聖なる刺客*4
……ということで。
「成程ね。聖騎士団は教会ごとにあって、最寄りの教会の聖騎士団は総勢20名か……」
「それで、最寄りの教会は町にあるから、ここから半日くらいの距離だね!」
「つまり、奴らが動き出したら半日でここまで20名がやってくる、ということだな」
早速集まった情報をまとめて、なんとか相手の形が見えてきた。
総勢20名、か。うーん、実際のところ、どうなんだろうなあ。ダンジョンに入る冒険者達は、3名から5名くらいのパーティが多いから、20名が一気にどやどや入ってくる想像がつかん。
「で、聖騎士団はダンジョンを制圧したこともある、と……。少なくとも手練れが2人か3人は居るということだろう」
リーザスさんは元々王立騎士団所属だったって言ってたけれど、ということは、彼の見解はそうズレてはいないんだろうな。ありがてえ。
「……それで、村に火を付けるような奴らなんだよね?ねえ、そんな奴ら、本当に『聖』騎士団、って言っていいのぉ?」
ミシシアさんは腹を立てている様子だが、まあ、そうだよな。俺としても、村に何かあるのは嫌だし。気持ちは分かる。絶対『聖』じゃねえと思う。
「ダンジョンの防衛もそうだけれど、村の防衛もしないといけないのよね。となると……やはり、冒険者の皆さんが協力してくれるのはとても心強いわ。ありがとう!」
エデレさんが微笑めば、冒険者達は『いいってことよォ!』『俺、水撒く係やるよ!』『やるぜ!俺はやるぜ!』と声を上げてくれた。ありがてえ。
ということで。
「そうだなー……冒険者の人達には、村の防衛をお願いしてもいいかな」
俺は早速、彼らにお願いをしていく。
「ほら、村に火が付いたら消火活動すべきだし、そんな不届き者をどうこうするなら、正当防衛だろ?でも、ダンジョンの中で待ち構えるなり追いかけていくなりして相手を殺そう、ってなると、犯罪にならない?」
「バレなきゃいいんだよォおおおお!」
「よくないわよ!もう!」
血の気の多い冒険者が早速、エデレさんに叱られて『はい』と大人しくなった。なんだろう、これ、なんだろう。エデレさんに叱られると、皆『はいすみません!』ってなるこのかんじ、なんだろう……。
「ねえ、どう考えてもさ、殺しちゃったら……バレない、ってことは、ないんじゃない?」
「まあ……聖騎士団が出るなら、出動記録は残るだろうしな。この村およびダンジョンで消息が途絶えた、というところまでは、分かるだろうな。そうなると、まあ、疑いを掛けられることは間違いない」
ミシシアさんとリーザスさんがそこまで言えば、冒険者達も『それはそうですね』と納得した。納得するんだ……。ということは、教会の人達、やっぱり疑いを掛けて喧嘩吹っかけてきたりするんだろうなあ……。
「どのみちこの村とダンジョンが疑われるのは間違いないんだから、だったら、『殺していません』って言い張れるようにしなきゃいけない訳だ。だから今回の目標は、聖騎士達を生かして帰すことだと思う」
……なので、まあ、こういうことになる。
俺達は今回、『よりデカい相手』にここを焼く口実を与えないために、襲ってきた奴らを生かしておかなきゃいけないって訳だ。
「……整理しようか。えーと、聖騎士達の生存または死亡、そして、聖騎士団の『上』の組織がこちらに友好的か、友好的じゃないけどまともか、全くもってまともじゃないか。その2×3で合計6パターン、考えよう」
さて。俺がそう言い始めると、隣でミシシアさんが石板に炭で2×3の表を書いてくれた。で、表の左側には『聖騎士生存』『聖騎士死亡』と文字が並び、表の上には『上層部友好的』『上層部まとも』『大聖堂まともじゃない』と並んだ。……すげえ字面だ。
「まず、聖騎士が生きてて、聖騎士団の『上』の組織が友好的で、聖騎士団の侵略を申し訳ないと思ってくれる相手だった場合。……村に火を放った聖騎士達と、聖騎士達を嗾けたさっきの教会の人が処分されて終わる。こっちは被害なし。一番平和だな」
字面はさておき、俺は想像される限り一番のハッピーエンドをお出しする。ミシシアさんが左上のマスに、早速『平和!』と書き込んでくれた。
