聖なる刺客*3
ダンジョンって寄付の対象になるの?まずそこから疑問なんだけど?
あれか?俺の友達に1人、ちょっと田舎の豪農の末裔みたいなのが居るんだけど、そいつが『近所の寺にうちの柿の木畑1枚、駐車場として寄付した』とか言ってたのと同レベルの話か!?
土地も寄付の対象なのか!?そういうこと!?で、ダンジョンも寄付の対象になるって!?そういうかんじなの!?ねえ!
と、俺が混乱している間にも、教会の人の話は続く。
「質の良い水晶が、金目の物として扱われていることは実に嘆かわしいことです。神聖なる石は、それを使うに値する人の手に渡るべきですし、そこに金銭が介入することなど、本来あってはならないことですから」
エデレさんが固まってるよ。俺も固まってるけど。ついでに、食堂の中の様子も大分、冷え切って静まり返ってるけど。
「富を生み出すダンジョンを1つの村が独占している状態も、健全とは言い難い。蓄えた富は、淀んだ欲を生み出しますからね」
更にそういう話が……え?この人シラフ?ほんとに?酒飲んでるんじゃねえの?大丈夫?
「教会ならば、正しくダンジョンを管理することができます。是非、寄付を」
……そして、ついに。
「あぁん?おいテメエ、何の話だア?」
酔っ払った冒険者達が、教会の人に詰め寄っていった。
いや、さっきから食堂が静かだなあとは思ってたんだよ!そりゃそうだよな!ここに居る人達、全員冒険者と村人で……つまり、ダンジョン関係者だもんなあ!
完全アウェーの状態で何故かアウェーな話を始めてしまった教会の人は、詰め寄ってきた冒険者を嫌そうに見ていただが。
「ダンジョンを?寄付しろだァ?……舐めたこと言ってんじゃねえか、おい」
「そうやって寄付だ寄付だって俺達からまた金を巻き上げるつもりかよ」
「教会の連中ってのはきったねえなあ!」
酔っ払いは無敵だ。無敵なので、教会の人の周りはどんどん盛り上がっていく。
そして、戦争は数だ。数なんだよ兄貴。当然、教会の人1人に対して冒険者複数名だから、もう、冒険者達の方が強い。
というか、普通に殴り合っても絶対に冒険者達の方が強い。それが分かってるからだろうけど、教会の人も竦み上がっている!遅い!竦み上がるのが遅い!
「な、何を言って……君達はダンジョンの権利者でも何でもないだろう!」
「テメェもそうだろうがよ!」
「でけェツラして何抜かしてやがる!」
殴り合いにならなくても、悪口の瞬発力が違いすぎる!多分、教会の人、こういうのにも不慣れだ!だってのに、なんでわざわざ喧嘩吹っかけるようなこと言い始めたんだ!先見の明があまりにも無さすぎる!これが本当の『お先真っ暗』って奴か!
が、そうして冒険者達がヒートアップしていく中。
「ねえ、よろしいかしら」
エデレさんの涼やかで優しい声が響いた。
冒険者達の暴言の嵐よりずっと弱いはずのそれは、不思議なくらいしっかり響く。
……エデレさんだからだ。彼女が、周囲の人達の信頼を得ている人だから。だから、彼女の言葉は皆が尊重する。冒険者達も『あっ、エデレさん喋るんならどうぞ』とばかり、ぴたりと黙ってエデレさんのために舞台を用意するわけだ。
そして、冒険者達が黙って少しほっとしている様子の教会の人だったが……。
「寄付を、と仰いましたけれど、あのダンジョンは……村を立て直すためにようやく掴んだ希望なのです。教会に権利をお譲りするわけにはいきません」
エデレさんが静かに、しかしどうしようもなくきっぱりと言えば、教会の人もぎょっとした。
いや、まさか断られると思ってなかったってことは無いだろ?無いよな?えっ!?もしかしてあるの!?
「し、しかし、パニス村は確か、昨年の寄付も少なく……その分を補う程度の寄付が必要では」
「神は、寄付のために私達が飢え、苦しい暮らしをすることをお望みなのですか?」
……更に、エデレさんからの真っ直ぐな視線に、教会の人、怯んでる。いや、そこは『そうお望みです!』ぐらい言い切ってもらいたいもんだが。
「祝福がなければ、より暮らし向きは悪くなるのでは」
「ああ、そのご心配には及びませんわ。このダンジョンは、私達の愛する『神』からの祝福ですもの。ね?」
エデレさんの言う『神』には若干の含みがある。……もしかしてそれ、俺のこと?ねえ、俺のこと?……ちょっと照れるんだけど!
「しかし、村もダンジョンの権利を正式に所有しているわけではないでしょう?土地は領主のものであり、領主は王の手指であり、そして王権は神より授けられしもの。この大地、世界は全て、神のものであり……」
「……神のものであって、あなたのものではありませんわね」
エデレさんはいよいよ容赦が無い。本当に、容赦が無い!
