、俺が今回作った催涙剤は、多分、皮膚に付着してもちょっと効果があると思う。まあ、そっちは鎧を着こんだ連中には関係ないかもしれないけど。
「目が!目がああああ!」
「おのれ、卑怯なダンジョンめ!」
聖騎士達が5人揃って『目がー!』ってやってる光景は中々すごいものがある。が、まあ、彼らも一応は、馬鹿じゃない訳で……毒が原因で目がやられてる、そして入ってきた通路は塞がった、ってことが分かったなら、それ相応に対応して来るわけだ。
「先へ進むぞ!突破しろ!」
入口が駄目なら、出口へ。当然、彼らは宝玉樹の部屋の方へと進み始めた。涙がぼろぼろ、鼻水だらだら、くしゃみも出ていて碌に前も見えていないような状況ではある訳だが、それでも前に進むくらいはできちまうわけだよな。
……だがそれは、『邪魔をする者が誰も居ないなら』の話だ。
聖騎士達の足元に、ズガン、と、矢が刺さる。聖騎士がそれに息を呑んで足を止めた直後、次の矢が聖騎士の鎧の継ぎ目を綺麗に捉えて潜り込む。
「ぐわああああ!」
「ど、どうした!?何があった!?」
矢が刺さった聖騎士が悲鳴を上げるが、残りの聖騎士達は状況を把握することすらできない。まあ、前が見えてないだろうからな。
……だが、そんな彼らもすぐに知ることになる。
「おい、返事を……ぐわあ!」
次に悲鳴を上げた聖騎士は、木刀で思い切りぶん殴られて、そのまま昏倒した。
更に次の一人は、矢を受けてそのまま倒れる。その間にもう二人、木刀で殴られてやっぱり昏倒。
……そうして、矢を受けただけだった奴らもキッチリ殴り直されて、昏倒することになったのだった。
……聖騎士達は、彼らの姿を認識することはできなかっただろう。だが、もし、認識できていたとしたら、きっと、『なんだこれは』とでも言ったはずだ。
何せ、今回戦ってくれたミシシアさんとリーザスさん。
彼ら、ガスマスク装備だからな。この世界の連中から見たら、滅茶苦茶異様だと思うよ!
……ということで。
「いやー、お疲れ様!二人とも、すごかった!」
「アスマ様こそ!お疲れ様!」
俺は、宝玉樹の部屋の奥の隠し部屋へ戻って来たミシシアさんとリーザスさんを労っていた。
彼らの衣類に付着した催涙剤は、部屋に充満した分を分解吸収した時に一緒に分解吸収済みだ。じゃないと、俺が『目がぁー!』ってなっちまうからな。
「いや、あの毒は凄まじいな。この仮面を付けていれば何事も無かったが……あの、強者揃いと名高い聖騎士達が、あそこまで無力化されてしまうとは」
「あ、そうなんだ……あれで強者揃いなんだ……」
リーザスさんのしみじみとした感想に、なんか、ちょっと複雑な気分になってくる。いや、あの人達、割と間抜けな印象が強いんで……いや、まあ、分かるよ?真っ向から戦うよりも、毒ガスで戦う方が圧倒的に強いからだ、ってのは、分かるんだけどさ。
「もし、毒の無い状況で戦っていたら、俺など数秒の時間稼ぎもできないだろうからな」
「私も、鎧の継ぎ目に矢を入れるなんてできなかったと思う。というか、私の気配をすぐに察知されて、狙われちゃったんじゃないかな」
「成程ねー、参考になるなあ」
……今回、わざわざ催涙剤の部屋でミシシアさんとリーザスさんに戦ってみてもらったのは、今後、2人にまた戦ってもらう必要が出てくる可能性を見越してのものだ。
何事も、ぶっつけ本番ってのは危ない。特に、人が直接かかわるようなものは、できる限り慎重に行きたい。
ということで、まあ、今後の参考の為……彼らに直接出てもらった、というわけだ。うん、まあ、想像以上の成果だったな。
「やっぱり、射手は敵に見つからないことが前提だから。逃げ回りながら矢を放つんじゃ、どうしたって精度は落ちるし……」