「次に、聖騎士達が死んでて、かつ、上層部が友好的だった場合……友好的の度合いにもよるだろうが、流石に、自分達の下位組織の面子が皆殺しにされてたら、友好関係を今後築くことはできないよな」
少なくとも、禍根は残るよな。聖騎士達にも家族とか居るんだろうし。家族の訴えは教会上層部にダイレクトアタックなんだろうし。
「じゃあ次。聖騎士達が生きてて、かつ、教会上層部が友好的じゃないにせよ、道理は守ってくれる場合。……こっちが殺さなかったんだからお前らも殺すな、っていう交渉は可能だよね?」
「そうねえ……聖騎士達が死んでいなかったとしたら、聖騎士達が何をどう証言するか、にもよるけれど……まずは『聖騎士達の証言を調査する』っていうところから始めなきゃいけないわよね。それで、道理に従ってくれるなら、聖騎士の嘘が分かれば、聖騎士を処分して、こちらには謝罪を入れてくれることでしょう」
そうだよな。相手がまともなら、そういう話になる。ありがてえ。
「で、次に、聖騎士達が死んでて、かつ、教会上層部が友好的じゃなくて、でも道理は守ってくれる場合。……まともな組織に対して、申し開きから始まることになるよな。少なくとも、口実は与えることになる」
「ええ。その場合……まあ、教会上層部だって、水晶や宝石が欲しいのは確かでしょうし。私達をまとめて『邪教徒』ってことにして、村を焼く手筈を『正当に』整え始めるかもしれないわね。道理に従っていても、それは十分に可能になるでしょう」
だよね。うん。まあ、こっちが道理を破っちまったら、向こうが道理を守ってくれる保証も無いよな。うん……。
「じゃ、聖騎士達が生きてて、でも教会上層部がまともじゃない場合。……何をやってもダメだよな?」
「そうだな。この場合は返した聖騎士達と合わせて別勢力も含めた勢力が襲い掛かってくることだろう」
うん。相手がまともじゃないなら、何やってもダメ。それはそう。
「その場合は、聖騎士達を皆殺しにしとくなり、生かしておいても閉じ込めておいたりする方がいいよね?」
「俺はそう思う。どう足掻いても敵に回る相手なら、先んじて殺しておくべきだ。……いや、その、野蛮な考えだという自覚はあるさ。だが、時にそうすべきこともあるだろう、というだけの話だからな、あくまでも」
「うん、分かるよリーザスさん」
そういうわけで、相手がまともじゃないなら、生かしておいても殺しておいても、相手の対応に差はほぼ無いでしょうね、というかんじだろうな。
「……ただ、できることなら生け捕りがいいだろうな。人質にできる」
「お、おお……そういう手もあるのか……」
「ああ。殺してしまうと、交渉材料にはできなくなるからな……」
……リーザスさんがなんか遠い目してるけど、この人、こういう発想出てくるんだ……。王立騎士団って、やっぱり過酷な職場だったのかなあ……。
「まあ、そういう訳で、聖騎士を殺しておいた方がいい場面っていうのは、結構少ないと思う。少なくとも、今後、『全ての教会を敵に回す!』っていう方針で行かない限りは、生かしておくべきじゃないかな」
「だとしたらそうせざるを得ないわね。流石に、教会全てを相手にするのは、無理があるわ。それに、教会全てと戦うなら、長期戦になるでしょう?……小さな村で持ちこたえられるものではないでしょうね」
エデレさんの言葉を聞いて、冒険者達は『成程なあ、そりゃそうだったわ』と頷いた。流石に彼らは『引き際』ってものを理解している。よし。
「そういうわけで、冒険者の皆さんには、聖騎士達をできるだけ、ダンジョンの中に追い込んでほしいんだ。村に被害を出さないことを最優先にしてほしい。聖騎士達の生け捕りは、後はダンジョンに任せよう」
……と、俺が説明すると、冒険者達は頷いたり、首を傾げたりして……。
「ところでよォ……なんだって、こんなガキが仕切ってんだァ?」
至極ご尤もなことを仰いました。そりゃそうだわ。俺、ガキだったわ。どう考えても不思議な光景だよなあ、これ!ガキが仕切ってるんだから!