「神はこのダンジョンを私達にお与えになった。ならば、その神のご意思を尊重すべきではありませんか?」
エデレさんの連撃に、教会の人はもう返す言葉もない!
「あなた達に都合の良い悪いで神のご意思か否かが決まるなんて、そんなこと、ありませんわね?」
本当に、何も返ってこない!いや、せめて何か悪あがきしなさいよ!ほら!ほら!
……そうして。
「さ。お引き取りになって。お代金は私が持ちますわ。お宿は向かいの宿のお部屋をご利用になってくださいね。……教えを広めるために活動なさっておられる方のお食事代とお宿代くらいは『寄付』させて頂きますわ」
いい加減オーバーキルになったあたりで、エデレさんがそう話を切り上げた。
すると。
「……あなたの、その、神を愚弄するような言動は慎むべきです。きっと、村によくないことが起こりますよ」
教会の人はそんなことを言って、恨みがましげな顔をする。それは脅しじゃねえのかお前。
「それに……あなたのような人が欲深く、ダンジョンを手放さないと言うのならば……きっと、あのダンジョンは、邪悪なダンジョンなのでしょうね……」
しかもなんか恨み言混じりに単なる悪口言い始めた。もうちょっと無いのかお前。
「ならば制圧してしまうべきでしょう。教会の聖騎士団にはそのように伝えます」
……更になんか言い出した!ねえ!制圧って何!?ねえ!
教会の人の言葉に、周りで大人しく聞いていた冒険者達もざわめきだした。『制圧!?』『頭おかしいんじゃねえのか!?』と。
「……制圧ですって?魔物も出ないダンジョンを?」
「え、ええ!そうすべきでしょう!」
周囲のざわめきに得意気になって、教会の人は堂々と言った。
「神のご意思が届かぬ村には、天罰が下るべきですから!……その鉄槌は、神に代わって我らが下します!」
……そうして教会の人は、『早速、手紙を書かねば!』とかなんとか言いつつ食堂を出て、宿へ逃げ込むようにして消えていった。
なんか、えらいことになってきちまったなあ、おいおい……。
ということで、俺は意識を切り替えて、視覚と聴覚を自分の体に戻した。おかえり感覚。
「ミシシアさん!リーザスさん!すぐ食堂に行こう!」
「えっ!?エデレさんに何かあったの!?」
「うん!エデレさん、滅茶苦茶かっこよかった!」
「ど、どういう状況だ?」
そしてさっさと移動する。色々とエデレさんに聞かなきゃならないことがあるし……対策を練るなら、早い方がいいだろ。
早速移動開始した俺達だが、その道中で聞いておくことにする。
「ねえ、ミシシアさん、リーザスさん。『ダンジョンの制圧』って、何?」
「制圧!?奴がそう言ったのか!?」
「うん。言ってた」
「それは……」
リーザスさんとミシシアさんは顔を見合わせて、なんとも困惑した様子だ。なんだなんだ。
「あのね、アスマ様。……ダンジョンの最深部にはダンジョンを守る者が居て、それを殺すとダンジョンはダンジョンとしての機能を失う、って言われてるの。魔力も、宝物も、魔物も、出てこなくなるんだ」
「或いは、ダンジョン最奥に何も居なかった例も報告されているが……その場合は、最深部に誰かが到達した時点でダンジョンの息の根を止める魔法を使って止められるらしい」
「へー」
成程ね。確かに、もし俺のダンジョンがスライム以外の魔物もわんさか出すようなダンジョンだったら、ここでパニス村の人達が暮らすどころじゃねえもんなあ。被害も出るだろうし、そうなったらダンジョンを『制圧』して機能を止めるしか無いのか。ふーん。
……ん?