「相手が魔法を使ってこないのはありがたいな。あの毒の中では、魔法どころじゃないんだろうが……こちらが一方的に優位に立ち回れる」
2人にとっても、何かと得られるものがあったようで、まあ、何より。
今後もダンジョン防衛しなきゃいけないことがありそうだしな。まあ、そのためには安全に戦える内に、少しずつデータを集めておくってのが必要だろう。
「やっぱり魔法とか使ってくるんだなー……落とし穴も、全身鎧の連中がジャンプで回避するし、鉄格子ぐらいなら素手でぶち破られそうな気がしてきた……」
「ああ、俺も準備があれば、鉄格子を斬るくらいはできるぞ」
「うわーお」
……ついでに、俺がこのファンタジーな世界の常識に慣れるためにも、まあ、色々試行錯誤していくのがよさそうだな。うん。
いや、ファンタジー、恐るべしだよ。全く……。
「……ん」
「あれ、どうしたの、アスマ様。眠くなっちゃった?」
「うん、ねむい……」
ところで、ダンジョンパワーをめっちゃ使ったからか、めっちゃ眠い。超眠い。このまま寝ちゃいたい。
が、このまま寝ちゃうと聖騎士達を出荷できないので、それだけはやっておくことにする。ねむねむねむ、となりつつも、なんとか聖騎士達を檻に詰めて(詰める作業はリーザスさんがやってくれた。ありがてえ。)装備を分解して、そして、出荷よー。
「お疲れ様。もう寝てても大丈夫だよ。後のことはやっておくから」
「うん……ちょっとしたら起こして……」
ということで、俺はその場に適当に丸くなって寝ることにした。丸くなると落ち着く。人間のふしぎ。そして眠い時にはこれが効果的。即座に寝ちゃう。ということでおやすみ!
……途中、ぼんやりと目が覚めたら、リーザスさんの腕の中だった。抱えられて、運ばれている。
「ん……?」
「ああ、寝ていていい。表の家まで運んでおくから」
「おやすみなさい、アスマ様!」
「うん……」
ミシシアさんも覗き込んできて、笑いかけてくれる。まあ、そういうことなら大人しく運ばれておくかな、と諦めて、俺はもう一回寝ることにした。
運ばれながら寝るってのも、妙な気分だが……まあ、今の俺は小学生ボディなので、こういうこともある、ということにしておこう……。おやすみ!
さて。
そうして次に目が覚めたら、ベッドの上だった。で、傍にミシシアさんとリーザスさんも居た。どうやら、ダンジョンの裏口隠し用の家に連れてきてもらっちゃったらしい。
「おはよ……今何時?」
「おはよう、アスマ様!ほら見て!朝だよ!」
ミシシアさんが、シャッ、とカーテンを開けてくれる。そこから差し込む太陽の光を見る限り、朝だ。スライムが水と肥料を求めてもっちりもっちりやってくる時刻までもう少し、ってところか。
「起きる……」
「もういいのか?」
「うん、流石に、聖騎士達、どうにかしないと……あと、スライムに肥料、やらないと……」
聖騎士達、出荷はしたけど、そこまでなんだよな。そこから先は、冒険者達が手伝ってくれて村の牢屋に入れてあるんだろうけど……この後どうするのか、ってところは見届けたい。
「あ、そういうことなら、聖騎士はさておき、スライムの方、先に見た方がいいかも」
「は?」
……が、その前に、ミシシアさんが何か……何か、妙なことを言い出した。
ということで、ミシシアさんに『こっちこっち』と案内されること、ちょこっと。
そこは、散水用パイプに詰まりたがるスライム達に『こっちにしときなさい!』と与えた、魔力たっぷり水が湧き出る泉、だったのだが……。
「ね?」
「わーお……」
……その泉に、もっちりと。
もっちりと……アホほどでかくなったスライムが、詰まっていた。
具体的には、身長3m程度のやつが。
……でけえよ!なにこれ!なんなのこれ!