と、焦った俺は、なんとか言い訳を考えて……。
だが。
「見りゃ分かるだろ!このお坊ちゃんはテイマーだ!スライムを100匹近く従えてるんだぞ!?」
「何ィ!?」
なんか、予想してなかった方向から勝手に支援が入った。
「この齢でスライム100匹だ!当然、この場を仕切るべきなのはこのお坊ちゃんだろ!」
「成程なぁ!そういうことなら納得だ!」
納得してもらえたか。そっか。よかった!
……いや、いいのか?本当に?なんか俺、心配になってきたよ。大丈夫かなあ、この人達。悪い人に騙されなきゃいいけど……。
「そ、そうなんだ!飼ってるスライムが良くダンジョンに入るから、俺、ダンジョンの様子は結構知ってるんだ!えへへ……、」
だが、俺はちょっと悪いガキなので、この人達を騙させてもらうことにする。ごめん。ごめん……。
「それで、この子の保護者のリーザスさんがダンジョンの見回りをしてくださっているでしょう?それで折角だから、私がアスマ様にお願いしているのよ。ね?」
「ああ。俺からも保証するよ。アスマ様は訳あって俺が護衛しているお方だが、その実力は確かだ」
更に、エデレさんとリーザスさんまでもが支援してくれたので、いよいよ俺への信頼がうなぎのぼり。いや、話が早すぎる。さては罠か!?
……罠かと思ったが、罠じゃなかった。冒険者の皆さんは、『まあ、アスマ様アスマ様、って村の連中にも慕われてるしなあ』『どう見ても、ただのガキにゃ見えねえもんなあ』『かわいいから良いことだ』と、納得してくれてしまった。
本当にいいんだろうか、と思っていたら……そそそ、と、女性冒険者が1人来て、『尊い御身分のご子息なんでしょ?訳ありってことは皆分かってるから大丈夫よ』と耳打ちして、ウインクして去って行った。
……成程ね。なんかそういう勘違いされてるのかぁ。騙してるみたいで気まずいが、『ダンジョンの神様です!』ってやるよりは、まあ、マシか……?
さて。
そうして、俺の身分が詐称されたところで。
「それで……えーと?聖騎士の連中はダンジョンに任せる……ってことか?」
「いいのかよぉ。ダンジョンが攻略されちまったら、俺達困るんだぜ?」
冒険者達がこぞって心配しているのは、『村を守るだけでいいのか?』ってところだ。
……だが、まあ、そっちは任せてほしい。
「うん。そこはまあ、俺に任せてよ」
詳しくは語らない。だが……一応、策はある。
何せ俺はダンジョンの主。ダンジョンをいよいよ『ぶち壊す』ことを目的にしている連中を迎え入れるとなれば……もうちょっと、手を加える準備はあるのだ。
ということで……翌日。
「教会の人、帰った?」
「帰った帰った!ちゃんと村を出て、町の方に向かっていくのを確認してきたよ!」
俺は、ミシシアさんによる偵察で教会の人が居なくなったことを確認してから……さて。
「まずは村に消火設備を整えようと思う」
最初に取り掛かるべきは、やはりここだろう。
……ほら、この村も一応、ダンジョンの一部だし。
それに、前哨戦があった方が、盛り上がるだろ?