「……つまり、俺、命を狙われている?」
「……そういうことになるだろうな」
成程ね。ヤバいね。
ということで、食堂に合流。そこではエデレさんと冒険者達と村の皆が盛り上がっていた。
「あいつ、言うに事欠いて……天罰だと!?そのためにダンジョンを滅ぼしてもいいって、あいつ、本気かァ!?」
「おっ?ならそれより先に俺達があいつを滅ぼしてもいいってことだよなァ!?宿に奇襲をかけるか!?」
「やるぜ!俺はやるぜ!」
「駄目よ」
で、エデレさんに止められた。まあそうでしょうね。
「……修道士が1人戻らなかったとなれば、教会からの調査が入るわ」
「じゃあダンジョンで死んだことにしようぜ!」
「やるぜ!俺はやるぜ!」
「やらないの!そうしたら余計にダンジョンが危険だっていう話になってしまうでしょう!」
エデレさん、周りの血の気の多い連中を止めるの大変そうだなあ……。でも、エデレさんが『やらないの!』って言ったら、周りが皆、しゅん……としてしまうからちょっと面白い。流石は村長さんだな。
「エデレさん!」
そこに声を掛けると、皆がはっとした顔で振り返る。エデレさんは立ち上がって、俺に駆け寄ってきて……きゅ、と抱きしめた。
「ごめんなさい、アスマ様。上手くやれなかったわ……」
「いや!滅茶苦茶上出来だよエデレさん!」
エデレさんは落ち込んでるみたいだったけれど、俺としてはまあ、『ヨシ!』ってところである。
「少なくともあいつ、手の内いっぱい晒していっただろ?」
……何せ、対策ができる。これは大きな一歩だ。相手の狙いも分かった。あいつらの狙いは、水晶。そして、このダンジョンが生み出す富そのものだ。これが分かってるだけでも、大分やりやすい。
それに……。
「……ここに『天罰』を落としに来るのは、『聖騎士団』って連中なんだろ?エデレさん」
情報収集はまだまだ終わらない。
情報戦は、ここからが佳境だろう。
「まずは、聖騎士団って連中の情報が欲しい。それが分かれば対策できるし」
ということで、早速、方針を決めていく。
相手の情報は欲しい。どれくらいの規模、どれくらいの実績があって、どんな思想の持ち主なのか……。そういうことが分かれば、大分やりやすいはずだ。
「……教会は最初から、俺達に目を付けてたんだろ?なら、ここが落としどころだと思う。……俺もそれくらいは分かるよ、エデレさん」
「……アスマ様」
エデレさんは感極まったように、また、俺をぎゅっとやった。やわこい!
「本当に、賢くて、強い子……ごめんなさいね、本当なら、私達が、そんな強さを発揮しなくてもいいようにしてあげるべきなのに……」
「あの、エデレさん。俺、もう19なんですよエデレさん……」
そんなに守ってもらわなくても大丈夫なんですよエデレさん。むしろ、俺が守る立場だと思いますよエデレさん。
……でも、ま、大事にしてもらって、嬉しいことは嬉しいぜ。これからもよろしくお願いしますねエデレさん!
「情報ってことなら、俺達に任せときな!」
さて。
そうしてエデレさんにぎゅうぎゅうやられていた俺に、冒険者のお兄ちゃん達が声を掛けてくれた。
「何せ俺達は各地のダンジョンを巡ってる!制圧されたダンジョンのこともいくつか知ってるぜ!」
「それから、聖騎士達の情報も幾らか持ってる。役に立てることは多そうだな」
そして、それを皮切りに、『俺も!』『私も!』『某も!』と、あちこちから声が上がる。
「えっ……いいの?助けてくれるの?」
村の皆じゃなくて、冒険者達からこういう風に声が掛けられるとは思ってなかったもんで、ちょっと困惑してる。
「当たり前だろ!このダンジョンが制圧されちまったら、俺達の生活がまた安定しなくなっちまうだろうが!」
「戦で手足や目をやっちまった元兵士達にとっちゃ、魔物が出ねえこのダンジョンは、最高の稼ぎ場所なのさ!」
……ああ、そうか。
よくよく見ると、ここに居る冒険者達の中には、眼帯を付けている人も居るし、手足の動き方が鈍い人も居る。
このダンジョンはスライムがもちもちしているだけのダンジョンで旨味が無いんじゃないかとも思ったが、こういう人達にとっては、これ以上ない程にピッタリマッチングだった、ってわけだ!
「さーて、エデレさん、っつったか?村長さんよォ。俺達はしばらく、この村に滞在するぜ!」
「聖騎士連中が村に火をかけた例を知ってるからな!何かあった時、俺達が村を守る手伝いをしてやるよォ!」
「私達、この村にはお世話になってるもの。手伝わせて頂戴ね!」
「皆さん……ありがとう!本当に、なんてお礼を言っていいか……!」
そして、ピッタリマッチングしている冒険者達は、このダンジョンおよびパニス村にもしっかり愛着を持ってくれている。これは……心強い味方ができたな!
彼らの言う通り、聖騎士達が村に火を放つようなことがあったら、流石に今の状況じゃ、手が足りない。だが、彼らが居てくれるなら……この防衛戦、勝機が十分に見える!
「俺はよォ……あの教会のいけすかねえ連中をいっぺん、合法的に伸してやりたかったんだよォ……!」
「面白くなってきたじゃねえかよォ!存分にこの村を守ってやるぜェえええ!ケヒャヒャヒャヒャ!」
「やるぜ!俺はやるぜ!」
……若干、不安は無いでもないけどね。うん。なんだろう。皆、いい人なんだと思うけどね。うん。
何?この……何?いやもうこの際、いいけど!なんでもいいけど!
うんもういいや!そういう訳で皆、よろしくな!




